役立たずの三輪   作:メカ丸ゥゥゥウウウ!

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最初は釘崎を虎杖と合流させたら日車のガベルと釘崎のトンカチ似てて面白いやんと思いましたが、日車出すと法律関係で間違いそうなので単独で頑張ってもらいます。


死滅回遊で③

 その日。

 京都の禪院家本邸において、貞綱が、かつての最強の暴君を彷彿とさせる真希と死闘を繰り広げ、本邸を半壊させていた、まさにその頃。

 

 日本の首都、東京。

 呪術界の暗部を支配する羂索が仕掛けた未曾有のデスゲーム、死滅回游の舞台となった結界の境界線に、三人の若き呪術師たちが立っていた。

 虎杖悠仁、伏黒恵、そして、渋谷事変の死の淵から完全復活を果たして生還した、釘崎野薔薇である。

 

 伏黒の義理の姉である津美紀を、この狂気のゲームから救い出すため。

 三人は、固い決意と共に東京第一コロニーへの参加を宣誓し、暗く淀んだ結界のベールの中へと、足を踏み入れた。

 

――グワンッ。

 結界を通過した瞬間、釘崎の三半規管が激しく揺さぶられ、視界が唐突に暗転した。

 空間が歪み、世界が反転するような強烈な浮遊感。

 次に彼女の視界に光が差し込んだ時、彼女の足の裏に感じていたはずの硬いアスファルトの感触は、完全に消失していた。

 

「……は?」

 

 強烈な風切り音が、耳元を通り抜ける。

 釘崎が目を開けた時、彼女の眼下に広がっていたのは、ミニチュアのように小さく見える東京のビル群であった。

 結界の通過による、ランダムな強制転送。

 釘崎が放り出されたのは、およそ地上から百五十メートルの空中であったのだ。

 

「ちょっと、冗談でしょ……!」

 

 重力が牙を剥き、釘崎の身体は猛烈な速度で地上へと真っ逆さまに落下していく。

 普通の人間であれば、ただ絶望して地面に激突し、肉のトマトケチャップに変わるだけの絶対的な死の落下。

 しかし、彼女は呪術高専東京校の一年、幾多の死線を潜り抜けてきた呪術師である。

 

 釘崎は空中で瞬時に体勢を立て直し、落下軌道のすぐ横を通り過ぎようとしている巨大なガラス張りの高層ビルの側面へと、自らの身体を強引に寄せた。

 

「シッ!」

 

 彼女は腰のホルダーから愛用の金槌を抜き放ち、それに呪力を込めて、ビルの側面のコンクリートの支柱部分目掛けて力任せに打ち込んだ。

 

 ガガガガガガッ!!

 金槌の金属部分がコンクリートを削り、激しい火花と白煙を上げながら、落下速度に対する強烈なブレーキとして機能する。

 肩の関節が外れんばかりの衝撃。釘崎は奥歯を噛み締め、金槌を壁に擦り付けたまま、さらに呪力で肉体を強化して衝撃を殺していく。

 百メートル、五十メートル、十メートル。

 凄まじい摩擦熱で金槌が熱を帯びる中、地面が目前に迫った瞬間、彼女は壁から金槌を引き抜き、空中でくるりと回転して、見事に両足でアスファルトの地面へと無傷で着地した。

 

「……ふぅ。ビビらせやがって。どんなお出迎えよ、全く」

 

 釘崎は、焦げ臭い匂いを放つ金槌を軽く振り、乱れた制服のプリーツスカートの裾を整えながら、周囲を見回した。

 虎杖も伏黒もいない。結界の転送は、プレイヤーをバラバラの地点へと配置するらしい。

 

 ため息をつきながら、釘崎は自分が降り立った場所の風景を、改めて確認した。

 そこは。

 彼女が田舎から上京してきて初めて訪れた、あの思い出の街。

 東京の流行の最先端であり、若者たちのエネルギーが渦巻いていた憧れの街、原宿であった。

 

 しかし。

 彼女の目の前に広がっていたのは、かつての喧騒や、クレープの甘い匂い、色鮮やかなファッションに身を包んだ人々の波など、微塵も存在しない、ただの薄汚い廃墟群であった。

 道路の真ん中には、アスファルトが地震でも起きたかのように無惨にひび割れ、巨大な陥没穴が口を開けている。

 交差点の信号機は、支柱の根元からへし折られ、道路を塞ぐように横たわり、虚しく点滅を繰り返している。

 そして何より釘崎の目を引いたのは、立ち並ぶテナントビルやブティックの壁面の異様な惨状だった。

 どの建物も、まるで巨大なパチンコ玉か砲弾でもぶつけられたかのように、壁の一部が円形に深くへこみ、ガラスが粉々に砕け散っていたのだ。

 

「……なんだよ、これ」

 

 少し呆然としつつも、釘崎の足は、無意識のうちに原宿のメインストリートを歩き出していた。

 誰もいない、風の音と遠くの鴉の鳴き声だけが響くゴーストタウン。

 上京してきたあの日、この街を歩いた時の高揚感が、脳裏に蘇る。

 いつか、呪術師としてバリバリに稼いで、この街にある高級なブランド物を買い漁ってやる。田舎のしがらみから抜け出し、東京という大都会で、自分らしく、最高にイケてる女になってやる。

 そんな、硝子細工のようにキラキラとした憧れを抱いていた街が、得体の知れない羂索のテロと、このデスゲームに参加しているプレイヤーたちの手によって、無惨に踏みにじられている。

 釘崎の胸の奥で、静かな、しかし確かな怒りの火種が燻り始めていた。

 

 トボトボと、破壊された商品棚を店の外から眺めながら歩いていると、釘崎の足は自ずと、原宿のランドマークの一つである表参道ヒルズの前へと向かっていた。

 

「……ん?」

 

 釘崎は、その巨大な複合商業施設の前に立って、微かな違和感を覚えた。

 周囲のビルが軒並み破壊され、壁がへこみ、ガラスが割れているというのに。この表参道ヒルズの建物だけは、奇妙なほどに外傷がなく、綺麗に保たれていたのだ。

 

 釘崎は警戒を緩めず、金槌を右手に握り締めたまま、自動ドアの開いたままになっているエントランスから、施設の中へと足を踏み入れた。

 

 施設内は、外部の惨状が嘘のように静まり返っており、高級感のある間接照明が、主のいない空間を淡々と照らしていた。

 季節は、秋も鳴りを潜めて本格的な冬へと移行しようとする、底冷えのする時期。

 各ブランドのショーウィンドウには、高級なカシミヤのコートや、仕立ての良いマフラー、美しい革のブーツなど、冬物を多く取り揃えたマネキンたちが、虚ろなポーズで立ち尽くしている。

 

 釘崎は、その煌びやかなショーウィンドウを横目で見ながら、本館の中央にある、地下へと続く緩やかなスロープを、ゆっくりと下っていた。

 こんな状況でもなければ、絶対に目を輝かせて飛び込んでいたであろう高級店ばかりだ。

 少しだけ、気が抜けていた。

 そう自覚したのは、下の階層から、カツン、カツンという、硬いヒールの足音が、明確にこちらへと近づいてくるのを耳にした時だった。

 

「ッ……!」

 

 釘崎は慌てて足を止め、正面へと鋭い視線を向けた。

 スロープのカーブを曲がり、下から姿を現したのは、一人の女であった。

 

 最初の印象は、絵に描いたような成金お嬢様。

 丁寧に巻かれた金髪の縦ロール。服装は、戦場である死滅回游のコロニーには全く不釣り合いな、黒とワインレッドを基調とした、フリルたっぷりのゴシック調のドレス。

 そして、何よりも釘崎の目を引いたのは、その女の左腕に掛けられていたバッグだった。

 それは、釘崎がいつか金を貯めて絶対に買ってやろうと心に決めていた、この表参道ヒルズに入っている超高級ブランドの、最新モデルのバッグであった。

 

 女は、スロープの上で警戒の態勢をとる釘崎を見上げると、歩みを止め、優雅に扇子で口元を隠した。

 

「コガネ。彼女もプレイヤーかしら?」

 

 女が、虚空に向かって問いかける。

 すると、女の肩口の空中に、死滅回游のプレイヤーに憑く式神であるコガネがポンッと煙と共に現れた。驚くべきことに、そのコガネは一般的な虫のような姿ではあるが、なぜかご丁寧に執事服を着込んでいた。

 

「はい、お嬢様。彼女も立派な泳者でございます」

 

 執事服のコガネが、恭しく一礼して回答する。

 

「そう。なら、排除するしかありませんわね。私の美しいショッピングの時間を邪魔する害虫は」

 女が、扇子をパチンと閉じた、その瞬間。

 

キュイィィィィィィンッ!!!!

 

 突如として、女の頭部を飾っていた金髪の縦ロールの中央から、ドリルのような、あるいは巨大な砲弾のような金属質の呪力塊が、モーター音のような轟音と共に発射された。

 

「なッ!?」

 

 それは、見た目のふざけたギミックとは裏腹に、殺人的な速度と質量を伴っていた。

 釘崎は咄嗟に身を屈め、横へと激しく跳躍してその砲弾を避けた。

 

 釘崎の背後で、建物を揺るがすほどの巨大な爆発音が響いた。

 釘崎が冷や汗を流しながら振り返ると、そこには、表参道ヒルズの頑強なコンクリートの太い柱が、円形に深く穿たれて、完全に粉砕されている光景があった。

 パラパラと崩れ落ちるコンクリートの破片。

 

 その、円形に穿たれた破壊の痕跡。

 釘崎の脳内で、パズルのピースがカチリとはまった。

 結界に入ってから原宿の街を見て回った時に見かけた、無数のテナントビルの壁のへこみ。柱の破壊跡。

 それと、今目の前で抉り取られた柱の破壊跡は、そのサイズと形状において、寸分違わず見事に一致していたのだ。

 

「……なるほどね」

 

 釘崎は、ゆっくりと立ち上がり、手に持った金槌をクルリと回した。

 原宿の街をあそこまで無惨な廃墟に変えた元凶は。

 他でもない、この目の前にいる、頭のイカれた成金縦ロール女だということだ。

 

「おい、お前」

 

 釘崎の口から発せられたのは、怒鳴り声ではなく、感情が一切乗っていない、氷のように平坦で冷たい声だった。

 その声が、静寂のフロアに不気味に響き渡る。

 

「その腕に掛かってるバッグは……ちゃんと、金を出して買ったんだろうな?」

 

 釘崎の問いに対し、女は心底不思議そうな、そして周囲の人間を見下しきったような傲慢な笑みを浮かべた。

 

「何を馬鹿なことを言っていますの? 私にふさわしい美しい物は、全て私の手の中にあるべきですわ。この私が身につけてあげることで、その物に価値が生まれるのですから」

 

 女は、盗んだバッグをこれ見よがしに撫でてみせた。

 

「お金なんて、下賤な物と交換する必要がどこにありますの?」

 

 略奪。簒奪。

 己の欲望の赴くままに、街を破壊し、ショーウィンドウを叩き割り、他人が心血を注いで作った価値あるものを、金も払わずに自分のものにする。

 釘崎にとって、それは絶対に許すことのできない冒涜であった。

 

 田舎の閉鎖的な村から、東京という大都会の煌びやかな世界に憧れて出てきた彼女にとって。

 この街にある服やバッグ、ブランドの数々は、ただの物質ではない。自分が自分らしく生きるための、自立するための、努力と対価を払って手に入れるべき硝子細工の夢なのだ。

 それを、こんな薄っぺらい成金趣味の女が、土足で踏みにじり、我が物顔で汚している。

 その事実が、釘崎野薔薇の沸点を完全に突破させた。

 

「……あー、そう。よく分かったわ」

 

 釘崎は、金槌を強く握り締め、もう一方の手の指の間に、四本の釘をジャキッと挟み込んだ。

 そして。

 原宿の街を破壊された怒り、そして自身の夢を汚された怒りの全てを込めて、フロアが震えるほどの声で吠えた。

 

「てめえに相応しいのは、カビの生えた中古の古臭いバッグでしょ!! この、泥棒成金女ァァァッ!!」

 

 その強烈な罵倒に、女の顔から一瞬にして余裕の笑みが消え去り、額に青筋が浮かんだ。

 

「……誰に、そんな口の利き方をしているのかしら。その泥水で洗ったような下品で足りない頭に、私の気品をドリルでぶち込んであげますわ!」

 

 女の縦ロールが、再びキュイィィィンとモーター音を鳴らして回転し始める。

 

「どこのどいつだよ、てめえ!!」

 

 釘崎もまた、金槌を振り被り、呪力を爆発的に高めた。

 

 二人の術師の殺意が交錯し、激突しようとした。

 まさにその瞬間である。

 

 ポンッ、ポンッ。

 二人の間に、二匹のコガネが同時に出現し、無機質な電子音で、全プレイヤーに向けた全く同じアナウンスを告げた。

 

「ルールが追加されました。ルール10:泳者は、他泳者に任意の得点を譲渡することができる」

 

 そのアナウンスを聞いた瞬間、釘崎の口角が、ニヤリと吊り上がった。

 ポイントの譲渡ルール。

 結界に入る前、虎杖たちと話し合っていた、死滅回游を平定し、津美紀を救うために絶対に必要となるルールの追加。

 これを追加したのが、先行して結界に入っていた虎杖なのか、それとも伏黒なのかは分からない。どちらにせよ、二人のうちのどちらかが、すでにポイントを荒稼ぎしている他プレイヤーと接触し、条件を満たしてこのルールを死滅回游の総則に組み込んだのだ。

 

(やってくれたわね、あんたたち)

 

 これで、釘崎がやるべき目標は完全に、そして明確に定まった。

 

 殺し合いをして百点を目指す必要はない。

 伏黒の姉である津美紀を助け、このふざけたデスゲームから抜け出させるために。

 目の前にいる、このムカつく泥棒女を完膚なきまでにぶちのめし、ルールを利用して、持っているポイントを全額カツアゲすればいいのだ。

 

「……ちょうどいいわ」

 

 釘崎は、ニィッと獰猛な笑みを浮かべ、女に向かって金槌の切先を突きつけた。

 

「名前、なんて言うのよ。お嬢様」

 

 女は、不快そうに鼻を鳴らし、扇子で自らの胸元を指し示した。

 

「西園寺 瑠璃子。……覚えておくことですわ、冥土の土産に」

 

 コガネの表示パネルが、西園寺瑠璃子の情報を空中に映し出す。

 所持得点、三十五点。

 すでに七人以上の術師か、あるいは数十人の非術師を殺害している計算になる。油断ならない相手だ。

 

「三十五点ね。……全部、置いていきなさい。あんたが万引きしたそのバッグごとね」

 

 釘崎野薔薇の瞳に、強烈な呪力の炎が宿る。

 

 東京第一コロニー、表参道ヒルズ。

 憧れの街の残骸の中で、田舎から上京してきた少女と、狂気の成金お嬢様による、容赦のないポイント争奪戦の幕が、今、切って落とされた。




この金髪縦ロールお嬢様は239話の冒頭で羂索と戦ってたキャラクターです
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