イドフロントの最奥、工廠の薄暗い光の中で、「暁に至る天蓋」の重厚な装甲が鈍い光を放っていました。
ギルドの査察をやり過ごしたことで、イドフロントの「資源」はもはや隠す必要のない純然たる部品へと戻っています。
「……卿。第25層で回収したブルー・クラブの神経束、および高硬度甲殻の接合、すべて完了しました。……天蓋の出力係数、従来比で140%をマーク。精神隷属機(ゾアホリック)を介した負荷分散も、新型の避雷針ユニットにより安定しています」
戦隊長カロンが、黒い液体に浸された神経束を魔導回路へと接続しながら報告します。
レベル4のカロンが持つ強大な器(ファルナ)をベースに、深層生物の強靭な神経系をバイパスとして組み込んだこの装備は、もはや冒険者の武装という概念を超え、迷宮(ダンジョン)そのものを纏うための「外殻」へと進化していました。
「素晴らしい。……カロンさん。これでようやく、あの傲慢な双頭の蛇とも、対等な対話ができるというものです」
ボンドルドは、作業を見守っていたプルシュカを自らの隣へと招き寄せました。
「見ていなさい、プルシュカ。これこそが我々の新しい皮膚です。……あなたの純粋な祈りが、この鋼鉄に魂を吹き込むのですよ」
「うん、パパ……! すっごく強そう。これなら、パパは誰にも負けないね!」
プルシュカの無垢な賞賛が響く中、イドフロントの巨大なハッチが開き、再編された探掘隊——第二期遠征軍が、深淵へとその足を踏み出しました。
第27階層:水の大迷宮の王
第25層、26層を、一切の被害を出すことなく「効率的」に踏破した探掘隊は、ついに第27階層、水の大迷宮の最深部へと到達しました。
眼前に広がるのは、轟々と鳴り響く大瀑布。そしてその激流を裂き、巨躯を現したのは、階層主(フロアボス)アンフィス・バエナ。
二つの頭部が放つ、全てを灰にする蒼き火炎と、冒険者の命を容易く刈り取る物理的圧殺。
しかし、ボンドルドはただ懃懃(きんきん)に、その巨獣を迎え入れました。
「おやおや……。相変わらず、気高い。……ですが、その美しさも、我々の糧となるための過程に過ぎません」
「……リミッター解除。避雷針、零八号から二一号。一斉同期。……焼き切れるまで放流してください」
カロンの冷徹な号令。
隊列の後方に繋がれた10名以上の戦争奴隷たちが、音もなく弓なりに反り、眼球を激しく震わせました。彼らの脳が、カロンが天蓋を駆動させるために必要な「神の恩恵(ファルナ)」の暴走と、精神的廃熱をすべて吸い取ります。
「枢機に還す光(スパラグモス)」。
性能が向上した魔石銃から放たれたのは、細く収束された光ではなく、空間そのものを削り取る広域の光波でした。アンフィス・バエナが吐き出した蒼き炎は、その因果を断ち切る光に触れた瞬間に霧散し、消滅しました。
「……信じられない。パパ、あんなに大きな火を消しちゃった!」
後方の安全圏で、祈手に守られながらその光景を見ていたプルシュカが歓喜の声を上げます。
アンフィス・バエナは、自らの絶対的な攻撃が通じないことに混乱し、咆哮を上げながらその巨躯で突撃してきます。しかし、その動きさえも、精神隷属機を通じてカロンたちの視界には「スローモーションの演算データ」として共有されていました。
「素材を傷つけるのは、実にもったいない。……カロンさん、関節の神経叢(しんけいそう)を狙いなさい」
「了解。……照射」
天蓋の肩部から展開された補助アームが、アンフィス・バエナの二つの首の付け根を正確に捕捉。光の刃が、硬質な鱗と肉を外科手術のような精密さで斬り裂きました。
主(あるじ)の解体と凱旋
数分後。
かつて多くの冒険者を絶望に陥れた階層主は、死ぬことさえ許されず、その巨躯を氷の床に縫い留められていました。
祈手(アンブラハンズ)たちが、手際よくその双頭の脳から魔石を傷つけぬよう「素材」を剥離していきます。
アンフィス・バエナの絶命と共に霧散が始まろうとするその瞬間、ボンドルドは精神隷属機の強力な干渉波を全域に展開しました。
「素晴らしい……。この双頭の神経節。これこそが、我々の天蓋に『並列演算』という新たな翼を与えるための、最高の部品です」
ボンドルドは、剥ぎ取られたばかりの脈動する組織を愛おしげに眺め、そして遠くで見守るプルシュカへと向き直りました。
「プルシュカ。……あなたの見ていた夢が、また一つ形になりましたよ。……さあ、イドフロントへ帰りましょう。……この素材を、あなたのための『新しい力』へと変えるために」
「パパ……! 私も、パパの役に立てるように、もっともっと頑張るね!」
剥ぎ取られた階層主の残骸と、脳を焼かれて物言わぬ抜け殻となった避雷針たち。
それらを置き去りにして、探掘隊は沈黙のまま、さらなる黎明へと向かって凱旋を始めました。
この先の展開アンケート
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和解ダンジョンの黎明を目指す
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全面戦争突入
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両方かけ(作者死ぬ)