役立たずの三輪 作:メカ丸ゥゥゥウウウ!
今日と明日は16:00と22:00の二話投稿です。
見上げる空は、本来の夜の闇とは異なる、泥のように淀んだ漆黒に塗り潰されていた。
外部とのあらゆる通信と出入りを遮断する結界術、
ダムの外部施設という広大な空間は、今や完全に下界から切り離された巨大な密室と化していた。
(……この帳がある限り、外部へ応援を呼ぶことは不可能だ)
変形装甲傀儡 究極メカ丸を纏った状況で、与は冷静に盤面を俯瞰していた。
彼が達成すべき最終にして最大の目的は、ただ一つ。あの夏油傑と名乗る男の殺害である。夏油が生きたまま計画を進めれば、愛する三輪の体内に仕込まれた呪物がどうなるか分からない。京都校のメンバーも、確実に不幸な結末を辿るだろう。
だが、夏油の殺害を与自身が直接手を下して完遂する必要は、実のところ皆無であった。
この帳を破壊するか、あるいは何らかの手段で外部との連絡を確立し、現代最強の呪術師である五条悟に情報を伝えさえすればいい。五条悟が動けば、夏油の計画など瞬く間に瓦解し、奴の命もそこで終わる。
しかし、その連絡を取るという最低限の勝利条件を満たすためには、目の前で不気味な笑みを浮かべているこの特級呪霊真人を、まず確実に祓わなければならない。
真人の魂の形を直接削り取る必殺の刃、カートリッジ式シン・陰流 簡易領域。
残弾は、あと三本。
真人の魂の総量を削り切るのが先か、それとも十七年の蓄えと特級相当にまで引き上げた与幸吉の莫大な呪力が底をつき、機体が停止するのが先か。
これは、互いの命とエネルギーを天秤にかけた、極限の削り合いであった。
「いいね、その殺気! ますます楽しくなってきた!」
真人が歓喜の声を上げた瞬間、彼の背中の皮膚がボコボコと悍ましい音を立てて泡立ち、隆起した。
魂の形を変えることで肉体そのものを自在に変異させる無為転変。真人の背中から巨大な猛禽類の羽が爆発的に生え揃い、そのまま力強く羽ばたいて、重力を無視したかのように上空へと舞い上がった。
(空からの死角攻撃か。……甘い)
与の思考に呼応し、全長二メートル五十センチのメカ丸を構成する数万個の極小傀儡が、波打つように一斉に位置と形を変える。
背部、両腕、そして両脚の装甲表面に、極小傀儡が円筒状に再結合し、高出力の呪力ブースターを瞬時に形成した。
ゴォォォッ!!
青白い呪力の炎が噴き出し、重厚な鋼鉄の巨体が、真人を追うように弾丸の如き速度で上空へと打ち上げられた。
一気に真人の上空という
「落ちろッ!!」
振り下ろされた鋼鉄の双腕が、迎撃しようとした真人のガードを粉砕し、その脳天に直撃した。
空気を裂く轟音と共に、真人の巨体が隕石のように落下していく。
真下にあるのは、ダムの広大な貯水池。
ズドォォンッ!!
数十メートルもの巨大な水柱が夜の闇を切り裂いて立ち上がり、真人は水面の奥深くへと完全に叩き込まれた。
(水中なら、水の抵抗が邪魔をして奴の変則的な逃げ足は確実に鈍る。ここで一気に削る!)
与は空中に滞空したまま、メカ丸の両掌を眼下の水面へと向けた。
掌の砲口から、特級の出力を乗せた高密度の呪力砲が、雨霰と掃射される。
着弾するたびに水面が爆発し、数十トンもの水が蒸発して周囲一帯を濃密な白い水蒸気が覆い尽くす。
視界は最悪だ。余程の術師でなければ、標的を見失って攻撃を止めるだろう。与も一瞬真人の姿を見失った。
だが、与には目があった。
極小傀儡に搭載された高感度センサー群。それは濃霧や水煙を完全に透過し、水中に潜む特級呪霊の悍ましい呪力の残滓を、寸分の狂いもなく捕捉し続けていた。
(……逃がすか。形を変えようが、呪力の残滓はごまかせない!)
モニターの中で、真人の呪力反応が急速に形状を変化させているのが見えた。水の抵抗を極限まで減らすための、魚の流線型への変異。
真人は魚の姿のまま、沸騰する水中を猛スピードで泳ぎ回り、与の砲撃を間一髪で躱し続けている。
そして次の瞬間、センサーが急速に接近する巨大な呪力反応を警告した。
「はははっ! 水遊びはおしまいだ!」
水面を突き破り、濃霧の中から飛び出してきたのは、想像を絶する異形のキメラであった。
人間の胴体に、巨大な鳥の頭部と翼、そして猛禽類の鋭い鉤爪を持った腕。
飛行スピードと突撃力に極限までパラメーターを振ったその鳥人間の姿で、真人は与の懐へと錐揉み回転しながら飛び蹴りを放った。
「ッ!」
与は咄嗟に腕を交差させ、極小傀儡を密集させてガードを固める。
だが、ここは空中。
三輪の肉体構造を模倣した衝撃分散機構は、地に足がついていることで初めてそのエネルギーを大地へと逃がすことができる。足場のない空中で受けた特大の運動エネルギーは、分散しきれずに機体全体を吹き飛ばすしかなかった。
凄まじい衝撃と共に、メカ丸はダムのコンクリートの地面へと一直線に叩きつけられた。
地面がクレーター状に陥没し、土煙が舞う。
しかし、機体がひしゃげることはなかった。極小傀儡の強固な結合が衝撃の大部分を相殺したため、中の与自身にダメージは通っていない。与はスラスターを吹かし、即座に体勢を立て直して立ち上がった。
だが、真人の追撃は与の想定をさらに上回る速度で迫っていた。
鳥人間から元の姿へと戻りながら地面に降り立った真人の下半身が、着地と同時に筋骨隆々の馬の脚へと変異したのだ。
「いっくよー!」
パカッ! パカッ! という甲高い蹄の音が鳴ったかと思うと、真人の姿がブレて消失した。
凄まじい脚力による、瞬間移動と見紛うほどの突進。
コンマ数秒後、真人はすでに与の真正面、目と鼻の先にまで肉薄していた。
真人の右腕が、限界まで肥大化している。これまでで最も高密度に圧縮された、殺意と呪力の塊。
(来る……!)
与によって作られたセンサー郡が、その致命の一撃を完全に捉えた。
来ると分かっていれば、防げない攻撃ではない。
与は瞬時に、機体背部や四肢の極小傀儡を前面の装甲へと強制的に移動、密集させた。攻撃を受ける腹部から胸部にかけての装甲密度が、局所的に通常の数十倍にまで跳ね上がる。
真人の全力の拳が、メカ丸の腹部に直撃した。
すさまじい衝撃波が周囲のコンクリートを粉砕し、突風となって吹き荒れる。
だが、メカ丸の装甲はひび割れ一つ起こさず、その破壊的な威力を完全に受け止めていた。
(防いだ! このまま腕を掴んで、カートリッジを――!)
与が反撃に転じようと、メカ丸の巨大な腕を伸ばした、まさにその瞬間だった。
――ゴグッ。
一切の予兆もなく。
与の背中側の装甲に、ハンマーで殴りつけられたような鈍く重い衝撃が走った。
極小傀儡を前面に集中させたため、背面の防御密度は極端に低下していた。そこを正確に、かつ凄まじい質量で打ちつけられたのだ。
「……は、ぁっ!?」
装甲を透過して、与の生身の肉体に、初めて直接的なダメージが叩き込まれた。
肺から空気が強制的に吐き出され、視界が真っ白に点滅する。
健常な肉体を手に入れてから初めて味わう、身体の芯を揺らすような強烈な痛み。
その生理的なショックにより、与の意識が一瞬だけ遠のき、無数の傀儡を制御するための傀儡操術の呪力供給が、ほんの数秒だけ緩んでしまった。
「あはっ、隙だらけ」
目の前にいる真人が、その致命的な隙を見逃すはずがなかった。
真人は振り抜いた拳を瞬時に引き戻し、今度はその腕全体を巨大で棘だらけの鉄球へと変形させた。
防御機構の連動が途切れた、無防備な鋼鉄の巨人。
そこへ、巨大な質量を乗せた殴打が真横から襲いかかった。
装甲が悲鳴を上げる間もなかった。
二メートル五十センチの巨体が、まるで枯れ葉のように吹き飛ばされる。
メカ丸はダムの硬い地面を何度も何度もバウンドし、その度に恐ろしい破砕音を響かせた。
三輪の肉体の防衛機構を模倣した、無敵であるはずの極小傀儡の結合が、許容量を超えた衝撃と呪力の乱れによって次々と瓦解していく。
バウンドするたびに、数百、数千単位の極小傀儡が機体から剥がれ落ち、術式範囲外まで宙を舞う。
メカ丸の中で、与は激しく体を打ち付けられ、口から鮮血を吐き出した。
「がはッ……! ぐぅッ……!」
数十メートルを転がり、ようやく機体が停止した時。
与を覆っていた分厚い鋼鉄の装甲は、その大部分が無惨に剥がれ落ちていた。
周囲には、機能を一時的に停止した極小傀儡の残骸が砂のように散乱している。辛うじて四肢の一部にわずかな傀儡が残っているだけで、もはや絶対防御のパワードスーツとしての機能は完全に失われていた。
「はぁっ、はぁっ……! い、一体、何が……」
与は、血の混じった咳を吐き出しながら、震える手を抑え込んで前方を確認した。
前面の防御は完璧だったはずだ。背後に真人が回り込む隙など、絶対に存在しなかった。
では、背後から自分を殴りつけたあれは、一体何だったというのか。
軋む首を上げ、剥き出しになりかけた視界の先を捉えた瞬間。
与幸吉の心臓が、絶望に凍りついた。
「あははっ! どうしたの? 急に装甲が剥がれちゃって、寒くない?」
「ほんとほんと、中身はただの人間なんだから、風邪ひいちゃうよ」
土煙の向こう側。
そこには、全く同じ不気味な笑みを浮かべた二人の真人が、並んで立っていた。
ゲーム上手い人がゲームキャラと同じ動きができるかという話