『神々の箱庭に、黎明の光を』   作:もいもい130

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第5話

 

第24層、新造されたイドフロントの入り口。

静寂を切り裂くように、暗闇の向こうから幾重もの足音と、困惑に満ちた生々しい声が響いてきました。

「……おい、なんだこの場所は? 24層にこんな空洞があったか?」

「魔石の光が変だぞ。紫……? それに、この空気、吐き気がするほど濃密だ。おい、引き返したほうがよくないか?」

現れたのは、中堅派閥に属する5人の冒険者たちでした。彼らは未知の領域を発見したという功名心と、それ以上に膨れ上がる生物学的な本能――「ここには居てはならない」という根源的な警告――に身を震わせ、武器を構えています。

ボンドルドは、その暗闇の中から、吸い込まれるような優雅な足取りで、彼らの前に姿を現しました。煤けた外套を翻し、漆黒の尾を蛇のように床に引きずりながら、彼はまるでお節綱の客人を迎える主人のように、両手を広げて見せました。

「……おやおや。素晴らしい。まさかこれほど早く、私の新しい家族……いえ、『被験者』の皆さんが訪ねてきてくださるとは。歓迎いたしますよ。さあ、どうぞ中へ。ここには、あなた方の知らぬ『夜明け』があります」

冒険者たちは、その異様な風貌に息を呑み、言葉を失いました。仮面の縦一文字のスリットから漏れる、獲物を値踏みするような紫の光。そして、生物の理を完全に逸脱した成れ果ての肉体。彼らが知る「モンスター」とも「人間」とも違う、深淵そのものが服を着て立っているかのような圧倒的な異物感に、場が凍りつきます。

「……な、何者だてめえ! 強化種か……!? それとも、闇派閥の残党か! 答えろ!」

最前線の戦士が、震える手で長剣を突き出します。ボンドルドは、向けられた鋭い刃を、まるで幼子が差し出した玩具を愛でるような慈愛の視線で見つめ、一歩踏み出しました。

「私はボンドルド。ただの探求者です。……怯えることはありません。あなた方のその『恐怖』、その『戦慄』。それは、未知に触れた魂が放つ、最高級の輝きですよ。私は、その輝きを愛しているのです」

彼は至近距離まで、何の警戒もなく歩み寄りました。戦慄する冒険者の肩に、そっと、羽根が舞い降りるような軽やかさで手を置きました。その瞬間、ボンドルドの指先から、精神隷属機(ゾアホリック)の微細な振動が冒険者の肉体へと浸透していきます。

「……おや。これは……驚きました。あなた方の肉体の深層、魂の表面に、何らかの『高度な術式』が刻まれていますね。アビスの呪いとも、原生生物の変異とも違う。極めて整然とした、知的干渉の跡……。愛、愛ですよ。これほどまでに洗練された『力』の形が、この世界の人間には備わっているのですか」

ボンドルドは、仮面の奥で吐息を漏らしました。彼が触れたのは、冒険者の背に刻まれた神の恩恵。しかし、今の彼にとっては、それはまだ名前のない「未知のエネルギー回路」に過ぎません。彼はその回路が、周囲の魔力をどのように吸い上げ、個人の身体能力へと変換しているのかを、指先の感触だけで貪欲に読み解こうとします。

「素晴らしい。この『回路』があることで、あなた方は脆弱な肉体でありながら、この過酷な迷宮に適応しているのですね。……ですが、興味深い。この回路を、さらに『別の負荷』と連結させた場合、一体どのような変異を見せるのでしょうか」

ボンドルドの魂と一体化した精神隷属機の機能が、彼の指先を通じて、冒険者の脳髄へと直接、抗いがたい「愛」の信号を、ドロリとした粘り気をもって流し込み始めました。視界が紫に染まり、自我が溶けていく中、冒険者たちは叫ぶことすら忘れ、ただその慈悲深い「光」を見つめることしかできなくなっていました。

「……おやおや、素晴らしい。これほどまでに素直に、私の精神を受け入れてくださるとは。……さあ、協力してください。あなた方の命、その経験、その肉体。そして、その背に刻まれた興味深い『理』。すべてを私の探求に捧げ、ともに新たな夜明けを見ようではありませんか」

ボンドルドは、膝をつき、呆然と自分を見上げる「新しい家族」たちの頭を、優しく撫で回しました。彼が今、この瞬間に抱いた知的好奇心は、この世界の「神」が与えた秩序さえも、実験動物の習性として解剖しようとする冷徹な熱量に満ちていました。

「大丈夫。痛みは、すぐに素晴らしい『悦び』へと変わりますから。あなた方の犠牲は、決して無駄にはしません。私が、すべてを記憶し、すべてを愛し、次なるステップへと繋げてみせましょう

 

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