『神々の箱庭に、黎明の光を』   作:もいもい130

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第71話

血と硝煙、そして粘着性火炎の異臭が立ち込めるイドフロント前庭。

かつて「英雄の軍勢」と呼ばれた連合軍の残光は、今や見る影もなく、そこにはただ、尊厳をズタズタに引き裂かれた生存者たちの慟哭だけが響いていた。

「……まだだ。まだ、終わらせるわけにはいかない……ッ!」

アイズ・ヴァレンシュタインは、震える手でデスペレートを握り直し、膝を突いた状態から無理やり身体を立ち上がらせた。

その視線の先には、最愛の戦友たちが物言わぬ肉塊へと変えられ、炭化した骸が転がっている。彼女の黄金の瞳には、かつてないほどの激しい憎悪と、それ以上に深い、魂の底からの叫びが宿っていた。

オッタルもまた、その巨体に無数の『呪い針』を突き立てられ、内臓を上昇負荷に蹂躙されながらも、覇黒の剣を杖代わりに立ち続けていた。

「……フレイヤ様の……庭を……」

彼の瞳はもはや焦点を結んでいない。しかし、武の権化としての本能だけが、目の前の漆黒の異形を屠るべき「敵」として認識し、交戦の意思を途絶えさせてはいなかった。

生き残った数少なき冒険者たちも、家族や友を失った狂気と怒りで、折れた武器を手に這いずり、ボンドルドへと呪詛を吐き散らす。

「おやおや。なんという不屈。……素晴らしい、実に見事な輝きです」

ボンドルドは、彼らの殺意を浴びながらも、まるで慈父のような慈しみを込めて仮面を明滅させた。

彼はゆっくりと、自身のラックから最後の空カートリッジを排出し、カロンへと合図を送った。

「ですが、皆様。これ以上の積み上げは、有意な差を生み出しません。……カロンさん。地上へ、観測データの断片と『お便り』を届けなさい」

「了解。……ギルド本部への通信回線を確立。戦闘記録、および兵站限界のシミュレーション結果を送信。……停戦の勧告(デッドライン)を提示します」

イドフロントから放たれたのは、暴力ではなく、冷徹な「事実」だった。

ボンドルドは、全滅した主要メンバーの死体、焼却された補給物資、そしてこれ以上戦闘を継続すればオラリオの全冒険者の八割が死滅するという、祈手たちが算出した極めて正確な絶望の予測図を、ギルド本部の魔石通信機へと直接叩き込んだのだ。

地上の沈黙と断罪

地上のギルド本部では、送られてきた映像とデータに、ロイマンを始めとする職員たちが腰を抜かし、言葉を失っていた。

そこに映し出されていたのは、彼らが「英雄」と信じて送り出した子供たちが、ただの資源として消費され、組織的に処理されていく地獄そのものだった。

「……ロキ・ファミリア、壊滅……? 猛者オッタル、戦闘不能……?」

「馬鹿な……。これは……これは戦争ですらない。ただの駆除だ……」

ギルド上層部は、一瞬にして理解した。

これ以上彼に挑むことは、オラリオという都市の「機能」そのものを完全に喪失させることを意味する。ボンドルドは、あえて「生かして」データを送ることで、地上の神々に敗北を認めさせるという、最も合理的な終結を選択したのだ。

数分後、第24階層の全域に、ギルドからの強制停戦命令が魔石放送を通じて響き渡った。

『――全軍、直ちに交戦を中止せよ! ギルドの名において、本時刻を以てイドフロントへの攻撃を禁ずる! 繰り返す、生存者は直ちに撤退せよ!』

その声は、復讐に燃えるアイズたちの耳に、死刑宣告よりも残酷に響いた。

「……命令? 停戦だと……!? リヴェリア様を……ティオナたちを殺されて、ここで引けと言うのかッ!!」

アイズの絶叫が、虚しく白き壁に跳ね返る。

「おめでとう、皆様。……これでようやく、不毛な浪費の時間は終わりました」

ボンドルドはアイズの前に歩み寄り、彼女の頬を撫でようとするかのように、そっと手を差し伸べた。

アイズはそれを剣で払いのける気力すら残っておらず、ただ涙を流しながら彼を睨みつけることしかできない。

「皆様の愛。そして、この数日間で得られた尊い命の輝き……。私は、決して忘れません。……さあ、地上へ帰りなさい。この『夜明け』の記憶を抱いて、より高みへと登るための糧とするのです」

ボンドルドは、絶望に沈む英雄たちの背後で、イドフロントの巨大な門を静かに閉じ始めた。

生き残った者たちは、戦友の遺体すら満足に回収することを許されず、祈手たちの冷徹な監視の目に見送られながら、暗い上層へと這いずって戻るしかなかった。

迷宮都市オラリオが、初めて「英雄」という概念を打ち砕かれた日。

漆黒の探求者は、閉ざされていく門の向こう側で、ただ一人、満足げに深い深い溜息を吐いた。

「……愛ですよ。プルシュカ」

 

この先の展開アンケート

  • 和解ダンジョンの黎明を目指す
  • 全面戦争突入
  • 両方かけ(作者死ぬ)
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