役立たずの三輪   作:メカ丸ゥゥゥウウウ!

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主人公は弱者でも強者になる可能性があるという考えの下、必要がなければ殺しません。

それはそれとして、
羂索「一億人呪霊の顔見てみてぇ!!」
貞綱「一億人呪霊と戦いてぇ!!」
なので、この親子が生きてると日本が滅びます。


死滅回遊で①

 冷たいアスファルトの上で、一度は完全に停止したはずの虎杖悠仁の心臓が、再び重く、苦しげな脈動を打って跳ね起きた。

 ガバッと上体を起こし、酸素を求めて激しくむせ返る。

 彼の胸のど真ん中には、特級呪術師乙骨憂太の刀によって深々と心臓を貫かれた、致命傷の記憶が鮮明に焼き付いていた。

 

「……ッ、はぁっ、はぁっ……!」

「よかったぁ、無事に息を吹き返してくれて」

 

 頭上から降ってきた穏やかな声に、虎杖は震える視線を上げた。

 そこには、刀の血ぶりをして静かに鞘に納める、死神そのもののようなプレッシャーを放っていたはずの乙骨憂太が、どこか安堵したような、本来の温厚な表情で立っていた。

 

「……え? あんた、俺を……殺したんじゃ……」

「殺したよ。上層部との縛りがあるからね、一度は確実に君の心臓を止めた」

 

 乙骨は、事も無げに答える。

 

「でも、刺すと同時に、君の心臓に反転術式を流し込んで治癒しておいた。これで、上層部には虎杖悠仁の死刑は執行済みだと報告できる。偽装作戦さ」

 

 乙骨が大切にしている人達の願い。そして虎杖という人間を自分自身の目で確かめ、彼が生きるべき存在だと判断した乙骨の、極めて高度な呪力操作による生存の綱渡り。

 だが、その事実を知らされても、虎杖の心は晴れなかった。

 彼の脳裏を支配しているのは、自身の生存に対する安堵ではなく、両面宿儺に肉体を乗っ取られ、渋谷で数え切れないほどの人々を虐殺してしまったという、消えることのない絶対的な罪悪感であった。

 

「……俺は……生きちゃダメなんだ……。俺は、人殺しだ……!」

 

 虎杖は自身の頭を抱え、絶望の泥沼へと再び沈み込もうとした。

 

 その時。

 路地の暗がりから、足を引きずりながら歩み出てきた一つの影があった。

 

「……悔やんでも過去が変わるわけじゃない。まずは俺を助けろ、虎杖」

 

 聞き慣れた、しかし疲労と焦燥に満ちた声。

 東京校一年、伏黒恵。

 彼は虎杖を見下ろし、死滅回游という狂気のデスゲームの存在と、それに自身の義姉である津美紀が巻き込まれてしまったことを告げた。

 

「俺は正義の味方じゃない、呪術師だ。だから、津美紀を助ける。……お前の力が必要だ」

 

 伏黒のその真っ直ぐな、血を吐くような懇願。

 自分が生きていていい理由など分からない。自分が許される日など永遠に来ないのかもしれない。

 それでも。

 この地獄のような世界で、今、目の前で自分を必要とし、助けを求めている友人がいる。

 一人でも多くの人を救うために。宿儺が為した悪逆の、そのほんの一部でも贖うために。

 

「……ああ。行くぞ、伏黒」

 

 虎杖は、その重すぎる罪の十字架を背負ったまま、再び力強く立ち上がった。

 向かう先は、呪術高専東京校の地下最下層。

 全てを知る不死の術師、天元の元へ。

 そこで獄門疆の封印の解き方を問い、黒幕である羂索の具体的な目的とこれからの出方を聞き出す。それが、反撃の第一歩であった。

 

 

ーーー

 

 

 呪術高専東京校地下施設の、とある一角。

 分厚い防護扉をくぐり、虎杖たちが秘密裏に用意された待機部屋へと足を踏み入れると、そこにはすでに先客の姿があった。

 部屋の中央の椅子に深く腰掛け、静かに本を読んでいる禪院真希。

 そして、部屋の奥のソファで、足を組んで気怠げに寛いでいる九十九由基。

 

「真希さん……!」

 

 虎杖は、部屋の入り口で佇んだまま、驚きに目を見開いた。

 羂索に逃げられた後、九十九の口から生死の境を彷徨っていると聞かされていた真希。その彼女が、今は何事もなかったかのように本を読んでいるのだ。

 虎杖の隣をすり抜け、真希の正面まで進んだ乙骨が、安堵の声をかける。

 

「真希さん。身体は、もう大丈夫なの?」

「ああ」

 

 真希は本から視線を上げ、軽く肩を回してみせた。

 

「身体に異常はなんもねえよ。むしろ、前より調子がいいくらいだ」

 

 その言葉に、奥のソファから九十九が立ち上がり、興味深そうに口を挟んだ。

 

「話によると、君は火山頭の特級呪霊に襲われて、禪院家の当主共々、全身に致死レベルの重度の火傷を負い、生死の境を彷徨っていたそうだね。……にも関わらず、今の彼女の身体には、火傷の痕一つ、ケロイドの一つすら残っていない。どうしてだと思う?」

 

 九十九のその問いかけを聞いた瞬間。

 虎杖の脳裏に、数日前の、渋谷の路上での凄惨な光景がフラッシュバックした。

 

 ――頼む……!! 釘崎を、渋谷で傷ついた皆を……助けてくれ!!

 

 敵であるはずの、三輪霞の肉体を乗っ取った蘆屋貞綱に向けた、血を吐くような土下座の懇願。

 そして、その願いに対する彼女の短く、絶対的な肯定。

 

 ――分かりました。

 

 虎杖の心臓が、早鐘のように打ち始める。

 まさか。本当にあの化け物は、自分の願いを聞き入れて、渋谷の負傷者たちを……。

 

「釘崎は……!」

 

 虎杖が、最も気がかりだったもう一人の仲間の名前を叫ぼうとした、その時である。

 

スパーンッ!

 

 虎杖の後頭部に、容赦のない、見事なスナップの効いた平手打ちが炸裂した。

 

「いってェッ!?」

 

 虎杖が頭を抱えて振り返る。

 

「ちょっとアンタ、私がいない間に随分と湿っぽいツラになってんじゃないわよ。クラスのマドンナが奇跡の復活を遂げたんだから、泣いて喜びなさい!」

 

 そこに立っていたのは。

 腰に手を当て、勝ち気な笑みを浮かべた、釘崎野薔薇であった。

 真人の無為転変によって顔の左半分を吹き飛ばされ、完全に生死不明となっていたはずの彼女が、顔に傷一つ、眼球の欠損すらもない完璧な状態で、虎杖の目の前に立っていたのだ。

 

「……って、ホントに泣かれると反応に困るわね。正直ちょっとキモい」

 

 釘崎が、少しバツが悪そうに視線を逸らす。

 

「釘崎ィィィィィッ!!」

 

 虎杖の目尻から、大粒の涙がボロボロと溢れ出した。

 宿儺の指を食ってからの半年間、数え切れないほどの絶望と死線を潜り抜けてきた虎杖にとって、仲間が、それも心臓が止まっていた仲間が五体満足で生還したこの瞬間は、間違いなくここ半年で一番、心の底から嬉しいニュースであった。

 虎杖は鼻水を啜りながら、釘崎の無事を確かめるように何度も頷いた。

 

「……死傷者をまとめていた臨時の医療キャンプに、突然、青い髪の女の子が入ってきてね」

 

 九十九が、虎杖の涙を見届けながら、静かに事の真相を語り始めた。

 

「彼女は、並み居る重傷者たち――欠損から何から何までを、恐ろしい速度で完璧に治していったそうだ。真人によって魂の形を歪められ、本来の反転術式では治癒不可能なはずの傷口でさえも、お構いなしにね」

 

 九十九の話す内容が真実であるならば。

 貞綱は、肉体の治癒にとどまらず、他者の魂の変形すらも強制的に元に戻す、神域の技術を持っていることになる。

 そしてそれは、釘崎の顔に傷が一つもないことが、何よりの動かぬ証明であった。

 

(……だが、疑問は残るね)

 

 九十九は、表面上は飄々とした態度を崩さず、心の中で冷徹な推測を巡らせていた。

 

(これほど理不尽な治癒能力と魂への干渉力を持っているのなら、羂索はなぜ、わざわざ死滅回游のプレイヤーを作るために真人の無為転変を取り込む必要があったのか。……答えは一つ。彼女の能力では、非術師の脳の構造を術師のそれへと作り変えるような、デリケートな改変は不可能なのだろう。そうでないなら、わざわざ真人という不安定な駒を使う理由がないからだ)

 

 九十九のその推測は、呪術という理の深淵を突いていた。

 しかし、虎杖たちにとって今は、その小難しい術式の理屈よりも、仲間が生きているという事実の方が何万倍も重要であった。

 

「九十九さん、五条先生を封印した奴が、俺と宿儺の場合と違って、三輪先輩が完全に死んだみたいなこと言ってたんだ。……それって本当なのか?」

 

 九十九の思考を遮るように、虎杖が問う。関わりこそ交流会のみだが、彼女が良い人であることはその短い時間で十分伝わっていた。最優先は伏黒の姉である津美紀だが、助けられるなら助けたい。虎杖はそう考えていた。

 

 虎杖の言葉を聞いた九十九が考える素振りを見せた後、懐から手帳のようなものを取り出した。

 

「私は魂の研究をしていてね。結論から話すと、三輪霞はまだ生きている」

 

 一同が驚きの表情を見せるが、それを気にせず九十九は話を続けた。

 

「魂は多少混じることはあっても、一つになることはない。あくまで彼女の魂は奥深くに沈んでいるだけだよ」

「じゃあ、三輪先輩も助けられるのか!?」

 

 興奮する虎杖を落ち着かせるように、九十九が言葉を返した。

 

「それに関しては京都高の面々が既に動き出しているよ。君たちは君たちの目的に集中したらいい」

 

 最優先すべきは、死滅回遊開始から十九日以内に津美紀を死滅回遊から離脱させるルールを作ること。京都高のメンバーが動いているのなら、ひとまずはこちらの目的に集中すべきだろう。

 

「あ、そうだ。東堂のやつはどうなった!?」

 

 虎杖が、ふと自分と共に戦い、左腕を失ったブラザーの安否を尋ねた。

 

「葵かい? 彼は私の仲間が保護していたんだけど、それが裏目に出てね」

 

 九十九が、少し呆れたように肩をすくめる。

 

「青い髪の子が治癒に回る前に、私たちが彼を安全圏へと連れ出してしまったから、彼の腕は治っていない。彼は完全に戦線離脱だ。……だが、君に伝言を預かっているよ」

 

 九十九は、ポケットから一つのアイテムを取り出し、虎杖へと放り投げた。

 

「『ブラザー、挫けそうな時は、これを俺だと思って大事にしてくれ』だそうだ」

 

 虎杖がキャッチしたのは、古びたロケットペンダントだった。

 カチャリと開くと、そこには。

 東堂の魂の推しである高田ちゃんの満面の笑顔の写真と、東堂自身の暑苦しいキメ顔の写真が、向かい合わせで並んでいた。

 

「……お、おう。大事にするよ」

 

 虎杖は、ペンダントをそっと閉じ、ポケットにしまった。

 ツッコミどころは満載だったが、東堂らしい相変わらずのブレなさに、虎杖のズタズタだった心が、ほんの少しだけ軽く、温かくなるのを感じていた。

 

 その、少しだけ張り詰めた空気が和らいだ瞬間。

 部屋の隅で大人しくしていた脹相が、目を輝かせて虎杖の前に身を乗り出してきた。

 

「悠仁!! 気になったのだが、今のブラザーとはどういうことだ! もしや、まだ見ぬ俺の弟がどこかにいるのか!?」

 

 鼻息を荒くして迫る脹相。

 

「え、あー……」

 

 どう説明したものかと虎杖が頭を抱え、冷や汗を流して言葉に詰まっていると、釘崎が胡散臭そうな目で脹相を指差した。

 

「ずっと気になってたんだけど、アンタの後ろについてきてるこの変な前髪の人、だれ? はじめましてなんだけど」

 

 釘崎のストレートな疑問。

 虎杖は、脹相の顔と釘崎の顔を交互に見比べ、そして、深いため息をついてから、半ばヤケクソ気味に宣言した。

 

「あー、取り敢えず……俺の兄貴ってことで、よろしく頼む」

「悠仁ィィィィィィィッ!!!」

 

 虎杖のその言葉を聞いた瞬間、脹相は嬉しさのあまり両手を突き上げ、地下施設に響き渡るほどの歓喜の雄叫びを上げた。ついに末弟から公認された兄の称号。

 釘崎はドン引きし、真希は呆れてため息をつき、乙骨は苦笑いしていた。

 

 奇跡の生還、新たな絆、そして拭えぬ罪。

 様々な感情が交錯する中、彼らの瞳には再び強い光が宿っていた。

 この狂った死滅回游を終わらせるための足掛かりを求めて。

 虎杖たち一行は、天元が待つ、高専のさらに深い深淵――星漿体と同化するための祭壇へと、決意の足取りで進んでいくのであった。




釘崎ィ!宿儺の指に共鳴りしまくって宿儺倒そうぜ!!
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