『神々の箱庭に、黎明の光を』   作:もいもい130

10 / 78
9話

第24層、イドフロント最深部。

魔石の微光が滴るように満ちる静寂の中、ボンドルドは執刀台の傍らに、彫像のごとき不動の姿勢で佇んでいました。

台の上に横たわるのは、かつてこの迷宮を闊歩していた一人の冒険者。精神隷属機(ゾアホリック)による微細な調整によって、彼は今、あらゆる苦痛から解放された深い「安らぎ」の檻の中にいます。ボンドルドの関心は、もはや彼の表層的な意識にはありません。その肉体の深淵に、神の血をもって刻み込まれた「恩恵(ファルナ)」という名の絶対的な秩序――その一点にのみ、狂気的なまでの熱量が注がれていました。

「……おやおや。素晴らしい。実に、実に素晴らしい。無理にこじ開けるような無作法な侵入など、この芳醇な謎の前では、あまりに無粋な振る舞いでしたね。愛、愛ですよ。未知の理を、その構造に指一本触れることなく、ただその『熱』と『律動』から真理を導き出す。これこそが、探求者としての至上の悦びではありませんか」

ボンドルドは、自らの右腕から**枢機へ還す光(スパラグモス)**を、陽炎のように儚く、しかし物質の結合を極限まで透過させる微弱な出力で滑り出させました。

彼はその光をレンズのごとく使い、冒険者の背中を覆う皮膚のさらに奥、魂の表面に接合された紋様を、直接、精神(マインド)の受容体として精密に観測し始めます。

「さあ、見せてください。神という名の高次元存在が、この脆弱な肉体に、どのような『祝福』を接ぎ木したのかを。……おや。これは……驚きました。実に興味深い構造だ」

ボンドルドの仮面のスリットが、興奮を押し殺すように紫の光を静かに、しかし深く明滅させました。

彼が捉えたのは、紋様が周囲の魔力粒子を、まるで肺が酸素を取り込むかのように自律的に吸い上げ、それを肉体組織へと「翻訳」していく驚異的な変換プロセスでした。

「信じられない。この紋様は、単なる情報の記録媒体ではない。……見てください、祈手の皆さん。この紋様が拍動を刻むたびに、対象の筋繊維は高密度の魔力によってコーティングされ、その強度は、生身の人間が本来持つ限界値を遥かに超えた領域へと、半永久的に固定されています。……素晴らしい。アビスの原生生物が数千年の進化を経て、あるいは凄絶な変異を経て手に入れる適応を、この術式は『恩恵』という名のもとに、後天的に、かつ一瞬にして書き込んでいる」

ボンドルドは、スパラグモスの透過光をさらに絞り込み、冒険者の魂の輪郭と、肉体の境界線を、解剖学的な正確さをもって注視しました。彼が今行っているのは、理の「解読」です。

「……なるほど。これが『ステータス』の真髄ですか。魂が経験した、戦い、恐怖、歓喜……それらすべての『記憶(エクセリア)』を、この紋様が物理的な『質量』へと変換し、細胞の一つ一つに蓄積させている。……おやおや、実に合理的だ。レベルという名の階梯を登るたびに、魂の器そのものが拡張され、より膨大な魔力の流入に耐えうる、神の似姿へと肉体が再構築されていくのですね」

彼は次に、自らの指先を紋様の「核」に、触れるか触れないかの距離でかざしました。

そこから漏れ出す、生命の燃焼にも似た微かな「熱」を、慈しむように感じ取ります。

「ですが、興味深い……。この強力な肉体強化の代償として、肉体は常に『術式』という名の外部統制下に置かれている。……愛、愛ですよ。この紋様を通じて、神は常に子供たちの成長を『見守って』いる。……ですが、もしこの『見守り』という接続を維持したまま、アビスの上昇負荷という絶対的な外圧を与えたとき、この精緻な術式は一体どのような防衛反応を示すのでしょうか。あるいは、負荷そのものを『経験値』として吸収し、さらなる変異を遂げるのか」

ボンドルドは、執刀台の周囲を優雅に、かつ一歩ごとに床を成れ果ての尾で愛撫するように回りながら、自らの思考を祈手たちへと共有しました。

「素晴らしい発見です。ファルナとは、肉体を『神の器』へと近づけるための鋳型に過ぎない。……ならば、この鋳型という器に、アビスの深層から汲み上げた『混沌』を流し込んだとき、人間という器は、神の意図さえも置き去りにした、新たなる『黎明』へと到達できるのではないか」

ボンドルドは、恍惚とした表情で、眠り続ける冒険者の頬を、汚れのない手袋のまま優しく撫でました。

「大丈夫ですよ。あなた方のこの美しい術式、そして素晴らしい肉体。その一片たりとも、無駄にはしません。……さあ、次は、この術式が『魔力の極限使用(魔法)』の際に、どのような精神的フィードバックを魂へと返すのか。……じっくりと、愛を持って観察させていただきましょう」

イドフロントの壁面では、ボンドルドの思考と同期した白い祈手たちが、次々と複雑な観測機器を運び込み、対象の肉体に非侵襲的なセンサーを接続していきます。そこにはもはや、暴力的な解剖の気配はありません。あるのは、真理を前にした、狂気的なまでの「敬意」だけでした。

ボンドルドによる、恩恵(ファルナ)の徹底的な観察フェーズへと移行しました。

 




書いてて思ったこと喋らないBloodborneの狩人や不死人達のが楽なんじゃ…と言う事
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。