『神々の箱庭に、黎明の光を』   作:もいもい130

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第56話

「……引き返すぞ。全員、撤退だ」

フィンの沈痛な決断が、酸の臭いが漂う通路に響きました。

アイズは折れた剣を見つめたまま、リヴェリアは軽蔑と警戒の混じった視線を祈手(アンブラハンズ)たちに向け、一歩ずつ後退を始めます。

「おやおや。フィンさん、撤退ですか。……この先には、貴方方が求めて止まない未到達領域のデータが、未精製のまま眠っているというのに。実に、勿体ない」

ボンドルドの声には、皮肉も、勝ち誇った様子も、微塵も含まれていませんでした。ただ、純粋に「貴重な資源を目前にして手を引く」という不合理な選択に対する、学者としての素直な疑問だけがそこにありました。

「……うるせぇ。テメェの言う『道』なんてのは、俺たちの歩く道じゃねぇんだよ」

ベートが牙を剥き、唾を吐き捨てて背を向けました。

「左様ですか。……それぞれの在り方(愛)、というわけですね。……理解しました。カロンさん。ロキ・ファミリアの皆様の撤退路を確保しなさい。……一滴の返り血も、彼らの誇りを汚すことのないよう、完璧な守護を」

ボンドルドは、自分たちに向けられる剥き出しの憎悪を、まるで春のそよ風でも受けるかのように平然と受け流しました。彼にとって、彼らの怒りは「効率的な排除(殺菌)」によって引き起こされた副次的な反応に過ぎず、そこに感情を割く必要などないのです。

静寂の追走

撤退路において、祈手たちはロキ・ファミリアの後方を一定の距離で追従しました。

原生生物が姿を見せれば、ロキ・ファミリアが武器を構えるよりも速く、**『灯火の杖』**の精密な射撃がそれを処理します。一切の接触を許さず、一切の苦戦をさせない。

それはロキ・ファミリアにとって、自分たちの存在意義を無機質な「機能」で塗り潰され続ける、拷問のような時間でした。

「パパ……。みんな、怒ってるのかな? 私、何か悪いことしちゃった?」

プルシュカが不安げにボンドルドの指を握ります。ボンドルドはその小さな手を優しく包み込み、仮面を一定の周期で、穏やかに明滅させました。

「いいえ、プルシュカ。あなたは何も間違っていませんよ。……彼らは今、自分たちの中にあった古い価値観が、新しい夜明け(黎明)に照らされて、形を変えていく痛みに耐えているのです。……それは、とても尊いプロセスなのですよ」

ボンドルドの視線は、前を行く英雄たちの背中を、まるで顕微鏡で覗き込むように、ただ静かに見つめていました。

「カロンさん。……今の彼らの歩幅、呼吸の乱れ、そして背後にある我々への忌避反応……すべて記録に残しなさい。……これほど純度の高い『英雄の拒絶反応』、次の調整には欠かせないデータになりますからね」

「了解。……全記録、中枢へ転送。……観測を継続します」

英雄たちが「人間としての誇り」を守るために必死に足を動かす中、そのすぐ後ろで、ボンドルドと祈手たちは、一滴の感情も交えぬまま、彼らの魂の震えを冷徹に採取し続けていました。

この先の展開アンケート

  • 和解ダンジョンの黎明を目指す
  • 全面戦争突入
  • 両方かけ(作者死ぬ)
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