『神々の箱庭に、黎明の光を』   作:もいもい130

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第63話

第24階層での対峙は、すでに「冒険」でも「戦争」でもなく、ただ命と尊厳をすり減らすだけの泥沼の塹壕戦と化していた。

防衛線から放たれる熱線と、シュラウドによる容赦のない削り合いが続く中、連合軍の野営地を支配していたのは、かつての英雄的な熱狂ではなく、飢餓と疑心暗鬼だった。

「ふざけんな! なんでロキ・ファミリアの連中だけまともな飯を食ってやがる! 俺たちの配給は昨日の半分だぞ!」

「やかましい! 補給部隊がシュラウドにやられて届いてねぇんだよ! 嫌ならテメェらで取りに行きやがれ!」

泥に塗れた天幕の裏で、中堅ファミリアの冒険者と、ロキ・ファミリアの下級団員が胸ぐらを掴み合って怒鳴り合う。疲労で目の焦点が合わず、武器を握る手は震え、互いの殺気はすでに「未知の敵」ではなく「隣の同胞」へと向けられていた。

「……やめろ。身内で争っている余裕などないはずだ」

フィンが冷たい声で制止に入るが、その言葉にはかつてのような、全軍を震い立たせるカリスマの響きが欠けていた。彼自身もまた、血のにじむような思考の果てに有効な打開策を見出せず、精神的な摩耗を隠しきれなくなっていたのだ。

「団長ヅラしてんじゃねぇぞ、フィン・ディムナ! テメェらがそそのかしたから、俺たちはこんな暗え泥の中で犬死にさせられてるんだろうが!」

血走った目をした冒険者の罵声。

それは、英雄を信じた者たちが、理不尽な「機能」の前に心をへし折られ、ただの獣へと成り果てた瞬間の証明だった。

天界の不協和音:娯楽の終わり

地下で冒険者たちが壊れていくのと同時刻、地上のバベルでもまた、神々の間に決定的な亀裂が走っていた。

「もうやめだ! 停戦命令を出せ、ウラノス! ワシの可愛い子供たちが、あんな暗がりで泥をすすって死んでいくのを、これ以上見てられるか!」

「そうだ! あれは試練でも冒険でもない、ただの処刑場だ! 何が連合軍だ、ロキやフレイヤの面子のために下級の子供たちを使い捨てる気か!」

円卓を囲む神々の過半数が、顔を真っ赤にしてウラノスと大派閥の主神たちに詰め寄っていた。

彼らにとって、子供たちの死は「美しき英雄の散り際」であってこそ意味がある。しかし、今第24階層で起きているのは、飢えと疲労による餓死や、無機質な熱線によるゴミ処理のような消滅だ。そこに神々を熱狂させるドラマは一切存在しない。

「……黙らんかい、自分ら! ここで尻尾巻いて逃げたら、オラリオは永遠にあの得体の知れへん化け物機構にビビり散らして暮らすハメになるんやで!」

ロキがギリッと歯を食いしばりながら円卓を叩き据えるが、その声にもかつての余裕はない。彼女の愛する子供たちもまた、あの泥沼で確実に魂を削られていることを、誰よりも理解しているからだ。

「ええ、ロキの言う通りよ。……けれど、退屈なのは事実ね。あんな泥に塗れた醜い争い、私の望む輝きじゃないわ」

フレイヤは扇で口元を隠し、冷たく目を伏せた。

継戦を主張する大派閥と、これ以上の無意味な損耗を拒絶する停戦派の中小派閥。神々の意志すらも、ボンドルドの敷いた「兵站戦」という冷徹な盤面の上で、無惨に引き裂かれようとしていた。

炎上する迷宮都市

そして、狂気はついに地上の市民にまで牙を剥いた。

「ギルドを打ち壊せ! 食料を独占するな!」

「俺たちの家族を返せ! 無意味な戦争をやめろぉぉっ!」

オラリオのメインストリート。本来なら活気に満ちているはずの市場は、暴徒と化した市民や下級冒険者たちによって火が放たれ、略奪の嵐が吹き荒れていた。

連合軍の莫大な兵站を維持するため、ギルドが地上での食料やポーションの流通を極端に制限し、価格が数十倍に跳ね上がったことが引き金だった。

日々のパンすら買えなくなった市民の怒りは、深層の怪物へではなく、特権を振りかざすギルドと大ファミリアへと向けられた。窓ガラスが割られ、バリケードが築かれ、迷宮都市そのものが内側から崩壊を始めていた。

深淵からの観測者

「おやおや。……素晴らしい。実に素晴らしいプロセスです」

第24階層の防衛線。その最も安全な奥底で、ボンドルドは地上と上層部から送られてくる全ての観測データを眺めながら、うっとりとした感嘆の息を漏らした。

飢えて争う冒険者たち、責任を押し付け合う神々、暴動に沈む都市。

英雄という名の「個人の奇跡」に依存しすぎたシステムが、物理的な枯渇というたった一つの論理によって、音を立てて自壊していく光景。

「パパ……。お外の人たち、みんな怒って、泣いてるよ……。どうして? パパが悪い人たちをやっつけてくれてるのに、どうしてみんなあんなに悲しそうなの……?」

プルシュカが、モニターに映る暴動の炎を見つめながら、ボンドルドの外套の端をギュッと握りしめた。彼女の純粋な心には、あの惨状が理解できない。ただ、心がチクチクと痛むのを感じていた。

「泣かないで、プルシュカ。あれは悲しみではありませんよ」

ボンドルドはしゃがみ込み、娘の涙を指ですくって、とても優しく微笑みかけた。

「彼らは今、古い殻を破るための『産声』を上げているのです。非効率な感情や、誰かにすがるような弱さを捨てて……我々と同じ、揺るぎない一つの機能へと昇華するための、大切な痛みなのですよ」

「……産声? じゃあ、あの人たちは新しく生まれ変わるの?」

「ええ、ええ。我々の与えた『試練』が、彼らを次の段階へと導いているのです。……愛ですね。これほどまでに美しい人間の変容を観測できるとは」

ボンドルドは立ち上がり、静寂に包まれた祈手たちの隊列と、その向こうで飢えに苦しむ連合軍を愛おしげに見据えた。

暴力ではなく、極めて事務的な「枯渇」によって神々の箱庭を内側から焼き尽くす、白き黎明の狂気。

迷宮都市は今、その長い歴史の中で最も致命的な、緩やかな死の淵に立たされていた。

 

この先の展開アンケート

  • 和解ダンジョンの黎明を目指す
  • 全面戦争突入
  • 両方かけ(作者死ぬ)
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