『神々の箱庭に、黎明の光を』   作:もいもい130

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11話

迷宮都市オラリオの心臓部、「ギルド」本部は、かつてない戦慄に包まれていました。

第18層から第24層にかけて、中堅、さらには一流派閥に属する冒険者たちの失踪報告が、この数日間で異常な数に達していたからです。

「……ありえない。足取りが完全に途絶えている。モンスターの集団暴走(パス・パレード)の形跡もない。ただ、そこにあったはずの『命』が、霧のように消えているんだ」

深刻な表情で資料を読み上げるギルド職員の前に、オラリオの二大派閥の一角、ロキ・ファミリアの主神ロキと、その団員たちが呼び出されました。ギルドからの依頼は、第24層付近に出現したと推測される「未知の特異点」の調査、および失踪者の捜索。

「……はぁ? 24層で神隠しやと? 冗談キツいで、ギルドくん。うちの子らを動かすんや、相応の理由があるんやろな?」

ロキが細い眼をさらに鋭くして詰め寄る中、調査資料の隅に記された、生存者の錯乱した目撃証言が一同の目を引きました。

> 「……暗闇の中に、縦一文字に光る『目』を見た。あれは人間でもモンスターでもない。……底知れぬ慈悲と、吐き気がするほどの狂気を同時に孕んだ、夜明けのような化け物だった」

>

その報告書を手に取った剣姫アイズ・ヴァレンシュタインの指先が、微かに震えます。

「……夜明け。……不気味な、匂いがする」

一方、その頃。第24層、イドフロント最深部。

ボンドルドは、監視装置の魔石モニタに映し出される、かつてないほど巨大で、かつ鋭利な魔力の波動を凝視していました。

「……おやおや。素晴らしい。実に、実に素晴らしい。聴こえますか、皆さん。この地響きのような、しかし極めて洗練された足音を。……愛です。愛ですよ。これほどまでに濃密で、これほどまでに揺るぎない魂の輝き……。アビスにおいても、白笛以外でこれほどの『格』を保てる者は稀でしたよ」

ボンドルドは、スリットから漏れる紫の光を細かく、愉悦に満ちた規則性で明滅させました。彼は、近づいてくる者たちがロキ・ファミリアという名を知りませんが、その「魂の鮮度」が、これまでの冒険者たちとは比較にならないほど上等であるという事実に、純粋な感動を覚えているのです。

「先ほどの方々の献身によって、私のこの『箱(カートリッジ)』の調整は、かつてないほど完成に近づきました。……ですが、いけませんね。この素晴らしい力、その真価を試すには、相応の『お相手』が必要だというのに。……ああ、なんと幸運なのでしょう。まさに、望んでいた通りの『贈り物』です」

ボンドルドは、重厚な金属音を立てて立ち上がりました。

背後の装置には、先ほど「家族」となった者たちのエクセリアを限界まで搾り取り、凝縮した最新の箱型カートリッジが、不気味な紫の燐光を放ちながら装填されています。

「さあ、お迎えの準備をしましょう。……純白の祈手(アンブラハンズ)の皆さん。あなた方の新しい装備、その『出力』を試す、絶好の機会が訪れましたよ。……大丈夫。彼らは強い。ですが、だからこそ、彼らが私の愛(カートリッジ)に触れた時、一体どのような素晴らしい悲鳴を……いいえ、産声を上げてくれるのか。楽しみで仕方がありません」

イドフロントの防衛壁が重々しく開き、ボンドルドは静かな、しかし圧倒的な威圧感を伴う足取りで、通路の暗闇へと姿を現しました。

「……何、これ。24層に、こんな『建物』なんてあったっけ?」

ティオナが怪訝そうに、岩壁と一体化するように構築された、幾何学的な構造物――イドフロントの外壁を見上げました。

アイズは無言で剣の柄に手をかけました。彼女の鋭敏な感覚は、通路の奥からゆっくりと近づいてくる「巨大な異物」の気配を、すでに捉えていました。

やがて、暗闇の中から、紫の光が一点。

カツン、カツンと、岩を叩く硬質な足音が響き、漆黒の外套を纏った「それ」が姿を現しました。

「……おやおや。ようこそ、私の探求の地へ。……初めまして。……私はボンドルド。……人呼んで、黎明卿(れいめいきょう)。……ただの探求者ですよ」

ボンドルドは、剣呑な武器を構える少女たちの前に、まるで旧友を歓迎するかのように、懃懃に、そして優雅に一礼して見せました。

「素晴らしい。あなた方のその『輝き』。……愛です。愛ですよ。これほどまでに瑞々しい魂に、この迷宮で出会えるとは。……さあ、教えてください。あなた方のその背にある『理』。……そして、あなた方が捧げるその『命』が、私の黎明のために、一体どれほどの光を放ってくれるのかを」

ボンドルドの仮面が、獲物を慈しむような光を放ちました。

アイズたちの戦慄。そして、黎明卿の「愛」の接見が、今、始まろうとしています。

「……おやおや。そんなに怯えることはありません。あなた方の恐怖、その戦慄さえも……私は心から、愛しているのですから。……さて。まずはその素晴らしい『恩恵(ファルナ)』、じっくりと観察させていただけませんか?」

アイズの剣が鞘から弾かれるように抜かれ、極上の風が吹き荒れます。ボンドルドはその風すらも、頬を撫でる愛おしい感触として受け止めていました。

 

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