役立たずの三輪   作:メカ丸ゥゥゥウウウ!

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新宿決戦までの大まかなプロットはできているので、後はどれだけ時間を確保できるかで投稿頻度が変わります。


蠢動
日常の片隅で


 穏やかな波の音が響く、南国のビーチを彷彿とさせる陀艮の生得領域。先ほどまでの死闘の余韻を引きずるように、花御が抱えて帰還した首だけの漏瑚が、屈辱と怒りに顔を歪めていた。五条悟という現代の最強に文字通り遊ばれ、完膚なきまでに敗北したのだ。

 

「――で、五条悟はどうする?」

 

 温泉のように温かい海水を張った岩場に浸かりながら、漏瑚が苛立ちを隠せない声で問うた。その無惨な姿に対し、ビーチチェアで寛ぐアロハシャツを着た男――夏油傑の肉体を乗っ取った羂索は、静かに微笑んだ。

 

「当初の予定通り、獄門疆を使って封印する。彼を殺すことは不可能に近いが、封じ込めてしまうことは十分に可能だよ」

 

 羂索の落ち着き払った声に、漏瑚は忌々しそうに鼻を鳴らす。首だけになった彼を救出した花御や、領域の主である陀艮も、五条悟の底知れぬ恐ろしさを痛感し、警戒を解いてはいない。彼らにとって、五条悟は計画を完遂するための最大の障壁であった。

 

「条件さえ整えば、確実に封印できる。そのための準備は私が進めているからね」

 

 言葉とは裏腹に、羂索の思考はより深い深淵へと潜っていた。

 五条悟。六眼と無下限呪術を併せ持つ、現代の異端。獄門疆による封印計画は精緻に組み上げているが、この世界において絶対という言葉は存在しない。万が一、彼が封印を逃れた場合、あるいは想定外の事態で獄門疆が機能しなかった場合のバックアップは、すでに用意してある。

 

 羂索の脳裏に、数百年前に自らの腹を痛めて産み落とした最高傑作の顔が浮かぶ。江戸時代後期、羂索が呪術師の肉体を渡り歩く中で生み出した、宿儺や五条悟にすら匹敵し得る呪術師。羂索が一切手を加えなかったにも関わらず、この千年間における最高傑作。

 その魂と肉体のポテンシャルは現在、一人の少女の深い底に沈められている。少女の意識の下で、彼の力は同化の時を静かに待っている。渋谷での計画がどう転ぼうと、あの力が完全に目覚めれば、盤面は羂索の思い通りに制圧できる。

 

 自身の肉体の限界や役割を根本から作り変え、人体の構造そのものを凌駕する、あの悍ましい術式。

 

(今はまだ、ただの器に過ぎないが……少しずつ漏れ出す力だけでも、準一級から一級相当の呪術師へと彼女を引き上げるだろう。未来への投資は、着実に育っている)

 

 誰にも悟られることのない絶対の切り札を思い浮かべ、羂索は微かに口角を上げた。

 

 

 ーーー

 

 

 時を同じくして、京都呪術高等専門学校の修練場。

 竹刀が風を切る鋭い音が、静寂な空間に何度も響き渡っていた。

 

「……ふぅっ」

 

 三輪霞は額の汗を手の甲で拭い、自身の両手を見つめた。手には豆が潰れた痕があるが、痛みは全く感じない。それどころか、竹刀を握る度に溢れ出てくる過剰なまでの力に、彼女自身が困惑していた。

 

(最近、明らかにおかしい……)

 

 彼女は元々、等級で言えば三級の呪術師だ。シン・陰流という強力な技術を持っているとはいえ、身体能力や呪力量は並の術師の域を出ない。それが彼女の自己評価であった。

 しかしここ二ヶ月、彼女の身体には劇的な変化が起きていた。特別な特訓をしたわけでもないのに、筋力、反射神経、そして呪力の総量が、爆発的に跳ね上がっているのだ。

 

 先日の任務のことだ。二級呪霊の不意打ちを側頭部に受けた際、三輪は死、あるいは重度の脳震盪を覚悟した。しかし、呪霊の硬い腕が彼女の頭部に直撃した瞬間、まるで分厚い鋼鉄の壁に叩きつけられたかのように、逆に呪霊の腕が砕けたのだ。彼女の皮膚は赤くすらならず、ただ少しの衝撃を感じただけだった。

 

(こんなの、私の実力じゃない。何かがおかしい。呪力の出力も、肉体の強度も……)

 

 彼女は生真面目な性格である。「ラッキー、私って天才かも!」などと能天気に喜ぶようなことは決してない。自分の手に余る理解不能な力は、戦いにおいて致命的な隙を生む。この謎の強化の原因が分からない以上、せめてこの力と出力を正確にコントロールできなければ、味方を巻き込むか、自滅するかのどちらかだ。

 三輪は鋭い観察眼で自身の呪力の流れを細かく探り、再び竹刀を構えた。その顔つきは、普段の温厚な彼女からは想像もつかないほど、冷徹な呪術師のそれであった。

 

「三輪。休憩をとった方がいイ」

 

 不意に、修練場の入り口から機械的な音声が響いた。究極メカ丸だ。木材と金属で構築された人型の傀儡が、三輪の様子を静かに観察していた。

 

「メカ丸。うん、そろそろ休もうと思ってたところ」

「……少し、動きが変わったカ?」

 

 メカ丸の問いかけに、三輪は小さく頷いた。

 

「実は、最近身体の調子が変なんです。すごく力が入るというか……逆に、打たれ強くなりすぎている気がして。感覚を掴むのに苦労してるんです」

 

 メカ丸は内部のセンサーで三輪の呪力波形を読み取っていた。彼女に密かに好意を寄せている彼だからこそ、その些細な変化に誰よりも早く気がついていた。

 表面上の呪力量は、確かに以前より増している。このペースで成長を続ければ、そう遠くないうちに一級術師にも届くかもしれない。しかし、僅かな違和感。それは普段から三輪のことを気に掛けていたメカ丸だからこそ抱けたもの。

 

「…あまり思い詰めるナ。身体の成長期ト、呪力の成長期が偶然重なっただけかもしれなイ。だガ、異常を感じたらすぐに俺や学長に言エ」

「ありがとう、メカ丸。気をつけますね!」

 

 三輪の屈託のない笑顔を見て、メカ丸は少しだけ安堵した。しかし、その奥底に潜む影の正体に気づくことは、彼にはできなかった。

 

 

 ーーー

 

 

 それから数日後。

 京都校の廊下を、長身の男が不遜な足取りで歩いていた。東京校の教師、五条悟である。交流会に向けた事務手続きという名目でやってきたが、実態は楽巌寺学長への嫌がらせが主な目的だった。

 

「だから! あなたがわざわざ来る必要はないと言っているでしょう!」

「まあまあ歌姫、そう怒んないでよ。可愛い顔が台無しだよ?」

 

 後ろから声を荒げる庵歌姫を適当にあしらいながら歩いていた五条の足が、ふと止まった。

 向かいから、書類の束を抱えた三輪霞が歩いてくる。

 

「あ、五条先生! お疲れ様です!」

「やっほー、霞。お疲れー」

 

 三輪は五条の大ファンであり、彼とすれ違うだけで嬉しそうに微笑んだ。五条もいつものように軽く手を振って応える。

 そのまま彼女とすれ違った直後。

 五条の黒い目隠しの下で、六眼が微細なノイズを捉えた。

 

「……ん?」

 

 五条は振り返り、三輪の背中を見つめた。

 彼の目には、呪力そのものが詳細な情報として視覚化されている。三輪の呪力量は、確かに以前より増えている。準一級に届きそうなほどの充実ぶりだ。

 だが、五条が感じたのはその程度の成長に対する驚きではない。

 三輪霞という人間の呪力の流れの更に奥に、ほんの一瞬、極めて異質で、それでいてひどく見覚えのあるような、途方もなく巨大な摩擦を感じたのだ。まるで、精巧な作りの建物の地下に、核兵器が隠されているかのような、チグハグな違和感。

 

「どうしたの、馬鹿みたいに突っ立って」

 

 歌姫が訝しげに尋ねる。

 五条は少し首を傾げた後、ふっといつもの笑みを浮かべて前を向いた。

 

「いーや? 霞、なんか見違えるくらい強くなってるなーって思っただけ」

 

 五条と三輪は、東京校の先生と京都高の生徒という関係であり、互いの性質を深く知るわけではない。それゆえに、五条の六眼をもってしても、その違和感の正体を暴くには至らなかった。ただの気のせいか、彼女の才能が開花しただけだろうと、彼は思考を切り捨てた。

 

 三輪は歩きながら、目前に迫った交流会に思いを馳せていた。

 自分の身体に起きている謎の現象。それを完全に掌握し、交流会で結果を出す。真面目でひたむきな彼女は、ただ真っ直ぐに自身の強さと向き合っていた。

 自分の内に、数百年越しの呪いが息を潜めていることなど、知る由もなかった。




今一番熱い男、日車は多分今作ではメイン回はないです。できれば京都にフォーカスを当てたい。
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