第24階層の防衛線において、ボンドルドは一切の「攻勢」に出ることを禁じていた。
圧倒的な火力を持ち、シュラウドによる局地的な奇襲を成功させておきながら、祈手(アンブラハンズ)の主力を前進させて連合軍を殲滅しようとはしない。防衛ラインという絶対的な有利な座標から、一歩たりとも踏み出さなかったのである。
その理由は、ボンドルドの極めて冷徹で合理的な計算に基づいていた。
第一に、祈手という「機能」の不必要な損耗を嫌ったこと。
いかに統率された軍団であれ、ロキ・ファミリアやフレイヤ・ファミリアの第一級冒険者たちと平地で乱戦になれば、必ず被害が出る。彼らの持つ「英雄特有の理不尽な一撃(奇跡)」は、計算を狂わせる最大のノイズだ。貴重な素材と時間を費やして調整した祈手を、わざわざリスクに晒す必要はない。
そして第二に、ボンドルドは地上から遠征してきた連合軍の最大の弱点——「兵站(へいたん)」の脆弱性を正確に見抜いていた。
「……卿。連合軍の攻撃頻度が、作戦開始時から約四割低下。前線部隊の疲労、および魔力回復薬(マインドポーション)の枯渇の兆候が見られます」
「おやおや。ご苦労様です、カロンさん。……やはり、彼らの情熱も物理的な『燃費』には勝てないようですね」
ボンドルドは観測データを見下ろし、穏やかに頷いた。
数千規模の大軍を第24階層という深部に維持し続けるには、莫大な食料、回復薬、そして武器の予備が必要不可欠となる。オラリオからの補給線は長く、道中のモンスターの脅威も相まって、連合軍の物資はただそこに駐留しているだけで水のように消費されていくのだ。
「ねえ、パパ。お外の人たち、だんだん元気がなくなってきちゃったね。大声も聞こえなくなっちゃった」
プルシュカが防衛線の奥から、モニターに映る連合軍の野営地を不思議そうに見つめていた。
「ええ、プルシュカ。彼らは今、『枯渇』というとても非効率な状態に苦しんでいるのです。……彼らの体は、我々のように最適化されていませんからね。美味しいスープや温かいパン、そしてふかふかのベッドがないと、心を保てないのです」
「ふぅん……。パパのお薬(行動食4号)を食べれば、ずっと元気でいられるのにね!」
プルシュカは自分の小さなポケットに入っている茶褐色の塊をポンポンと叩き、少し誇らしげに笑った。彼女にとって、味も素っ気もないあの塊こそが「パパの愛情が詰まった最高のご飯」であり、それを拒んだ冒険者たちが勝手に疲れていくのが不思議でたまらないのだ。
「ええ。ですが、彼らは古い価値観(プライド)を捨てることを拒みました。……ですから、我々はただ、ここで優雅に待っていればいいのです。彼らの英雄としての誇りが、飢えと疲労という最も原始的な苦痛によって、ゆっくりと削り落ちていくのをね」
ボンドルドの戦略は、残酷なまでに完璧だった。
イドフロントという拠点は、独自のエネルギー供給を持ち、祈手たちは感情も疲労も知らず、あの『行動食4号』さえあれば無限に防衛を継続できる。
対する連合軍は、前進すれば魔石砲の熱線に焼かれ、立ち止まれば兵站が尽き、後退すればシュラウドに背後を狩られる。
「……フィンよ、このままではジリ貧じゃぞ。食料もポーションも、予定の倍の速度で減り続けておる。あやつら、ワシらが『飢える』のを待ってやがるんじゃ……!」
前線の天幕で、血走った目をしたガレスがフィンに報告を上げる。
フィンは親指の爪から血が滲むほど強く噛みながら、巨大樹の奥に鎮座する、微動だにしない異形の要塞を睨みつけていた。
冒険者たちの勇気と奇跡を、暴力ではなく「兵站の枯渇」という最も事務的な事実で圧殺しようとするボンドルドの底知れぬ悪意。
神々の娯楽たる熱狂的な大戦争は、今やただ命をすり減らすだけの、出口のない泥沼の包囲戦へと変貌していた。
この先の展開アンケート
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和解ダンジョンの黎明を目指す
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全面戦争突入
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両方かけ(作者死ぬ)