役立たずの三輪 作:メカ丸ゥゥゥウウウ!
上空の天蓋が吹き飛び、降り注ぐ木漏れ日の中、特級呪霊花御と対峙する空間に新たな緊張が走っていた。
乱入してきた虎杖悠仁と東堂葵。二人の到着とほぼ同時期に、木々の奥から巨大なパンダ――東京校二年のパンダが駆けつけていた。彼は即座に状況を察知し、重傷を負った伏黒恵と、意識を失いかけている禪院真希を両腕に抱え上げる。
「伏黒、真希! 無理はするな、俺が結界の外へ運ぶ!」
「……近くに加茂さんもいる。そっちも頼む、パンダ先輩」
伏黒が苦痛に顔を歪めながら頷くのを見届け、三輪霞は静かに刀を構え直した。負傷者が離脱した今、後顧の憂いはない。目の前にそびえ立つ特級呪霊を、ここにいる三人――自分と虎杖、そして東堂で確実に祓う。
三輪の極限まで研ぎ澄まされた感覚は、花御の驚異的な硬度と呪力量を正確に測り続けていた。一人では削り切れない。だが、三人で連携し、波状攻撃を仕掛ければ必ず勝機は生まれる。彼女の導き出した結論は間違っていなかった。
「虎杖くん、東堂先輩。三方向から同時に――」
三輪が作戦を口にしようと一歩踏み出した、その瞬間だった。
東堂の巨体が、三輪と花御の間に割り込むように立ち塞がった。
「引っ込んでいろ、三輪」
一切の感情を排した、しかし絶対の拒絶を孕んだ声。東堂は三輪を一瞥すらせず、ただ虎杖だけを見つめていた。
「ここは
三輪は僅かに眉をひそめた。
「何を言っているんですか、東堂先輩。相手は特級ですよ。悠長なことを言っている場合じゃありません、数で圧倒しないと……!」
「俺の言葉が聞こえなかったか?」
東堂の眼光が鋭く光った。言葉による説得は無意味だと判断したのだろう。彼は突如として地面を蹴り、味方であるはずの三輪へと猛然と殴りかかった。
容赦のない、殺意すら孕んだ右ストレート。手加減を感じさせないそれは、並の術師であれば、受け止めた腕がそのまま折られるほどの威力。
だが、三輪の瞳はその拳の軌道を、コマ送りの映像のように鮮明に捉えていた。
(味方を攻撃……!? 馬鹿なの!?)
一瞬、三輪の胸中に普段の彼女にはない粗野な怒りがよぎった。しかし、肉体は極めて冷静かつ合理的に動いた。
彼女は刀を抜かなかった。抜けば、味方である東堂を斬り捨ててしまうからだ。代わりに彼女は、鞘に納まったままの刀を両手で水平に構え、東堂の拳を正面から受け止めた。
まるでダンプカー同士が正面衝突したかのような、凄まじい轟音。
東堂の拳が鞘に激突した瞬間、三輪の足元の地面が蜘蛛の巣状に深く陥没し、土塊が爆発的に巻き上がった。
東堂は、自らの拳が決して動かない巨大な鉄の山にぶつかったかのような錯覚を覚えた。三級呪術師の細腕で受け止められる質量ではない。
次の瞬間、三輪の強靭な下半身から生み出された莫大な反発力が、鞘を通して東堂の巨体を跳ね返した。
「チッ……!」
東堂の巨体が後方へと吹き飛ばされ、靴底で地面を削りながら数メートル先でようやく停止する。
東堂は僅かに目を見開き、三輪を見た。
(今の反発力……ただの呪力強化じゃないな。なんだこの肉体の密度は)
だが、東堂の興味はすぐに虎杖へと戻った。
一方の三輪は、構えを解かずに舌打ちを堪えていた。
(私がここで無理に加勢すれば、東堂先輩は不義遊戯を使って私を妨害してくる。そうなれば、連携どころか同士討ちで自滅するだけだ……)
三輪は自身の内に底知れぬ力が宿っていることを自覚しつつも、東堂の厄介な術式と狂気じみた信念を前に、現状での単独行動はリスクが高すぎると判断した。
「……分かりました。今は、傍観します」
三輪は刀を下段に下げ、戦闘の輪から一歩退いた。戦況を俯瞰し、最悪の事態にのみ介入するためのバックアップに回る決断だった。
そして、東堂による虎杖への苛烈な叱咤が始まった。
「怒りに身を任せるな! 呪力はへその下から絞り出すものではない、全身に満ちるものだ!」
東堂の言葉を受け、虎杖の雰囲気が劇的に変化していく。三輪の優れた観察眼は、虎杖の体内で乱れていた呪力の流れが、一つの巨大な奔流となって最適化されていくのをはっきりと視ていた。
花御が動く。無数の木の根が地を這い、虎杖の命を刈り取らんと殺到する。
虎杖は深く息を吐き、姿勢を低くした。
打撃との誤差、0.000001秒以内に呪力が衝突した際に生じる、空間の歪み。
――
黒く輝く呪力の稲妻が、森の空間を切り裂いた。
虎杖の拳が花御の腹部に直撃した瞬間、空間そのものが軋みを上げ、特級呪霊の巨体が砲弾のように後方へと吹き飛ばされた。
「……すごい」
三輪は息を呑んだ。
異常なまでに強化された彼女の視覚は、あの黒い火花がどれほど高密度で、どれほどの破壊力を秘めているかを痛いほどに理解していた。あれは狙って出せるものではない。実力と集中力、そして運の絡む奇跡の一撃。
(一年生で、あれほどの打撃を……。私も、負けていられない)
虎杖が黒閃を決めたことで、東堂が満足げな笑みを浮かべた。
「合格だ、ブラザー。さあ、特級を祓うぞ」
その言葉を合図に、三輪も再び戦闘態勢に入った。東堂が虎杖を認めた今、自分を妨害する理由はなくなったはずだ。
三人での波状攻撃が幕を開けた。
しかし、いざ連携が始まると、三輪はすぐに奇妙な居心地の悪さを感じていた。
虎杖と東堂。この二人の連携は、あまりにも異常だった。出会ってから一時間も経っていないはずなのに、二人はまるで一つの生命体のように、互いの思考と死角を完璧に補い合っていた。東堂が蹴りを放てば、虎杖がその死角から拳を突き出す。一切の淀みも、事前の打ち合わせもない、純粋な戦闘センスの共鳴。
そこに、三輪が入り込む隙はなかった。
(この二人のリズムに無理に合わせようとすれば、逆に私の動きが不協和音を生む。二人の連携を邪魔してしまう)
三輪の脳が、瞬時に最適解を弾き出した。
(私はアタッカーじゃない。二人が動きやすいように、徹底的に隙を作るサポーター!)
三輪は戦場の外周を、常軌を逸したスピードで駆け抜け始めた。
花御が虎杖の死角から鋭い木の槍を射出した瞬間。
「シッ!」
三輪が疾風のように割り込み、抜刀術で木の槍を根元から綺麗に切断する。
花御が東堂に向かって巨大な呪力の塊を放とうと腕を振り上げた瞬間。
三輪が足元の木を蹴り上げ、上空から花御の脳天目掛けて、鞘に納まったままの刀で重烈な一撃を叩き落とす。
ガァンッ!!
刃を通さないための鈍器としての運用。異常なまでに向上した三輪の筋力と呪力が生み出すその打撃は、花御の強固な外殻にヒビを入れ、脳を激しく揺らした。
「ナイスだ、三輪!」
その一瞬の硬直を見逃さず、虎杖と東堂が同時に花御の死角に潜り込み、重い双発の打撃を叩き込む。
見事な連携だった。
主砲である虎杖と東堂。そして、どんな変則的な反撃も許さない、鉄壁の遊撃手である三輪霞。
三人の猛攻は確実に花御の体力を削り、その再生速度を上回るダメージを蓄積させていた。
だが、追い詰められているはずの花御の顔に、焦りはなかった。
それどころか、その異形の顔の口元が、わずかに吊り上がっていた。
『……嗚呼』
花御の思考が、空間に直接響き渡る。
それは、森を守るという使命や、人間への憎悪といった理屈ではない。
ただ純粋に、自身の限界を引き出してくれる強者たちとの命の削り合いに、魂が歓喜していたのだ。
『闘いとは、こんなにも熱いものだったのですね』
ゴォォォォォ……ッ!!
花御の体から、これまでとは比較にならないほど濃厚で、凶悪な呪力が噴き出した。
自身に課していた森を守るという無意識の枷が外れ、闘争の本能が完全に解放されたのだ。
「来るぞ……!」
東堂が笑みを深める。
三輪は刀の柄を強く握り締め、全身の筋肉を限界まで緊張させるのであった。