『神々の箱庭に、黎明の光を』   作:もいもい130

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第68話

オラリオ最強の猛者と漆黒の探求者が、純粋な暴力と理不尽な機能で拮抗するその裏側。

戦局全体は、極めて事務的な「処理」の段階へと移行しつつあった。

「特異個体の拘束を確認。……これより、防衛ラインを前進。汚染物質の焼却を開始します」

カロンの無機質な号令のもと、陣形を再構築した祈手(アンブラハンズ)たちが、一糸乱れぬ足取りで前進を開始した。

彼らの手には『灯火の杖』だけでなく、分厚い耐熱装甲と大型のタンクを備えた重火器――工房の設備洗浄や危険生物の駆除に用いられる、深層仕様の特殊火炎放射器が握られていた。

「掃討」

轟ッ!! という爆音と共に、数千度に達する白青色の粘着性火炎が扇状に放射される。

それは対象を燃やすというよりも、熱量で物理的に融解させる悪夢の炎だった。

「ギャアアアアッ!? 熱い、熱いいいいッ!!」

「盾が溶ける!? 誰か水魔法を――」

悲鳴を上げる間もなく、粘着性の火炎を浴びた連合軍の中堅冒険者たちは、身に纏った防具ごとドロドロの炭の塊へと変えられていく。

祈手たちは炎に焼かれてのたうち回る人間を見ても一切の感情を交えず、ただ「まだ動いているゴミ」に向けて淡々と火炎を放射し続けた。

前線の惨状を目の当たりにしたフィンは、血の気を失いながら後方へと怒号を飛ばした。

「リヴェリア! 前線が焼き尽くされる! 魔法部隊の斉射で敵の火線を押し返せ!」

「……分かっている。総員、防御結界を展開しつつ、広域殲滅魔法の詠唱を急げ。私が手本を見せる」

戦場のもっとも後方、比較的安全なはずの陣地。

ロキ・ファミリアの副団長、『九魔姫(ナイン・ヘル)』リヴェリア・リヨス・アールヴは、翡翠の杖(マグナ・アールヴス)を掲げ、配下のエルフ魔導師たちと共に巨大な魔法陣を展開し始めていた。

前線の地獄絵図を前にしても、彼女の翡翠の瞳に恐怖の色はない。王族としての誇りと、ファミリアの子供たちを導く絶対的な責任感が、彼女の精神を強靭に保っていた。

だが、ボンドルドの防衛システムが、最大のノイズである「魔導師の長文詠唱」を見逃すはずがなかった。

「……上だッ!! 結界を上に向けろ!」

リヴェリアが鋭く叫んだその瞬間。

第24階層の巨大樹の暗がりから、音もなく無数の影が降り注いだ。近接・奇襲に特化したシュラウドの祈手たちである。

彼らは魔法部隊が展開していた前面への物理結界を完全に無視し、完全に無防備な頭上から、双牙の連鎖の光刃を突き立てて落下してきたのだ。

「ヒッ――!?」

「詠唱を止め――」

ザシュッ、グチャッという鈍い肉の切断音が連鎖する。

防具を持たない後衛の魔導師たちは、シュラウドの音を置き去りにした奇襲に反応することすらできなかった。首を落とされ、胴を両断され、血の噴水が後方陣地を真っ赤に染め上げる。

「貴様らッ……! 私の同胞に、その汚らわしい刃を向けるなッ!!」

リヴェリアは詠唱を強制中断し、杖の石突きで眼前に迫ったシュラウドの祈手の頭部を粉砕した。

しかし、倒れた祈手は絶命の瞬間、自らの手首に仕込まれていた『呪い針(シェイカー)』のトリガーを弾いていた。

至近距離から放たれた無数の黒い針。

リヴェリアは咄嗟に防御結界を張ったが、数本の針が結界の隙間をすり抜け、彼女の白く細い脚と、左脇腹に深く突き刺さった。

「――ッ!!」

直後、エルフの王族の肉体を、深層の呪い(上昇負荷)が容赦なく蹂躙する。

全身の毛細血管から血が噴き出し、内臓を素手で掻き回されるような劇的な激痛と吐き気。常人であれば即座に発狂し、地に伏して命乞いをするほどの生理的負荷。

しかし、リヴェリアは倒れなかった。

口から一筋の鮮血を流し、息を荒くしながらも、彼女はその場に膝を突くことすら拒絶し、杖を杖代わりにして気高く立ち続けたのだ。

シュラウドたちが、動けなくなった彼女の四肢と腹部へ、無慈悲に光刃を深々と突き立てる。

致命傷。誰の目にも明らかな、命の終わり。

だが、幾本もの刃に貫かれながらも、リヴェリアの瞳には一切の絶望も、屈服もなかった。ただ、目の前の理不尽な機械共を消し飛ばすという、魔導の頂点としての冷徹な殺意だけが研ぎ澄まされていた。

「……フッ。エルフの王族が、貴様らごときの玩具になると思ったか……この、ガラクタ共が」

血に染まった唇から紡がれるのは、悲鳴ではなく、超短縮された極大魔法の起動鍵。

彼女は貫かれた身体の激痛すらも魔力変換への『精神集中』に利用し、自らの残りわずかな命そのものを触媒にして、展開済みの魔法陣を自らの足元へ強制収束させた。

「やめろリヴェリア! それを至近距離で撃てば、お前自身も――」

「フィン。……あとは頼む」

フィンの制止の声を遮り、リヴェリアはただ一度だけ、微かに優しく微笑んだ。

次の瞬間、彼女の翡翠の杖から、全てを灰燼に帰す紅蓮の業火が零距離で解き放たれた。

「――【レア・レーヴァテイン】!!」

後方陣地で、太陽が落ちたかのような凄まじい火柱が立ち昇る。

彼女に刃を突き立てていたシュラウドたちは、回避行動をとる暇すら与えられず、その圧倒的な熱量に呑み込まれて塵一つ残さず蒸発した。

周囲一帯を焼け野原に変えた極大魔法の閃光が収まった後。

炭化した祈手たちの残骸の中央には、黒焦げになった杖を両手でしっかりと握りしめ、一本の矢のように真っ直ぐに立ったまま息絶えている、リヴェリアの気高き骸があった。

彼女は最後まで一度も膝を突くことなく、エルフの王族としての矜持を守り抜いたのだ。

「……あぁ、リヴェリア……嘘だ、嘘だと言ってくれ……ッ!!」

フィンは頭を抱え、泥に塗れて嗚咽を漏らした。

オラリオ最高峰の魔導師であり、ファミリアの母でもあったリヴェリアの死。

魔法部隊という最大の火力を失い、前線では火炎放射器によって味方が汚物のように焼却されていく。

「おやおや。なんという気高さ。自らの命を燃やし尽くし、最後の一滴まで仲間のために振るい切る……素晴らしい。これこそが、至上の愛ですね」

オッタルと刃を交えながら、後方で散ったリヴェリアの立ち往生を観測していたボンドルドの仮面が、かつてないほど深く、恍惚と明滅した。

連合軍は今、完全なる壊滅の淵へと追いやられていた。

 

この先の展開アンケート

  • 和解ダンジョンの黎明を目指す
  • 全面戦争突入
  • 両方かけ(作者死ぬ)
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