強化人間C4-621が、人として幸せになる為に   作:03-AALIYAH

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文字数は4000字目安にしようと頑張ってるんですが、どうしても膨れ上がっちゃうんですよね。

前後で分けようとしても納得が行かないので結局今回は長めになりました。


第四話 ありふれた話

アビドスの街は遠くから見ると都市の形をしているが、近づけばそれが長い時間の放置によって崩れかけた遺構であることが分かる。

 

 

崩れたビル。

 

 

砂に埋まりかけた道路。

 

 

風に擦れて鳴る金属看板。

 

 

その中を、対策委員会の面々が静かに進んでいた。

 

 

通信機からアヤネの声が響く。

 

《カタカタヘルメット団の本拠地から15km圏内に入りました!》

 

 

 

「ここらへんからかな」

 

 

私はショットガンを肩に担ぎながら言った。

 

 

安全装置を外す音が小さく鳴る。

 

乾いた空気の中では、その金属音さえ妙に響いた。

 

 

少し前方を歩いていたホシノが、ゆるい声で答える。

 

 

「んじゃ、始めよっか」

 

 

その言葉を合図に、空気が一瞬で変わった。

 

対策委員会の面々が一斉に散開する。

 

 

ホシノが最前線へ出る。

 

 

大きな盾を展開し、真正面から敵陣へ歩いていった。

 

 

次の瞬間、銃声が弾けた。

 

ヘルメット団の連中が一斉に撃ち始めるが、弾丸は盾に弾かれ、鈍い衝撃音を響かせるだけだった。

 

そのままホシノは一歩踏み込む。

 

近距離で散弾が炸裂し、前列の敵がまとめて吹き飛んだ。

 

 

同時に空を小型ドローンが横切る。

 

シロコだ。

 

 

上空から弾丸が降り注ぎ、さらに手榴弾が放り込まれる。

 

 

爆発音が連続し、砂煙が舞い上がる。

 

 

「うわっ、来るな!」

 

「撃て撃て!」

 

 

敵が慌てて反撃しようとした瞬間。

 

ノノミのミニガンが回転し始めた。

 

凄まじい弾幕が前方の空間を完全に封鎖する。

 

 

 

金属の雨のような弾丸が壁や地面を削り、ヘルメット団の動きは一気に鈍った。

 

そして、その隙を。

 

 

「逃さないわ!」

 

 

セリカの狙撃。

 

弾幕の合間を正確に抜けた弾丸が、敵の頭部を次々と撃ち抜いていく。

 

 

連携としてはほぼ理想形だった。

 

 

前衛が押さえ、火力支援と弾幕で動きを止め、狙撃で仕留める。

 

 

……なるほど、よく出来ている。

 

 

そして私は、少し離れた瓦礫の陰から戦場を観察していた。

 

ホシノの存在が、ほぼ全ての敵意を引きつけている。

 

 

つまり、背後はほぼ無防備ということ。

 

 

私はゆっくりとショットガンを構えた。

 

後ろから照準を、敵の首筋へ。

 

引き金を引く。

 

 

「あべし!」

 

間髪入れずに次の標的。

 

「たわば!」

 

もう一発。

 

「ひでぶ!」

 

三人目。

 

 

後ろから静かに数が減っていく。

 

敵は前方の戦闘に意識を集中しているからか、こちらには全く気付かない。

 

 

アジトの間を滑るように移動すると、一人が振り向いた。

 

目が合うと同時に一気に距離を詰め、銃床を振り抜く。

 

 

鈍い音がし、敵はその場で崩れた。

 

 

さらに近くの敵に回し蹴りを入れる。

 

乾いた衝撃音と共にヘルメットが吹き飛び、相手はそのまま倒れ込んだ。

 

 

速度差がありすぎる。

 

戦闘というより、作業に近いかもしれない。

 

対策委員会が前面で暴れている間に、私は後方の敵を淡々と減らしていく。

 

 

「へげえっ!」

 

 

ついでに目の前の敵を蹴り飛ばした瞬間、周囲の空気が変わった。

 

 

「リ、リーダー!!」

 

 

部下らしい連中が慌てて叫ぶ。

 

 

……リーダー?

 

 

地面に転がったヘルメット団員を見る。

 

 

赤い装備。

 

ああ、確かにさっきの指揮官っぽい。

 

 

今まで片っ端から倒していたから気付かなかった。

 

 

取り敢えず、団員たちの居た向こう側へ蹴り飛ばしたその瞬間、指揮系統をなくしたヘルメット団の動きが明らかに崩れた。

 

 

混乱が広がるそこへ、アヤネの通信が入る。

 

 

《カタカタヘルメット団、退却していきます!》

 

 

ささっと下がると、私を横切って敵が次々と逃げ始める。

 

 

《並びに、カタカタヘルメット団の補給所、アジト、弾薬庫の破壊を確認!》

 

 

爆発音が遠くでいくつも響いた。

 

弾薬庫が誘爆しているらしい。

 

 

戦闘は完全に終わったようだ。

 

 

「終わりか…」

 

私はショットガンを下ろす。

 

「呆気ないな」

 

 

砂漠の風が戦場を通り抜ける。

 

さっきまでの銃声が嘘のように静かだった。

 

 

私は近くにあった弾薬箱を開ける。

中には状態の良さそうな弾薬がいくつも入っていた。

 

まあ、迷惑料代わりにもらっていこう。

 

 

 

 

「これで、しばらくはおとなしくなるはず」

 

皆のところに戻ってきたところで、シロコが言う。

 

 

「よーし、作戦終了」

 

ホシノも、既に折りたたんだ盾を肩に担ぎながら伸びをする。

 

「先生もみんなもお疲れ〜」

 

そして軽い調子で続けた。

 

「んじゃ、学校に戻ろっか」

 

 

あれ、私の名前は呼ばれてない。

 

いや、まあ…今回私はほとんど前線に出ていない。

 

 

背後から不意打ちで敵を減らしていただけだから、正面切って戦っていたわけではなかったし、空気なのはある意味当然か。

 

 

手に持っていたショットガンを肩に担ぎ直す。

 

 

まあ、先生の能力は認められて来てる頃だろうし、別に構わないかな。

 

 

 

 

 

 

校舎の中は、外の砂塵が嘘のように静かだった。

 

廊下の奥からは、古い換気扇が回る低い音だけがかすかに聞こえてくる。

 

 

戦場の喧騒を抜けてきた直後だからか、その静けさは妙に現実感が薄い。

 

 

入口をくぐった瞬間、柔らかな声が迎えた。

 

「おかえりなさい、皆さんお疲れ様でした」

 

 

さっきまでオペレートしてくれたアヤネが立っていた。

 

 

端末を抱えたまま、ほっとしたように微笑んでいる。

 

 

「ただいま〜」

 

ホシノが軽く手を振る。

 

 

 

まるで散歩から帰ってきたかのような調子だ。

 

まあ実際、蹂躙にしかならなかったけど。

 

 

「アヤネちゃんも、オペレーターお疲れ様」

 

セリカが続く。

 

 

声は穏やかで、その頬にはわずかな疲労の色が残っていた。

 

 

「火急の案件だったカタカタヘルメット団のことがようやく片付きましたね〜」

 

ノノミが息をつく。

 

 

「先生たちのお陰でやっと、重要な問題に集中出来る」

 

そこを、シロコが淡々と付け加える。

 

 

「ええ、これで心置きなく全力で借金の返済に取り掛かれるわ!」

 

最後に、セリカが勢いよく言い切った。

 

「ありがとう二人とも、この恩は一生忘れないから!」

 

 

……今、何かおかしな単語が混じっていた。

 

 

私は少し首を傾ける。

 

 

「待ってセリカ、今なんて言った?」

 

「え、この恩は忘れないって…」

 

 

違う、そうじゃない。

 

 

「その前」

 

 

「……あっ」

 

セリカの表情が固まる。

 

 

“借金返済って?”

 

先生が穏やかな声で問いかける。

 

それだけで、場の温度が変わった。

 

 

「あわわ…」

 

「そ、それは」

 

アヤネもセリカも、言葉が続かない。

 

唯一冷静っぽいホシノ以外の全員が視線を逸らした。

 

 

……なるほど。

 

これは、意図的に伏せていた情報なんだろう。

 

しかも軽いものじゃない。

 

 

「待って、アヤネちゃんそれ以上は」

 

セリカが慌てて口を挟む。

 

説明を止めようとする動き。

 

 

「良いんじゃない、セリカちゃん。もう隠すようなことじゃあるまいし」

 

 

だがそこに、ホシノが割り込んだ。

 

さっきまでの緩い空気は消え、声は静かだが芯が通っている。

 

 

「かといって、わざわざ話すことでも…」

 

セリカが反論するも、勢いは弱い。

 

 

「別に罪を犯したわけじゃないし、先生は私達を助けてくれた大人だよ?」

 

ホシノは淡々と言う。

 

その言葉の途中で、一瞬だけこちらを見る。

 

 

…私だけ呼ばれてないのにこっちを見るのはなんなの、ホシノ。

 

 

「ホシノ先輩の言う通り、先生は信用していいと思うよ。セリカ」

 

シロコが続ける。

 

 

「そりゃそうだけど…先生も、そこのレイヴンだって、結局は部外者だし!」

 

 

セリカが食い下がる。

 

……一応、私は一括りにされたらしい。

 

まあ、認識して貰っているだけでも良いか。

 

 

「確かに先生がぱぱっと解決してくれるような問題でもないかもしれないけど」

 

ホシノは続ける。

 

「でも、耳を傾けてくれるような大人は先生だけだよ」

 

合理性を見たその言葉は、少しだけ重かった。

 

「悩みを打ち明けてみたら、何か解決法が見つかるかもよ?」

 

そこから、軽い調子に戻す。

 

「それとも、他になにか解決法があるのかな〜セリカちゃん」

 

逃げ道を塞ぐ言い方だ。

 

柔らかいが、圧がある。

 

 

セリカの表情が歪んだ。

 

 

「う、うぅ…」

 

 

視線が揺れる。

 

逡巡。

 

だが次の瞬間、それは反発に変わった。

 

 

「でも、でもさ!」

 

声が強くなる。

 

「さっき来たばかりの人間じゃない!」

 

「これまで大人達が、この学校がどうなるかなんてことを気に留めたことはあった!?」

 

教室に響くその声は、怒りというよりも蓄積された不満に近い。

 

 

「この学校のことは、ずっと私達でなんとかしてきたじゃん…」

 

拳を握る。

 

「なのに今更、大人が首を突っ込んでくるなんて…」

 

「私は認めない!」

 

 

言い切ると同時に、セリカは踵を返した。

 

引かれた椅子がわずかに音を立て、そのまま教室の外へ出ていく。

 

足音が廊下に遠ざかっていった。

 

 

「セリカちゃん!?」

 

アヤネが立ち上がる。

 

 

「私、様子を見てきます!」

 

ノノミがすぐに後を追う。

 

ドアが閉まる音の後に残されたのは、妙に広く感じる教室と、重く沈んだ空気だった。

 

誰もすぐには口を開かない。

 

さっきまでの戦闘とは別種の緊張。

 

…こちらの方が、よほど厄介だ。

 

 

 

私は壁にもたれかかる。

 

 

長期的に解決できていない問題で、外部には頼れない為に内部だけで回してきた結果、限界が来ている。

 

そこに、【気にかけてくれる人間】が現れた。

 

期待と不信が同時に発生するのは当然のこと。

 

セリカの反応は、感情的ではあるが論理的でもある。

 

ホシノはそれを理解した上で、あえて開示を選んでいる。

 

 

……そして。

 

そのホシノが先生を一番警戒しているのも、また事実だ。

 

 

そこから沈黙のまま、時間が流れていく。

 

誰もすぐには言葉を選べない。

 

 

やがて、その均衡を崩したのはホシノだった。

 

 

「えーと、簡単に説明するとさ。この学校、借金があるんだ」

 

 

軽い口調。

 

けれど、その声にはわずかに硬さが混じっている。

 

 

「まあ、ありふれた話なんだけどね」

 

 

ホシノは少しだけ視線を落とした。

 

ほんの一瞬、諦めに似た影が差す。

 

 

「問題はその額なんだけどさ。ざっと9億円くらいあるんだよね〜…」

 

 

数字が、現実感を伴って落ちてくる。

 

ざっと、という言い方の軽さと、金額の重さが噛み合っていない。

 

 

「……9億6235万円、です」

 

アヤネが補足する。

 

 

正確な数値。

 

誤差を許さない現実。

 

 

「アビドス…いえ、私達【対策委員会】が返済しなければいけない額です」

 

 

私は少しだけ考えてから口を開いた。

 

「もし…返済、しきれなかったら?」

 

 

答えはほぼ予測できる。

 

でも、確認は必要だ。

 

 

「その時は学校も銀行の手に渡り、廃校手続きを取らざるを得なくなります」

 

 

「ですが、実際に返済出来る可能性は0に近く…殆どの生徒は諦めて、この学校と街を捨てて去ってしまいました…」

 

 

「そして、私たちだけが残った」

 

シロコが続けた。

 

 

私は軽く息を吐く。

 

 

……9億。

 

もっと言うなら、寧ろ10億に近い金額だ。

 

 

「学校が廃校の危機に追いやられたのも、生徒がいなくなったのも、街がゴーストタウンになりつつあるのも、実はすべてこの借金のせいです」

 

アヤネが続ける。

 

 

……でも問題は、原因だ。

 

【借金がある】のではなく、【何故そこまで膨らんでしまったのか】。

 

そこを押さえないと、解決の見通しも立たない。

 

 

ちょうどそのタイミングで、先生が口を開いた。

 

 

“事情を説明してもらえるかな”

 

無駄なく、必要な問いだけを投げる。

 

でもその声には、柔らかさがあった。

 

 

「借金をする理由ですか?それは…」

 

 

アヤネは一呼吸置いた。

 

視線がわずかに遠くを見る。

 

 

過去の整理。

 

あるいは、何度も頭の中で繰り返してきた情報の再生。

 

 

「数十年前、アビドス郊外の砂漠で大規模な砂嵐が起きました」

 

 

窓の外で風が鳴る。

 

それを補足するように。

 

 

「それは学区の至る所を砂に埋もれさせ、その後も砂の堆積が止まらず…結果として大規模な砂漠化が進行しました」

 

 

景色が頭に浮かぶ。

 

今見ているこの風景の、さらに悪化した状態。

 

 

「その克服のために大規模な資金を投入しましたが、改善は叶わず」

 

「追加で資金を得ようにも、将来性のない地域への融資は断られ続け…」

 

 

まあ、合理的な判断だろう。

 

返済される見込みもない融資なんて、してもらえる訳がない。

 

 

「結果、悪徳業者に借金せざるを得なくなり…それでも状況は改善せず、現在に至ります」

 

 

……なるほど、確かにパターンとしてはありふれた話だ。

 

規模が非常に大きいだけで。

 

 

途中で止めるポイントはあったはずだが、止められなかった。

 

理由は単純で、止めればその時点で終わるからだ。

 

 

だから進み続けて、結果的にもっと悪化する。

 

 

「じゃあ、セリカがあんな風な態度なのも?」

 

私は確認する。

 

 

「そう、誰もまともにこの問題へ向き合ってくれなかったせい。唯一聞いてくれたのは、シャーレの二人が初めて」

 

シロコが答える。

 

 

外部の無関心。

 

それが長期間続けば、内部は閉じる。

 

そして、閉じた状態で維持してきたものに外から手が入ると反発が起きる。

 

 

セリカの反応は、その典型だ。

 

 

……正直なところ、手段を選んでいる余裕はないと感じた。

 

でもきっと、理屈と感情は別問題なのだろう。

 

 

 

「まあ、そういうつまらない話だよ」

 

ホシノが言う。

 

「でも、そっちが手伝ってくれたお陰でヘルメット団という厄介な問題は解決したし」

 

事実の整理。

 

「これからは借金の返済に全力投球出来るようになったって訳」

 

未来の方向付け。

 

「もし委員会の顧問になってくれたとしても、借金のことは気にしないでいいからさ」

 

線引き。

 

「先生に話を聞いてもらえるだけでありがたいし」

 

そして、距離の確保。

 

……表面は柔らかいけど、ホシノは明らかにこちらを試してきている。

 

どこまで踏み込み、どこで引くか。

 

その反応を見ている。

 

 

「うん、先生達はもう十分力になってくれた。これ以上迷惑はかけられない」

 

シロコが続く。

 

こちらは純粋な、遠慮と責任感で言っているみたいだ。

 

 

私は少しだけ視線を上げる。

 

……ここで選ばなければならないだろう。

 

でも、遭難してまで進み続けた先生であれば、どういう選択をするかなんて分かりきっている。

 

 

“私も対策委員会の一員として頑張らせて欲しい”

 

“生徒を見捨てて戻るなんてことはしないよ”

 

 

……うん、やっぱり先生はそう言うよね。

 

 

私は小さく息を吐く。

 

 

「私にも手伝わせて欲しい」

 

 

結論だけで十分だ。

 

 

「それって…」

 

アヤネの表情が一瞬止まり、次の瞬間には大きく変わる。

 

「はい、よろしくお願いします!」

 

声が明るくなる。

 

張り詰めていた空気が、少しだけ緩んだ。

 

 

「変わり者だね〜、こんなことに自分から首を突っ込もうとするなんてさ」

 

ホシノが笑う。

 

皮肉の形をしているが、完全な否定ではない。

 

むしろ逆だ。

 

予想と違った反応に対する、軽い驚き。

 

 

「【シャーレ】が力になってくれるなんて…これで私達にも…!」

 

 

「そうだね、希望が持てるかもしれない」

 

 

アヤネの言葉をシロコが補完する。

 

その声は小さいが、確かだった。

 

 

私はホシノを見る。

 

表情はいつも通りの、力の抜けた笑み。

 

 

でもやっぱり、その奥にあるものは消えていない。

 

警戒、観察、そして評価。

 

……期待はしているし、こうして宣言したことで信用もある程度は得られていると思う。

 

でも、真の意味での信頼を得るには、少なくともまだ足りていない。

 

 

それでいい。

 

むしろ、その方が健全だ。

 

無条件の信頼なんてものは、だいたいろくな結果にならない。

 

 

私は壁から身体を離す。

 

かなり面倒なことに首を突っ込んだ自覚はある。

 

それでも、この状況を放置する方が後味は悪い。

 

だからやる。

 

 

理由としては、それで十分だった。

 

 

 

 

薄く開いた窓から、夜の気配がゆっくりと流れ込んでくる。

 

 

昼間の灼けるような熱はすでに引き、代わりに砂漠特有の、乾いた冷たさが空気の底に沈んでいた。

 

 

あれから暫くして、現在は夕方。

 

窓から橙色の光が砂の大地に反射しているのが見える。

 

 

「私はもう帰るけど…二人はどこに泊まるの?」

 

 

教室の中、窓際に立ったままのシロコが、振り返りもせずに言った。

 

他の面々はもう帰った後だ。

 

夕焼けが彼女の輪郭を縁取っていて、雰囲気があるな〜なんて場違いな考えが頭に浮かぶ。

 

 

“えっと、それは…ほら、ホテルとか”

 

 

先生はいつものように曖昧な笑みを浮かべながら答えるが…うん。

 

今日ゴーストタウンを歩いてきたのにどうしてそう思うんだろうか。

 

 

この街での人の気配は薄く、建物はどれも風化し、看板は色を失い、機能している店などほとんど存在しない。

 

宿泊施設どころか、日常そのものがここでは維持されていないのに。

 

 

「先生さぁ、こんな廃れた学区にそんな場所ある訳ないでしょ。うちの校舎に泊まっていきなよ」

 

ホシノが、あくびでもするような気軽さで言い放つ。

 

 

けれどその言葉の裏には、この場所の現実を当たり前のように受け入れてしまっている重さがあった。

 

冗談めいた口調と、内容の重さの乖離。

 

 

この人は、そういう違和感を平然と抱えたまま生きている。

 

 

「うん、折角の厚意を無碍にするのは良くないし、ここに泊まろう」

 

 

私は即座に結論を出した。

 

 

考える余地はほとんどない。

 

今からシャーレに戻るとしても、距離が遠すぎる。

 

 

“そ、そうだね…”

 

 

先生は一拍遅れて頷く。

 

 

その声にはわずかな躊躇が混じっていたが、反対する理由もないのだろう。

 

 

生徒のことが最優先なのは先生の美点だけど、もう少し後先考えて欲しいとも思う。

 

遭難の件もあるし、毎回それだと、そのうち本当に取り返しがつかなくなる。

 

 

…まあ、その時は私がなんとかカバーしよう。その為の業務補佐だし。

 

 

「あ、レイヴンちゃんは…」

 

 

ホシノがこちらに視線を移す。

 

 

私へ向けるその目は相変わらず柔らかいようでいて、どこか受け入れられてないような、そんな疎外感を覚えてしまう。

 

 

「私もシャーレだし、先生の護衛も兼ねて一緒に校舎で泊まるよ」

 

 

そう答えると、ホシノはほんの一瞬だけ視線を細め、それから力の抜けた笑みを浮かべた。

 

 

「うん、そっか。そうだよね」

 

 

「?」

 

 

ホシノに確認をされたけど、勿論私も同じ場所だ。

 

 

武力を持たない先生の補佐として私が居る以上、行動を共にするのは当然の帰結だろう。

 

合理的に考えれば、それ以外の選択肢は存在しない。

 

 

「それなら、どこの部屋に泊まればいいかな」

 

 

夕暮れから夜へと移り変わる中、周囲を見回しながら尋ねる。

 

 

 

「今は使ってない部屋があるから、そこに泊まると良いよ」

 

ホシノが簡潔に答えた。

 

 

 

人がいなくなって久しいから、使っていない場所なんて沢山あるのだろう。

 

 

「来る時も言ったけど、シャワーはちゃんとあるよ。使い終わったら元栓締めてね」

 

シロコがそこに付け加える。

 

 

“何から何まで、ありがとう”

 

 

「いいよ、先生達には助けてもらってるし、これからもお世話になるから」

 

 

シャワーを使わせてもらえるのはありがたい。

 

私はともかく先生はかなり汗をかいていたから、綺麗にしたかった筈だ。

 

 

 

 

シャワー室は思っていたよりも整っていた。

 

 

古さはあるが、清掃は行き届いていて、無駄のない管理がされていることが分かる。

 

 

元栓を開けて蛇口を捻ると、わずかに遅れて水が流れ出す。

 

 

その音が、静まり返った校舎の中でやけに大きく響いた。

 

 

温度を調整し、体に当てる。

 

 

砂と汗が流れ落ちていく感覚は、思考を一度リセットするのに丁度いい。

 

今日一日の出来事が、水に溶けて排水口へと吸い込まれていくような錯覚。

 

 

……とはいえ、現実はそんなに都合よく整理されないけれど。

 

 

上がった後、念の為に用意していた着替えを使い、新しいインナーを着る。

 

生憎とかさばるのでいつもの寝間着は持ってきていなかったが、それで空いたところに先生の分の着替えも用意したので、先生もちゃんと着替えられる筈だ。

 

 

準備をしておいて正解だった。

 

 

 

 

用意された教室は、使われていないとはいえ、最低限の整頓はされていた。

 

 

埃は少なく、床は乾いている。

 

 

マットを敷き、毛布を広げる。

 

 

クッションを頭の位置に置けば、それだけで簡易的な寝床としては十分だった。

 

先生が上着を脱ぐのを見て、私も装備を外す。

 

 

コートとフードを丁寧に畳み、壁際に置く。

 

銃を床に置けば、ゴト…と鈍い音が静寂に沈んだ。

 

 

 

電気を消す。

 

暗闇は一瞬で部屋を満たし、窓から差し込むわずかな月明かりだけが、輪郭をぼんやりと浮かび上がらせた。

 

毛布に潜り込むと、体温がゆっくりと広がる。

 

 

外の冷えた空気との境界が、やけにくっきりと感じられた。

 

 

“レイヴン”

 

 

暗闇の中で、先生の声が静かに響く。

 

 

周りの雰囲気もあってかは分からないが、その声色はいつもの柔らかさを保持しつつも静かなものだ。

 

 

「どうしたの、先生」

 

 

視線は天井の方へ向けたまま、応じる。

 

 

 

“セリカのことなんだけど…”

 

 

ああ、その話か。

 

昼間、感情を抑えきれずに飛び出していったあの背中が脳裏に浮かぶ。

 

 

「意気地になってるだけだと思うよ」

 

 

“…うん。だから…どうすればいいのかなって”

 

 

少しだけ、間があった。

 

 

その間に、迷いが混じっているのが分かる。

 

 

先生は常に、自分にとって正しい選択をしようとしている。

 

 

ただし、それが何かはまだ分かっていないんだろう。

 

 

「うーん…先生のやりたいようにすればいいと思うよ」

 

 

結論は単純だ。

 

 

余計な理屈はいらない。

 

 

“私のやりたいように?”

 

 

「うん。先生はまっすぐな人だから。セリカにも多分それは分かってる」

 

 

だからこそ、変に取り繕う必要はない。

 

 

打算や遠慮で動けば、逆に伝わらない。

 

先生の強みは、そこじゃないだろう。

 

 

「なら先生のやりたいようにすれば簡単だよ」

 

 

それが最短距離だ。

 

 

少なくとも、遠回りする理由はない、と思う。

 

 

“そっか…ありがとう、レイヴン”

 

 

安堵に近い声。

 

 

完全に納得したわけではないが、進む方向は決まったらしい。

 

 

「ううん、別に」

 

 

それ以上言うこともない。

 

 

あとは本人次第だ。

 

 

毛布を少し引き上げる。

 

 

外の風が窓を鳴らし、遠くで砂が擦れる音がする。

 

不思議なくらいに静かだ。

 

 

「じゃあ、おやすみ。先生」

 

 

“おやすみ、レイヴン”

 

 

それきり、会話は途切れた。

 

 

暗闇の中、意識がゆっくりと沈んでいく。

 

 

 

砂に覆われた街と、借金と、戦いと、まだ見えない何か。

 

全部が混ざり合いながら、輪郭を失っていく。

 

 

明日もまた、仕事だ。

 

 




実は作者にもレイヴンの口調が捉えられていない為、出来る限りぶれさせずに書く上で初期からひとつの参考にしているのが三日月・オーガスだったり。

あくまで参考なのであそこまで過激じゃないですし、この作品にはどっちかと言うとタイトル通り彼女をひとりの人間にするっていうコンセプトがあるのでまんまにはなりませんが。


この小説か良いと感じたなら、高評価と感想をくれれば作者がすごく喜んで執筆スピードもUPするかもしれません。

この小説読んでくれてる方はこの中のどれ?

  • シャーレの先生
  • 強化人間
  • 兼業
  • 実はどれもやってない
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