第24層、イドフロントへと続く大回廊。そこは今、オラリオの「正義」を標榜する連合軍の絶叫と、冷徹な理(ことわり)が衝突する屠殺場と化していました。
数多の冒険者が一斉に突撃を開始し、魔法の奔流が回廊を白く染め上げます。しかし、その爆炎の中から現れたボンドルドは、一歩も退くことなく、むしろ愛おしげに自らの背を撫でました。
ガチリ。
硬質な金属音と共に、装填されていた最初の箱――アリーナが排出されました。ボンドルドは地面に落ちる直前、その赤熱し、脂ぎった蒸気を吐き出す箱を、壊れ物を扱うような手つきで優雅に受け止めました。箱は言葉を発することはありません。ただ、過負荷によって焼き切れた端子から、シュウシュウと命の余熱を逃がしているだけです。
「……おやおや。お疲れ様、アリーナ。あなたの愛、確かに受け取りましたよ」
ボンドルドは、焼けつくような熱を放つ箱に仮面を寄せ、囁くように語りかけました。箱の隙間からは、命を使い潰した後に残る生臭い、それでいて吐き気がするほど甘い匂いが立ち昇っています。ボンドルドは手袋越しにその箱を慈しみ、まるで愛娘の髪を梳くかのような手つきで、熱を帯びた金属の表面を愛撫しました。
「見てください。あなたの献身が、今これほどまでに瑞々しい『恐怖』を彼らから引き出しています。素晴らしい。あなたの命は、今この瞬間、黎明を照らす最も美しい輝きとなりました。……愛です。ゆっくりお休みください」
ボンドルドは、役目を終えた「家族」を静かに回廊の脇へと置きました。その一連の動作に宿る、異常なまでの「慈愛」。それこそが、対峙する冒険者たちの心を折るのに十分な、冒涜的な光景でした。
「……き、貴様ッ! 何を、何を愛おしそうに……! その箱は、人間だろうがッ!」
連合軍のリーダーであるLv.4の重戦士が、吐き気と怒りに震えながら叫びました。ボンドルドは、その言葉を祝福として受け取るように一礼します。
「おやおや。理解していただけませんか。ですが、構いません。……さあ、エレナ。あなたの番です。お姉さんの繋いでくれたこの希望を、さらに先へと進めましょう」
背中の装置がガチリと噛み合い、第二の容器――エレナが覚醒しました。箱の中のエレナは声を出すこともできませんが、ボンドルドの神経と同期した彼女の「恩恵(ファルナ)」が、強制的に限界を超えて励起され、ボンドルドの全身に圧倒的なまでの魔導障壁と、身体強化を供給し始めます。
ボンドルドは静かに、その仮面の中央にある縦のスリットを、冒険者たちの密集地帯へと向けました。
「明星へ登る(ギャングウェイ)」
仮面のスリットから、極太の紫色の光条が一斉に放たれました。それは単なる光の弾幕ではなく、空間を物理的に圧迫し、焼き尽くす断罪の光。突撃してきた冒険者たちの盾を紙細工のように焼き、肉を貫き、回廊を地獄の色彩で塗りつぶしました。
「ひ、ひるむな! 囲め! 奴は一人だ!」
生き残った冒険者たちが四方から切りかかりますが、ボンドルドの腕からは、黒い泥のような触手が奔り出ました。月に触れる(ファー・カレス)。その触手は意志を持つかのように空中でうねり、冒険者たちの喉を、関節を、あるいは武器を正確に捉えて粉砕しました。
ボンドルドは、エレナのカートリッジから伝わる「誇り高い激痛」を、自身の神経を通じて悦びとして反芻しました。エレナの「恩恵」が激しく燃焼し、彼女の存在そのものがボンドルドの出力へと変換されていきます。
「……素晴らしい。エレナ、あなたの律動が、これほどまでに私の身体を軽くしてくれる。愛ですよ、これは」
肉薄した重戦士が、渾身の力で巨大な斧を振り下ろしました。ボンドルドはそれを回避せず、独特の構えをとりました。手首側の銃口を避け、肘側に仕込まれた銃口を相手に見せるように腕を鋭く折り曲げます。
「枢機へ還す光(スパラグモス)」
肘から放たれたのは、すべてを等しく虚無へと還す、純白のレーザービーム。
放たれた白光の奔流は、戦士の斧を、オリハルコンの鎧を、そして彼が背負った「誇り」さえも、抵抗を許さず一瞬で蒸発させました。レーザーに接触したものは、材質や硬度に関係なく、まるで編み物が解けるように――「ほどける」ように消滅していきます。
「……なっ……あ、ああ……っ! 盾が、身体が、ほどけて……!?」
「残念ですが、私の探求の前に、既存の防御という概念は無意味なのです。奈落のルールは、常に書き換えられるためにあるのですから」
ボンドルドは腕を大きく振り抜き、スパラグモスをビームサーベルのように扱って、一振りで回廊を埋め尽くす冒険者たちを「解体」しました。彼が通った後には、再生すら許されない虚無の欠落だけが残されます。
阿鼻叫喚の地獄絵図の中で、ボンドルドは返り血一滴浴びることなく、ただ優雅に、二つ目の「愛(エレナ)」を背負って深淵へと歩みを進めました。背中の箱からは、限界まで魔力を絞り出されたエレナの「誇り高い熱」が、蒸気となって吹き荒れていました。