前回のあらすじ、機動部隊に接近する敵機の迎撃を行った明とルー、そしてアリスはその帰り道に里緒を目撃、空母までエスコートする。しかし単独での着艦は難しく、零戦がコルセアを下から支えて無理やり着艦させる。しかしその過程で零戦は海へと沈み、機体を失った明は海に漂流しつつ途方に暮れるのであった。
「3年近く乗り潰してここで終点か、申し訳ない…」
名残惜しそうにそんな事を呟いた頃には航跡の波は収まり、停船した空母のゴムボートが明を救助する。エマージェンシーシートに包まって勇ましく発艦する流星改の姿を眺める。これから敵攻撃隊残存戦力の後を追い、敵艦隊へと向かうのだろう。
「第1次攻撃隊の陣容は?」
ボートの操縦士に尋ねた。
「流星改が13機と護衛の戦闘機が30機です」
「…少ないな」
「パイロットが不足しているんです、新人のパイロットが飛べてたらもう少し話は変わってましたよ」
「…」
こればっかりは何も言い返せないので沈黙する。そのまま水気を吸った飛行帽を脱ぎ、出撃する機体へ手を振った。ボートが引き上げられるとドーラとスピットファイアが着艦していた。冬が終わろうとしている時期だが日光は力強く、乾きかけたパイロットスーツには塩分だけが残り肌にべったりと張り付く。
「里緒は無事だったか?」
ずっと海で浮かんでいただけなので状況は把握していない、故に降りてきたルーとアリスに声をかける。
「明…無事だったか…」
明の姿を見たルーが安堵した、しかしその表情はすぐに険しいものへと変わる。
「里緒は無線で聞いた限りだと重症、これから手術になるから聞きたいことがあれば聞いておけと…」
「話聞けるってことは意識はあったのか」
アリスは後ろで何やら整備兵と話をしている、しかしどちらかと言うと話と言うより一方的に声を張り上げているように見えるが内容までは把握出来ない。
「いや、どうも戻ってきてからは衰弱してて気を失ったり目を覚ましたりの繰り返しらしい」
「…生きて帰ってきてくれただけ万々歳だ、あとは俺たちに任せてもらおう」
整備兵との話を終えたアリスが駆け寄ってきたと思えば真っ先に潮まみれの明を罵った。
「随分と磯臭いわね、とりあえずあんたはその塩漬けの服着替えなさい。整備兵に頼んで燃料と弾薬の補給を優先してもらったわ、あんたも多分予備の何かしらが回されるでしょ」
「わかった、奇襲されてシャワー室ごと爆散しない事を祈っといてくれ」
冗談まじりにそんな事を言ってみたがアリスに軽く流される。
「はいはい」
明がシャワーに向かったのでアリスとルーがその場に残される。
「…里緒の様子でも見に行くか」
「そうね、あんた相手なら何か話すこともあるでしょ…」
互いにビジネスライクな関係と感じている節があり、会話も弾むことなく医務室に到着する。
「うるせぇな!あと五分でいいから待たせてくれ!」
「腕が千切れかけてるんですよ、頼むから大人しくしてください!」
聞き覚えのある人物の声が力強く響いている。それは2人が居る廊下まで響き、すぐさま医務室へ駆け込む。
「大丈夫なのか!?」
ルーが半ば飛び込むような勢いで医務室のドアに手をかけて里緒の様子を一目見んとする。
「来たか…」
「逝ったかと思ったぞ」
「とんでもない、待ってたんだ」
ルーとそんな冗談を交わす余裕はあるようだ、しかし里緒は右腕がドレープで覆われているが、その上からでも明らかに異常だと分かるほどの出血量だ。
「明はどこ行ったか知らんがまあいいだろう」
彼の腕への信頼からかそんなな事を口にする、里緒は左手で小さな用紙を取り出してルーに手渡す。
「これを渡したいってだけの事だったんだがな…」
端には血が滲んでいるが、はっきりと読める座標とキロノットの数値、敵の戦力や機体の種類が書き出されている。
「…ありがとう、よくここまで生きて帰ってきてくれた」
「あぁ、五体満足で帰って来れたと思ったけど…今から右腕は切り落とすしかないらしい」
発声が弱々しくなった里緒は衛生兵に酸素マスクを装着される。
「それにお前達が知りたいであろう事はそれに全部書いてある、あとは任せた…あいつの敵討ちでも、単純に戦したいだけにしても勝手にしろ…」
そう言い残した里緒はベットに体を預けて気を失うように眠り始めた。
「すぐに手術しますので退室をお願いします!」
衛生兵の一人に医務室を追い出され、廊下に2人は立ち尽くす。
「とりあえずそれを司令部に持ち込んで第二波攻撃に備えましょ」
アリスはルーが握りしめる紙を顎で指し示す。
「あぁ、この情報絶対に無駄にはしない」
時を同じくしてシャワーを終えた明は予備のパイロットスーツに身を包んでいた。
「これ爆撃機隊の…」
流れ星を模したパッチが施された腕章と普段の濃紺色とは違う限りなく黒に近いグレーのパイロットスーツは明には重く感じられる。
「医務室に居るのか?」
更衣室を出た明は医務室へと向かう。しかしその途中で通りかかった無線室に惹き付けられる。
『こちら第一次攻撃隊、敵艦隊と接敵!軽空母2 重巡2 軽巡3 駆逐艦8から構成される。護衛機多数!』
「了解、別動隊に注意しつつ攻撃をされたし!」
そんなやり取りが扉越しにも伝わるボリュームで行われている。
(軽空母2隻って少ないな、雷撃機隊の数からして倍は居てもおかしくはない…)
疑問を抱きつつも前線の味方を信じ、今は医務室へ向かう。しかし辿り着いた医務室は立ち入り禁止、ドア前で衛生兵の一人に追い返される。
「ここじゃないのか…」
頭を掻いて途方に暮れていると今度はパイロットを緊急招集する旨の館内放送が鳴り響く。
『戦闘行動が可能なパイロットは全員ブリーフィングルームへ集合してください』
「しめた!」
ここに集まれば2人に合流は出来る、そう確信してブリーフィングルームへ急ぐ。到着したブリーフィングルームには既に多くのパイロットが集まっていたが皆顔に生気がない、疲労困憊といった具合だ。
「やっと来た、こんな時に随分と長風呂ね」
部屋の隅で壁にもたれてブリーフィングの開始を待っているアリスとルーを発見して駆け寄る。
「シャワー浴びてたのは3分くらいさ、あとはずっと2人を探してた」
「里緒が持ち帰った情報を上に報告したらこの有様だ、残ったパイロットは全員かき集められてる」
ルーがまだ指揮官が姿を見せない壇上に目を向けつつ現状を説明してくれる。
「第一次攻撃隊が接敵したって話は聞いてた、第二波として出ればいいのか?」
「違う、第一次攻撃隊が会敵したのは別動隊、主力が別で居るからそっちを叩くのが我々の任務だ」
「なるほどな…」
まだ乾かない前髪を気にしていると指揮官が入室した、部屋の空気が一気に張り詰める。
「先程出撃した攻撃隊は既に敵艦隊と交戦している。しかし重症を負いつつも帰還した偵察隊のパイロットの情報から大規模な別の艦隊が存在している事が確認された。今ここに居る我々でその艦隊に対して攻撃を仕掛ける、戦闘機も攻撃機も人員が足りていない。だが今ここで奴らを仕留めなければ追撃は不可能となる!すまないが耐えてくれ」
その後は詳細な敵の位置や編成が張り出される。しかしそこに明の名前はなかった。
「どうなってるんだ…」
編成の表を見て絶句する。
「戦闘機の予備がないらしい、未帰還機も多かったからな」
「なんも考えず海に落とすからよ、分かったら大人しくしてなさいな」
2人共長い髪を結び直し、今回ばかりは大人しく諦めろという台詞が背中に書かれているかのように思える圧力がある。
「くっそぉー」
これでは用意してもらった予備のパイロットスーツも意味がない、赤子のように駄々を捏ねたい気持ちを抑え2人について飛行甲板へと出る。
「俺も戦いたかったが叶わん、明日子の仇討ちを頼む」
「あぁ、祝杯を用意して待っていてくれ」
ルーはそう言ってスピットファイアに乗り込む、しかしその瞬間にまた予期せぬ出来事が起こる。
「敵襲っ〜!」
誰かが叫んだ、整備兵もパイロットも皆が凍りつく、真上から強く照りつける太陽に黒い影が浮かぶ。逆さ落としで敵機が突っ込んできている。その場に伏せる者、機体の影に身を隠す者、各々が反射的に退避行動を取る。しかし敵機は慈悲を見せない。
「機体から降りろ!」
無我夢中で叫んだ、パイロットと機体は真っ先に狙われる。声が届いた数名が機体から飛び降りた。その中にルーやアリスも含まれている。
「クソッ!」
それから1秒も経たずに機関砲弾の雨が降り注ぐ。数機の機体が炎上し甲板では僅かに鮮血が飛び散る。明が恐怖で閉じていた目を再び開いた時、目の前を赤い塗装のBf109が飛び抜けた。
「な、なんでお前が…」
少し前にこの手で殺めた奴、あのme262の生々しい最後を思い出して目が釘付けになる。対空砲火を嫌ったそれは超低空を駆け抜けて離脱する。
「冗談じゃない…」
今ここで確固たる意思が確立する。機体を誰かから奪ってでも追撃の後にあれの正体を突き止めると。
「ルーとアリスは!?」
我に返って2人の方を見る、アリスは機体共々ケロッとしているのだがスピットファイアが深刻な状態にあった。ルーがコックピットに頭を突っ込んで色々操作しているが様子がおかしい。体を起こしてスピットファイアのエンジン横まで駆け寄る。
「エンジンか!」
今までの快調な音とは違う、弱々しく情けない音を発している。
「エンジンが全く吹けない!」
ルーが悲痛に叫ぶ。
「燃料か?点火系か?」
「いや、シリンダヘッドに弾が降り注いだんだ。エンジンごと死んでるさ」
ルーはすんなり諦めたように体を起こす。
「こいつももうダメか、ドーラは?」
整備兵が慌ててスピットファイアのエンジンを停止させる様からドーラへと視線を変えるがドーラは気分がいいくらい綺麗に保たれている。
「運良く無傷、新しい命令であいつらを追って飛ぶ!送り狼よ!」
残った戦闘機と攻撃機が行動不能の機体の隙間を縫ってカタパルトへの搭載を待つ列へと並べられる。
「やっと明の気持ちがわかった、これは歯痒いな」
ルーはスピットファイアの翼から降りると腕を組み、天を仰ぎながら言った。
「だろ…」
無力さに呆れてつま先で甲板をコツコツと蹴る。出撃する機体を見送ろうと顔を上げた時、ふと誰も乗っておらず、損傷もない流星改が目に入った。
「…手伝え」
ルーの肩を叩き、流星改に向かって駆け出す。
「なるほどな…」
振り返ったルーも納得した様子で駆け出した。
「イナーシャハンドルを頼む」
奇襲で泡を食った整備兵が落としたのか知らないが、転がっていたイナーシャハンドルをルーが流星改に装着する。同時に明がコックピットに乗り込み燃料ポンプや電装類を起動した。
「大丈夫、動かせるさ…」
懐かしいコックピットを前にして感傷に浸るがすぐに気持ちを切替える。クランクの回転が十分加速したところで始動ボタンを押す。2000馬力の誉エンジンは逞しい音を聞かせてくれた。
「輪止めと魚雷の安全装置を外したら直ぐに乗れ!」
「判ってる!」
魚雷の先端に刺さった安全装置を引き抜き、左右の主脚に噛まされている輪止めを蹴って外す。じわじわと前進する流星の翼に飛び乗り、後席へ転がり込む。
「さっきのやつを追えば絶対に母艦に辿り着ける、そしたらこれを叩き込んでボカチンだ」
「なんでそんなに確信する?」
明が発艦を待つ機体の列に割り込む中、さっきの赤いBf109の事を思い出す。
「殺したと思ってた…けど生きていたらしい」
「…まさか!」
ルーも同じ物を思い出す。
「だが奴も重症のはず、戦っているにしても万全じゃないだろう」
思わず操縦桿を握る手に力が篭もる。
「Bf109の航続距離では機動部隊まで戻っても戦闘続行はできない、必ず母艦で補給を受ける。そこに魚雷を叩き込めばいい」
「味方の護衛機が食われない事を祈るばかりだ…」
順が回ってきて流星改がカタパルトにセッティングされる。スロットルを全開位置で固定、操縦桿から手を離して発艦に備えていると発艦を知らせるブザー音の後強烈なGと共に機体が弾き出される。800キロの魚雷をものともせずに高度を上げて編隊へと加わる。
少し遡って奇襲の直前
「敵は余程の間抜けか…」
目下の空母に蔑むような目を向ける。甲板には戦闘機の他に大型の攻撃機らしき機体も確認出来た。
「綺麗…鳥みたい」
その攻撃機はまるで巣で羽を休める鷹のような洗練された姿をしている。しかし見とれている場合ではない、あれらを1機でも破壊すれば我々に対する脅威度は大きく下がる。自身のやるべき事を再度認識し反転降下を開始した。
雲を抜けると飛行甲板は目の前に迫り、もう甲板上のシミまではっきりと見えそうだった。奴らがようやくこちらの存在に気付くがもう遅い、引き金にかけられた指へ軽く力を込める。
20ミリと7.92ミリの弾丸が甲板を掻きむしり、駐機しているうちの何機かに命中する。後続の3機も同じように攻撃を行う、甲板に衝突する寸前で引き起こし、海面スレスレをエスケープする。しかし引き起こしの途中、最も甲板が近くなった瞬間とある1つの人物が目に入った。
その瞬間、少し前の戦いがフラッシュバックする。鬼神の如く猛然と距離を詰めて機関砲を乱射する震電、そしてそのパイロットの姿も鮮明に思い出した。奴だ、奴があの震電のパイロットだと確信する。とてもエースとは思えない情けない面だがじっくり眺める暇もなく直ぐに離脱を迫られる。しかしその一瞬でよく姿形を目に焼き付けた。次見つけたら絶対に逃がさない、そう誓った。
今に戻り流星改の機内
「無線機は問題ない、航法の計算も出来る、銃座は…久しぶりだな」
可動式の座席をスライドさせ銃座の位置へ動かす。仕舞われている13ミリ旋回機銃をセット、弾薬を装填してコッキングする。
「アリスが何機か連れてBf109を追いかけてる、その位置情報を追って俺たちも進撃する」
艦隊の上空で編隊が揃うのを待った後、しかしその陣容は貧相なものだった。
「流星が7機しか居ない」
物悲しげにルーが呟く。
「確か用意されてた流星改は20機、半分以上第一次攻撃隊に使ったらしい」
「それも空振りか…」
敵艦隊を攻撃するというのだから20機でも数は少ない。だが味方戦闘機が制空権を確保、攻撃対象の対空砲火を封じれば少数でも敵艦隊にそれなりのダメージを与えることが出来る。
「前で何が起きてる…」
明は無線を起動してアリスへ繋ぐ。
「どうだ?進路は里緒の言った通りだが…」
『別に、ただ追いかけてるだけよ。向こうの方が巡航速度は速いはずなんだけど距離は開かないわ』
「そうか、通り道で奇襲される可能性もある。警戒を怠るんじゃないぞ」
『言われなくてもわかってます!』
そう言われてブツリと無線は切れた。
「大前提なんだが…Bf109が往復を前提で攻撃に来てると言うことは、敵艦隊は遠くても300キロ圏内だ」
ルーは俯いて敵味方の艦隊と自身の位置が記された地図に目を通す。
「案外すぐにかち合うな…」
そしてすぐにその言葉の通りとなる。
「…多いぞ」
ルーがふと呟く。
「あぁ、おそらく雲の中だろう」
積乱雲の真横を飛び抜けている時だった、遠くから微かに味方と異なるエンジン音が風に運ばれてくる。
「来るっ!」
ルーが13ミリの旋回機銃を構えた瞬間、積乱雲を切り裂くように敵機が飛び出して来た。聞いた通りスピットファイアとF6Fの混成部隊になっている。
『奇襲だ、上からだぞ!』
『盾になってでも攻撃機を守り抜け!』
味方戦闘機が一斉に増槽を破棄し、機首を上げる。
「上に逃げるか、いい判断だ」
ルーが味方の迅速な判断と動きに関心を示す。
「言ってる場合じゃない、回避行動!」
機首を仕掛けてきた敵機に対して速度とパワーにものを言わせて上へ逃げる、護衛以前に自信がこの奇襲から生き残るための技術だろう。しかし重しを抱えた流星改ではそうはいかない、自身の武装も期待出来る代物ではなく、味方の護衛機が必須である。
瞬間的に上空へ待避した味方戦闘機が流星改へ噛み付こうとする敵機に対して反撃を仕掛ける。そのままスピットファイアとドッグファイトになる者、F6Fに射撃を浴びせる者など、戦場はすぐに賑やかになる。
「乱戦だ、敵も味方も着いてこれてない!」
後ろの様子を確認出来るルーから報告が上がる。戦闘中に前を気にするだけでいいというのが実に楽だ。
『こちら前衛のアリスより作戦行動中の各機へ、敵艦隊を発見!』
アリスから超重要な連絡が入る、だがそれをかき消すようにルーが叫んだ!
「来るぞ!」
その声から間髪入れずに13ミリ機関銃の射撃音が機体に這って明に伝わった、堪らず後ろを見ると真後ろ上方向からF6Fが接近している。
「ダメだそんな豆鉄砲じゃ!」
機関銃の効果に意義を唱えてすぐさまフラップを展開、右に大きく旋回して回避行動に移る。しかし鈍重な機体は零戦のように思った通りには動かない。
「クソッ!」
F6Fが更に接近し銃火を放った瞬間、1機が間に割って入る。味方のA型フォッケウルフだった。
「味方が盾になった、えぇい!」
フォッケウルフの脇から射線を通してルーがF6Fのコックピットを撃ち抜き、無力化する。低火力だが急所に打ち込めば十分なダメージソースになりうるのだ。
「すまない!」
『いいんだ!こっちはひとり、そっちは二人だ!』
翼から燃料を吹き、エンジンは炎上しているにもかかわらずパイロットはキャノピーを開けてこちらへ誇らしげにサムズアップしている。フォッケウルフは高度を落としエンジンの火災が延焼、パイロットが脱出す様子はなかった。
「あんな死に方…それでいいのかよあんたは…満足したのか?」
そんな悲観的な問いが口から零れる、しかし食い気味にルーがそれを押し留めるように口を挟んだ。
「やめろ、考えるな。彼は私達のために死んだ、彼の死の価値を1秒も無駄にするな」
「判ってる…」
前を向き、再び機体を敵艦隊の方へ向ける。
「また来るぞ、正面!」
彼女の掛け声で引き金に指をかけてそのまま射撃する。左右の翼から放たれた弾幕が真正面に迫っていたスピットファイアを捉える、被弾したスピットファイアはすれ違った瞬間に体制を崩し雲の中に消える。
「爆撃機だから正面武装がないと思ったか、20ミリが2門もあるのさ!」
ルーの先程の言葉に背中を押された明は雲に消えた相手を罵るように歓声をあげる。
「更に2機、後ろからだ!」
喜びもつかの間新たな報告が後ろから聞こえてくる。後ろを確認するとスピットファイアとF6Fが1機ずつ迫っている。
「敵が多すぎる!」
魚雷を投棄して待避に専念しようとした矢先、F6Fが上からの一撃で大破炎上して墜落、それを見たスピットファイアは回避行動に移るが容赦ない第2射で翼がもげ落ちてスピンする。
『行ってください!』
助け舟の正体をこの目で知る前に聞き覚えのある声が無線から機内に響く。
『敵機は全て自分が殺します!』
見覚えのある隼がこちらに姿を見せつける、吾妻の隼だ。
「吾妻!お前は…」
しかし吾妻は返事を待たずに180度旋回すると後方の銃火が広がる空域へと飛び込んだ。
「彼の事が不安か」
機関銃のマガジンを交換するルーが尋ねてきた。
「あぁ、キレるとおっかないんだ。それに…復讐に囚われないように前を向くってのは簡単な事じゃない」
「体験談か?」
「そんなとこだ、でもあいつは自分の仕事をこなしてる。それは今の俺たちからすればありがたい事この上ない」
数で勝る敵機を必死で抑える味方を尻目に目前に迫る敵艦隊へと進む。
「7時の方向、4機いる」
雲に4つの影が写る。
「また敵機か」
ルーが咄嗟に機関銃を構えるが静止する。
「いや…あれは味方だ」
徐々に雲が薄くなり姿を表したのはドーラを戦闘にした4機の小隊だった。ドーラ,紫電一一型,P-63,ハリケーンという分かりやすい急増部隊だ。
「このメンツで、あのメッサーを追ってたってのか」
司令部がどれだけ焦ってたかがよく分かる。
『なんで護衛もなしで飛んでるのよ』
「仕方ないだろ!乱戦から抜け出してきただけだ!」
苛立ちからナチュラルに喧嘩腰でくってかかるがおそらく周りの3機にも聞かれている。
「追いかけてたメッサーシュミットはどうしたんだ?」
思い出したようにルーが訊いた。
『雲に入って撒かれたと思ったら母艦まで逃げられたわ…出来れば補給が終わるまでに叩きたいけど』
「こっちは魚雷1本だけか…」
対艦攻撃で有効打を出せる武装は流星改の800キロ魚雷のみ、勿論外せば後はない。
『流星改をハイパーキャリーして確実に魚雷を叩き込むしかないでしょう』
P-63のパイロットが口を開いた。
「なんだそりゃ…」
『ゲーム用語ですよ1人のアタッカーを残りのチームメンバーが全力でサポートする…』
『理屈の上ではそれでいいけど、上手くいくとは思えんわ』
「時間が無い、早くしないと奴らが上がるし長距離の対空砲も飛んでくる」
ルーが急かすが何一つ間違っていない、このままでは作戦以前に犬死になる。
「俺は構わない、アリス達は…」
『問題ありません』
『任務遂行のためとあらば』
『ここまで来てNOとは言えないわ、決まりね…』
全員の覚悟で空気がガラリと変わる。
『よし、私とマッシュで対空砲の狙いを引き付ける、ザニーとアカツキはそいつの護衛を頼むわ。何かあったら私の命令は待たずにそいつらの指示で動いて』
『『『了解!』』』
急造の部隊とは思えないほど互いに信頼感が強く、アリスの指揮も活きている。
ハリケーンとドーラが左右に散開し、紫電とP-63が流星改の両脇を固める。
『言ってることは偉そうだったけど、別にやる事自体は3方向から一気に飛び込むだけ…低空なら多少は生存率が上がるんじゃないかしら』
アリスが自分の立案した作戦の適当さに呆れつつ言った。
「1000m…いや1500mまで近づけたら確実に当ててみせる、だが魚雷1本じゃ空母は沈まない」
「それに関しては考えがある、要するに艦載機が出せないように無力化すればいいんだろう」
振り向くとルーが珍しくニヤリと笑っていた。
更に敵艦隊へ接近した時、明がいち早く迎撃機の存在を察知した。
「来るぞ、液冷の機体が4機!」
P-63と紫電が増槽を破棄し流星改の前へ躍り出る。
『行ってください、絶対にこいつらは通しません!』
「すまん!」
紫電のパイロットの言葉を信じて一気に高度を下げる。本当に追いかけてくる敵機の姿はない。
「レーダーを掻い潜りたい、理想は高度15m以下だ」
「チャンスは1度きりだ、侵入角度を見誤るな!」
ルーがコックピットの方を振り向き警戒が疎かになったその一瞬、機体が機関銃弾を受け、ガンガンという鈍い音と共に胴体後部に無数の穴が開く。
「追っ手か!」
後ろを見渡しても敵の姿は見えない。
「横か!」
敵の第二射が真横から襲いかかるが、明が寸前でそれを回避する。
「なんだアイツ!」
流星改と同じ空冷の複座機なのだが後席はドーム状の多連装銃座が据え付けられた妙ちくりんな姿だ、こちらの真横に並んで銃座だけがこちらを睨みつけている。
「ブラックバーンロックだ、低速で固定武装はないからそのまま振り切れ!」
ルーは知っているらしいが敵の正体を理解する前にスロットルを全開にして加速する。確かにこちらの加速に対して向こうは追従出来ずに距離が開いた。
「複座の攻撃機を使うほど向こうは余裕が無いのか?」
突然の奇襲を振り切って安心し深く息を吐く。
「いや、あれも一応戦闘機だ低空から侵入す攻撃機を対処するために作られたんだが…」
「あれじゃ爆撃機にも追いつけない」
「あぁ、だからすぐにハリケーンやスピットファイアに取って代わられた」
やはり流石イギリス、スピットファイアやセンチュリオンのような名作もあればパンジャンドラムやホームガードパイク、チャーチルGCなど迷作もある。先程のロックは絶対に後者だろう。
敵機が離れた事を確認してルーは銃座を仕舞い、座席を無線機のある前方へと移す。
「さて…ここからが地獄だ、生きて帰れる保証なんて無い。生きて帰れたとしたらそれは奇跡だと思う」
水平線に小さくピケットの姿が浮かぶ。
「でもルーがそばに居てくれるなら俺は奇跡は起こせる、絶対に」
何か確証がある訳でもない、だが彼女の存在が明にとって絶大なエネルギーになっている事は間違いではない。
「私も信じよう…この命は明に託す、だから奇跡でも何でもいい。生きて、生き残って本当の幸せを築きたい」
明は前を向いたまま後ろに手を伸ばす、同時にルーも後席から手を伸ばし、2人の手が結ばれる。
「行こう…」
ほんの数秒で手を離すが、それは互いの心が通うには十分だった。
「来るぞ!」
「あぁ、見えてるさ」
ピケット艦が猛烈な対空砲火を打ち上げるが、流星改は弾幕をものともせずに海面スレスレを飛び、挑発するようにピケット艦の真上を飛び越えた。
「こんなピケット艦など!」
ピケット艦から艦隊の中央まではおよそ7キロ前後、全開の流星改ならば大した時間はかからない。
「後ろからの侵入でいいんだな!」
護衛の艦艇から続々と対空砲火が放たれる中ルーに作戦の内容を確認する。
「あぁ、ビスマルク追撃戦で英国海軍の雷撃機隊はビスマルクの舵を破壊し舵を転舵状態で固定した。戦艦ならばともかく空母が同じ事をされたら風に船を立てれずに速度も出せない。つまり発艦も着艦も不可能になる」
「理屈はわかった、あとは俺次第だ…」
操縦桿を握る右手に力が篭もる。
『なんで合図もなしで突入した!陽動もクソもないじゃない!』
いつもいざと言う時に頼りになる、そんな声が耳をつんざく、同時に空母を取り囲む巡洋艦の狙いが一気に空へと向かう。その弾幕の向こうには空母へ真上から飛び込まんとするドーラとハリケーンの姿があった。
敵戦闘機を振り切り甲板で燃料弾薬の補給を受けていたペーネロペーは味方艦が対空兵器を乱射し始めたのに気がついて振り返った。はるか遠く、何千メートルも先から敵機が侵入してきている。海と空の境界線、限りなく海面スレスレの低空飛行だった。それも空母の真後ろからだった。
「まずい…燃料補給を中断!急ぎ離陸する!」
醜い姿の機械の兵隊わちゃわちゃと慌ただしく機体から燃料ホースを引き抜きその場を離れる。機体に飛び乗り合図を待たずに発艦、僚機が間髪入れずに追従する。
しかし距離が3000mを切った巡洋艦群はドーラを無視しこちらへ機関砲の雨を叩きつける。
「クソッ!」
低空を這うように飛ぶので回避運動は難しい。明は咄嗟に機体の向きを変え、両側から対空戦闘を行う巡洋艦の片側に距離を詰めた。艦艇の舷側を走るように飛ぶ。
「味方ごと撃ちはするまい!」
確かに敵艦を背にした一瞬対空砲火は弱まった、しかしそんな小細工も一瞬で効果を失う。巡洋艦のラインを突破した瞬間、空母からの射撃と後方の巡洋艦からの挟み撃ちを食らう。
「ここが正念場だ!」
敵空母は接近する雷撃機に対して艦を垂直に立てようとする。
「来た!」
その様子を見て思わず口角が上がる、空母との距離は2500mを切ろうとしていた。しかし空母と巡洋艦からの対空砲火は激しさを増す、ちらりと上を見上げると上空の戦闘機はドーラの1機だけに減っていた。しかし彼女の心配をする暇もなく時限信管の砲弾が目の前で炸裂し、エンジンが破片をもろに受ける。油圧計の針が数値の低下を表し、エンジンの出力もがくりと落ちる。
「目の前だってのに、根性見せろよ!2000馬力あるんだろ!」
怒りに任せて計器を叩く。
『仕方ないわね、貸しをもうひとつ増やすわ!』
力ある声でアリスが言った。そしてほぼ同時にドーラの翼からロケット弾のようなものが6発掃射される。
『これが私の最後の奥の手、外すんじゃないわよ!』
流星改と空母の間に放たれたそれは海面スレスレで炸裂、水蒸気の雲を発生させる。
「ありがとう…ありがとう!」
噛み締めるような感謝と共に雲へと突入、視界を遮るそれは敵の攻撃も止めてしまう。魚雷の安全装置を解除し発射レバーに手をかける。
「これで最後だ…」
「あぁ、確実に当ててくれ」
ルーが言い終わると同時に雲から飛び出す、目前の空母までは1000mもない。言葉すらも発さずにエネルギーにして魚雷へと載せて、無言で発射レバーを引く。
魚雷を固定していたワイヤーが切り離され、魚雷は海面へと飛び込む。安定板は着水の衝撃で切り離され、エンジンが始動した魚雷はありったけのエネルギーで空母の艦尾へと進む。
着弾の様子を確認する前に明は高度を上げ、敵空母の飛行甲板の上を飛び抜けた。そのままの高度を維持して艦隊の中央から退避する。
「ルー!着弾確認!」
「任された」
明は操縦に集中し、ルーだけが振り向き空母を見守る。数秒後に空母の艦尾に水柱が浮かび鉄が軋む鈍い音が響く。
「当たった、ヒットだ!艦尾にドンピシャ!」
「本当か!」
飛び上がって両手を上げて喜びたいが他の艦艇からの対空砲火は止まない、寧ろ弔い合戦と言わんばかりに対空砲火の圧力は上がる。
「まずい…!」
出力の低下したエンジンの攻撃機では限界がある。アリスも自身の離脱で手一杯、今度は本当に助けなどない。
「無理だ…すまない…」
全てを諦めた力の無い声で呟く。しかしルーはそれに対して怒ることも励ますこともせずに、納得した様子で言葉を返した。
「ここが終章か…悪くなかったな。まぁ一緒に終われる方が、どちらかが残って辛い思いをせずに済むだろう」
「そうかもしれないなぁ、それに空の上で死ねるなら本望だ」
最後の時間、敵艦隊の真上とは思えない程ゆっくりと時が進んでいる気がする。
「それも敵陣ど真ん中、武人としては完璧だろう」
2人とも瞳を閉じて最後を待つ、しかし『死』は中々訪れない。むしろ騒々しかった砲声が静まり返っている。
「即死したのか…運がいいな」
冗談混じりにそんな事を言ってみる。
「いや違う、こいつが止めているんだ…」
狼狽えた声でルーが戦慄しているのを聞いてパッと目が覚める。静まった砲声の代わりにもう1機のエンジン音が聞こえる。音の正体を確認するために右へ視線をやるとそこには真紅のBf109が衝突寸前の距離を維持して飛行していた。
「え…」
状況が上手いこと飲み込めない。しかしひとつの事に気がつく、パイロットが彼ではなかった。
「女?」
薄桃色の長髪がフライトキャップに収まりきらずに背中へ流れている、何故か人である事には驚く気にならない。
「こいつが近くに居るから下の連中は撃たないんだ」
後ろを見てみるとアリスは3機の敵機に護衛されるように取り囲まれて大人しく飛んでいる。その機体はBf109を黒く塗りつぶされた機体、この赤く派手な機体とは対象的だ。
「アリスが連れて行かれる!」
「何がしたいんだこいつ…」
真紅のBf109は加速して流星改の前に出るとゆっくりと翼を左右に振った、これには国際基準での『追従せよ』という意味だ。
「着いて来いって…」
「空母に強制着艦させられて嬲り殺しにされるかもしれないぞ」
ルーが淡々とした声でそんな事を言うがBf109に乗った彼女の意思は違うらしい。艦隊を離れる進路へ機首を向ける。しかしアリスも同じようにして逆方向へ連れていかれ、3機の敵に囲まれたアリスの姿は次第に見えなくなった。
「何が目的なんだ…」
この状況に至ってから何度目か分からない疑問が脳内を埋め尽くす。下手にあれから離れるとまた対空砲火に晒されかねないので距離を開けずに追従する。
「対空砲火なんかで死なれては困る…震電のパイロットは私が殺す」
ペーネロペーは呑気にノロノロと飛行する流星改を脳が焼ききれんばかりに睨みつける。可愛さのある子供のような声だが言っていることは何一つ可愛くない。コックピットは後ろの流星改への殺意で満たされている。
「そっちのドーラに用はない、艦隊の射程圏外に出たらすぐに殺して構わん」
自身の部下に対して冷酷な命令を下す。
敵艦隊に奇襲を仕掛けた時、彼が甲板に突っ伏し顔だけをこちらへ向け当惑している表情を見た瞬間、その瞬間怒りに任せてこちらへ一直線で向かってくる震電の姿がフラッシュバックした。何故、人を殺めておきながら、被害者のような、悲観と怒りに満ちた瞳をこちらへ向けられるのかと疑問に思っていた。
しかしこれは彼女にとって千載一遇のチャンスになった。この時が来てももっと冷静で居られると思っていた、だが今の自分は恐ろしくヒートしている。無言でスロットルを100パーセントまで解放、一気に加速する。
艦隊の外縁を超え雲をひとつ跨いだ辺りでBf109はこちらを振り切る勢いで速度を上げた。
「1000…1500…2000」
明は離れていく機体を目で追いおおよその距離を測っていたその時、2000mを超えた瞬間Bf109が反転した。まっすぐこちらへ向かっている。
「そういう事か…」
その瞬間全てを理解した。
「一騎打ちの申し出か?」
後席で状況の理解に苦しんでいるルーが問いかける。
「ただの一騎打ちなら良かった、あれは弔い合戦だ」
彼女は恐らくムルマンスクの防空戦で仕留め損なった最後のme262だろう。きっと落とされた上官の敵討ちとして機体カラーと意志を継いで繰り出してきたという具合だろう。
向こうはおそらく刺し違えてでもこちらを殺すという強い意志を持ってこちらへ向かっている。
「やらなきゃ…殺られる!」
スロットルを全開位置へ押し込み、速度を上げる。最高出力2000馬力の誉エンジンは見る影もなく、弱々しいエンジン音と共に元の7割程度の出力しか持ち得ていない。
「最後の試練か…明の操縦技術が頼りだ、頼むぞ」
ルーもそう言いつつ後部銃座の準備を済ませる。小さな黒い点だった敵は明確な形を持ち、ついにはキャノピーの真上をかすめる。すれ違いが決闘の開始を意味していた。
エンジンパワーが落ちているのであえてフラップは使わずに全力旋回、こちらの後ろを取ろうと画策する向こうとそうはさせまいとするこち機動でドッグファイトが始まる。
流星改は攻撃機でありながら翼面荷重の値が低く、下手な戦闘機には勝っている。要するにやりようによっては全然勝てる戦いではあるのだ、しかしそう上手くいかないのが世の常である。
「向こうの方がエネルギー有利だ、後ろを取られるぞ」
速度が乗っている間は向こうの方に分がある。速度で振り切るのが無理な以上、ドッグファイトか後ろを取らせてからのカウンターの二択が考えられる限りの最前の策だ。明が選んだのは後者だった。
「…あえて後ろにつかせてからダイブブレーキで反撃する」
ダイブブレーキは急降下爆撃を行う際に機体の速度を抑え、安定した姿勢と正確な照準を保つための名前の通り空中で使用するブレーキだ。流星改も急降下爆撃機としての運用が前提なのでもちろん装備されている。
「奴が後ろについて3秒経ったら合図しろ」
「3秒だな、わかった」
3秒というのは明が勘で決めた、敵機の後ろを撮ってから狙いを定めるまでの時間である。
Bf109は激しいドッグファイトの末に流星改の後ろを取る。そして同時にルーのカウントが始まる。
「来たぞ、1…2…さn、うっ…!」
最後の数字を言いかけた矢先、明はダイブブレーキを降ろし、全力でバレルロールする。急減速しつつ敵の追突を避けるためのロール運動だ。
「くっ!」
急減速のGと上下と回転のエネルギーが一挙に体へ押し寄せる、人間はこんな動きに耐えられるようには作られていない。ブレーキのない戦闘機ではこれに対応出来ない…はずだった。
「押し出せてない、まだ後ろにいるぞ!」
焦りと恐怖の募った声が後席から聞こえてくる。チラリと目をやるとたしかにBf109はまだベッタリと後ろに張り付いている。
「降下して逃げる!」
水平旋回による対比を辞め、間髪入れずに操縦桿を前に倒す。全力降下で逃げようと画策するがここで悲劇が起きる。
Bf109も逃がすまいと追従、20ミリモーターカノンと7.92ミリをばら撒く、そのうちの数発がキャノピーを突き破った。
「うぐッ!」
無駄に甲高い悲鳴ではない、生々しい痛みの主張が聞こえてきた。
「ルー!大丈夫か、何処を撃たれた?」
急降下で制御を失うのを嫌った奴は追従せずに上空で待ち構える姿勢をみせた。
「少しかすった、少し深いが問題ない」
痛みを堪え、脇腹と頭部を適当な布をハチマキのように強引に巻いて止血する。頬にも傷が入っているが他と比べると大したことは無いので放置する。
「銃座使えるか?」
不安げに明が問うたが自信たっぷりに返事を返した。
「問題ない、あいつの脳天ぶち抜いてみせるさ」
怪我でアドレナリンが出ているせいかいつもより口が悪い。
「これ以上は燃料がもたない、なりふり構わずにとにかく一撃であいつを無力化する」
「武装の火力はこちらが上だ、ヘッドオンが確実だろう。私たちの命も危ういがな」
ルーの発案は明の考えと一致していた。
「神を信じて来なかった自分を恨むな」
再び速度を上げて今度は上空にいる敵機に対してこちらから機首を向けた。Bf109は受けて立つと言わんばかりに真正面から向かってくる。回避などの素振りは見せない。両者の距離が縮まり、流星改の照準器にBf109の姿を大きく捉えられるようになった時、明は残弾を撃ち切る覚悟で引き金を引いた。同時に相手の弾幕もこちらへ向かってくる。
「ケリをつけてやる!」
自身の生存のため、そして何よりも後席の彼女を生きて返すための本能的な意思が体を強化する。
「これで死ねぇぇ!」
流星改の両翼から放たれた20ミリ弾は吸い込まれるようにBf109のエンジンへ命中する。しかしまだ撃墜に至るダメージではない。同時にBf109の放った弾丸が主翼を傷つけるがそんな事は気にしない。Bf109は機首を上げて流星改の上をエスケープし後方に抜けんとした、しかしその選択が間違いだった。
「馬鹿め!後部銃座があるのを忘れたか!」
待っていましたといった具合ですかさずルーが狙いを合わせていた13ミリの銃座をぶっぱなす。13ミリといえど大した防弾のないBf109にとっては致命傷になる。薄細いボディにたんまりと弾を叩き込まれたBf109はパイロットの操作を受け付けなくなり高度を落としていった。
「勝った、勝ったぞ!これで生きて帰れる」
嬉しさを顔に浮かべて後ろを振り返る、ルーの怪我は明が思っているよりも酷く見受けられる。頬には大きく切れた傷、脇腹も服に血が滲んでいる。
「…すまない俺がもっとしっかりしてれば」
「傷自体は浅い、別に命に関わるものではないさ」
ルーは冷静に止血しながら答える。
「でも…少し痛むな」
傷を見た明は急ぎで進路を味方空母の方へ向けて速度を上げた。
「何回負傷しても、誰かの怪我の治療をしても血を見ると怖い…手を握ってくれないか」
敵艦隊に突入する前と同じようにルーが手を差し出す、そして明も片手でそれを強く握る。
「いいよ、いくらでも…」
「この怪我が治ったら何処か上陸したタイミングでバカンスにでも行こうか…」
ルーが息を切らしながらゆっくりと口を開いた。
「何処がいい?ハワイ?グアム?マイアミでもいいぞ」
そっと速度を上げつつ話に乗るが返事はない。余程意識が混濁しているのだろうか、不安になりつつもひたすら空母へと進む。
数十分の飛行の末に味方艦隊を発見、ちりじりで帰還した味方で甲板はごった返していたが無理やりスペースを開けてもらい着艦する。
「医療班を手配してある、ちょっと待て」
停止した機体から明は先に飛び降り、後席の脇で彼女を受け止めるために腕を広げた。
「ありがとう…」
ふわりと羽毛で出来ているのではないかという程ルーはふわりとスローモーションで後席から飛び降り、明の腕の中に収まる。
「はぁ…温かいな」
ルーはその言葉を最後に泥のように眠る。
「おい、寝ちゃダメだ!」
明の呼び掛けに反応することはなく、目を覚ますこともなかった。
第八章登場機体解説
ブラックバーン ロック(ブラックバーン・エアクラフト)
■ 唯一無二の戦い方を選んだ異端児
前方に撃てる固定機銃を持たず、操縦席の後ろに「7.7mm4連装回転銃座」だけを装備するという異色の設計で作られた。爆撃機の編隊に並走し、横から狙い撃つ戦術を想定していたが、銃座の重量によって速度や運動性能が著しく低下、当時の高速なドイツ軍戦闘機にはまったく太刀打ち出来ず被害が目立つ結果となった。実戦では目立った戦果を挙げられず、早々に第一線から退くが、その特異な設計と迷走ぶりは、今も尚一部のマニアの心に深く刺さり愛され続けている。
紫電一一型 (川西航空機)
■ 下駄を脱ぎ捨てた日本の防人
水上戦闘機「強風」を陸上戦闘機へと魔改造した、のちの「紫電改」へと繋がる過渡期の機体である。水上機の太い胴体をそのまま流用しが故に、中央配置の主翼から地面に届かせるための「二段伸縮式の長い着陸脚」という複雑な構造を持ち、初期はトラブルに泣かされた。しかし、自動空戦フラップによる優れた旋回性能と20mm機関砲4門の強力な火力を誇り、荒削りながらも大戦後半の防空戦で連合軍の新型機と渡り合い、明日の朝日を祖国の地で迎えるために奮闘した。
P-63 キングコブラ(ベル・エアクラフト)
■ウォッカをキメたヤンキー
前作P-39エアラコブラの弱点だった高高度性能を克服するために開発された、大幅なアップデート版である。層流翼の採用やエンジンのパワーアップにより、速度や上昇性能が劇的に向上した。米軍では主に標識機や練習機として使われ、実戦で敵を前にする事はなかった、しかし前作同様にソ連へ大量に供与されると、その頑丈さと火力が再び高く評価される。北の冷たい空を飛ぶその機体は、ナチス・ドイツという祖国と共通の敵を相手に大立ち回りを演じた。
ハリケーン(ホーカー・シドレー)
■伝統の技術から来る信頼性と生産性
名機スピットファイアと共に「バトル・オブ・ブリテン」でイギリスを救った救国戦闘機である。当時としてもやや旧式な木製骨組みに布張りの構造を残していたが、それゆえに頑丈で生産性と整備性が抜群に優れていた。華奢なスピットファイアが敵戦闘機を引きつけている間に、ハリケーンは大火力にものを言わせてドイツ軍爆撃機を撃墜した。大戦後半には連合軍戦車部隊を狙うドイツ戦車を爆弾やガンポッドを使用し空から破壊する。長年に渡ってイギリスを支えたスピットファイアの相棒だ。
ある意味今回がこの作品として区切りでした。前半戦の終了って感じですね、これから明やルーがどうなるのか、どこへ向かうのかを是非生易しく見守ってください。
追記 この作品が終わる目処すら立っていないのに次の作品のネタがわらわら浮かんできて辛い、今ある作品を完成させる過程においてこれは完全に邪念でしかないんですよ。でも面白い作品になりそうなんでもっと構想を練っておきます。