強化人間C4-621が、人として幸せになる為に 作:03-AALIYAH
そのやる時が少ないのと、それ以上にお人好し過ぎるだけで。
一週間後、生徒会室。
外の砂嵐に晒された窓が低く鳴る。
コップに注いだ水を喉へと流し込み、空気の乾きを誤魔化しながら私はぽつりと言った。
「……もう大丈夫だよね」
透明な水面に揺れる自分の顔は、いつも通りの無表情。
椅子からずり落ちかけたコートを正し、砂を払ってから視線を上げる。
「ホシノ、次はやっぱり一人で行ってみようと思う」
言葉の瞬間、ホシノの身体がぴくりと硬直した。
「え……?」
その声は驚きと戸惑いを押し殺したように震えていた。
大きな瞳が揺れ、唇が言葉を紡ごうとして止まる。
「一人でって、どういうこと?」
「私とホシノ、メインの戦力が一度に出張っていると、ここが誰かに集団で狙われる可能性がある。可能な限り、戦力の分散は避けたい。だから──」
言い終える前に、ホシノが食い気味に首を振った。
椅子の背にかけていた両手が強く握られる。
「駄目だよ、危険。私が一緒じゃなきゃ承諾できない」
その声音は鉄のように硬く、微塵も揺るがない。
私は息を呑み、言葉を探す。
彼女の真剣な眼差しに、軽い説得など通じないことは分かっていた。
その時。
「良いじゃん、行かせてあげたら?」
背後から差し込む明るい声。
振り向けば、ユメがカーテンの隙間から差す午後の光を背に、ひらひらと片手を振っていた。
いつもの柔らかな笑顔。
だがその目には、ごくたまに見せる芯の強さが宿っている。
「心配だからって縛り付けるとさ、返って良くないことになるかもしれないし」
彼女は軽く肩をすくめて、両手を広げた。
「信じてあげようよ。レイヴンちゃんは、ちゃんと帰ってくるよ」
ホシノの瞳が揺れ、唇を噛みしめる。
その横顔には、押し殺しきれない葛藤がにじんでいた。
私は心の中で小さく呟く。
──ごめん。
と。
※
レイヴンが出立した後。
夕暮れの生徒会室に残された私は、机の片隅に置いた鞄へ手を伸ばしていた。
窓の外では砂嵐に混じってカラスが鳴き、心をざわつかせる。
──やっぱり放っておけない。
記憶喪失に、変な銃。そして何故か裸にコートの行き倒れの変な子。
そんな第一印象から、最初は警戒しかなかった。
でも、家に住まわせて、家事を共にこなし、一緒に学校へと登校……なんて毎日を繰り返した結果、今では私にとって、とても大切な存在となっていた。
だから彼女が一人で危険な場所へ行くなんて、私はどうしても見過ごせなかった。
肩に鞄をかけようとしたその瞬間。
「やっぱりそうすると思った」
背後から声が落ちた。
心臓が跳ね、私は振り返る。
ロッカーに寄りかかっていたのはユメ先輩だった。
逆光に縁取られた金色の瞳が、柔らかくも鋭くこちらを見据えている。
「なんで……」
思わず漏れた問いに、彼女は肩をすくめて笑った。
「私は先輩だもん。後輩の考えてることなんてすぐに分かるよ」
「レイヴンちゃんのところに行こうとしてたんでしょ?」
図星を突かれ、胸の奥が熱くなる。
言い訳を探す間もなく、彼女は近づいてきて、穏やかな声で言葉を重ねる。
「心配なのは分かるよ。でもね、それだとレイヴンちゃんが帰ってきたときに話す“お土産話”がつまらなくなっちゃう」
「お土産……話?」
呆然と繰り返すと、ユメ先輩は微笑んだ。
「帰ってきた後に、レイヴンちゃんはきっと『こんなことがあったんだ』って話してくれる。その瞬間を奪っちゃ駄目。だから──今日は一緒に待ってよう?」
彼女の声は、優しくも抗いがたい力を持っていた。
胸の奥では理屈を超えた感情が暴れているのに、視線を逸らせない。
金色の瞳に見つめられていると、不思議と力が抜けていく。
「……分かりました」
絞り出すように答える。
納得というより、渋々の承諾だった。
それでもどこかで──ほんの少しだけ、心が安らいでいた。
※
私は一人で街を抜けた。
通りの影から湧き出た不良どもを軽く蹴散らし、足早に歩を進める。
銃声と悲鳴が遠ざかると、乾いた風と、自分の砂を踏む音だけが残った。
今回の仕事の場所と、黒服が指定した座標は近い。
だからこそ、今回だけは一人でやりたかった。
辿り着いた先は、何の変哲もない廃ビル。
外壁には無数のひびが走り、剥がれた塗装が地面に散らばっている。
錆びた鉄骨は当然のごとく骨のように剥き出し。
窓ガラスは砕けており、風が通り抜けるたびに低い笛のような音を立てた。
かつてのヘルメット団の根城のような「人の手が加わった痕跡」は一切ない。
ここはただ、時間に置き去りにされた瓦礫の塊だった。
二階へ上がる。
階段の踏み板がぎしりと鳴り、砂埃が靴の下で軋む。
ドアを開ければそこに──黒服のナニカが待っていた。
廃墟の中の人にしてはイヤに綺麗なデスクに腰掛け、暗がりの中で真っ黒な顔に浮かぶひび割れや穴だけが白く浮かび上がる。
「お待ちしていましたよ、レイヴンさん」
間を置き、彼は白い歯を──あくまで比喩だが、細めるように笑った。笑ったように見えた。
「それとも……こう呼ぶべきでしょうか。【杖の所持者】と」
私は眉をひそめる。
「……何のこと?」
黒服は淡々と答えた。
「知らないのも無理はありません。なぜならそれはオーパーツでありながら、外見はただの銃にしか見えないのですから」
私は息を吐き、視線を冷ややかに落とす。
「そんな話をするために来たわけじゃないんだけど」
「おっと、失礼。しかし、貴女が非常に不可解かつ、特別な存在であることは理解して欲しいのです。そのために私はリスクを冒してまで接触を試みたのですから」
記憶が蘇る。
目覚めた時、冷凍睡眠ポッドの中だったこと。
過剰な威力を持つ銃、それに宿るエアの存在。
変わってしまった自分の身体。
リリースを経て、ここへ流れ着いたこと。
あまりにも心当たりがありすぎる。
黒服は静かに告げる。
「こちらの提示する契約内容をお話ししましょう。あなたにはブラックマーケットに向かい、傭兵として活動して頂きたいのです。そこで出す依頼を完遂してもらえれば、その都度十分な報酬をお約束します」
傭兵──。
ルビコンでの記憶がよぎる。
単騎で戦場を渡り歩いた日々。
鉄と硝煙に塗れたあの感覚。
ここでも、同じようにできるのだろうか。
……少なくとも、人が死ぬことはない。
「依頼の内容と報酬は?」
「この【腕時計】を装着し、その銃を使って指定する敵と戦っていただきたい。相手は人ではありません、ご安心を」
取り出されたのは黒い腕時計。
私はホルスターから指定されたハンドキャノンを抜き、並べて見比べる。
冷たい金属の重みが手に馴染む。
「これってやっぱり、特別な…その時計も普通のじゃないよね」
「ええ。これは生徒に流れる特殊な力――我々が【神秘】と呼ぶそれの性質や品質、量などを測定する装置です。
そしてその銃。あなたが【ハンドキャノン】と呼ぶそれは、極めて特別な代物。少なくともまずあなた以外には扱えないようになっている筈」
「私がどうしてこれを持っているか、知ってるの?」
黒服は首を振る。
「残念ながら、分かりません。なぜあなたなのか、“あなたでなければならなかったのか”」
私は短く瞠目し、次の質問を投げた。
「想定される敵の戦力は?」
「オートマタやドローン群。数は測定不能です。ひとつひとつは脅威ではありませんが、物量で攻めてくることでしょう。弾薬費はこちらが負担しますし、消耗した際の撤退手段も用意してあります」
「どうしてそこまでするの?」
「理由は二つ。ひとつ目は、貴女の存在が非常に特殊であることです。
その銃も我々では扱い切れるものではありませんし、今後の実験のためにも貴女の神秘、そのデータは取っておきたいのですよ。
そしてふたつ目、私としては、貴女にアビドスを離れて頂きたい。こちらはまず貴女の存在を想定していない、とある計画を進行中ですので」
「つまり、想定外の脅威となりうる要素は排除したいと」
「そういうことになりますね」
一瞬、廃ビルに沈黙が落ちた。
風が割れた窓から吹き込み、紙屑を宙に舞い上げる。
黒服は椅子に座ったまま、淡々と締めくくった。
「この話を貴女が受けるかどうかは自由です。ただ、もし受けるなら二週間後にここへ来てください」
「……分かった。考えておく」
背を向けた私に、黒服の静かな声が追いかけてきた。
「ええ、是非ともよろしくお願いします」
私はそれに答えず乾いた足音を鳴らし、廃墟を後にした。
砂塵の匂いが鼻をかすめる。
学校へ戻ろう。
※
生徒会室のドアを押し開けると、窓から射し込む夕陽に照らされて二人の姿が浮かんだ。
机の上には散らばった書類と、飲みかけのマグカップ。
日常の延長のようなその風景に、外で過ごした緊張がふっとほどけていく。
「おかえり〜、レイヴンちゃん」
椅子にもたれかかったユメが、手をひらひらと振って笑う。
「おかえり、レイヴン」
その横で、ホシノが少し硬めの声で言った。
金と青の瞳は真っ直ぐこちらを射抜き、心配と安堵が入り混じっている。
「どう? ちゃんと上手くいった?」
「うん、まとめて片付けてきたよ。少し、遅くなったけど」
答えながら、胸の奥に小さなざらつきが残る。
──理由は黒服との接触だ。
でも、それを言葉にしてしまえば、この温かな空気を壊してしまう気がした。
曖昧に飲み込んだ秘密は、喉奥で小骨のように引っかかって落ち着かない。
「いいんだよ、だってひとりで行ったのは初めてなんだし」
ユメは机に肘をつき、頬杖をつきながら微笑む。
「それよりもどんな風に戦ったのか教えてほしいな」
その無邪気さに、余計に言えなくなる。
小さく息を整え、できるだけ淡々と返した。
「特別なことは何もしてないよ。狙いを狂わせつつ動き回ってひとつひとつ、逃さないように素早く潰しただけ。
まぁあとは……蹴った方がやっぱり早い」
「うーん、これはやっぱり」
「早くしたほうが良いかもですね……」
なぜか顔を見合わせて同じ調子で呟く二人。
困ったように眉を寄せたその表情に、思わず首をかしげた。
「なんの話?」
「いやいや、こっちの話だよ」
ユメは曖昧に笑って誤魔化す。その一瞬の目配せを、ホシノが小さく溜息で受け流す。
私には分からない何かがそこにあった。
「そっか」
妙な胸騒ぎを覚えつつも、私はそれ以上追及しなかった。
所詮は部外者だから。
ふと、最近使っている銃のことを思い出す。
机に置いた長銃は、確かに最初借りたものと同じ型だが、握りの感触や重量のバランスが微妙に違っていた。
「ところで最近借りてるこれは前と違う銃だけれど、元の銃、もしかして壊れた? だとしたらごめん」
問いかけると、ホシノが少しだけ視線を逸らしながら答える。
「あ〜……それはちょっと調子が悪そうだったから」
「使っててそんなに感じなかったけれど」
「使ってるだけじゃわからないこともあるんだよ、レイヴン」
そうだ、確かに私はまだまだ銃というものを分かっていない。
表面上の動作だけで判断していたのだと気づかされる。
「あ、そうそう。今度整備のやり方とか教えてあげるね!」
ユメが軽い調子で言った。
椅子を回転させながら、楽しそうにこちらを見る。
「え、良いの? ありがとう」
思わず少し顔が緩む。
先ほどまでの違和感や疑念はすっかり霞み、胸の奥にはわずかな期待が灯った。
銃の構造やそれぞれのパーツが果たす役割などを知れば──もしかしたら、ACのような感じで自分に合った形へと改造できるかもしれない。
その未来を想像するだけで、心は少しだけ軽くなっていた。
レイヴンの現在の神秘の元ネタですが、実はこの時点でちゃんと存在します。
因みに神の子ではありません。
神の子と同じぐらい、元ネタの特殊性は非常に大きいものですが。
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