第24階層。大樹の迷宮を抜けた先に広がる巨大な空間。
オラリオのギルドが発令した総力戦に応じ、ロキ・ファミリアとフレイヤ・ファミリアを中核とする数千規模の連合軍が、ついにイドフロントの防衛ライン手前へと到達した。
しかし、その大軍勢の中には、決定的な温度差が存在していた。
最前線で指揮を執るフィンは、立ち並ぶ異形の防衛陣地と、不気味なほど静まり返った祈手たちの隊列を見て、部隊に厳命を下した。
「前衛は待機。絶対に防衛線の射程に入るな。まずは結界と防御魔法を何重にも展開し、慎重に偵察を……」
「フィン殿! ロキ・ファミリアともあろう者が、随分と臆病風に吹かれているのではないか!」
フィンの静かな指示を遮ったのは、功名心に駆られた中堅ファミリアの冒険者たちだった。彼らは深層での地獄を知らない。ただギルドの特例報酬と、相手が未知の魔道具を作る一介の工房に過ぎないという浅薄な情報だけで、完全に慢心していた。
「相手はたかが職人の集まりだろう! 俺たちが先陣を切って、あの気味の悪い仮面どもを蹴散らしてやるぜ!」
「総員、突撃! 英雄の座は俺たちのものだ!」
制止を振り切り、数百名の中堅冒険者たちが雄叫びを上げて突撃を開始する。彼らは自身の勇猛さを信じ、魔法の詠唱を始めながら、一直線にイドフロントへと殺到した。
フィンが舌打ちをし、フレイヤ・ファミリアの幹部たちが冷たい目でその愚行を見つめる中。
防衛ラインの奥で、ボンドルドはただ静かに、その波のような突撃を観察していた。
「おやおや。計算通りの密集陣形ですね。彼らは自らの命を、最も効率的に処理される座標へとわざわざ運んできてくれました」
ボンドルドの声に嘲笑はない。ただ純粋に、設定した罠に獲物がかかったという物理的な事実を確認しただけだ。
「カロンさん。据え置き型魔石砲、第一射。面制圧を開始しなさい」
「了解。演算同期完了。……掃討」
英雄を気取る冒険者たちが、防衛ラインの不可視の境界線を越えた瞬間だった。
轟音すら遅れて届くほどの、圧倒的な光の奔流。
新設された巨大な魔石砲が、一切の詠唱も予備動作もなく、蒼白の極太の熱線を吐き出した。それは魔法による奇跡の攻防などではなく、ただの物理的な殺菌作業だった。
先頭を走っていた冒険者が間抜けな声を漏らした次の瞬間、彼の上半身は熱線に呑み込まれ、血の一滴も残さず蒸発した。
悲鳴を上げる暇すらない。熱線は扇状に薙ぎ払われ、後続の数百名の冒険者たちを、身につけていた武装ごと、ただの黒い灰へと変えていく。
「パパ……? 今の、すっごく大きい光……さっきの人たち、どこに行っちゃったの……?」
プルシュカは轟音と閃光に肩をすくませ、おずおずとボンドルドの外套の裾を強く握りしめた。彼女の目には、冒険者たちが「殺された」という凄惨な現実よりも、ただ不可解に「消え去ってしまった」という戸惑いと、うっすらとした恐怖が浮かんでいる。
「おやおや。怖がらせてしまいましたね、プルシュカ」
ボンドルドはしゃがみ込み、不安げに見上げる娘の頭を、とても愛おしそうに撫でた。その手つきは、どこにでもいる優しい父親そのものだ。
「彼らは少々、急ぎすぎたのです。……我々が用意した『黎明の光』に触れ、自らの形を保てなくなるほどに、情熱を燃やし尽くしてしまった。……彼らは今、この深淵の光の一部となって、我々の歩みを照らしてくれているのですよ」
「光の……一部?」
「ええ。とても美しく、機能的な愛の形です。……だから、悲しむことは何もありませんよ」
ボンドルドのひどく穏やかで、一切の淀みもない説明。
プルシュカはまだ少し震えていたが、大好きなパパが「美しい」と言い切るその言葉に、小さくコクリと頷いた。
「……うん。パパがそう言うなら、きっと凄いことなんだね。……でも、少しびっくりしちゃった」
「ええ、ええ。次はもう少し、静かにお迎えしましょう」
突撃からわずか数秒。
先陣を切った中堅ファミリアの部隊は、文字通り一人残らず消滅した。
地面には炭化した残骸だけが散らばり、肉の焼ける異臭が第24階層の空気を汚染していく。
「……狂ってやがる」
ベートが忌々しげに吐き捨てた。
自らの手で数百の命を灰に変えておきながら、娘には「光の一部になった」と優しく語り聞かせる男。ロキ・ファミリアとフレイヤ・ファミリアの精鋭たちは、その圧倒的で無慈悲な殲滅力以上に、ボンドルドという存在の「救いようのない精神の歪み」を前に、底冷えするような戦慄を覚えていた。
彼らがこれから相手にしなければならないのは、誇りも勇気も通用せず、命のやり取りすら「親子の微笑ましい日常」の裏側で処理してしまう、純粋な怪物なのだと突きつけられたのだ。
この先の展開アンケート
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和解ダンジョンの黎明を目指す
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全面戦争突入
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両方かけ(作者死ぬ)