漆黒の外套を翻し、第18層の木漏れ日の中に佇むその男、黎明卿ボンドルドは、今までにないほど深い、悦びに満ちた吐息を漏らしていました。
「……おやおや。素晴らしい。実に、実に素晴らしい。この世界の叡智、そして職人たちの情熱……。愛、愛ですよ。これほどまでに私の探求心に寄り添い、かつ『接着』させてくれる物質に、まさかこの地で出会えるとは」
彼の目の前には、第18層の売店で「便利グッズ」として叩き売られていた、黄色い容器に赤いキャップの不思議な液体が鎮座していました。ラベルには、この世界の文字で**『木工用ボンド』**と記されています。
ボンドルドは、その容器をまるで特級遺物でも扱うかのように恭しく掲げ、仮面のスリットを激しく明滅させました。
「私の名はボンドルド。そしてこれは……ボンド。……おやおや。これはもはや、運命という名の呪い(ギフト)に他なりませんね」
背後で控える純白の祈手(アンブラハンズ)たちが、一斉に首を傾げました。しかし、彼らの精神はボンドルドと共有されています。彼らの脳内にも今、凄まじい熱量で「ボンド」に関する考察が流れ込んでいました。
「皆さん、見てください。この液体の粘性、そして乾燥した際の透明度。……素晴らしい。これならば、枢機へ還す光(スパラグモス)でほどいてしまった肉体や魂も、物理的に繋ぎ止めておけるかもしれません。……愛、愛ですよ。失われた絆を、再び白濁した液体で接着する。なんと慈愛に満ちた工程でしょうか」
ボンドルドは、おもむろに近くにいた祈手の肩に、ドロリとした白い液体を塗りたくりました。
「……おや。乾燥するまでは、少々心許ないですね。ですが、この『待ち時間』こそが、愛を育むための儀式。……さあ、協力してください。祈手の皆さん。私たちのイドフロントを、この『ボンド』で一つに固めるのです」
そこからの光景は、第18層の住人たちにとって、生涯忘れることのできない悪夢、あるいは喜劇となりました。
漆黒の黎明卿が、黄色い容器を両手に持ち、通路や岩壁、さらには通りかかった冒険者たちに向かって、執拗に白い液体を振りまき始めたのです。
「おやおや、逃げないでください。これは祝福ですよ。……さあ、あなたと、そこの岩壁を接着しましょう。……愛、愛ですよ。離れ離れになる悲しみは、この私が、このボンドで塗り潰して差し上げます」
「や、やめろ! 何なんだこのベタベタする液体は!」
「助けてくれ! 黎明卿が……黎明卿が、ボンドを絞り出しながら追いかけてくるんだ!」
冒険者たちの悲鳴が楽園に響き渡ります。しかし、ボンドルドの足取りはどこまでも優雅でした。彼は**月に触れる(ファーカレス)**の触手の先にボンドの容器を器用に巻き付け、まるで精密な外科手術を行うかのような手際で、逃げ惑う人々の背中に「愛」を注入(接着)していきます。
「素晴らしい……! この速乾性。私の精神隷属機(ゾアホリック)と、このボンドの接着力。……どちらが先に、あなた方の心を捉えるでしょうか。……おやおや。キャップを閉め忘れると、先端が固まってしまいますね。これはいけません。探求には、常に細心の注意が必要なのですから」
彼は一度立ち止まり、赤いキャップを丁寧に、慈しむように閉め直しました。その姿は、まさに黎明を待つ求道者そのものでした。
数時間後。第18層の入り口付近には、奇妙なオブジェが大量に完成していました。
互いの背中合わせで接着された冒険者たち、岩壁にボンドで固定されたモンスターの死骸、そして、全身を白く塗り固められ「接着の完了」を待つ祈手たちの列。
ボンドルドは、その光景を満足げに眺め、再び深い吐息をつきました。
「……おやおや。ついに、私とこの世界は一つになれたようです。……愛、愛ですよ。これからは、私を『木工用黎明卿』と呼んでいただいても構いませんよ。……さあ、次は誰を、私の愛で『圧着』して差し上げましょうか?」
仮面の紫の光が、未開封の特大サイズ(3kg入り)のボンドを見つめて、妖しく輝きました。
イドフロントの最深部では、今や建築資材すらボンドで代用しようとする、狂気の「DIY」が始まろうとしています。