本当は2万8千字でひとつの章にまとめる予定だったんですけど、長すぎても読みにく言ったらありゃしないとようやく気づいたので、半分に分けて今回は1万2千字になっております。
明とルーの2名が補充組パイロットを襲ってからおよそ数十分、3人は誰も使っていない倉庫の中で計画の最終確認を行っていた。
「使った服は海に捨てた」
「電気室も証拠ひとつ残してないわ」
ルーとアリスから報告を受ける、計画は完璧な形で終わらせた。
「にしてもあんた達がこんな事するなんて意外ね」
アリスが廊下を歩く足音に聞き耳を立てながらルーに視線を向ける。
「到着したかと思えばすぐに敵の攻撃で味方を失って、挙句そんな傷を抱えたまま今度は敵艦隊の攻撃に赴く…時間が足りなくて大した訓練もされていない新兵には重すぎる世界だ…」
自分達の後を追わせないため、そして何より戦争が終わってからの未来を背負わせるために彼らを生かす。そういう願いが込められていた。
「ふーん…これがこの戦争の規模で見てほんの刹那の延命だったとしても貴方たちに悔いは無いのね?」
珍しく深刻そうな顔をしてアリスは2人に尋ねる。
「あぁ」
ルーは静かに首を立てに振る。
「…彼らにとっては迷惑かもしれないが俺達がしてやれることはこれしかないからな」
完全なるエゴだった、でもそれで良かったのだ。
「随分と身勝手ね…」
呆れたような表情でお手上げだとジェスチャーして倉庫の外へと出る。2人も追いかけるように部屋を出て3人で何の気なしに飛行甲板へ向かう。
「偵察機からまだ何も連絡はないのかしら」
「連絡があったら出撃命令が出るさ」
艦橋の根元から飛行甲板へ出る。しかし甲板上にはアレスティング・ワイヤとエマージェンシー・バリケード・ネットが展開されて並々ならぬ雰囲気が広がっている。
「誰か帰ってくるのかこれは…」
状況を察しそうなところで脇から声をかけられる。
「今すぐ下がってください!損傷した機体が着艦します!」
3人は隅で待機していた衛生兵の1人から警告を受けた、すぐさま衛生兵の隣まで下がって味方の帰艦を待つ。
「何かあったのか?」
明が同じく味方の帰艦を待っているパイロットのひとりに尋ねる。
「F7Fのうち1機が敵の哨戒とかち合ったらしい、それで損傷して帰艦してきたんだと」
「なるほど、哨戒だけで敵艦隊は見つけてないのか…」
「来たぞ!」
艦の後方からフラフラと姿勢を崩しながら侵入する機体を見つけたルーが叫んだ。
「脚が出てないわね」
甲板が直前に迫っても脚とフックを展開する様子は無い。
「不時着する気か…」
おそらく不時着してネットに機体をぶつけて停止させるのだろう。
「来るぞ来るぞ」
横で様子を見ていたパイロットが念の為と言って頭を下げて衝撃に耐える姿勢を取る。着艦の瞬間大した衝撃はなかったが、甲板と機体が擦れる高音はとても気分がいいものではない。
機体は数百メートル程甲板を滑走した後予定通りネットに突っ込んで停止する。
「奇跡だ、火災も起きていない!」
「パイロットは無事か!」
「救護班急げ〜!」
キャットウォークや艦橋の影で待機していた整備兵や衛生兵が一斉に飛び出す、3人もパイロットの顔を見ようとつられて飛び出した。
「大丈夫か?」
自力で機体から飛び降り、担架を拒否したパイロットに声をかける。
「あぁ、機体と違って俺は元気さ」
ゴーグルを取りながらF7Fのパイロットは半壊した機体から軽快に飛び降りる。
「12.7ミリの弾痕と20ミリの弾痕が両方あるな…何にやられた?」
ルーが機体残された傷を確認しながらパイロットに尋ねる。
「追いかけてきたのはF6Fとスピットファイアだったが、何機かドイツ機も混じってたな。どっちにしろ軽快な奴らだ、この双発機じゃ振り切るのは厳しかった…核爆発を逃れた生き残りが艦隊に合流したのはガセじゃないらしいな」
後ろでは修復を諦められたF7Fが海面へ投棄されている。
「スピットファイアはおそらく艦載機型のシーファイアだろう、それにF6Fって事はロイヤルネイビーを模した奴らだ、F6Fはレンドリースでイギリスの艦載機に使われてた」
ルーからスラスラと敵の情報が出てくる。
「もしかすると米英の合同かもしれん…どちらにせよ敵の空母の数が分からないと作戦の練りようがない」
「この調子だとせいぜい2隻か1隻ってとこだろう、大して強い訳でもないからそんなに厳しい戦いにはならんだろ…」
「兎にも角にも敵の機種がわかっただけでもかなり戦いやすい、迎撃から生きて帰れたら一杯奢ろう」
明が彼の肩を叩いて励した瞬間、甲板に居た誰かが叫んだ。
「もう1機帰ってきた!海面に不時着するぞ」
それを聞いてその場にいた全員が左舷に駆け出す。
「嘘でしょ…まだ1時間よ」
アリスが左腕のクロノグラフを確認して今の時間に驚きを見せる。
便乗して4人も左舷の端に立ち、着水するF7Fを見守る。フラフラと高度を下げたF7Fは数百メートル海面を滑走した後に波に捕まり皆の前で1ひっくり返りコックピットが海面に叩きつけられた
「うわっ、ひでぇなこりゃ」
「パイロットは無事か」
明はスマホを取りだしカメラのズームでパイロットと後席の航法士が脱出するのを確認する。だがF7Fのパイロットは命からがら生きて帰ったというのに全く休まらない表情をしている。
「敵の大編隊がこっちに向かっている!あと1時間もすればここに来るぞ!」
パイロットが立ち泳ぎで海面を叩きながら空母の甲板の上から見下ろす人だかりに海面から叫んだ、その言葉を理解するのに皆がほんの数秒固まる。
しかし皆対応は早かった。CICへ報告に行く者、整備兵は皆格納庫に駆け込み機体の準備を行う。
「すごいな、誰も狼狽えたりしてないぞ…」
3人は状況を把握した司令からの指示でブリーフィングルームへと呼び出された。
「偵察機からの報告によると80機のからなる敵編隊がこちらへ向かっている。もう時期レーダーにも捉えるだろう。艦隊直掩の諸君らは味方F/A-18戦闘機による支援の元で前線に赴きこれを阻止せよ」
ついに本格的な機動部隊同士の戦いが始まろうとしている。こちらは空母2隻、向こうの数は未だに分からない。
「偵察機全機に帰還命令を出してある、もし敵との戦闘中に偵察機を発見した場合本艦まで護衛するように。敵の第1波を退けた後は敵の残存機を攻撃隊が追尾して敵艦隊攻撃へ向かう。以上だ!」
待ってましたと言わんばかりに待機していたパイロットが全員甲板へ駆け出す。
「敵はどれ位の距離にいるんだろうか」
新たなエンジンを得た零戦に乗り込んだ明は無線の調整を兼ねてアリスとルーに回線を繋ぐ。
『敵の雷撃機はバラクーダと聞いている。巡航速度はせいぜい300キロ前後だ、それなら今から発艦して接敵は70マイル先くらいだろう』
ルーの予測ではあまり余裕はない、敵の機数によるがモタモタしていると艦隊を危険に晒すことになる。
『挙句そいつらの相手しつつ味方の偵察機の援護が最優先って事よね…無茶言ってくれるわよ』
「敵の直掩を排除しておけば偵察機が危険になることはないだろ、基本的には敵雷撃機一本槍だ」
明の乗った機体がアングルド・デッキのカタパルトへと移動される。後ろにはアリスのドーラが控え、真横にはスピットファイアの姿がある。
「時間が無い、急いで出してくれ!」
拡張パーツによってレシプロ機に対応した電磁式カタパルトに零戦がセッティングされる。
「高飛、出るぞ!」
スロットルを100パーセントに固定し操縦桿から手を離す。艦首部分から2機の味方が発艦した直後、誘導員が発艦を知らせるハンドサインを示した。エンジンの爆音をかき消すカタパルトの音と共に景色が高速で前から後ろへ流れる。空へと投げ出された零戦は脚を閉じてふわりと風に身を投げ出す。カタパルトで一気に加速する瞬間の衝撃はあまり好きになれない、機体に負荷をかけて無理やり押し出すような感覚が気に入らないのだ。
「敵の戦闘機とかち合ったら3人のうち誰か2人が抑える、残りの1人の手が敵攻撃機に絡めば十分だろう」
無線で2人に作戦を伝える。
『理屈は分かるけどそんなに上手く行くのかしら』
左側に機体を寄せてきたアリスが溜息混じりに言う。
『腕利きが3人集まってる。死なない程度に無茶をしつつ作戦に囚われるな、常に柔軟に動き続けろ』
ルーの意見はある意味戦闘の基本に沿った意見だった。超密集形態での編隊飛行を続けつつ敵機の索敵を開始した。味方戦闘機30機が3機ずつトリオを組んでいる。それぞれが2キロ感覚で横1列に展開、敵編隊が来ると予想される方向に進みつつ索敵を行う。敵を発見し次第全機が合流して迎撃に務める。
『もしかするとどこかで里緒とすれ違うんじゃないのか』
「無線封止してるから連絡も取れない、そんなぽっくり死ぬような奴では無いだろうが…」
コルセアの姿があればいいな程度の気持ちで低空にぼんやり目を向ける。
『里緒より先にお客様なのがおいでなすったぞ、真正面だ』
ルーはゴーグルを付けて戦闘モードに入る。
『うわ、迷惑客もいいとこね』
敵機は見える限りでも50機は確認出来る、詳細に数えればまだ多いかもしれない。
「多いな、これ味方が全機集まっても足りるかどうか…こちら12番機、真正面に敵編隊を捕捉した機数は…」
明が無線を切り替えて味方戦闘機全体に招集をかける。
『味方が来るまでに燃やせるだけ燃やせばいいわ、味方に取り分を渡すもんですかい』
散開して各々で敵戦闘機隊を突破しにかかる。
『燃やす…燃やす…燃え燃えキュンということか…』
ルーがらしくなく訳の分からないことを口にする。
「どこで知ったんだよそんな言葉…」
戦闘が始まる直前だと言うのに気が抜ける。
『いや、雑誌で読んで…』
『あんたらしくないわよ、まぁいいわ集中しなさいな!』
互いに援護できる距離を保ちながら20機以上の敵戦闘機の群れに飛び込む。
「作戦通りだ、行けアリス!」
『はいはい!』
最高速度に優れるドーラが入り乱れた多数の航空機の中を突っ切り雷撃機へと向かう、その背中に追い縋る敵機をスピットファイアと進化した零戦が叩き落とす。
「どこを見てもスピットファイア、塗装が違うから何とかなってるが…」
敵の戦闘機はスピットファイアの艦載機型、シーファイアだ。操縦桿を引いて後ろに気を配りつつ上昇した敵機に追従、粘り強く上昇してシーファイアの失速に合わせて機関砲で解体する。エンジンの更新で向上したパワーを存分に発揮し、13ミリと20ミリで敵機を引き裂く。
「次!」
後ろに目を向けると1機だけ塗装の違うスピットファイアが暴れている、彼女の周囲の機体が次々と火を吹いて落ちていく。
「そんな操縦じゃスピットが泣くぞ!」
あくびが出るようなノロノロした旋回に対して容易に照準を合わせて容赦なく撃墜する。
『こちら6から8番機、エンゲージ!』
『こっちは3番機だ2機引き連れて交戦開始する!』
あとからやってきた味方も続々と敵機に噛み付く、時間が経つにつれて敵は減り味方は増える。気がつくと敵戦闘機は数減らし数的優位が形成されていった。
「これじゃまるで食べ放題ね…」
単独で雷撃機隊へ向かったアリスも獲物へと在り付く。バラクーダは陣形を密集させ銃座の火力を集中させようとするが所詮7.7ミリの豆鉄砲、護衛戦闘機がいなければ裸同然だ。
「それじゃ頂こうかしら…」
操縦桿を左前に押し込みまっすぐ敵機の群れへと飛び込む。羊の群れに狼が放たれるようなものだ、羊達に抵抗する術はない。ドーラは全力降下から密集隊形のバラクーダに対し銃座の弾幕をすり抜け、速度差を利用して20ミリと13ミリをねじ込む、2機のバラクーダが火を吹いて空中に散った。
「手応えからして大した防弾もされてないのね、昔落とした天山やアヴェンジャーはまだ骨があったわ!」
敵編隊の下方に抜けて銃座の攻撃を振り切った、そのまま反転し今度は下腹に機関砲を叩き込む。抱え込んだ魚雷が誘爆し4機編隊が消し飛ぶ。
「うっ、危なかっかしいわね」
すんでのところで誘爆に巻き込まれずに回避する、しかし衝撃で思わず操縦がよろけた。そこにすかさず銃座の豆鉄砲が飛んでくる。
「ちぃっ!」
ガンガンガン!と機体に弾丸が刺さる音が耳をつんざくが大したダメージにはならない、7.7ミリだからこれで住んでいるが12.7ミリや20ミリならば死んでいた。すぐに横転を打って再び下方へ対比する。敵雷撃機はまだ10機以上残っている。
「調子に乗りすぎた…何をどうしたって弾が足りるわけが無いわ」
ここからは増援を待つための遅滞戦術に移行する。編隊の前方の機体に肉薄を繰り返し、回避運動を強要する。こうして編隊を乱して遅延を生じさせていた。そんな遊びを数分続けたところで遅れてきた味方機が姿を表す。
『ひとりでよく戦ってくれた!』
5機の戦闘機が一斉にバラクーダを襲う、これで狼も群れを成した。
「遅いわよ!」
無線で怒鳴るが獲物を前にした彼らには聞こえていない。呆れてアリスも反転、残った弾薬を使い切らんとバラクーダへ牙を向ける。
「そろそろ撤退してもおかしくない頃合いだろう…」
敵戦闘機の大半を殲滅した明は撤退しない敵に対して違和感を覚えていた。
「敵の動きが変わってる?」
追尾する敵機の動きに違和感を覚える。さっきまでは反撃やカウンターを露骨に狙う動きをしていたのに気が付けば逃げに徹するような動きへと変化している。
「全機に告ぐ、敵機の動きに何か仕組まれた物を感じる。敵の増援等に注意されたし!」
弾薬の残量を気にしつつ前を飛ぶシーファイアを見越し射撃で撃墜する。無線を全隊へ向けて切り替えた。
『了解した、周囲の警戒を行いつつ残敵掃討に取り掛かる』
隊長機からの返答があったが完全に安心できるものではない。
「ルー、合流したいんだが何処にいる?」
無線を切り替えてルーに呼びかける。
『すぐ後ろだ、仕組まれた何かがどうとか言ってたな』
零戦の後方からスピットファイアが背面飛行で現れる。そのまま互いのキャノピーが向かい合うように零戦の真上に取り付く、これならば無線でも顔を合わせて会話出来る。とは言ってもそんな簡単に出来るものじゃなし並の人間は思いついても実行には移さないはずだ。
「ブリーフィングの時敵機は80機と言ってたよな?」
「あぁ、だがここにはせいぜい50機しかいなかった」
「おそらくこっちに釘付けにしたいんだろう…目的は時間稼ぎか、多分第2波がすぐに来る。高度を確保しておきたい」
戦闘空域から少し離脱したところでルーは背面飛行から反転して零戦の真横に付けた。
『わかった、弾薬は残っているか?』
操縦桿を引いて10度程度の角度でゆっくりと上昇する。
「あぁ、もう1回戦くらいは何とかしてみせる。そっちは」
『半分くらいは残っている。敵が私と同じスピットファイアだからあれだけ立ち回れた、正直F6Fとかに出てこられた方が厄介だ』
「あぁ、俺だってF6Fは相手にしたくない。硬い癖によく曲がる。Bf109も嫌いだけどこっちはもっと嫌いだ」
自分で自分の禁句を口にし零戦が今日の姿になった理由を思い出して罪悪感に苛まれる。
『新たな敵機、太陽の方向で同高度!』
味方から新たな連絡が入る。太陽の真下に目を向けると先程と同じバラクーダがやたらとずんぐりむっくりした大柄の機体に護衛されていた。戦闘機は16機と多くないが十分な驚異になりうる。
「最悪だ…シルエットだけでわかるぞ」
『噂をすればなんとやら…というわけか』
攻撃機バラクーダにも引けを取らない無駄に大きな機体はこちらの存在を認識した瞬間、頭の向きを90度変えて味方戦闘機へと襲いかかる。零戦の1.5倍はあろうかという太い胴体、少し上側に折れ曲がった翼、太平洋戦争で数々の日本パイロットに相手にしたくないと言わしめた性悪女だ。
「マズイな…」
たった今最後のシーファイアを撃墜した味方機も合流しF6Fに対して交戦を開始する。だが疲弊しており、さっき程の元気は無い。
『バラクーダに仕掛ける余裕は残ってない、ブタ共で手一杯だ!』
下の味方から苦しげにそんな無線が入る。
「どうする、2機でバラクーダに仕掛けるか…」
『行くしかないだろう、確実にグラマンを振り切る。全力降下するぞ!』
ルーは即断即決で行動する。スピットファイアの機首は下がり速度を稼ぎながらバラクーダの群れへと突っ込んだ。明も躊躇いなく追従する。しかし2機の動きを察知したF6Fが4機、味方の攻撃をかいくぐり追尾してきた。
『行け!突っ込め!』
バラクーダの編隊を前にルーから雑な指示が飛び出す。
「えぇい!」
バラクーダの編隊に真横から突っ込んだ2機それぞれ1連射で数機を炎上させて編隊から落伍させた。
「次!」
良好な視界を誇るバブルキャノピーで後ろに迫るF6Fの姿を確認する。2機はそれぞれ明とルーを追尾して残りの2機は残ったバラクーダに張り付いて護衛する、言わば最後の砦としての役割なのか、今は後ろに張り付いた奴を落とす事だけを考える。
「デカイだけのブタが!」
操縦桿を引いて思いっきり上昇した、F6Fは勿論追従してくる。パワーで勝っているのだから当たり前だ、しかしこの零戦はただの零戦ではない。機首に積まれた金星は今までの栄とは違う、頼もしい音を響かせながら明を空高くへと連れて行く。
「500馬力で…こんなに変わるのか」
降下による速度の蓄積もありF6Fが先に失速した、F6Fが重力に身を任せて重い機首をゆっくりと海面へと向ける。これを好機と捉えてF6Fの動きをなぞるようにに反転、攻守が完全に入れ替わる。
降下で逃げるF6Fに照準を合わせる。速度が付いて逃げ切られる前に20ミリを徹底的に叩き込む。フラップや尾翼、キャノピーが20ミリによって引き裂かれる。F6Fはそのまま姿勢を崩してフラットスピンを起こす、もう戦闘できる状態ではない。
「ルーは大丈夫か…」
かなり高度が上がっていたので下方を確認する。全部で多くとも3機のF6Fの姿があるはずだが1機も確認出来ない。バラクーダの群れが艦隊へと進み続けているがそれを護る者もそれを止めようとする者も見受けられない。
「くそっ、いや落ちてないだろ」
彼女がこんなことで殺られるとは考えられない。そう考えた矢先、目の前の雲から炎上したF6Fが3機降ってきた。どれも出力が低下して高度を維持できなくなっている。
「えぇ〜!仕事早いな…」
同じ雲の中から文字通り目にも止まらぬ速さでスピットファイアが飛び出し、残りのバラクーダへと襲いかかる。フィンガー隊形の先頭を飛ぶバラクーダに攻撃を集中、尾翼を破壊してコントロールを消失させる。バランスを崩したバラクーダは後方の数機を巻き込みながら空中で分解していく。
『今日はどうも調子がいいらしいんだ』
無線から彼女の上機嫌そうな声が聞こえてくる。
「あぁ、それなら頼もしいんだが…」
『落とせるだけ落とすぞ、残弾に注意しろ』
パッとスイッチを切り替えていつもの冷静で力強い声へと戻る。たった2機でバラクーダの編隊へと飛び込む。しかし旋回銃座の弾幕により思った以上に攻撃のチャンスを得られない、弾切れは思ったよりも早く訪れる。
「もう弾がない、味方は!」
敵のF6Fが思いのほか粘りを見せて護衛の排除は難航している。
『もう、空母まで距離はない…』
「体当たりでもするかね…」
冗談交じりにそんな事を言ってみるがこの状況だとマジにすらなりかねない。敵銃座の射程外から進撃する敵編隊を眺める事しかできない…そう思った矢先、1つの無線が入る。
『交戦してる味方機!敵攻撃機の機数と陣形を教えてくれ!』
「何っ!?」
『こちらはF/A-18スーパーホーネット戦闘機隊、BVRによる敵編隊攻撃を試みている。フレンドリーファイア対策のために詳細な情報が必要だ!』
相手はミサイルによる飽和攻撃で我々を援護するために出撃していた味方機だった。
『この短時間で展開したのか!』
「時間稼ぎになってたのか、良かった…」
思ってもいなかった増援に驚き、同時に安堵する。
『あぁ、第1波は殲滅されてるからあとはそいつらだけだ、急いでくれ!』
「了解した、機数は15で5機ずつの編隊、簡易的なコンバットボックスを形成している。それぞれの間隔は10mくらいだ速度は160ノット!」
可能な限り詳細にバラクーダの情報を送る。
『…確認した、残り物が出たら処理をしてくれ。でかい花火を打ち上げる!』
無線の向こうから微かにインターフェースの操作音が聞こえる。
『あぁ、お残しは許さないからな』
2機は旋回してバラクーダの編隊から距離を取り、雲の多い環境でもギリギリ敵機を視界に捉えられる距離感に留まる。
「すぐ来るぞ、3分もかからないはずだ」
通常兵器によるあれらへの効果は基本的にあまり高くない、しかし今となっては頼れるもの全てに頼るしかない。
『来る…』
ルーがそう呟いた刹那、薄い雲の向こうで敵編隊が無数の爆発に捉えられる。爆発の数は予想以上に多い、そしておよそ5秒おきに数十本のミサイルが敵編隊を襲う。
『やれることはやった、あとは味方に委ねるしか…』
「どうだ…」
最後の爆発が晴れた時、敵機は残り2機まで減少していた。
「奇跡だ、あと2機しか居ない!」
通常兵器の攻撃は官軍の機体に対して大きな効果は期待出来ない。余程当たり所が良いか、満身創痍の相手ではないと撃墜に至らせるのは難しいしかし今回は余程運が良かったらしい。
2人が一気に加速してバラクーダに残弾を撃ち切る。残った2機も被弾し空中分解し、腹に抱えた魚雷諸共スクラップと化した。
『これは運使ったぞきっと…』
ルーが敵の姿が見られない空を見上げて舌を巻く。
「イギリス空母じゃ第3波までまとめて運用するのは難しいはずだ、今のうちに弾薬補給に帰ろう」
『あぁ、帰り道の途中で偵察隊の機体を見つけたらエスコートして…』
そう言いかけた刹那、2人の視界に上からの影が差し込む。
『敵機直上!』
ルーが叫ぶ、真上からF6Fが逆さ落としで突っ込んでくる。
「クソッ!」
2機はすぐさま散開、幸いF6Fは1機だが弾薬の尽きた2機は逃げる以外の選択肢は残っていない。
「そっちに行ったぞ!」
降下のエネルギーを利用してF6Fはスピットファイアに追従する。その動きは先程までの4機と比べてワンランク上の素早さを持っている。
『くっ、引き剥がせない!』
F6Fはスピットファイア相手に格闘戦を挑み、ましてや有利なポジションを確保し続けている。
「後ろに着いた、待ってろ、こいつを体当たりしてでも落としてやる…」
フリーだった零戦がF6Fの後ろに取り付く、しかし攻撃の手段は残っていない。
『無駄な事はするな、味方を呼びに行ってくれ!』
「くっ…いや、あぁくそっ!」
彼女を置いていきたくない気持ちと最も合理的である彼女の意見が明の中でせめぎ合う。それはほんの数秒の葛藤だった、しかしその間にF6Fはスピットファイアを目掛けた射撃を開始する。
数発がスピットファイアを貫くが致命傷にはなっていない。
『まだ飛べる、何も問題は無い!』
「くぅっ!」
F6Fへ更に距離を詰めようと操縦の精度を上げた。
『そこ邪魔、離れてなさい!』
無線に聞き覚えのある嫌味な人物の声が響いた。邪魔だという言葉に反応して咄嗟にF6Fから距離を取る。その直後、真横からドーラが超高速でアプローチ、ほんの一瞬の射撃チャンスでF6Fをスクラップにする。
『ふぅ、首の皮一枚って感じね…』
落ちてゆくF6Fを確認したアリスがドヤ顔を明に向けながら言った。
「アリス…」
張り詰めていた何かが切れ、緊張で固まっていた体が音を立てて崩れ落ちるような感覚に襲われた。
速度を落として2機に合流しそのまま空母へと進路をとった。
『救援感謝する、私にかなり接近していたF6Fだけを的確に撃ち抜くとは流石の腕だ』
『間に合ったのは良かったけど、これで私も残弾はゼロね、今は曲芸機が3機並んでるだけよ』
そんな事実に恐怖しつつも母艦へ向かっていた最中、明は驚くべきものを発見する。
「おい、あれを見ろ!4時の方向海面スレスレの所だ」
3人が一斉に下を向く、海の深い青色に紛れてグロスブルーの機体が這うように飛んでいる。
『あれはコルセア?』
『だろうな、方位を見失ってるんじゃないのか、このままだと北極点まで行ってしまうぞ』
コルセアの進む進路には何もない、ひたすら北極まで海が続くだけだ。
「空母までエスコートする、降りるぞ」
正直3機とも連戦で燃料もあまり残っていない。高度が高い方が燃費は良くなる、相対的に高度を下げると燃費は悪化する。
『気絶したまま機体だけ飛んでるとかだったら最悪ね…』
アリスがそんな事を口にする。
『あの高度を維持しているのならそれは考えにくいが…うっ』
コルセアに接近して実態が見えてきた瞬間、ルーは言葉が詰まる。被弾していない部位はないという具合で全体がズタボロだ、しかしコックピットの中は遮光剤の反射で中の様子が捉えられない。
「燃料が漏れてる様子はないな、だが無線に反応がない」
『この状態だ無線を破壊されたか…それに漏れた燃料が機内に蓄積している可能性も捨てきれない…』
突如、コルセアは右に機首を向けて進路を変えた、真横に付けていたドーラに危うくぶつかりかける。
『危ないわね、そんなになりふり構ってられないのかしら』
「…進路を変えた?」
追従して3機も進路を改める、すると遠くの真正面に艦隊を捉えた。
『ちゃんと空母の方向に向かっているな』
3機でコミュニケーションの取れないコルセアの周りを取り囲む、要人警護のような緊張感がそこにはある。
「無事そうで何よりだよ」
ふとそんな事を呟いてみるが、無事だなんて根拠はどこにもない。
全員が戦えない状態にあったが、幸いにも敵は現れずに空母の目前へと辿り着いた。
『よし、損傷が激しいコルセアから下ろしてくれ』
「了解しました」
状況を説明して、着艦の許可を得る。すると攻撃隊発艦のために散らかっていた甲板にスペースが作られる。
「よし、医療班を待機させてるからコルセアから下りてもらう。ルー、発光信号を頼む」
明は正式な軍の訓練を受けて軍人になった訳では無いのでモールス等の知識は持ち合わせていない、完全なる現場叩き上げのパイロットだ。
『わかった』
ルーがキャノピー越しに高出力のライトで着艦を促す信号を送る。内容を理解した里緒は主脚を展開、空母への着艦体制へと移行した。
『発光信号を認識したってことはやっぱり気絶したりしてる訳じゃないのね』
『まだ警戒を解くんじゃないぞ、敵の完全撤退は確認してな…』
ルーが空を睨み、ただ着艦を見守る2人を戒める。しかし甲板を直前にしてコルセアは安定を欠き、急激に高度を落とした。
「まずい!」
コルセアは飛行甲板より明らかに低い位置へとゆっくり落ちていく。
『空母の後ろに突っ込むわよ、なんで脱出しないの!』
意識が朦朧としているのかそれとも負傷しているのか、脱出の兆候見られない。
「クソッ!」
1番早く動いたのは零戦だった。
キャノピーを解放、風がコックピットへ流れ込み全身が刺されるような寒気に襲われる。高度を落としてコルセアと海面の間に機体を滑り込ませた。その瞬間ルーとアリスは明が何をしようとしているのかを察して制止する。
『やめろ、明の方が海面に突っ込む羽目になるぞ!』
「構わない!」
空母の艦尾が段々と迫る中、コルセアの足を翼に乗せて機首を上げる。
「上がれぇぇ!」
零戦の重量はせいぜい3トン、エンジン出力は1500馬力、対してコルセアは最大で5.4トン、エンジン出力は2000馬力を超える。言ってしまえば一般的な成人男性が100キロ級のプロレスラーを持ち上げるようなものだ。
『里緒に脱出させてから救出すればいいじゃない!』
「わかったから静かにしててくれ!」
全く何も分かっていない、今は操縦に全神経を注いで会話への返事すら煩わしい。里緒に脱出させろと言うが仮に里緒が重症で衰弱しているのなら、水に晒す訳にはいかない。コルセアが滑り落ちないようにコントロールしつつ、零戦にコルセアを持ち上げさせるだけの力を振り絞らせる。
「…失速するっ!」
零戦の機体もエンジンも重しの圧力に負けて悲鳴を上げ、コックピット内には主翼のきしみ音がこだまする。
「いや、無理やりにでも上げる!」
もう艦尾が視界いっぱいに広がろうとしている。
『頼む明、里緒を救ってくれ!』
「判ってる!」
ルーのそんな願いに力強く応える。
バランスが崩れること覚悟でエンジン出力を全開に、さらにフラップを最大まで展開、瞬間的にコントロールを取り戻した刹那に無理やり機首を上げる。紙飛行機を投げるような感覚でコルセアをふわっと飛び立たせ、飛行甲板へと送る。コルセアは飛行甲板の上へと無事に飛び出す、零戦が高度をあげるだけの余裕は残っていなかった。
「あいつ…やり切った!」
持ち上げられたコルセアは激しくバウンドしつつも甲板へと着艦する。
「だが引き起こしが間に合わないぞ!」
どれだけ零戦が良く曲がる機体でも無理な事は明白だった、それは遠目から見守るアリスとルーからも良くわかる。
「クソッ!」
高度は10mもない、明は開放しておいたキャノピーを飛び出し海面へと身を投じる。マスターを失った零戦は艦尾へと突っ込みかけるが直前で海面へと飛び込み、空母の艦尾を軽く小突いただけに終わった。明は海面を少し滑るように転がった後空母の航跡の中へと消える。
「明!?」
瞬間的に明は姿を消しルーが焦る。
「ぷはぁ!」
しかし直ぐに白波の脇から浮かび上がると、泳ぐことがあまり得意ではない明は空母の大きな航跡の中で体を海面に浮かべる事に集中する。日差しが比較的強いので忘れていたが今はまだ暖かさよりも寒さの勝る冬の終盤、挙句ノルウェー海と北海の狭間である。
「冷てぇ!冷凍食品みたいになっちまう!」
そんな中、着水の影響で翼と胴体が歪み、ゆっくりと沈んでゆく零戦を視界の隅に捉える。
同時刻、敵空母の甲板上
「海上の戦い、新鮮…」
ピンクの長髪をはためかせる少女は無機質に呟いた。敵の偵察機を味方を指揮して追い返しただけ、戦いと言うよりも多対一の蹂躙と言った方が正しい有様だった。しかしそんな事はどうでも良いほど一面に広がる蒼という新鮮さの虜になっている。
数週間前、隊が壊滅し自身だけが生き残るという凄惨な戦いがあったとは思えない程の呑気さだ。
甲板の隅に立ち瞳を閉じて全身で風を受ける。前の基地と違い、どれだけのほほんとしていてもそれを咎める人物は居ない。それが自身にとって大切だったのか、それとも大した影響ではなかったのかそれすらも分からない。
「行こう、メッサーシュミット…」
海から振り返り、甲板へ目を向ける。そこには真紅に塗られたBf109の姿、これが今の彼女の愛機だ。本来ならば私ではない誰かが乗るべきだった機体を使う羽目になっている。あの震電のパイロット彼を見つけた時、自身が何をしでかすの分からない。
エンジンは始動済み、あとは自分自身が最後のパーツ『パイロット』になる事でそれは空へと飛び上がれる。
小柄な体躯で機体によじ登り、コックピットに着席、最終確認後、誰の指示も待たずに発艦を始める。何故ならこの艦隊の最高司令官が自分自身だからだ。後ろには3機の味方が追従している。しかしそれは自身の命令で動く道化でしかなく、冗談を言ってくれる訳でも孤独を励ましてくれる訳でもなかった。
「ペーネロペー、Bf109T出る!」
自分が何処で生まれたか、何のために生きているのかも分からない少女は戦いという束の間を求めて出撃する。
第七章 機体解説
フェアリー・バラクーダ(フェアリー・アビエーション)
■伝説的複葉機ソードフィッシュの後釜
高い位置に配置された主翼や、独特の「フェアリー・ヤングマン・フラップ」など、低速時の安定性と視界を最優先した結果、非常に複雑で特異なシルエットを持つ機体となった。初期型は操縦性やパワー不足に苦しんだが、頑丈な機体と優れた急降下性能を活かし、ドイツの巨大戦艦「ティルピッツ」を大破させるなど、北海や太平洋で手堅い戦果を挙げロイヤルネイビーを支えた。
F6F ヘルキャット(グラマン)
■侍の刀を叩き折ったタフガイ
徹底的なパイロットの保護と量産性を重視して設計された、大戦後半の米海軍の主力艦上戦闘機である。2,000馬力級の強力なエンジンを搭載し、防弾装甲と強固な機体構造によって並外れたタフさを誇る。格闘戦に特化していた日本の零戦に対し、優れた高速性と急降下性能、そして12.7mm機銃6門の圧倒的な火力を用いた一撃離脱戦法で圧倒した。かつて大海原の中心で零戦を相手に死闘を繰り広げた戦闘機の伝統を受け継いだその機体は、日本本土の目前まで機動部隊を守り抜いた鉄壁の用心棒なのだ。
Bf 109 T(メッサーシュミット)
■海へと戦場を移した幻のマイスター
ドイツ海軍が建造を進めていた航空母艦「グラーフ・ツェッペリン」の艦上戦闘機として、Bf 109 E型をベースに開発されたモデルである。狭い甲板での着艦スピードを落とし、揚力を稼ぐために主翼が左右で約1.2メートル延長されているのが最大の特徴とされている。さらに、カタパルト射出用のフックや着艦フック、主翼の折りたたみ機構(手動)が追加された。空母の建造中止に伴い艦上機としての出番は失われたが、この機体で得られた設計ノウハウはBf109の血統に少なからず影響を与えたはずだ。
死ぬほどどうでもいいんですけど、ゴールデンウィークに従姉妹の大学合格祝いで身内が集まってたんですよ。んでその後妹と従姉妹と私の3人で色々ゲームとかお互いの創作の話とかしてたら…この作品のことバレました。
いや別に恥ずかしくないですけど…なんかね、もう心がぴょんぴょんしますヨ(やけくそ)
というわけで次回予告、空母へと帰ってきた里緒の情報を元に反撃の作戦が計画された。だが愛機を海の底へ沈めた明は留守番を強いられる。そこへ見覚えのあるカラーリングをしたBf109が奇襲を仕掛け、飛行甲板は大混乱へと陥る…
次回っ!明特攻!
デュエルスタンバイ!