強化人間C4-621が、人として幸せになる為に 作:03-AALIYAH
「おはよう、二人とも」
「おはようございます〜☆」
「お二人とも、おはようございます!」
“おはよう”
扉が開くと同時に、朝の静けさに人の声が流れ込んできた。
ひとり、またひとりと教室へ足を踏み入れるたびに、空気の密度がわずかに変わっていく。
さっきまでの、埃と光だけで満たされていた空間に、体温と気配と、微かな生活の匂いが重なっていく。
先頭ににはシロコ、その後ろから柔らかく弾むような声を響かせながらノノミが続き、さらにその後ろで資料を抱えたアヤネがこちらへ丁寧に挨拶する。
最後に入ってきた先生は、私とホシノを見つけると表情を緩めた。
「おはよう」
そう短く返して視線を一巡させたとき、ほんの僅かな違和感が引っかかった。
……ひとり、足りない。
「セリカはどうしたの?」
問いかけると、空気がほんの少しだけ揺らぐ。
視線が一瞬だけ交錯し、それから先生へと集まる。
“あぁ、それなんだけど……”
言いにくそうに言葉を濁すその様子で、まだ嫌われているんだろうな〜との察しはついた。
※
「なるほど、しつこくして怒られたと」
話を聞き終えて、私は結論だけをそのまま口にした。
余計な装飾は不要だ。
事実として整理すれば、それ以上でもそれ以下でもない。
“バッサリ言うね……”
先生が苦笑いを浮かべる。
その反応を見る限り、自覚はあるらしい。
「うん、好きなようにすればいいんじゃないって言ったのは私だけど」
言葉を続けながら、わずかに息を吐く。
「こういう斜め上の行動をするとは思ってなかった」
真っ直ぐなのは良い、良いんだけど…方向がズレれば、それはただの事故だと思う。
「先生、それはセリカちゃんじゃなくても怒るよ〜?」
ホシノが呆れたように肩をすくめる。
いつもの軽い調子ではあるが、その内容自体は完全に同意だった。
「撒かれた、か…」
ふと、ぽつりと呟く。
「ん、レイヴンはセリカのバイト先が気になるの?」
シロコから唐突に視線を向けられる。
その目は、相変わらず淡々としているが、わずかに興味の色が混じっていた。
「まあ…うん」
曖昧に頷く。
明確な理由があるわけではないし、ただ少し気になっただけ。
これが…好奇心というものなんだろうか。
「でも確かに、最近セリカちゃんはどこかに行くことが増えたみたいですし…バイト先のこと、気になりますね」
「あ〜それならおじさん、心当たりがあるんだけど…」
「取り敢えず、お昼ごはん食べにいこっか」
ホシノが、指先で机を軽く叩きながら言う。
その声音はいつも通り気の抜けたものだが、声色がなんとなく、いたずらっぽいものに聞こえたのは気の所為…だと思う。
※
「…ねえ、これ本当に良いの?」
足を止めたまま、私は店先を見上げた。
中心部は完全にゴーストタウンなものの、外縁部は街として機能しているらしく、こうしたラーメン屋もあるらしかった。
如何にもな個人店という雰囲気がある、とてもローカルな場所だ。
そして――その店内の奥に、見覚えのある姿があった。
「まぁまぁ気にしなくても良いよ〜」
私の視線の先を知ってか知らずか、ホシノはいつも通りの気の抜けた声で言う。
「そうですよレイヴンちゃん、それにここのラーメンはとっても美味しいですし」
ノノミが柔らかく笑いながら続ける。その言葉は純粋な期待を含んでいて、悪気の欠片もない。
だからこそ余計に、遠慮という概念が欠けているのがよく分かる。
「うん、バイトをするならちゃんと私達に報告すべき。これはセリカの自業自得」
シロコが淡々と断じる。
うん、情け容赦がないけど理屈としては間違っていない。
“あはは…”
そして、ストーカー行為をしていた手前何も言えない先生は、曖昧に笑うだけだ。
頼れる時と頼れない時の落差が激しいのもこの人の特徴だけど、今回は後者だったようだ。
――結果として、私達は店の暖簾をくぐった。
チリン、と軽やかな鈴の音が鳴る。
その音に反応して、奥からひとつの影が現れた。
「いらっしゃいませ、柴関ラーメンで…す……!?」
勢いよく顔を上げたセリカの表情が、そのまま凍りつく。
目が見開かれ、言葉が途中で途切れ、時間だけが一拍遅れて流れていく。
「あの〜☆、6人なんですけど〜!」
「あ、あはは…セリカちゃん、お疲れ…」
「お疲れ」
軽やかに挨拶するノノミと、若干の気まずさを含んだアヤネに淡々とした様子のシロコ。
「バイト、頑張ってるんだね」
私も思ったままを口にする。
その働きぶりは、入口から見ただけでも分かる程度には真面目だった。
「み、みんな……どうしてここを!?」
声が裏返る。
逃げ場を完全に塞がれた小動物みたいな反応だ。
「うへ〜、やっぱりここだと思った」
“どうも”
「先生まで…やっぱストーカー!?」
うん、普通はそう思うよね。
否定材料が見当たらない以上、評価としては妥当だ。
「いや〜先生は悪くないよ?でもセリカちゃんのバイト先ならここしかないと思ってさ。だから来てみたんだけど」
「大当たりだったみたいだね」
ホシノが悪びれもせずに言い切る。
うーん、確信犯。
「ホシノ先輩か…くぅ…」
セリカの肩が小さく震える。
怒りなのか羞恥なのか、その両方か。
「アビドスの生徒さんか。セリカちゃん、おしゃべりはそれぐらいにして、注文受けてくれな」
そこに低く落ち着いた声が割り込んだ。
見れば、店の奥から現れたのは犬の獣人の男性だった。
腕組みをしながら状況を一瞥し、そのまま静かに場を制する。
余計なことは言わないが、必要なことはきっちり通すタイプらしい。
「あ、うぅ…はい、大将。それでは広い席に案内しますので…こちらにどうぞ……」
完全に勢いを削がれたセリカが、項垂れるように案内する。
その背中を追いながら、私達は店の奥へと進んだ。
店内は、外観とは違って思ったより整っていた。
木のカウンターには年季が入っているものの、手入れは行き届いているみたいだ。
壁には色褪せたメニュー札が並び、湯気と共に漂う出汁の香りが、空腹をじわじわと刺激してくる。
――席に着くと、別の意味での戦いが始まった。
「はい、先生はこちらへ!私の隣、空いてますよ〜☆」
「ん、私の隣も空いてる」
両側からの挟撃…先生に逃げ場はない。
“レイヴンはどっちがいい…?”
…そっちの事なんだから巻き込まないでほしい。
「先生の座らなかった方に座るよ」
即座に責任を切り離す。
判断は本人に任せるべきだ。
“そ、そんな…”
「こういう時は自分で決めるべきだよ、先生」
最終的に観念したのか、先生はシロコの隣に腰を下ろした。
「ふむ…」
「???」
シロコが妙に納得したように頷く。
何に満足しているのかは分からないが、少なくとも本人は意味を見出しているらしい。
「レイヴンちゃん、もっとこっちに寄ってもいいですよ〜」
まあ、こっちもノノミが距離を詰めてくるから同じだけど。
その大きなものを押し付けるのはやめようかノノミ。
なんというか…格差のようなものを感じてしまうんだけど。
「狭すぎだって!シロコ先輩もノノミ先輩も、そんなにくっついてたら二人が窮屈じゃない!ほらもっとこっちに寄って!」
セリカが半ば叫ぶように制止する。
その指摘は正しい。極めて正しい。
「私は平気。ね、先生」
「大丈夫ですよね〜レイヴンちゃん」
誰も聞いていないのに同意を求めてくる。
あの…狭いから早く解放して…。
「んもう〜なんでそこで遠慮するの!?空いてる席沢山あるんだからちゃんと座ってよ!」
結局、セリカの叫びによって配置は修正された。
シロコもノノミも、名残惜しそうではあったが、一応は距離を取る。
空間が、ようやく人間的な密度に戻って一安心だ。
「セリカちゃん、バイトのユニフォーム、とってもカワイイです☆」
そこに、ノノミが新たな火種を投げた。
…方向を変えただけで、火力は落ちていない。
「いやぁ〜、セリカちゃんってそっち系?ユニフォームでバイト決めちゃうタイプ?」
ホシノがすかさず乗る。
無駄に連携が良いのは、長く関わってきたからなんだろうけど…。
「ちっちち違うし!ここは行きつけのお店だったし…」
…否定しながらも語尾が揺れているから説得力がない。
「ユニフォーム姿のセリカちゃんの姿、写真撮っとけばひと儲け出来そうだね〜。どう先生、1枚買わない?」
「変な副業するのはやめてください、先輩…」
アヤネが冷静に軌道修正をかける。
うん、先生に変なこと言うのは辞めて欲しいかも。
「セリカはいつバイトを始めたの?」
そこへ、シロコが淡々と話題を戻した。
「い、一週間ぐらい前から…」
視線を逸らしながら答えるセリカ。
なぜか妙に照れている。
「そうだったんですね☆時々姿を消していたのは、バイトだったと…」
「も…もういいでしょ!ご注文は!?」
耐えきれなくなったのか、強引に本題へと移行させた。
うん、そろそろお腹も減ってきたし。
「【ご注文はお決まりですか】でしょ〜、セリカちゃん?お客さんには笑顔で親切に接客しなきゃ」
隙ありとばかりにホシノが追撃した。容赦ないな…。
「あうぅ…ご、ご注文は…お決まりですか…?」
形勢不利を受けてか、セリカの声はすっかり小さくなってしまった。
「チャーシュー麺でお願いします!」
「私は塩」
「ええっと、私は味噌で…」
「私はねー、特製味噌ラーメン!炙りチャーシュートッピングで!」
注文が一気に飛ぶ。
各々が迷いなく選んでいるあたり、この店にはそれなりに通っているらしい。
ホシノの注文だけ明らかに重いなあ…この中では一番高いんじゃないだろうか。
「ほら二人とも遠慮しないでさ。レイヴンちゃんはやり方、分かる?」
視線が向けられる。
選択を迫られる側になった。
「え、あぁ…まあなんとなくは」
メニューに目を落とす。
うーん、どれがどう違うのかさっぱり分からない。
「取り敢えずなんでもいいから好きなの頼んじゃいなよ、この店すっごい美味しいんだから。アビドス名物、柴関ラーメン!」
まあ、ホシノがそう言うなら。
「それじゃあ、この柴関ラーメンって奴で」
店名をそのまま掲げた一杯だからおそらくスタンダードなものだし、初回はこれにしよう。
視線をメニューから上げると、セリカがこちら側を見ていた。
「ところでみんな、お金は大丈夫なの?またノノミ先輩に奢ってもらうつもり?」
その言葉に、わずかに首を傾げる。
また、ということは、もしかしなくても日常的に…?
「はい、私はそれでも大丈夫ですよ☆このカードなら、限度額までまだ余裕もありますし」
ノノミがいつも通りの調子で、さらりと言う。
まあ、本人が納得しているなら…。
「いやいや、またご馳走になる訳にはいかないよ〜。きっと先生が奢ってくれる。ね、先生」
“初耳なんだけど…”
…先生の困惑はもっともだと思う。
けれどホシノは、まるで最初から決まっていたかのように話を進める。
その自然さが、少しだけ引っかかった。
試されていると、はっきりとそう感じる。
あ、先生が逃げた。
しかしホシノに回り込まれてしまったようだ。
…大人のカード。
聞く限りはクレジットカードと同じような、単なる決済手段のはず。
でも【大人の】とわざわざ付いているなら、なにかしら特別なものである可能性も十分にある。
「大人のカードを使うような場でもなさそうですけど…先輩、最初からそのつもりで誘ってくれたんですね」
「先生としては、カワイイ生徒達の腹を満たしてあげられる絶好のチャンスじゃん?」
……遭難してまでここに来たっていう事実で、普通は納得すると思う。
でもアビドスは普通の環境じゃないし…だからこそ、なにかしらのきっかけがないと、心からの信頼を得ることはきっと難しいんだろう。
先生は苦笑しながらもノノミにこっそり何かを教わっている。おそらく支払いの手順だろう。
まあ先生のことだし、結局は払うことを選択するとは思う。
ただ、その先のことを考えると、少しだけ現実的な問題が浮かんだ。
つまるところ、先生の分の食費。
食費を削ってまでおもちゃを買ったりアプリゲームに課金したりする人だし……帰ったら、しばらくは様子を見た方がいいかもしれない。
「はい、お待ちどうさま!」
思考が一区切りついたところで、湯気と一緒に声が届く。
セリカが、両手に器を抱えて運んでくる。白い丼の縁から溢れる熱気が、空気をゆらりと歪ませていた。
「「「「「「頂きます」」」」」」
自然と手を合わせて、箸を持つ。
そこで気付いた。
……食べ方が…分からない……
見た目は分かる。麺と、スープと、具材。それぞれの役割も想像はつく。
けれど、具体的にどうやって食べるのかが分からない。
「あれ、レイヴンちゃんってもしかしてラーメン食べるの初めてかな?」
様子を見ていたのか、ホシノが声をかけて来た。
「ほら、箸を使って…こう、ズズっと」
実演するように麺を持ち上げて、軽く啜る。
その動きをなぞるように、同じように箸を動かす。
麺を掴んで、持ち上げて──そのまま口へ。
啜る。
熱が舌に触れ、すぐに引いていく。その直後、味が広がった。
……これは。
「………美味しい」
思わず、言葉が漏れる。
想像していたよりもずっと強く、はっきりとした味だった。
麺は弾力があって、噛むほどに存在感がある。
スープは濃いのに重すぎず、舌に残る余韻が心地いい。
具材も、それぞれがきちんと役割を持っていて、全体としてまとまっている。
「それなら良かった」
「レイヴンちゃん、凄い無言ですね〜☆」
“良かったね、レイヴン”
何か言われているのは分かるけど、意識がそちらに向かない。
次の一口を、自然に求めている。
気が付けば、箸が止まらなくなっていた。
麺を食べ、具を口に運び、最後にスープを飲む。
その繰り返しが、妙に心地いい。
外の乾いた世界とは切り離された、ここだけの時間のように感じる。
気がつけば全てなくなっていた。
丼の底が見える。
「…ご馳走様でした」
自然に手を合わせる。
うん、満足だ。
「良い食べっぷりだったな嬢ちゃん、美味かったか?」
カウンターの向こうの大将から声がかかる。
「うん、とても」
「そりゃ良かった。そうやって美味しそうに食ってもらうのが、作り手としては一番嬉しいもんよ」
素直にそう答えると、大将はそう返し、嬉しそうに笑った。
他の皆も食べ終わったらしい。
「食べ終わったなら持っていくわね」
セリカが器を回収していく。その表情は、さっきよりも少し柔らかい。
……来てよかった、と思った。
「いやぁ、ゴチでした〜先生」
「ご馳走様でした☆」
「お陰でお腹いっぱい」
「うん、美味しかった」
それぞれが口々に言葉を残す。
それに重なるように、セリカの声が飛んだ。
「早く出てって!二度と来ないで!仕事の邪魔だから!」
勢いだけなら、さっきまでの空気を全部吹き飛ばすくらいには十分だった。
「あ、あはは…セリカちゃん、また明日ね」
「ほんっと嫌い!みんな死んじゃえー!!」
……怒っている、というよりは、どこか照れているようにも見える。
横を見ると、先生も微笑ましいものを見るような表情をしていた。
どうやら、感じることは同じらしい。
「元気そうで何よりだよ〜」
ホシノの一言で場はそのまま流れ、校舎へと戻ることになった。
※
夜。
校舎に戻り、簡単なやり取りのあとで解散。
…という予定だったのだが、途中で変わった。
セリカと連絡がつかないらしい。
家にも居なかったらしく、居場所を探る為、別室で先生が連邦生徒会のセントラルネットワークにアクセスしているらしい。
待ち時間の間私に出来ることは特に無いので、今のうちに装備の点検をしていた。
弾倉、動作、照準…ひとつずつ確かめる。
こういう流れの後は大抵戦闘になると、私の勘が囁いている気がしたからだ。
やがて扉が開く音がして、先生が戻ってきた。
「おかえり。結果はどうだった?先生」
「…連絡が途絶える直前のセリカちゃんの端末の座標が判明したよ」
先生の代わりに、私に向かって複雑そうな顔をしながらホシノが答えてくれた。
後輩と音信不通になったのは、やはりショック以外の何物でもないのだろう。
「ここは…砂漠化が進んでいる市街地の端…?」
表示された座標を見ながらノノミが呟く。
「住民も居なくなって、廃墟になってるエリア…治安も維持出来ず、チンピラのたまり場になってる場所だね」
「ここ、以前危険要素の分析をした際、カタカタヘルメット団の主力が集まっていることの確認が出来た…」
…なるほど。
「ということは、やっぱりあのふざけた名前したヘルメット団がセリカを誘拐したことになるね」
口にしながらも、違和感が残る。
あの連中の戦い方、動き、判断。
戦闘中のそれらは全て場当たり的なものであって、今回のような計画的な行動を、彼女らが考案して取るようには見えなかった。
──やっぱり、背後に何かある可能性が高いのかもしれない。
でも何が目的で?こんな辺鄙な土地にそこまでの価値があるなんて思えない。
「考えていても仕方ありません!急いでセリカちゃんを助けに行きましょう!」
ノノミの声で、深く沈みそうだった思考を切り替えた。
…そうだ、今やるべきことは一つ。
「うん、そうだね」
頷く。
「それじゃあ…」
“出発!”
……アビドスまで来ても残業になるとは思わなかった。
まあ仕事だし、さっさと片付けて休もう。
柴関ラーメンは前々からありましたが、アビドス生徒会編の時のレイヴンには味覚がまだなかったので当時連れて来られることはありませんでした。
なので大将との面識もゼロであり、過去編含めてレイヴンはラーメンを食べたことがありません。
スイーツを食べた事もないので、今後食についての色々を知ることになるでしょう。
存在しない記憶まとめ、要る?
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必要だよ
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先に本編進めてもろて
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どっちもちゃんと書いて、やくめでしょ
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作者自身の感覚に従え