『神々の箱庭に、黎明の光を』   作:もいもい130

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第67話

漆黒の探求者が前線に降り立ったその瞬間、戦場の論理は完全に書き換えられた。

崩落した防壁の隙間から、歓喜と憎悪に目を血走らせた連合軍の中堅冒険者たちが殺到する。

ボンドルドは瓦礫を踏み越えながら、自らの背面に備え付けられたラックへ、四角い箱型の装置、カートリッジを装填した。ガチャン、と冷たい金属音が鳴る。

「元凶はあいつだ! あの仮面を討ち取れェ!」

四方から殺到する戦士たちを見据え、ボンドルドは一切の回避行動をとらず、ただ静かに右手を自身の仮面へと当てた。

「おやおや。皆様、大変素晴らしい情熱です。……明星へ登る(ギャングウェイ)」

仮面の中央、縦に走るスリットが強烈に発光する。

次の瞬間、そこから放たれた無数の光の帯が、物理法則を無視した独特の軌道を描いて空間を乱反射し始めた。光帯はボンドルドが明確に目標と定めた者だけを正確に追尾し、彼らが構えた鋼の盾や防具ごと、一切の抵抗を許さずに次々と貫いていく。

一瞬にして物言わぬ骸へと変わる冒険者たち。

その絶望的な光景を切り裂くように、最前線から銀色の獣が飛び出した。

「遅ぇんだよポンコツがァッ! 纏めてスクラップにしてやるッ!!」

ロキ・ファミリアの凶狼、ベート・ローガ。

彼は仲間が消し飛ばされる様を見ても一切怯むことなく、自慢の魔法金属のブーツに魔力を乗せ、ボンドルドの首を刎ね飛ばすべく神速の蹴りを放った。

しかし、ボンドルドは振り返ることすらしない。

彼の装束から射出された漆黒の触手、月に触れる(ファーカレス)が、凄まじい速度でベートの右脚に絡みつき、その運動エネルギーを空中で完全に殺し切ったのだ。

「あ……!? なんだこの糸はッ!」

「とても素晴らしい踏み込みです。ですが、少々直線的すぎますね」

空中で完全に動きを封じられたベートへ向け、ボンドルドは肘部から発振された目も眩むような光の刃――枢機へ還す光(スパラグモス)を、極めて事務的な動作で振り抜いた。

「――あ?」

ベートが事態を呑み込むよりも早く、無音の閃光が彼の右膝下と、右脇腹の装甲を空間ごと『抉り取った』。

切断ではない。完全に消滅した己の肉体の断面から、ワンテンポ遅れて致死量の鮮血が噴き出す。

「ギャアアアアアアアアアアッ!?」

第一級冒険者の絶叫が、第24階層に木霊する。ボンドルドは宙で苦悶するベートの鳩尾へ、カートリッジの命を燃料にした理不尽な膂力で無慈悲な前蹴りを叩き込んだ。

ゴバァッ!!

内臓と肋骨が微塵に砕け散る破砕音。

肺から空気を搾り出されたベートは、血の尾を引きながら遥か後方の防壁まで吹き飛ばされ、激突。大量の血だまりを作りながら、ピクリとも動かなくなった。片脚と脇腹を失い、瀕死の重傷を負うという凄惨な退場劇だった。

「ベートォォッ!!」

「おやおや。いささか愛の受け渡しが強すぎましたか」

フィンが悲痛な叫びを上げる中、都市最速を誇るフレイヤ・ファミリアのアレンが、ベートの無惨な姿に激昂し、神速の槍をボンドルドの死角から突き出す。

だが、ボンドルドは装束から伸びた太く強靭な尾を鞭のように振るい、その槍の刺突を正確に弾き飛ばすとともに、体勢の崩れたアレンの胸部を痛烈に打ち据えた。アレンもまた防護服ごと肋骨を砕かれ、血を吐きながら吹き飛ばされる。

「余所見をしとる場合か! ワシが叩き割ってやるわ!」

大地を砕く踏み込みと共に、巨大な戦斧を構えたガレスが真横から薙ぎ払いを放った。

レベル7に迫るドワーフの全力の斬撃。それに対し、ボンドルドは手首の機構から無数の針を音もなく放つ。

「呪い針(シェイカー)」

ガレスは戦斧の分厚い面で針を弾いたが、その針は触れた対象へ強制的に深層の上昇負荷を発現させる悪魔の兵器だった。

「オェェェッ……!? ぬぅ、な、んじゃ……この激しい目眩と、吐き気は……!」

呪いの負荷がガレスの三半規管と内臓を破壊し、大量の血と胃液を吐き出してその場に膝を突かせる。

開戦からわずか数十秒。オラリオの最高戦力であるはずの第一級冒険者が、あっけなく三人も戦闘不能に追い込まれたのだ。

「どうかご安心を。少々内臓がひっくり返る程度の負荷ですから」

ボンドルドが穏やかに告げたその隙を突き、アイズの剣閃とティオナ、ティオネの双刃が三方向から同時に襲いかかった。

「舐めるんじゃないわよ、このポンコツ野郎ッ!!」

「アタシらがこれで終わると思うなァッ!!」

仲間が次々と凄惨に倒れる絶望的な状況。常人であれば心が折れ、恐怖にすくみ上がるほどの圧倒的な実力差。

しかし、アマゾネスの姉妹の瞳には、一切の屈服も諦めもなかった。むしろ、仲間の流した血が彼女たちの闘争本能に火をつけ、その魂をより凶暴に、より気高く燃え上がらせていた。

怒りと誇りを乗せたティオネの猛撃と、死角を完全に塞ぐティオナの斬撃。そして風を纏ったアイズの刺突が、異形の探求者を完全に包囲する。

「ええ、本当に美しい。いかなる窮地にも、決して折れることのないその誇り……皆様の愛に、これでお応えしましょう」

コロン、と。背中のラックから役目を終えた空のカートリッジが一つ排出される。

ボンドルドは再びスパラグモスの光刃を展開し、彼女たちの包囲網を空間ごと削り取るように薙ぎ払った。

「チィッ……!!」

光の刃がティオネの装甲を掠め、虚無の切断面を作る。しかし彼女たちは顔を歪めることすらなく、爆発的な脚力で死線を躱し、空中で体勢を立て直して直ちに次撃の構えをとった。

彼女たちの戦意は、ただの一ミリたりとも削られてはいない。

「……常軌を逸している。あの仮面、一人でどれほどの理不尽を隠し持っているんだ」

後方で指示を飛ばすフィンが、親指の爪を噛み破りながら戦慄を覚える。

包囲網を完全に捌き切り、無尽蔵の膂力でオラリオの英雄たちを蹂躙し始めるボンドルド。

「皆様の情熱、確かに観測いたしました。……さあ、次は私から――」

ボンドルドが優雅に歩みを進めようとした、まさにその刹那。

戦場の喧騒を完全に置き去りにする、重厚にして圧倒的な威圧感が頭上から降ってきた。

「――退け」

短く、重々しい一言。

オラリオ最強の証たるレベル7。フレイヤ・ファミリアの頂点に君臨する武の化身、猛者オッタルが、巨大な大剣、覇黒の剣を両手で上段に構え、隕石のごとき速度でボンドルドへと振り下ろした。

アイズたちが本能的に後方へ跳躍して射線を空ける。

ボンドルドの仮面が、オッタルという極大の質量を正確に捉えた。ボンドルドは即座にファーカレスの触手を自身の両腕に幾重にも巻き付けて強靭な装甲を形成し、カートリッジから最大限の出力を引き出して防御姿勢をとる。

ズドゴォォォォォォォォォォォンッ!!!

第24階層の巨大空間全体が揺れるほどの、凄まじい衝撃波。

周囲の瓦礫が粉塵となって吹き飛び、後方にいた祈手すらもその余波で吹き飛ばされる。

砂埃が晴れた後、そこにあったのは、オッタルの大剣を交差した両腕で受け止め、足首まで床に沈み込んだ漆黒の探求者の姿だった。

「ほう……」

ボンドルドの仮面から、深い感嘆の声が漏れる。

幾重にも重ねたファーカレスの防御網と、限界突破の身体強化をもってしても、完全に相殺しきれなかった純粋な力。

「素晴らしい。これが地上の頂点、オラリオ最強の愛ですか。……先ほどの皆様の連携も美しかったですが、この圧倒的なまでの個の暴力。一切の迷いがない、研ぎ澄まされた機能美を感じます」

ボンドルドは床に沈み込みながらも、両腕にのしかかるオッタルの大剣の重みを確かめるように、とても嬉しそうに仮面を持ち上げた。

「……貴様の御託に興味はない。我が主の箱庭を汚す者は、斬る」

オッタルは表情一つ変えず、さらに大剣へと力を込める。ギシギシとボンドルドの腕に纏った触手がひしげ、背中のカートリッジの駆動音が限界まで跳ね上がった。

オラリオ最強の猛者と、深淵を暴く漆黒の探求者。

未知の遺物を駆使する狂気が、純粋な暴力と真っ向から拮抗し、白き要塞の跡地で凄まじい火花を散らしていた。

 

この先の展開アンケート

  • 和解ダンジョンの黎明を目指す
  • 全面戦争突入
  • 両方かけ(作者死ぬ)
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