『神々の箱庭に、黎明の光を』   作:もいもい130

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第19話

迷宮都市オラリオの最深部、ギルド本部地下の「祈りの間」。秩序を司る神々が、かつてない重苦しい沈黙の中にありました。円卓に広げられたのは、ロキ・ファミリアが命からがら持ち帰った、あまりに不可解な報告書です。

【主神ロキ】

「……正直、言葉にするのもおぞましいわ。アイズたちが遭遇したのは、単なる強者やない。理(ことわり)そのものを踏みにじる『何か』や。あいつ――ボンドルドは、戦いの最中に背負った装置から、赤熱した歪な黒い箱をパージしとった」

ロキの声は微かに震えていました。神としての直感が、その「箱」の存在を激しく拒絶していたのです。

【主神ロキ】

「アイズが言うには、その箱が地面に転がった瞬間、中から生臭い、それでいて吐き気がするほど甘い肉の焼ける匂いがしたそうや。中身が何かなんて、外からじゃ分かりっこない。ただ、あの箱が地面を叩いた時の音……あれは、何かが完全に使い潰された後の、空虚な残響やったって。あんなもん、この世界のどこを探したってあるはずのない不浄の塊や」

祭壇の奥、主神ウラノスが重々しく目を閉じました。

【主神ウラノス】

「……迷宮の鼓動が、不気味に波打っている。あの日から、第24層周辺で恩恵(ファルナ)を授かった子供たちの魂が、天界へ還ることなく……霧のように掻き消えているのだ。死してなお、彼らの魂は救いを得られず、何処かへ繋ぎ止められている。ボンドルド……その男が、下界の命に何を強いているのか、我らには測りかねる。あの箱が何であるかもな」

【主神ウラノス】

「だが、一つだけ確かなことがある。あの男は、神が授けた成長の理を、単なるエネルギーの循環へと貶めた。あの箱を捨てるたびに、彼の出力は異常なほどに跳ね上がったという。……それは我ら神の理に対する、底知れぬ冒涜に他ならぬ」

地上の酒場「豊饒の女主人」では、冒険者たちが震える手でジョッキを握りしめていました。彼らが囁き合っているのは、事実ではなく、事実を燃料にして燃え上がる正体不明の怪異の噂です。

【中堅冒険者A】

「おい……聞いたか? 24層には、入った奴を呪いの部品に変える化け物がいるって噂だ」

【若手冒険者B】

「呪いの部品? なんだよそれ。モンスターじゃないのか?」

【中堅冒険者A】

「わからねえ。だが、ロキ・ファミリアの連中が見たのは、仮面をつけた真っ黒な男だったそうだ。そいつは、戦うたびに自分の体の一部を切り離すみたいに、熱を持った箱を投げ捨てるんだ。噂じゃ、その箱を捨てた瞬間に、あいつの傷が治ったり、とんでもない魔法を放ったりするらしいぞ」

【若手冒険者B】

「……やめろよ。魔石モンスターより性質が悪い。その箱、中身は何なんだよ」

【中堅冒険者A】

「それが分からねえんだよ。ただ、拾おうとした奴の手が腐り落ちたとか、箱の中から『助けて』って声が聞こえたとか……そんな不吉な話ばかりだ。俺はもう、24層には近づかない。あそこは迷宮じゃない。……人間の魂を燃料に変える、あいつの炉だ」

冒険者たちの間に広がるのは、死への恐怖を越えた、本能的な不浄への嫌悪でした。彼らには「カートリッジ」の内部構造も、ボンドルドの理論も理解できません。しかし、「あの男の側にいれば、自分という存在が修復不能なまでに壊される」という直感だけが、オラリオの夜を凍りつかせていました。

第24層、イドフロント最深部。地上の戦慄など届かぬ無機質な空間で、ボンドルドは最新の箱型カートリッジ――アリーナであったものを、指先で慈しむように撫でていました。

【ボンドルド】

「……おやおや。素晴らしい。実に、実に素晴らしい。聴こえますか、皆さん。地上の人々が、私の探求に対し、これほどまでに豊かな想像力を持って反応を返してくださっている。彼らが抱く恐怖、彼らが囁く正体不明の箱の噂……。それこそが、私の存在が彼らの魂に深く、鮮烈に刻まれたという証ではありませんか」

ボンドルドは、カートリッジの接続端子から伝わってくる、アリーナの幸福な沈黙を感じ取り、満足げに喉を鳴らしました。

【ボンドルド】

「……おや。アリーナ。まだ、少しだけ接続部が疼きますか? 大丈夫ですよ。あなたのその痛み、あなたのその献身は、誰にも理解されずとも、この私が……そして、あなたの中に刻まれた私の記憶が、永遠に肯定し続けます。互いの目的のために、互いの存在を捧げ合う。これ以上の親愛が、他にあるでしょうか」

ボンドルドは、枢機へ還す光(スパラグモス)の微かな光で、次の工程を照らしました。

【ボンドルド】

「神々が私を冒涜と呼ぼうとも、冒険者たちが私を死神と恐れようとも、構いません。むしろ、その強い感情こそが、イドフロントへ足を運ぶための、何よりの道標となるのですから。さあ、次の『お客様』を待ちましょう。次は、どの子にこの至高の絆の片鱗を見せて差し上げましょうか」

ボンドルドは、アリーナのカートリッジを背負った装置へと滑らかに装填しました。ガチリ。その硬質な音が、一人の少女の人生が完全に機能へと変換された最終的なピリオドであり、黎明卿の新たなる探求の始まりでした。

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