『神々の箱庭に、黎明の光を』   作:もいもい130

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第14話

第24層、イドフロントへ至る通路の空気は、一瞬にして静止しました。

アイズ・ヴァレンシュタインが纏っていた、すべてを切り裂くはずの「風」――神の恩恵がもたらした至高の神秘が、ボンドルドが手をかざした瞬間に、まるですり抜ける霧のように霧散していったからです。

「……おやおや。素晴らしい。実に、実に素晴らしい。これほどまでに濃密な意志を孕んだエネルギーが、こうも容易く『ほどけて』いく。……解析(スキャン)は完了しましたよ。あなたの風、その揺らぎの周期、魔力の指向性……。すべては先ほどの箱の中で、私の愛すべき家族が解き明かしてくれました」

ボンドルドは平然と、暴風が吹き荒れていたはずの空間を歩み進めます。

アイズの瞳に、初めて見る「底知れぬ恐怖」が宿りました。彼女の剣は、風を失い、ただの冷たい銀色の鉄塊へと成り果てています。どれほど魔力を注ぎ込もうとも、ボンドルドの背後から噴き出す紫の蒸気が、アイズの術式を外部から強制的に中和、あるいは「相殺」してしまっているのです。

「……ありえない。私の風が、消された……?」

アイズの細い指先が、絶望的な拒絶反応に震えます。しかし、彼女の心は折れてはいませんでした。むしろ、目の前の漆黒の異形を「人類の敵」として完全に定義し、その魂はさらに鋭く研ぎ澄まされていきます。

そこへ、左右から二つの巨大な質量が襲いかかりました。

「アイズから離れなさいよぉ! この化け物ッ!」

「まとめてブチ抜いてやるわ!」

ティオナとティオネ。ロキ・ファミリアが誇る最強の双子が、その巨武器「ウルガ」を叩きつけたのです。レベル6の冒険者が放つ、一撃で大山をも砕かんとする渾身の連携。その破壊力は、通路の岩盤を震わせ、大気を悲鳴と共に圧縮させました。

しかし、ボンドルドは彼女たちの姿を見ることすらしていませんでした。

彼はただ、歩みを止めることなく、右手を横に軽く振っただけでした。

その瞬間、ボンドルドの腕に装填された箱型カートリッジが激しく明滅し、中に封じられた「家族」のエクセリアが、爆発的な出力となって彼の肉体へと還元されました。

ドォォォォンッ!

鼓膜を突き破らんばかりの衝撃音が響き渡ります。

ティオナの放った重厚な刃も、ティオネの鋭利な一撃も、ボンドルドの「片手」が放った不可視の力場によって完全に静止させられていました。

「……おやおや。驚きました。これほどの質量、これほどの速度。……素晴らしい。実に素晴らしい生命の躍動です。ですが、いけませんね。今はアイズさんの『風』の残響を、じっくりと味わっている最中なのですから」

ボンドルドは、片手で双子の武器を受け止めたまま、顔すら向けずに静かに語りかけました。

ティオナは、自分の渾身の一撃が、まるでおもちゃをあやすかのような軽やかさで止められている事実に、戦慄を覚えます。ウルガを通じて伝わってくるのは、肉体的な力(パワー)ではなく、理そのものを書き換えられたかのような、圧倒的な「格」の暴力でした。

「な、なによ……これ……! 私たちの攻撃が、片手で……!?」

ティオネの額に、焦燥の汗が浮かびます。彼女たちは退きません。どれほど圧倒的な力を見せつけられようとも、その誇り高き精神は、むしろ屈辱を薪(まき)として、さらに激しく燃え上がっていました。

ボンドルドは、彼女たちの折れぬ心、その高潔な闘志を慈しむように、背中の装置から「役目を終えた箱」をパージしました。

カラン、と乾いた音を立てて床に転がる、ひび割れた金属の箱。

「……お疲れ様。……素晴らしい働きでしたよ。おかげで、彼女たちの力の根源、その一端に触れることができました」

パージされたカートリッジからは、使い潰された「家族」の、最期の安らかな、しかし救いのない沈黙が漏れ出しています。ボンドルドはその残響を噛みしめ、再びアイズへと視線を戻しました。

「さあ、続けましょうか。……大丈夫ですよ、アイズさん。あなたの風は、今、私の中で、より完成された形へと昇華されようとしています。……愛していますよ。あなた方が捧げてくれるその『拒絶』こそが、私の黎明を何よりも眩く照らしてくれるのですから」

ボンドルドの仮面が、冷徹なまでの美しさを持って明滅しました。

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