イドフロントの深部は、もはや単なる探窟拠点ではなく、迷宮都市オラリオの「理」を根底から塗り替える巨大な聖域へと変貌を遂げていました。
そこには冒険者だけではなく、神の恩恵(ファルナ)を授からぬ、あるいは授かる機会のなかった数多の一般市民たちの姿がありました。彼らは手に手に自らの誇りである武具や、生活を切り詰めて集めた迷宮の素材を携え、恍惚とした手つきでそれを「祈り」の一部へと変えていきます。
すべては、黎明卿が掲げる「誰もが深淵に手が届く」ための、新たなる慈愛の量産。
暁に至る天蓋と魔石銃器の胎動
「おやおや。フィンさん、随分とご機嫌ですね。……見てください。彼らが丹精込めて組み上げている、この愛の結晶を。もはや、神々の気まぐれな寵愛を待つ必要などないのですよ」
ボンドルドが誇らしげに腕を広げた先には、漆黒の外骨格装甲――暁に至る天蓋が整然と並び、その傍らには、これまでオラリオでは禁忌に近い扱いを受けてきた「未知の福音」が積み上げられていました。
それは、モンスターから採取された魔石を直接的なエネルギー源とする魔石銃器。
本来、モンスターを屠るには神の恩恵による身体能力の向上が不可欠でした。しかし、この銃器は引き金を引くだけで、魔石の熱量を破壊の光へと変換します。恩恵を持たぬ「無力なはずの一般人」が、迷宮の原生生物の命を一方的に奪うことを可能にする、あまりにも合理的な救済の手段。
「……信じられないな。あんな不気味な鎧だけでなく、魔石を直接消費する飛び道具まで。ボンドルド、貴様……冒険者という存在そのものを、過去の遺物に塗り替えるつもりか」
フィンは、絶え間なく疼きを上げる右の親指を強く噛み締めました。目の前で市民たちが組み上げているのは、自分たちがこれまで積み上げてきた「冒険」の価値観を、根底から覆すための兵器に他なりませんでした。
「愛ですよ、フィンさん。……見てください、彼らの瞳を。神々の恩恵という特権に縋らざるを得なかった弱き者たちが、自らの手で、自らの力で深淵を拓く術を手に入れた。これこそが、魂の解放だと思いませんか」
語られぬ「家族」の待機所
フィンが生産ラインの視察に意識を向けている最中、ボンドルドは背後の闇に控える祈手(アンブラハンズ)たちに、微かな、しかし慈愛に満ちた意識を送りました。
隔離区画の深部には、オラリオの影に潜んでいた「闇派閥」の残党たちが収容されていました。彼らは精神隷属機によってその歪んだ自我を浄化され、いまやボンドルドという巨大な意志を受け入れるための、純粋な器へと作り替えられています。
ボンドルドは彼らを「在庫」などとは呼びません。彼らもまた、黎明を視るための大切な、大切な「家族」なのです。
(……おやおや、実に瑞々しい。彼らはまだ、加工されるべき時を待っている段階です。カートリッジという形にするのは、その魂が最も輝く瞬間にこそ相応しい。今はただ、人の形のまま、私の愛を注ぎ続けましょう)
一度加工を施せば、その命の灯火には期限が生まれてしまう。だからこそ、ボンドルドは彼らを「生身」の状態で、最も新鮮なまま維持していました。闇派閥という名の「迷える魂」を、自らの意志を継ぐ「祈手」として、あるいは深淵の負荷を肩代わりする「家族」として運用するために。
「……あの人達、笑いながら殺戮の道具を作ってる。……あの銃、すごく嫌な予感がする」
アイズが低く、鋭い声で呟き、剣の柄を握りしめました。彼女の視線の先では、仮面を外した祈手の一人が、一般人の志願者に魔石銃の調整法を優しく説いていました。
「…………これでは、街が死ぬ。強さの価値も、命の重さも、すべてこの男が吐き出す『効率』に呑み込まれるぞ」
オッタルが重厚な沈黙を破り、懸念を口にします。しかしボンドルドは、それさえも祝福であるかのように両手を広げました。
「おやおや。オッタルさん、それは誤解です。彼らは死ぬのではありません。私の一部として、永遠に探求の中に生き続けるのですよ。……さあ、英雄の皆さん。暁に至る天蓋は組み上がり、銃火器の充填も完了しました。もはや、この迷宮に『行けない場所』など存在しません。……おやおや、次の一歩が、待ち遠しくて仕方がありませんね」
イドフロントの暗がりに、量産された漆黒の装甲が放つ紫の光と、魔石銃が放つ不気味な予熱の赤が、まるで数多の飢えた獣の眼のように無数に瞬き始めました。
この先の展開アンケート
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和解ダンジョンの黎明を目指す
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全面戦争突入
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両方かけ(作者死ぬ)