『神々の箱庭に、黎明の光を』   作:もいもい130

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第46話

イドフロントの最深部に、無機質な軍靴の音が響き渡ります。ギルドの抜き打ち調査。それは、この迷宮の寄生体に等しい拠点に、初めて外部の冷徹な法が踏み込んだ瞬間でした。

「ボンドルド卿。オラリオ外部からの不自然な人口流入、および大量の物資搬入について、本日こそ明確な回答をいただきたい。……壁の向こう側、あの不気味な脈動の正体を含めてな」

精鋭の護衛を従えたギルド職員が、鋭い視線でイドフロントの中枢——精神隷属機(ゾアホリック)が鎮座し、奴隷たちが沈黙の回路として接続されている「禁域」を指差しました。重低音の振動が床を伝い、職員たちの足元を微かに揺らしています。

「おやおや。困りましたね。あちらは深層の原生生物から得た不安定な素材を固定するための高圧重力区画。皆様のような貴い身分の方々が足を踏み入れるには、あまりに危険な場所です。……それよりも、皆様が気にされている『人員』の生活について、まずは私自慢の家族たちをご覧いただくのが、疑念を晴らす近道ではありませんか?」

ボンドルドは漆黒の外套を優雅に翻し、職員たちの行く手を遮るように、居住区へと続くハッチを開放しました。そこは、殺風景な工廠とは対照的に、柔らかな光が灯され、子供たちの笑い声が微かに響く異質な空間でした。

「……! 子供だと? ここは探掘拠点のなずでは……」

職員たちが呆気に取られたその時、一人の少女——プルシュカが、教科書を胸に抱えたままパタパタと駆け寄ってきました。彼女は、異様な武装を纏ったギルドの護衛たちに一瞬だけ怯えたような表情を見せましたが、すぐにその視線は中心に立つボンドルドへと吸い寄せられました。

「パパ! 迷宮の植物の分類、全部終わったよ! 褒めてくれる?」

プルシュカはボンドルドの腰にしがみつき、愛おしげにその外套を見上げます。ボンドルドは職員たちの眼前にて、ゆっくりと、そして極めて自然な所作で膝を突き、プルシュカと視線の高さを合わせました。

「おやおや……。よく頑張りましたね、プルシュカ。あなたは実に、私の誇りですよ」

ボンドルドの大きな手が、彼女の柔らかな髪を優しく、慈しむように撫でました。職員たちがその光景に言葉を失う中、彼はさらに声を落とし、どこまでも甘く、それでいて有無を言わさぬ「親」としての響きを込めて囁きます。

「大丈夫ですよ。何も怖がることはありません。……ほら、パパですよ」

ボンドルドの仮面の奥で、紫の双眸がプルシュカの瞳を覗き込むように淡く明滅します。その瞬間、彼女の中から外部の人間への警戒心は霧散し、ただ一人の「親」に対する盲目的な愛着だけが溢れ出しました。

「パパ……! うん! パパがいるから、私、全然怖くない。……ねえパパ、あの方たちもパパのお友達なの?」

プルシュカはボンドルドの手のひらに頬を寄せ、全幅の信頼を込めて微笑みました。その無垢な笑顔は、鉄火場を想定していた護衛たちの戦意を削ぎ、不法な実験を疑っていた職員たちの理性に激しい不協和音を突きつけました。

「ご覧の通りです、ギルドの皆様。彼らは紛争地帯で居場所を失った子供たち。私は彼らを保護し、教育を施しているに過ぎません。……あのような不気味な振動は、彼らの将来を支えるための技術開発に伴う、致し方ない副産物なのです。……愛ですよ、それは」

ボンドルドは立ち上がり、プルシュカの手を握ったまま、職員たちを精神隷属機とは真逆の方向へ、さらに「模範的な」実験室へと誘導し始めました。プルシュカもまた、自慢の父親を紹介するかのように誇らしげに胸を張り、職員たちの手を引こうとさえします。

「さあ、こちらへ。彼らの健やかな成長を支えるための、最新の調理設備や医療区画をご覧に入れましょう。……あちらの『熱処理区画』に近づくのは、私の家族を傷つけるのと同じこと。……賢明な皆様なら、私の意図を汲んでくださると信じていますよ」

ボンドルドの声音は穏やかでしたが、その背後に控える戦隊長カロンと祈手(アンブラハンズ)たちは、一糸乱れぬ沈黙で威圧感を放っています。

結局、職員たちはプルシュカの無垢な笑顔と、ボンドルドが見せる「慈悲深い父親」という完璧な仮面を前に、踏み込んだ調査を継続する勇気を失い始めました。精神隷属機の脈動は依然として足元で響き続けているというのに、彼らの意識は、ボンドルドが提示した「人道的な楽園」という欺瞞の中に、一歩、また一歩と深入りするしかありませんでした。

この先の展開アンケート

  • 和解ダンジョンの黎明を目指す
  • 全面戦争突入
  • 両方かけ(作者死ぬ)
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