『神々の箱庭に、黎明の光を』   作:もいもい130

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第47話

イドフロントの深部へと続く回廊は、冷徹な欺瞞と無垢な愛情が入り混じる奇妙な空間へと変貌していました。ギルド職員たちの足元で鳴り止まない不気味な重低音——それは、隠し壁の向こう側で「避雷針」として酷使される奴隷たちの脳が、精神隷属機(ゾアホリック)の過負荷に焼かれ、発している断末魔に近い振動でした。

「ボンドルド卿、やはりこの振動とノイズは異常だ。プラントの点検を口実にするには、あまりに生理的な不快感を覚えるが……」

疑念を捨てきれない職員が、再び中枢区画へ繋がる重厚な扉を振り返ろうとします。その刹那、ボンドルドはプルシュカの手を握る力を微かに強め、彼女へと視線を送りました。

「おやおや。困りましたね。プルシュカ、あちらの『楽器』が少し機嫌を損ねているようです。……皆さんに、あなたが練習していたあの歌を聴かせてあげてくれませんか? 私たちの探求を支える、喜びの歌を」

「うん! 私、パパのためにいっぱい練習したもん!」

プルシュカは弾けるような笑顔で答えると、反響する廊下の中心で、朗らかな歌声を響かせ始めました。それは、ボンドルドが彼女に教え込んだ、深淵への憧憬を綴った無邪気な歌。彼女の高く澄んだ声が、壁の向こう側から漏れ出る不吉な駆動音を、物理的にも情緒的にも塗り潰していきます。

ボンドルドはその隙を逃さず、背後の戦隊長カロンへ、目に見えぬほどの微かな合図を送りました。

「……卿の御心のままに。全ユニット、同期深度を一時的に低下。排熱を分散処理に移行します」

カロンが精神隷属機のハブに秘匿されたコマンドを打ち込むと、壁の向こう側では、数十人の奴隷たちの脳幹へさらなる強烈な抑制信号が打ち込まれました。痙攣し、声を上げようとしていた彼らの喉は強引に封鎖され、その苦痛はさらに深い無意識の底へと押し込められます。

「おやおや。……ほら、ご覧なさい。彼女の歌声に応えるように、機械の唸りも静まりました。……愛ですよ、それは。……いや、失礼。この地では、子供たちの純粋な想いこそが、荒々しい迷宮の理を鎮める最良の触媒となるのですよ」

ボンドルドが懃懃(きんきん)にそう告げると、先ほどまで不気味に響いていた振動は嘘のように凪ぎ、代わりにプルシュカの無垢な歌声と、それを見守る「慈悲深い父親」の静かな佇まいだけがその場を支配しました。

ギルド職員たちは、その劇的な変化に毒気を抜かれ、立ち尽くしました。

目の前にいるのは、身寄りのない子供たちを慈しみ、彼女たちの歌声に耳を傾ける高潔な探掘家。そして、その背後で一糸乱れぬ規律を保つ、模範的な探掘隊。これ以上、この「家庭的」な空間を疑うことは、己の良心を疑うことと同義であるかのような錯覚に陥らされていくのです。

「……卿の活動については、十分に理解した。孤児たちの教育環境についても、追って肯定的な報告をギルドに挙げておこう。……失礼したな、ボンドルド卿。これ以上の立ち入りは不要だ」

職員は、まるで自分たちの疑念が恥ずべきものであったかのように、足早に撤収の準備を始めました。護衛の冒険者たちも、プルシュカが差し出す小さな手を握り返し、どこか救われたような表情で武器を収めます。

ボンドルドはプルシュカの隣に立ち、彼女の肩を優しく抱き寄せながら、遠ざかっていく職員たちの背中を静かに見送りました。

「おやおや、素晴らしい。……プルシュカ、あなたのおかげで、私たちの静かな時間が守られました。……あなたは本当に、私の誇りですよ」

「えへへ、パパ! 私、パパの役に立てた?」

「ええ、もちろん。……さあ、あの方々に邪魔された分、続きを始めましょう。……カロンさん。査察終了です。隔壁の偽装を解除し、精神隷属機の出力を元の位置まで戻してください。……真理を識るための時間は、一分たりとも無駄にはできませんから」

職員たちがイドフロントのハッチを出た瞬間、ボンドルドの仮面からは温かな光が消え、代わりに冷徹な紫の明滅が戻りました。プルシュカの歌声に隠されていた壁の向こう側からは、再び、より一層激しくなった「機能」たちの絶叫にも似た駆動音が響き始めます。

しかし、パパの腕の中にいるプルシュカには、その音はもう聞こえていませんでした。彼女はただ、パパに褒められたという至上の法悦に包まれながら、その漆黒の外套に顔を埋め、幸福な溜息をつくのでした。

この先の展開アンケート

  • 和解ダンジョンの黎明を目指す
  • 全面戦争突入
  • 両方かけ(作者死ぬ)
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