強化人間C4-621が、人として幸せになる為に   作:03-AALIYAH

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今回から原作が開始します。

プロローグだから短めなのは許してクレメンス


プロローグ
第一話 邂逅


光が射していた。

 

 

白でも黒でもない、けれど色を失った世界。

 

 

周りの輪郭はやけにぼやけていて、空気は音を吸い込んだように静まり返っている。

 

 

その中心に、ひとりの人間が立っていた。

 

 

遠い。

 

 

 

けれど、手を伸ばせば届きそうでもあった。

 

 

そうやって距離という概念が曖昧になるほど、世界そのものが歪んでいる。

 

彼女は、私に向かって深く頭を下げていた。

 

長い髪が滑り落ち、光を弾く。

 

 

その姿ははっきり見えるのに、肝心の表情だけが霞の向こうにあるみたいに曖昧だ。

 

 

それでも、その声だけははっきりと届いた。

 

 

「……ごめんなさい」

 

 

震えていた。

 

でも、風のせいではない。

 

 

ここには風なんてない。

 

 

「■■、失■ですよね…でも、どう■ても必要なことでした。■の■レを■■■るには、こう■るしかなか■たんです」

 

 

段々とノイズが走る。

 

 

問い返そうとしたはずなのに、声が出ない。

 

 

喉が存在しないみたいに、何も響かない。

 

 

ただ、彼女の言葉だけが続く。

 

 

「……■■てくれるん■すね。え■、分かって■した。■■は…そういう人、で■■ら」

 

 

理解と諦観が混ざった、静かな表情。

 

 

「■が■■た時、貴女はもう■も、■え■はいな■と思■ます」

 

 

世界がわずかに軋み、音のない衝撃が走った。

 

痛みはなく、でも足場が消えるような感覚だけがある。

 

 

「で■が■■ならきっ■…きっと。た■え何■覚えてい■くても。…その■■の■てで、■生と共に■■■■けてく■る筈だと、信■ています」

 

 

先■。

 

 

その単語だけが、ノイズ混じりにしてはやけに鮮明だった。

 

まるで、そこだけあるべき色が分かるみたいに。

 

私は…その人を知っている?

 

 

彼女は、ゆっくりと顔を上げる。

 

やっと、目が合う。

 

今度の言葉に、ノイズはなかった。

 

 

「……ええ、そうですね。また、今度」

 

 

光が、強くなる。

 

白に塗り潰され、そして世界が途切れた。

 

 

 

 

 

 

ジリリリリリリリリリ

 

 

鼓膜を乱暴に叩く音で、意識が浮上する。

 

まぶたを開けると、天井はいつもの無機質な白。

 

 

 

 

「ん…」

 

 

指先で目覚まし時計を押し、アラームを止める。

 

 

午前は六時、ピッタリだ。

 

 

 

なにか、夢を見ていた気がする。

 

光と、誰かの声。

 

 

 

そこまで辿り着いたところで、記憶は霧散した。

 

思い出せないのなら、それでいい。

 

そういう仕様なのだろうとどこかで冷静に結論づける。

 

 

『おはようございます、レイヴン』

 

 

静かな音声。

 

けれどそこには、無機質さとは違う温度がある。

 

 

「おはよう、エア」

 

 

ベッド脇に立て掛けられた拳銃から、その声は響いていた。

 

 

 

エア。

 

私の友人で、この銃に宿る存在。

 

 

この銃は、私にしか扱えない。

 

 

理屈は分からないが、事実としてそう認識している。

 

 

銃をホルスターにしまい、パジャマからインナーに着替えてコートを羽織る。

 

 

重みが肩に落ちると、ようやく身体の輪郭がはっきりした。

 

 

これを着ていないと、落ち着かないような感覚がある。

 

 

『本日は“先生”が到着される日ですね』

 

 

「うん」

 

 

部屋の窓の外は騒がしい。

 

 

ガヤガヤと怒鳴り声に、金属がぶつかる鈍い音。

 

 

遠くで何かが割れる気配。

 

 

日中のD.Uは、最近いつもこんな調子だ。

 

 

「放っておけって言われてるから、放っておくけど」

 

 

『到着が遅いようでしたら、迎えに行きましょうか』

 

 

「うん、そうする」

 

 

先生。

 

 

 

ひとつき前、覚えている限り一番古い目覚めの時。

 

傍らにあったメモにあったのが、“先生を待て”と自分の筆跡で書かれた文だった。

 

 

 

読み終えた瞬間に文字は消えたが、あれが現状唯一の手がかり。

 

 

 

…私は、自分を覚えていない。

 

覚えているのは断片だけ。

 

 

名前。

 

 

エアの存在。

 

 

この銃の特別性。

 

 

コートの感触。

 

 

それだけで、生活している。

 

エアだって、何も覚えてはいないらしい。

 

 

連邦生徒会から物資と仕事は回ってくるので生きるには十分だが、それ以上でも以下でもない。

 

 

私は、私が誰なのかを知りたい。

 

 

だとしても勝手に行動すべきではなくって、先生が来るまで待機するのが今の私の役割。

 

 

だがずっと待っているというのも存外退屈で、それを潰すためになんとなく始めた絵描きは、思いのほかハマった。

 

 

絵を描いている時間だけは、退屈が消えるからだ。

 

 

迷いなく、思うがまま手が自然に動く。

 

先生が来るまでは、描きながら待っておこう。

 

 

 

 

……しばらくして、ドアの開く音がした。

 

 

ガチャ、と乾いた金属音。

 

振り向くと、行政官であり、かつ連邦生徒会長を代行している七神リン……と、その隣に見知らぬ男性。

 

 

ヘイローが、ない。

 

なるほど、この人が外から来た先生か。

 

 

 

「彼女が、ここでの仕事をサポートしてくれるはずです」

 

 

リンに目配せされた私は、一歩前に出た。

 

 

「あなたが、先生?」

 

 

“そうだね、私が先生だよ”

 

“君のことを教えてくれないかな?”

 

 

先生の発した言葉は拍子抜けするほど普通の声で、特別な威圧も過剰な自信もない。

 

 

けれど、目が違った。

 

柔らかく、それでいて奥に折れない芯がある。

 

 

この人なら、と直感的に思った。

 

理由は説明できないが、ただ、そう判断した。

 

 

「私は…レイヴン。今日から先生の業務補佐を担当する」

 

 

“よろしくね、レイヴン”

 

 

「うん、よろしく先生」

 

 

一拍置き、確認をする。

 

 

「…ところで、私のことは知らない?」

 

 

“……え?”

 

 

本当に知らない顔だ。

 

 

けれどまぁ、落胆はない。

 

 

ただ、仮説が一つ外れただけ。

 

 

「知らないんだ…そっか」

 

 

“えっと、私とレイヴンは初対面のはずなんだけど…”

 

 

事情は共有されていないらしい。

 

 

「記憶喪失。私は、私のことを何も覚えてない。唯一の手がかりが先生の存在だったから、待っていたんだけど…」

 

 

“ごめんね、役に立てなくて”

 

 

「大丈夫。多分、これから見つかっていく。会うだけで全部解決するとは思ってなかったし」

 

 

その言葉に会話がひと段落ついたと判断したのか、先生はリンの方を向く。

 

 

“これから私は、何をすればいいのかな”

 

 

「…シャーレは、権限はあっても目標のない組織ですから、特になにかしなければならない…という強制力は存在しません」

 

「また、キヴォトスのどんな学園の自治区にも自由に出入りが可能であり、所属に関係なく、先生が希望する生徒たちを部員として加入させることも可能となっております」

 

 

「捜査部なのに、そこら辺は決まってないんだね」

 

 

「ええ、その部分に関しては連邦生徒会長も特に触れられていませんでした。面白いですよね」

 

 

その返しに、どこがだよと言いたかったものの一応黙っておく。

 

 

これが多分皮肉って奴なんだろう……。

 

きっと。多分。

 

 

「……本人に聞きたくても、未だ彼女は行方不明のまま」

 

「私達は彼女の捜索に全力を注いでおりますから、キヴォトスで起こるあらゆる問題に対処出来る余力がありません」

 

「今も連邦生徒会に寄せられる、支援物資の要請に環境改善、落第生への特別授業に部の支援要請などのあらゆる苦情…」

 

「時間の有り余っている“シャーレ”であれば、この面倒な苦情の数々を解決出来るかもしれませんね」

 

「その辺りの書類は先生の机の上に沢山置いておきました。気が向いたらお読み下さい」

 

「…全ては、先生の自由ですので」

 

「それでは二人とも、ごゆっくりと。必要な連絡があれば、またご連絡致します」

 

 

リンは言うだけ言って風のように去っていった。

 

 

 

なるほど、余裕がないから代わりにやって貰おうということか。

 

 

正直トップが居なくなっただけで機能不全になるとか、リカバリー対策をしてなかったのか、それとも【それ自体】が必要だったのか……。

 

今考えることじゃないな。

 

 

山のような書類もあるし、これは…面倒なことになった。

 

別に仕事だしやるけど。

 

 

「とりあえず、これらをまずは片付けよう」

 

 

“あ〜、それなんだけど”

 

先生が言い淀む。

 

 

「何?」

 

 

“今回手伝ってもらった生徒達に挨拶しに行かなきゃ”

 

 

なるほど。挨拶は大事らしいし、見送っておこう。

 

 

「いってらっしゃい」

 

 

 

その後戻ってきた先生と共に、沢山の書類と向き合ったのは別の話。




レイヴンだけでなく、エアも記憶喪失なのはしっかりと理由がございます。


尚、次回は幕間です。


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