役立たずの三輪 作:メカ丸ゥゥゥウウウ!
コガネ、ルール追加だ。放送時間を2時間に拡大しろ。あと黒沐死とのkissはサラッとしてくれ。
夜の冷気が、血の匂いを孕んで禪院家の庭園に澱んでいた。
特級呪具
彼女は、裂かれた傷口周辺の筋繊維を自らの意志で強制的に収縮させ、千切れた血管を極限までパンパンに隆起した筋肉の圧力によって強引に押さえつけた。
呪力による治癒ではない。純粋な物理的圧力による、荒技の止血。
数秒後、ダラダラと流れ出ていた鮮血がピタリと止まり、真希の強靭な肉体は再び戦闘の継続を可能とする状態へと持ち直した。
「見事な応急処置ですね。さすがは天与の肉体、生命力の桁が違います」
その様子を静かに見守っていた水色の髪の少女――蘆屋貞綱は、三輪霞の丁寧な口調のまま、感嘆の吐息を漏らした。
真希の出血が完全に止まり、彼女の瞳に再び猛烈な闘志と殺意が宿ったことを確認した瞬間。
貞綱が発していた空気が、一変した。
先ほどの徒手空拳の打ち合いで見せていた、荒々しくもどこか遊びの延長のような雰囲気は完全に消え失せ、冷徹で、静謐で、そして絶対的な死を約束する剣鬼としての圧倒的な殺気が、庭園の空間を物理的に圧殺し始めたのだ。
「では、再開しましょうか」
貞綱が、片手で釈魂刀を正眼に構えた。
次の刹那、彼女の姿が夜の闇にブレて消失する。
「シッ!」
真希の野生の勘が、死の危険を告げていた。彼女は竜骨を構え、全神経を研ぎ澄まして迎撃の態勢をとる。
しかし、貞綱の剣術は、真希がこれまでの人生で培ってきた武術の常識を、根本から覆す異次元の領域にあった。
ガキンッ!! キィィィィンッ!!
火花が夜空に散る。
先ほどまでの徒手格闘では、技量において真希が貞綱を上回り、攻勢をかけていた。
だが、刃を交えた今、状況は完全に逆転していた。真希は、文字通り防戦一方へと追い込まれていた。
貞綱の振るう釈魂刀は、音すら置き去りにする神速の刺突、袈裟斬り、逆胴、そして重力に逆らうような変則的な斬り上げを、流れるような水面のように淀みなく繰り出していく。
ほんの数十秒の間に、百を超える尋常ではない数の斬撃が交差した。
真希の暴君の肉体から繰り出される反応速度は、確かに貞綱の剣の軌道にギリギリで追いつき、竜骨の刃を盾にして致命傷だけは辛うじて防ぎ続けている。
しかし、それだけだ。
百の手数を凌ぎながら、真希は反撃に繋がる一手を、ただの一度たりとも返すことができていなかった。
貞綱の剣の軌道には、一切の無駄も、隙も、呼吸の乱れすら存在しない。真希が竜骨を押し返し、わずかな間合いの隙を突こうと踏み込もうとするたびに、貞綱はそれを完璧に先読みし、さらに速く、さらに重い斬撃を真希の急所へと被せてくる。後の先、あるいは先の先。極め抜かれた剣の理が、真希の暴力的な身体能力を完全に封じ込めている。
「くそっ……! はえぇ……!」
真希が歯軋りをする。
防ぎきれない剣閃の余波が、真希の頬を、太ももを、そして脇腹を次々と浅く切り裂いていく。赤い血の線が彼女の強靭な肌に増えていく。
「オラァッ! どうしたァ!! さっきまでの威勢はどうしたんだよ!!」
貞綱の口から、刀を打ち鳴らす快音に混じって、粗野で男勝りな歓喜の怒声が飛んだ。
感情が昂り、剣鬼としての闘争本能が顔を出す。
その粗野な声に気を取られた、ほんの100分の1秒。
貞綱の釈魂刀が、下段から蛇のように這い上がり、竜骨を握る真希の右腕の前腕筋を薄く、しかし正確に切り裂いた。
「チッ……!」
筋肉の繊維を断たれたことによる生理的な反射。真希の右手の握力が、ほんの一瞬だけ、わずかに緩む。
貞綱が、その決定的な死角と一瞬の隙を見逃すはずがなかった。
貞綱は、釈魂刀の峰を真希の竜骨の刃の下に滑り込ませ、テコの原理と己の異常な筋出力を利用して、全力で上空へと跳ね上げた。
真希の手から、握力の緩んだ竜骨がすっぽりと抜け落ち、夜空高くへと勢いよく弾き飛ばされる。
最大の武器である呪具を失った。
「しまッ……!」
真希は焦燥に駆られ、己の強靭な脚力で跳躍し、空中に打ち上げられた竜骨を掴み取ろうと手を伸ばした。
だが、その真希の動きすらも、貞綱の手のひらの上であった。
「甘いですねぇ」
三輪の丁寧な口調に戻った貞綱は、真希が空中に浮いた瞬間、自らの右手に握っていた釈魂刀を、投槍のように真希の胴体目掛けて全力で投げつけたのだ。
ヒュンッ!! と空気を裂いて迫る、あらゆる硬度を無視して魂を断つ特級の刃。
空中で身動きの取れない真希は、竜骨を掴むことを諦め、目前に迫る死の刃を回避するのではなく、受け止めるという極限の選択を強いられた。
真希は空中で身体を捻り、飛来する釈魂刀の白刃のギリギリのラインを見極め、その柄の部分を両手でガシッと掴み取った。
そのまま地面へと着地し、後方へ数メートル滑りながら勢いを殺す。
「……ッ、危ねぇ……」
真希が冷や汗を流しながら、手にした釈魂刀を構え直した、その直後。
トンッ。
貞綱は、上空から落ちてきた竜骨の柄を、極めて優雅な所作で空中で掴み取り、着地と同時に肩に担いでみせた。
両者の手の中で、武器が完全に入れ替わった瞬間であった。
「……ハンデですよ、真希さん」
貞綱は、三輪の愛らしい笑顔を浮かべながら、首をコテリと傾けた。
「あなたはまだ若い。その若さゆえに、あなたの剣技が未完成であるのは当然のことです。……ですから、せめて武器だけでも、そちらが有利であるべきでしょう?」
絶対的な強者の余裕。あるいは、自らの技術に対する絶対の矜持。
特級呪具釈魂刀は、真希の手へと渡った。そして、貞綱が手にしたのは、刀身に受けた衝撃と呪力を蓄積し、峰からの噴射で威力を増幅させる呪具竜骨である。
「舐めやがって……!」
真希の怒りが頂点に達する。
武器が逆転した。あらゆる硬度を無視する釈魂刀を持ったことで、真希の攻撃は必殺の刃へと昇華されたはずだ。対して、釈魂刀を失った貞綱の攻撃力は落ちるはず。
「オラァッ!!」
真希は、釈魂刀を構え、大地を粉砕する踏み込みで再び貞綱の懐へと殺到した。
必殺の横薙ぎ。
しかし。
再び衝突した両者の刃。その激突の瞬間、真希は自らの腕の骨が軋むほどの、信じられない衝撃の重さに顔を歪めた。
呪具の性能は逆転した。貞綱の火力は落ち、真希は強くなる。
そうなるはずだった。
しかし、現実は全く逆であった。依然として、真希の圧倒的な劣勢が続いていたのだ。
(……なんだ、この重さは……! さっき、私が使っていた時と全く違う!)
真希が驚愕するのも無理はなかった。
貞綱が握る竜骨は、真希が使っていた時とは明らかな別次元の威力を発揮していた。
竜骨は、受けた衝撃と呪力を蓄積して放出する呪具。貞綱は、己の肉体限界を操作し、常軌を逸した筋出力から生み出される運動エネルギーを、自らのスイングによって竜骨の刀身に直接、かつ尋常ではない効率で叩き込み、蓄積させていたのだ。
さらに、彼女の緻密な呪力操作により、峰からのエネルギー噴射のタイミングとベクトルが完璧に最適化され、ただの斬撃が大質量のハンマーで殴られるかのような、理不尽な破壊の波動へと変貌していた。
「どうしたァ! 特級呪具を持ってその程度かよ!!」
貞綱が、竜骨を軽々と振り回しながら、口の端を吊り上げて粗野に咆哮した。
真希の釈魂刀が魂を切り裂こうとも、貞綱の竜骨から放たれる圧倒的な質量の防壁が、その切先を弾き、軌道を力でねじ伏せてしまう。
武器の性能差すらも、扱う者の絶対的な技量と肉体運用の差によって、完全にひっくり返されていた。
「チッ……!」
貞綱は、舌打ちを一つ落とし、少しアプローチを変えようと思考を切り替えた。
彼女は、真希から距離を取るため、力強く地面を蹴って後方の上空へと大きく跳躍した。
十数メートルもの高さを、放物線を描いて後退していく貞綱。
「逃がすかッ!!」
真希は、空中で一切の身動きが取れないはずの貞綱の落下地点を完全に予測し、それを追撃するため、足元の石畳をクレーター状に粉砕するほどの力で地面を蹴り飛ばした。
砲弾のように宙を舞い、空中の貞綱の背後へと肉薄する真希。釈魂刀の必殺の刺突が、貞綱の心臓を穿つべく放たれた。
しかし。
空中で完全に無防備であるはずの貞綱の顔には、微かな微笑みが浮かんでいた。
タンッ。
貞綱の足元で、空気が微かに圧縮されるような音が鳴った。
貞綱は、何もないはずの空を蹴って、空中でさらに斜め上方へと軌道を急激に変えた。
「……なっ!?」
真希の刺突が、完全に空を切る。
貞綱は、空中の真希の頭上をヒラリと飛び越え、ふわりと重力を無視したような軽い足取りで、離れた地面へと着地した。遅れて、真希もまた悔しげに舌打ちをしながら着地し、距離を置いて両者は再び対峙した。
風が、庭園の木々を揺らす。
貞綱は、竜骨の柄を肩に担ぎながら、今の激しい切り結びに、確かな血の昂りと充足感を覚えていた。
暴力の極致。互角の肉体による死闘。
しかし、それと同時に、彼女の心の奥底には、ひどく冷たい物足りなさが静かに広がっていた。
(……足りない。まだまだ、足りません)
貞綱の透き通るような瞳が、荒い息を吐きながら釈魂刀を構える真希を観察する。
目の前の存在は、双子の呪縛から解き放たれ、確かに肉体としては暴君の域へと達した。
しかし、精神が。彼女の心に宿る殺意と絶望の純度が、まだ圧倒的に足りていない。
まだ完成していないのだ。この極上の素材は、もっと叩き、もっと絶望という業火で焼き入れをしなければ、真の意味での自分を壊し得る強者には至らない。
(どうすれば、彼女をもっと深い淵へと突き落とし、その魂の限界を引き出せるか……)
貞綱は、小首を傾げて数秒だけ悩んだ。
そして。
ふふっ、と。
彼女の脳内に、あまりにも残酷で、そして素晴らしいアイデアが閃いた。
貞綱は、竜骨を右手でブラリと下げたまま、ゆっくりと腰を落とし、空いた左手で足元の庭石の砂利を無造作に一握り、掴み取った。
ジャラッ。
小石の擦れる音が、静寂の庭園に響く。
「……何をする気だ」
真希は、その行動の意味が全く理解できず、警戒をさらに強めた。刀での死闘の最中に、なぜただの砂利を拾うのか。
しかし、貞綱が身体の正面を、真希からわずかにずらした瞬間。
真希の背筋を、全身の血液が完全に凍りつくような、最悪の悪寒が駆け抜けた。
貞綱の向いた方向。その視線の先にあるのは。
半壊した和室の奥。血の海の中で、気を失って横たわっている妹――真依がいる場所であった。
貞綱は、真希の顔から血の気が引いたのを確認すると、三輪の顔でこの世の何よりも邪悪に微笑み、掴んだ砂利を握った左手を、ゆっくりと、見せつけるように耳の後ろへと振りかぶった。
野球の投手の、完璧な投球の構え。
貞綱の異常な筋力と、肉体の限界を書き換えた腕力。
もし、その力が、手の中のただの砂利を全力で投擲したとしたらどうなるか。
放たれた数十個の小石は、散弾銃の弾丸など比較にならないほどの音速の凶弾と化し、和室の奥にいる真依の身体を、頭部ごと跡形もなくミンチに変えるだろう。
完全に無防備な真依に、それを回避する術はない。
「や、やめろ……!!」
真希の口から、悲鳴にも似た絶叫が迸った。
止める。止めなければ。
しかし、先ほどの剣戟で嫌というほど理解させられた。今の自分の実力と位置関係では、貞綱のあの投擲モーションを力ずくで抑え込むことも、空中で砂利を全て叩き落とすことも不可能だ。
ならば、どうする。
答えは一つしかなかった。
ドンッ!!
真希は、思考を放棄し、本能のままに駆け出していた。
彼女の脚力が石畳を粉砕し、一直線に向かうその先は、貞綱の懐ではない。
投擲の射線上。半壊した奥の院、最愛の妹が眠る血の海へと向かって、自らの強靭な肉体を盾にするために、真希は一切の躊躇なくその身を躍らせたのであった。