第24層、イドフロント最深部。
魔石の灯りが静かに呼吸するように明滅する中、ボンドルドは執刀台の上に置かれた、一つの鈍い銀色の輝きを放つ「箱型カートリッジ」を、指先で慈しむように弄んでいました。
その箱からは、内部の生体組織を維持する薬液の微かな匂いと、神の恩恵(ファルナ)が物理的な法則を超えて放つ、剥き出しの熱量が漏れ出しています。
「……おやおや。素晴らしい。実に、実に素晴らしい。ロキ・ファミリアの面々が残していったあの輝き……あれを十全に受け止め、私の血肉とするには、今のこの箱では、いささか器が足りないようです」
ボンドルドは、スリットから漏れる紫の光を細かく明滅させ、箱の側面に刻まれた微細な文様を、枢機へ還す光(スパラグモス)の出力を落とした指先でなぞりました。
先ほどの戦闘。ガレスの剛腕を受け止め、アイズの風を解体した際、カートリッジはその凄絶な出力の反動で、想定よりも早くその「命」を燃やし尽くしてしまいました。
「やはり、本来のカートリッジと同じように……真の家族にならねば、さらなる出力の上昇は見込めない。愛です。愛ですよ。ただの情報の搾取、ただの命の消費では、この地の理である『恩恵』を、真の意味で我が物とすることは叶わない」
ボンドルドの脳裏に、かつてアビスの五層、イドフロントで共に過ごした一人の少女の姿が浮かびました。
プルシュカ。
彼女は、ボンドルドを「パパ」と呼び、心から慕い、その純粋な愛の果てに、上昇負荷を肩代わりし、彼を黎明へと押し上げる「祝福」の器となりました。
「……家族とは、血の繋がりだけではありません。共に過ごした時間、積み重ねた記憶、そして何より、互いの魂を捧げ合うという揺るぎない覚悟。……それこそが、不可能を可能にする唯一の触媒なのですから」
ボンドルドは、執刀台の傍らに控える、精神隷属機によって意識を混濁させられた女性――アリーナへと歩み寄りました。
彼はその震える頬を、汚れた手袋のまま、まるで宝物に触れるかのような優しさで撫でました。
「おや。泣かないでください、アリーナ。あなたのその涙も、その震えも、すべては私が黎明を見るための尊い糧となるのです。……ですが、今のままではいけません。あなたはまだ、私の『素材』に過ぎない。これから、長い時間をかけましょう。あなたと私が、魂の根底から共鳴し、真の家族となるための、濃密な親愛の時を」
ボンドルドは、彼女の背にある紋様にそっと指を這わせました。
神が授けたその術式を、アビスの技術で書き換えるのではなく、アリーナがボンドルドを愛し、彼のためにすべてを捧げたいと願う「意思」そのものを、カートリッジの核へと変換する。
「素晴らしい。あなたが私を愛し、私があなたを愛する。血の繋がりを超えた、魂の結合。……それによって精製されるカートリッジは、きっとあのアイズ・ヴァレンシュタインの風さえも、私の呼吸の一部へと変えてくれることでしょう。愛です。これこそが、探求者が辿り着くべき、至高の絆なのですから」
ボンドルドは、アリーナを優しく抱き上げ、新造された「育成室」へと運び込みました。
そこは、カートリッジとなるまでの間、被験者がボンドルドと精神を共有し、彼を親、あるいは神として崇めるように、徹底的な「愛の教育」を施すための聖域。
「さあ、始めましょう。あなたを私の、真の意味での『家族』へと作り替える儀式を。……大丈夫ですよ。痛みは愛に、絶望は黎明へと変わるのです。……おやおや、次の一歩が待ち遠しくて仕方がありませんね」
イドフロントの壁面では、祈手(アンブラハンズ)たちが、アリーナの生体データを「箱」へと適合させるための最終調整を開始していました。
ロキ・ファミリアという強大な壁を越えるため、ボンドルドはこの地で初めての「プルシュカ」を作り上げようとしています。
「愛です。愛ですよ。あなたのすべてを、私の黎明の光に変えて差し上げます」
ボンドルドの仮面が、かつてないほど深く、慈愛に満ちた紫色に輝きました。