『神々の箱庭に、黎明の光を』   作:もいもい130

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第28話

イドフロントでの凄惨な激突から数日。オラリオの街は、最強派閥の敗北という信じがたい噂に揺れていました。しかし、ギルド本部および神々の住まう「バベル」の深層では、噂よりも遥かに不気味で、冷徹な現実が進行していました。

ギルド本部の喧騒が、その「異形」の登場と共に凍りつきました。

漆黒の全身装甲に身を包み、感情の読めない仮面を被った男――祈手(アンブラハンズ)。彼は武器を手にせず、ただ静かにバベルのロビーへと歩を進めました。冒険者たちが殺気立ち、武器を抜こうとする中、祈手は一人の職員の前で立ち止まり、懃懃(きんきん)に一礼しました。

「……おやおや。どうか、その剣を収めてください。私はただ、主からの『贈り物』を届けに参っただけなのですから」

祈手が懐から取り出したのは、一枚の重厚な書簡と、録音機能を持つ魔導具でした。彼が起動ボタンを押すと、イドフロントの奥底から響くような、あの男の穏やかな声が辺りに広がりました。

「……親愛なるオラリオの皆台。先日は、実に見事な輝きを見せていただきました。フィン・ディムナ、オッタル、そしてアイズさん。あなた方の不屈の意志は、今も私の記憶の中で瑞々しく拍動しています」

その声には憎しみも嘲笑もなく、ただ純粋な称賛だけが宿っていました。それゆえに、聞いた者の背筋には薄寒い戦慄が走ります。

「ですが、これ以上の『エクセリア』の浪費は、下界の至宝であるあなた方にとっても、そして探求を志す私にとっても、本意ではないはず。……そこで、一つ提案を。停戦、そして探索の協力を。私は第25層、そしてその先にある『真理』を識(し)りたい。あなた方もまた、未知の深淵を望んでいるはずです」

ボンドルドの声は、最後にこう締めくくられました。

「愛です。愛ですよ。 互いの手をとり、この暗闇を黎明へと変えようではありませんか。……おやおや、お返事が待ち遠しくて仕方がありませんね」

ギルドの地下深く、神々の意志が激突する「パンテオン」では、かつてないほどの怒号と神威(アルカナム)の余波が渦巻いていました。

「ふざけるなッ! 停戦だと!? 協力だと!?」

ロキが円卓を力任せに蹴り飛ばし、身を乗り出して叫びました。その顔は怒りに赤く染まり、神威の圧力で周囲の空間が歪んでいます。

「あいつがウチの子らに何をしたか分かってんのか! 『部品』やぞ!? 命を、魂を、あんな箱に詰め込んで使い潰しやがった! あんなロクデナシ、今すぐウチらが直接降りていって、神の力を解放してでも消し炭にしてやるッ!!」

「ロキ、落ち着きなさい! 下界で力を解放すれば、それこそ迷宮が崩壊し、オラリオが滅びるわ!」

ヘスティアが涙を浮かべながら、必死にロキの腕を掴みます。しかし、ヘスティア自身の拳も白くなるほど握りしめられていました。

「……でも、ロキの言う通りよ。あんなの、神に対する……命に対する冒涜だわ。あんな男と手を取り合うなんて、神の誇りが許さない!」

「……ならば、全滅を待つのか。ヘスティア、ロキ」

ウラノスの地響きのような重低音が、怒号を強引に押さえつけました。祈りによって迷宮を鎮める老神の瞳は、誰よりも冷徹に現状を射抜いていました。

「我らの『誇り』と、子供たちの『命』。今、天秤にかかっているのはそれだ。オッタルを以てしても退けられず、命を無限に繋ぎ合わせるあの男を、今のオラリオが討つ術はない。拒絶すれば、次にカートリッジになるのはアイズか、フィンか……あるいはオッタルか」

「……っ……!」

ロキが言葉を詰まらせ、悔しさに奥歯を鳴らしました。その沈黙を切り裂いたのは、鋭い笑い声を上げたフレイヤでした。

「あら、随分と威勢がいいのね。でも、ロキ。あなたのその怒りさえも、あの男にとっては『瑞々しいエクセリア』でしかないのよ」

フレイヤの瞳には、怒りを超越した、苛烈なまでの執着が宿っていました。

「……認めましょう。あいつの手を取り、その懐に飛び込んで、その傲慢な仮面の下にある魂を、私たちの愛で焼き尽くしてやるのよ。……いいわね、ウラノス。私はこの『屈辱』を、生涯忘れないわ。オッタルが受けた傷の痛み、そのすべてを倍にして返してあげるための……毒入りの停戦よ」

神々の怒りと、絶望と、そして生き残るための冷徹な計算。パンテオンを埋め尽くした激論の末、オラリオは「黎明卿」との契約を受け入れるという、苦渋の決断を下したのです。

それは、正義という名の輝きを一時的に鞘に収め、泥を啜りながらも深淵へと肉薄するための、凍りついた平穏の始まりでした。

この先の展開アンケート

  • 和解ダンジョンの黎明を目指す
  • 全面戦争突入
  • 両方かけ(作者死ぬ)
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