強化人間C4-621が、人として幸せになる為に 作:03-AALIYAH
そこら辺埋められる頭のスペックが私にはないので、先人達の事を改めて尊敬します。
その日から、レイヴンを加えたアビドスでの生活が始まった。
監視──建前上はそう言っているけれど、実際のところは半分面倒見みたいなものだ。
自分の家に入れようとした先輩を押しのけ、彼女を私の家に住まわせてからまず驚かされたのは「常識」というものをまるで知らないこと。
箸は持ち方から教える羽目になったし、お風呂の入り方も分からない。
しまいには「料理」というもの自体を知らないと来た。
恐る恐る「じゃあ今まで何を食べてきたの?」と聞いたら、「流動食ばかりだったと思う」と返ってきて、思わず変な顔が出そうになった。
怖いというより、不安になる。……この子、本当にちゃんと生きてこれたの?と。
ただ、一度教えたことはすぐに覚える。しかも正確に。
まるで乾いた紙に文字を書くみたいに、吸い込むように知識を自分の中へ取り込んでいく。
その様子は素直に感心するけれど、どこか痛ましくもあった。
やっぱり、放っておけない。
もちろん妙に「整っている」部分もある。夜は十時ぐらいで眠りに就き、朝六時には自然と目を覚ます。
夕食後の歯磨きも欠かさない。生活リズムは規則正しく、色々あって夜更かしも多い私よりかはよほど健康的だ。
二番目に驚かされたのは、お風呂の入り方を教えた時。
身体のあちこちに縫い合わせたような見た目の変色した部分が残っていた。
痛々しいのに、触れると普通の肌の感触で。
言葉には出さなかったけれど、胸が締めつけられるような気持ちになった。
そして……一番驚いたのは、出会った時の格好が裸にコートだったこと。
どう考えても不審者でしかないが、本人が言うには起きた時にそれしかなかったらしい。
お陰で私の服を暫く貸し出すことになった。
彼女が良い環境で育ったのか、それとも悪い環境で育ったのか。
どちらかを想像しようとしても、答えは出ない。
ただ一つ分かるのは、レイヴンがあまりにちぐはぐな存在だということ。
ヘイローはあるけど、記憶は欠落しているし、喋る銃まで抱えている。
どう見ても子供なのに、言葉の端々には不思議なくらいどこか大人びた響きがある。
でも常識は殆ど知らない。
そのアンバランスさに、私は何度も「この子は本当に大丈夫なんだろうか」と心の中で呟いていた。
──そんな一週間が過ぎた。
レイヴンが手伝ってくれるおかげで、日々の雑事は格段に楽になった。
荷物の運搬に、掃除に、電気の交換…他にも細かいことだって。
私が指示を出せば、彼女は必ずきちんとこなす。文句一つ言わずに。
けれど、彼女が「自分からやりたいこと」を言う姿を私はまだ見ていない。
ユメ先輩も同じだった。
***
「おはよう、ホシノ」
リビングへのドアを開けると、レイヴンはすでに着替えを済ませて椅子に腰かけていた。
彼女へ貸し出しているパジャマ代わりの私の服はきれいに畳まれて床の上に置いてある。
几帳面すぎるくらいの律儀さに、内心ちょっと苦笑した。
「おはよう、レイヴン」
「今日は何をすればいいかな」
朝一番の第一声がそれ。
誰かの指示を待つことが、今の彼女にとって「日常」なのだろう。
私は小さく息をつきながら、答えを口にしようとする。
「今日は───」
ところが、その言葉は唐突な乱入によって遮られた。
「おはよう、ふたりとも!」
勢いよくドアを開けて入ってきたのは、もちろんユメ先輩。
朗らかな笑顔を浮かべて、悪びれる様子もない。
いやまぁ、来る時邪魔だと思って鍵をしめなかった結果だが。
「ユメ先輩……来るならモモトークかなにかで一言ください」
「まあいいじゃん、私とホシノちゃんの仲でしょ?」
「親しき仲にも礼儀ありって言葉を知ってますか?」
軽口を叩く先輩に、私は半眼で返す。慣れたやり取りだ。
「で、今日はどうするの?」
レイヴンが脱線しかけた話を戻す。最初は先輩と私の掛け合いに戸惑っていたけれど、二日目にはもう順応していた。恐るべき適応力。
「ふふふ、今日はね……」
「買い出しに行くんですよね。それにレイヴンの服も。いつまでも私のお古っていうのはアレでしょう。まあその分は働いて返してもらいますから」
勿体ぶる先輩に、私は即答する。
弾薬、食料、壊れてしまった必需品のパーツの買い替え……やることは山ほどある。
「ちょ、ホシノちゃん! そこは『何だと思う?』って聞く場面じゃないの!?」
「くだらないこと言わないでください。コントじゃないんです」
「「違うの?」」
声を揃えて首を傾げる先輩とレイヴン。
その絵面に、私は頭を抱えた。
レイヴンはナチュラルにそう思っていたっぽいのが結構心に来る。
「違うに決まってるでしょう!?ほら、さっさと出発しますよ!早くしないと置いていきますからね!」
こうして、また慌ただしい一日が始まる。
***
「あ、そうそう。レイヴンちゃんにはこれを渡しておくね」
ホシノの家を出る直前、ユメが思い出したように声を上げ、私へと一本の銃を差し出した。
長銃。
単発の威力が高く、遠距離戦闘に適した武装だ。
本で読んだ知識と照らし合わせ、私はすぐにそれを理解する。
「私にはこれがあるから不要だと思うけど…」
そう言って腰のホルスターからハンドガン──今ではその凄まじい威力から、ハンドキャノンと呼称している──を取り出し、軽く持ち上げてみせる。
私にとっては唯一無二の武器。
けれどユメとホシノは同時に眉をひそめた。
「レイヴンのそれは威力が高すぎるから。人に向けちゃダメ」
「そうそう。一発で気絶どころか、下手したら骨まで折れちゃいそうだよ?」
……やはり、先日の件を見られていたらしい。試しにそこら辺に転がっていた9mm弾を込め、廃材で作った即席の的に撃ち込んだ時のことだ。
木片は粉々に砕け散り、周囲の砂を巻き上げて小さなクレーターすら刻んだ。
この世界の人間は銃撃戦に慣れていると聞いていたが、骨折させるような威力のものは使用が憚られるらしい。
だが私にとってはむしろ、骨折で済むことのほうが驚きではあるのだが。
……キヴォトスという場所の常識はいまだに掴みきれない。
「そういうことなら」
私は与えられた長銃を受け取り、付属していたベルトを肩に装着する。
重みは心地よく、自然と背筋が伸びた。
「それじゃ、しゅっぱ〜つ!」
『テンションが高いですね……』
「そうだね」
「行きますか」
そうして三人で外へ出て、数時間ほど掛けて店が集まっているエリアに来たのだが──
……なぜ、こんなことになっているのだろう。
今、私たちは服を売っている店にいる。
ユメ曰く「お世話になってる古着屋さん」らしい。
店内の空気は落ち着くような落ち着かないような、不思議な温度を持っている。
のだが。
「レイヴンちゃん、どれ着ても似合ってて可愛い!」
「これも良いんじゃないですか、先輩?」
「さっすがホシノちゃん有能! これも絶対似合うよ!」
二人は、無邪気に、楽しそうに、私へ服を次々と手渡してくる。
私はただ、それに従って着替えを繰り返した。
お店の人は「若い子は元気でいいねぇ」と目を細めて眺めている。
楽しそうな二人の様子を見ている私は何も言えず、ただ黙って従うしかない。
気づけば二時間が過ぎていた。
壁に掛けられた時計を見ると、十一時半。
買い出しは昼食の後の予定らしい。けれど──
ぐぅぅ、と、不意に腹が鳴った。
響く音に、自分でも驚いて身体が跳ねる。
「あー…ちょっと時間掛けすぎたみたい」
「ちょっとどころじゃないと思うんですけど…ごめんレイヴン」
ホシノの冷静な指摘に、私は小さく安堵した。
私の感覚は間違っていなかったのだ。
「まあまあ。お昼にしたいところだけど、その前にレイヴンちゃんに何個か選んでもらおうよ」
「そうですね。これだけ時間かけたのに何も買わないのは失礼ですし」
「ということで、レイヴンちゃんはどれが良い?」
……結局、選ぶのは私か。
私は服の価値を判断する術を持たない。
ただ布地と形が違うだけに見えてしまう。
困り果てて、小声でエアに助けを求めた。
「エア、どれが良いと思う?」
『先程試着したものは全て似合っていると思います。それに──こういう場面では、レイヴンが決めるべきです』
エアの判断に従おうとしたのだが、逃げ道はあっさり塞がれた。
私の考えはお見通しのようだ。
仕方なく、試着した中から何着かを選ぶ。
白を基調に赤いアクセントが走るパーカーと白いシャツ、短パンにタイツ。
これを合わせたらかなり動きやすくなりそうな服達だ。
勿論、着替えを含めて何着か購入した。
先程言った通り動きやすさを求めたのもあるが、もうひとつ理由があった。
かつて搭乗していた機体を思わせる色合いに、心が僅かに動いたのだ。
それとあと一つ。
白い虚ろな目と伸びた舌をした怪しい生物の着ぐるみパジャマ。
奇妙な意匠に戸惑いながらも、なぜか気になって買ってしまった。
……他人に見せる勇気は、ないけれど。
まあいつまでも寝巻きをホシノに貸してもらう訳にはいかないので、別に良いか。
ただホシノはえぇ…と言いながら引いていたが。
因みにユメは可愛い鳥さんだね!と言っていた。
人を選ぶデザインらしい……というか鳥なのか、これ。
下着についてはホシノが選んでくれた。
これで服を全てホシノに借りる生活から解放される。
こうして、私の「初めての買い物」は、ようやく終わったのだった。
さて──試着という苦行を終えた私……達ではなかったか。
まぁ近くのベンチに座り、ようやく昼食の時間を迎えていた。
私は今や、普通の人間と同じように空腹を覚えるし、喉も乾く。
機能の一部は確かに復旧している。だが──
「レイヴンちゃん、あ〜ん」
唐突にユメが箸を差し出してきた。
弁当の一口分(卵焼きと言うらしい)が先端に挟まれ、陽光に煌めく。
「自分で食べられるんだけど…」
「レイヴン、味はする?」
今度はホシノが問いかけてきた。その視線は真剣で、誤魔化しはきかない。
私は一瞬だけ躊躇し──やがて、答えの代わりに短く言葉を落とした。
「……ごめん」
味は分からない。匂いもかなり希薄だ。腹は減るのに、感覚の半分が欠けている。
エアによれば「復旧の遅れ」らしいが、それがどれほどの時間を要するのかは未知数だった。
「良いよ。味覚が無くてもお腹は空くんでしょ」
ホシノは淡々とそう返し、弁当を差し出してくる。
彼女の作った料理──色彩や形状でそれと知るだけの食べ物。
けれど、確かに空腹感は消えていく。
私は小さく「ありがとう」と呟いた。
だが、穏やかな食事の時間は、突然破られる。
「きゃあああ!!」
突如、近くの獣人の女性が声を上げる。
その先で、オートマタと呼ばれる存在がバッグを抱え、逃げ去ろうとしていた。
どこの世界でも、人のすることは変わらないらしい。
ただアレらを人と呼んでいいか私としては微妙なところなのだが、ユメもホシノも突っ込まないし疑問にも思っていないようなので私はそういうものだと受け取ることにした。
「私の前でひったくりとはいい度胸ですね……レイヴン、ちょっと待ってて。捕まえて来るから」
ホシノが立ち上がり、即座に走り出そうとする。
ユメも慌てて続こうとしたが──
「先輩はレイヴンを見てて下さい」
そう言い残し、ホシノは駆けていく。
私とユメは残された。
「私は待てるから、行ってきたら?」
私がそう告げると、ユメは目を丸くし、そして笑って頷いた。
「ありがとうレイヴンちゃん! いつまでもこういったことを後輩に任せちゃいけないからね!」
言い残して、彼女も駆け去る。
二人の背が遠ざかり、周囲の喧騒が再び落ち着きを取り戻す。
私は弁当を置き、コートのポケットから小さな本を取り出した。
ホシノが貸してくれたポケット図鑑というもので、魚類の絵と説明が詰まっている。
ページをめくり、淡々と文字と絵を追う。
意外と面白いそれを眺めていたそのとき。
『レイヴン、こちらへ接近する存在を確認しました。位置は正面、距離十メートル。タイプ不明。警戒を』
エアの声が耳の奥に響く。
即座に私は顔を上げた。
「おや、先に気付かれてしまうとは」
現れたのは──黒い穴からにじみ出るように姿を現した、一人の「人」だった。
身に纏うスーツと同じく真っ黒なその顔は割れた仮面のようにひび割れ、白い光が漏れている。
普通の範疇に収まらない「異物」であることは明らかだ。
私は無意識に、背負っていた長銃のロックを外して構えていた。
いつでも撃てるようにはしてあったから、引き金を引いただけで弾丸は発射されるだ
ろう。
「初対面の相手に銃を向けるとは……少々礼儀がなっていないのでは?レイヴンさん」
「お前……誰? その名前はどこから?」
私は基本アビドスの校舎か、ホシノの家にしかいない。
唯一登下校中は外に出るものの、基本的にはホシノと一緒に居るので接触の余地などないはずだ。
「失礼、名乗っていませんでしたね。私のことは──そうですね、【黒服】とでも。まあ大事なのは呼称ではなく、あなたへの提案です」
『レイヴン、警戒を絶やさずに。この状況で単独での接触を狙う時点で、ホシノとユメに聞かせたくない事情が存在するのは確かでしょう』
エアの指摘に私は頷く。銃口は下げない。
「私には、あなたに行き場を提示出来ます。居場所を与え、自立するための支援を行い、更には仕事も斡旋することが可能です──どうですか?メリットは沢山あるでしょう」
「具体的な仕事内容と行き先、そして目的に、お前自身の利益。全て答えろ」
「おや…美味すぎる話だと一蹴すると思ったのですが。存外冷静なのですね」
「無駄口はいい、さっさとしないと撃つよ」
黒服は肩をすくめ、そして口のようなひび割れの端を吊り上げた。
「……ええ、私としても貴女と話すことは歓迎なのですが。残念ながら、時間のようです。もし今の話へ関心があるなら──この座標に来てください。いつでも、お待ちしていますよ」
次の瞬間、彼は黒い穴の中へと消えた。残るのは不快な空気の揺らぎだけ。
「待て!」
声を上げた時にはもう、虚空しかなかった。
諦めて銃を肩にかけたその直後。
「ただいま〜レイヴンちゃん。待たせちゃってごめんね?」
息を切らしながらユメが戻ってきた。
ホシノもなんてことのないような表情をしながら続く。
「ひったくり犯は捕まえて、荷物も持ち主に返したから大丈夫」
私は銃をそっと背に戻し、無表情を保ったまま答える。
「全然待っていないから、気にしなくていい。……そう。それと……私って、役に立てているかな」
唐突な問いに二人は顔を見合わせ──そして笑った。
「レイヴンちゃんのおかげで毎日すごく楽になったのは間違いないよ! ね、ホシノちゃん」
「はい、先輩。レイヴンには、いつも助けられてる。レイヴンが手伝ってくれるおかげで、私も……自分の時間に、余裕が持てるようになったから」
「そっか。それなら……良いこと」
残りのお弁当を手に取り、淡々と口へ運べば、二人の明るい声が耳に響く。
だが胸の奥には、黒服の言葉が沈殿してい
た。
(ここから、去る…)
いつの間にか手の中に入っていた紙の感触を感じながら私は心のなかでそう呟き、視線を空に向けた。
服について。
ここまでレイヴンは、外へ行く時ホシノの制服の予備のシャツを借りてました。
それ以外もホシノのものを借りてて、サイズはちょっと大きめくらいでピッタリ。
同じぺったん族だk(ここで文字は途切れている)