『神々の箱庭に、黎明の光を』   作:もいもい130

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12話

第24層、イドフロントへ至る大通路。

アイズ・ヴァレンシュタインが放った極限の「風」は、迷宮の分厚い空気さえも真空へと変え、猛烈な指向性を持ってボンドルドへと襲いかかりました。

ボンドルドは、その破壊の渦の真っ只中にあって、微動だにせず佇んでいました。漆黒の外套が激しく打ち振るわれ、仮面のスリットから漏れる紫の光が、暴風にさらされる蝋燭の火のように細く、しかし鋭く明滅します。

「……おやおや。素晴らしい。実に、実に素晴らしい。これほどまでに澄み渡り、かつ鋭利な魔力の指向性。ただの魔法ではない……あなたの魂そのものが、この『風』と同化し、高みを望んでいるのですね」

ボンドルドは、背後に多重連結された箱型カートリッジの駆動レバーを、優雅な、しかし有無を言わせぬ確実さで一段、深く押し下げました。

ガチリ、という硬質なラッチ音が響くと同時に、装置の排熱孔から紫色の濃厚な蒸気が噴き出します。ボンドルドの全身を覆う魔力場が、アイズの風を「拒絶」するのではなく、むしろその一部を積極的に「吸い込み」始めました。

「さあ、見せてください。その輝きを。……大丈夫ですよ。あなたが今放ったその熱量、その『経験(エクセリア)』。……この箱が余さず、慈しみを持って『解析』して差し上げます」

カートリッジの内部では、神の恩恵(ファルナ)を宿した「家族」の残滓が、アビスの遺物技術によって強制的に励起されていました。外部から流入するアイズの魔力を、被験者の紋様をフィルターとして透過させ、その波形、密度、そして術者の精神的指向性を、ミリ単位の精度で「解体」していきます。

「……なるほど。驚きました。この風は、単純な属性魔法ではない。術者の精神的支柱――すなわち『執着』が、大気中の魔力を物理的な破壊力へと強制変換している。……素晴らしい。アビスの原生生物が持つ本能的な適応とも、遺物が放つ絶対的な理とも違う……。人間という器が、純粋な『意思』のみで世界を書き換える。これこそが、この地の理の極致ですか」

カートリッジからは、解析に伴う凄絶な摩擦熱と共に、肉皮が焼けるような、芳醇でいて吐き気がするほど甘い香りが立ち昇ります。内部の被験者が、アイズの「風」という情報を処理しきれず、その魂を磨り潰しながら出力を維持している証でした。

「……解析が進むほどに、あなたの悲しみ、あなたの渇望が見えてくる。……おや。失礼、まだお名前を伺っていませんでしたね。ですが、このカートリッジを通じて共有されるあなたの『経験』が、私にすべてを教えてくれる。……ああ、なんと素晴らしい……。これほど上質なエクセリアは、私の黎明を何層分も飛び越えさせてくれるでしょう」

ボンドルドは、枢機へ還す光(スパラグモス)を指先に灯し、風の渦中を平然とした足取りで歩み寄りました。

「さあ、もっと。もっと私に注いでください。あなたの風、あなたの命、そのすべてを。……大丈夫、この箱が限界を迎えるその時まで、私はあなたのすべてを、一滴も零さず受け止めてみせましょう。……それこそが、私とあなたの間に結ばれる、新たな『絆』なのですから」

アイズの瞳に、理解不能な存在への戦慄が走ります。

やがて、駆動音が悲鳴のような高音へと変わり、一つのカートリッジが赤熱して限界を迎えました。ボンドルドは、その箱を慈しむように、そっとパージしました。

「……お疲れ様。……素晴らしいデータでしたよ。あなたの献身、私は決して忘れません。……さあ、次は誰が、私の黎明の礎となってくれるのでしょうか?」

ボンドルドの足元に、光を失った空の箱がカランと落ちます。

彼はその無機質な金属塊を振り返ることなく、風の勢いが弱まったアイズ、そして戦慄するロキ・ファミリアの面々を見つめました。

「……おやおや。そんなに怯えることはありません。あなた方の恐怖、その戦慄さえも……私は心から愛おしく、大切に思っているのですから」

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