『神々の箱庭に、黎明の光を』   作:もいもい130

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第73話

イドフロントから届けられた「慈悲」という名の毒は、迷宮都市オラリオが数千年にわたって築き上げてきた秩序を、両端から腐らせる触媒となった。

かつて神々の威光と英雄の武勇によって統治されていた都市は今、二つの巨大な拠点を中心に、内側から凄まじい勢いで自壊を始めていた。

ロキ・ファミリアの本拠地、巨大な複数の塔がそびえ立つ『黄昏の館』。

かつては冒険者たちの憧れの象徴であったその門前には、今や数千人の市民が押し寄せ、狂気混じりの怒声を上げ続けていた。

「フィンを返せ! ティオナを、ティオネを返せッ!!」

「英雄ごっこに俺たちの食料を使いやがって! この人殺し共めッ!」

リヴェリアという心の支えを失い、団長と主力メンバーを根こそぎ奪われたロキ・ファミリアの団員たちは、反撃の意思すら持たず、館の中に引き籠もるしかなかった。窓ガラスは叩き割られ、白き壁には「死ね」「ペテン師」といった罵詈雑言が書き殴られている。

主神ロキが、かつての饒舌さを失い、酒に溺れながら沈黙を守る中、残されたガレスやアイズは、防壁の内側で市民の憎悪が物理的な重圧となってのしかかるのを、ただ耐えることしかできなかった。

一方で、フレイヤ・ファミリアの広大な本拠地『戦いの野』もまた、かつての神聖さを無惨に踏みにじられていた。

最強の武人集団を擁するこの場所ですら、飢餓に狂った数万の市民の暴動を抑えることは不可能だった。

「オッタルを引きずり出せ! あの役立たずの巨漢を処刑しろ!」

「フレイヤ様だか何だか知らねえが、俺たちのガキが死んでる間に、あいつらは高価な酒を飲んでたんだろ!」

アレンや三つ子の幹部を失い、満身創痍で帰還したオッタルには、かつてのように威圧感だけで暴徒を退ける力は残っていなかった。市民たちは『戦いの野』の柵をなぎ倒し、練兵場に火を放ち、神の象徴である旗を泥にまみれさせて引き裂いた。美しき主神フレイヤですら、その魅了(チャーム)が届かぬほどに、民衆の飢えと憎悪は深淵の底へと達していた。

混乱を収束させるべきギルド本部もまた、かつてない危機の渦中にあった。

ボンドルドが送りつけた「詳細な戦損データ」と、物資徴用の失敗による餓死者の数は、ギルドが隠蔽してきた「無能さ」を白日の下に晒したのだ。

「ギルドはボンドルドと裏で繋がっていたんだろ!」

「ロイマンを引きずり出せッ!」

庁舎の窓ガラスは尽く叩き割られ、主神ウラノスの祈りすら、空腹と愛する者を失った市民の怒りを抑えるには至らなかった。

イドフロントの最深部で、ボンドルドはその崩壊の音を、旋律のように楽しんでいた。

「おやおや。……素晴らしい。既存のシステムが、これほどまでに脆く、美しく剥がれ落ちていく。……プルシュカ。これこそが、本当の意味での『脱皮』なのですよ」

モニターの中では、二つの派閥の旗が等しく引き裂かれ、代わりにイドフロントから配られた救援物資の空き箱が、まるで聖遺物のように市民たちの間で崇められている光景が映し出されていた。

「パパ……。あのお姉さんたちの旗、燃やされちゃったよ。もう神様のこと、信じないの?」

プルシュカが不思議そうに画面を指差す。

「神という存在に縋り、英雄という虚像に命を預ける。……そんな甘やかな揺籠は、過酷な現実(事実)の前に、これほどまでに容易く砕け散るのです」

ボンドルドは、モニターに映る二つの巨塔と広大な練兵場に燃え上がる炎を愛おしげに見つめ、静かに仮面を明滅させた。

「……愛ですよ、皆様。あなた方の誇りが砕け散ったその後にこそ、真の夜明けが訪れるのです」

迷宮都市オラリオは今、かつての輝きを失い、ボンドルドという病に完全に侵されていた。

神々の支配する「箱庭」は終わりを告げ、漆黒の探求者が支配する、合理的で残酷な「新世界」へと、その形を変えようとしていた。

 

この先の展開アンケート

  • 和解ダンジョンの黎明を目指す
  • 全面戦争突入
  • 両方かけ(作者死ぬ)
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