憑依者しかいないゲマトリアがキヴォトスの破滅を回避しようとする話   作:シャンタン

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閲覧いただき、ありがとうございます。
また、感想・評価・ここすき・誤字報告のご支援いただきありがとうございます。

大変申し訳ないのですが、注意事項があります。

今話では、ブルーアーカイブ第2部、連邦生徒会編1章及び、ロア追跡編1章のガッツリとしたネタバレが含まれます。
ブルーアーカイブをプレイされている方で、未読の方はご注意ください。そして、10割ほど捏造設定で作成しています。

また、プレイされていない方には申し訳ないのですが、ほとんど捏造設定という「何ですかこの怪文書?」という内容であるため、プレイされていない方は、それを納得いただいた上で読んでいただけると幸いです。

誠に申し訳ありませんでした。


原作開始
第零話 プロット外の存在(記号) あるいは、予測可能回避不可避


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『···私のミスでした』

 

『きっと私の話は忘れてしまうでしょうが、それでも構いません』

 

『何も思い出せなくても、おそらくあなたたちは同じ状況で、同じ選択をされるでしょうから』

 

『ですから······大事なのは経験ではなく、選択。あなたたちにしかできない選択の数々』

 

『私が信じられる大人である、あなたたちなら』

 

『あの捻じれて歪んだ先の終着点とは、また別の結果を······』

 

『そこへ繋がる選択肢は······きっと見つかるはずです』

 

『だから······どうか』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ビルの屋上に吹き抜ける風は、どこか乾いていた。眼下では、騒然とした戦場が広がっている。不良生徒たちの怒号と銃声が交錯する中、その騒動の対極に立つ"先生"が、的確に指示を飛ばしていた。

 

"先生"の指揮に応じて、生徒たちは寸分の狂いもなく動き、不良たちを次々と制圧していく。即席の寄せ集めであるはずのチームは、まるで長年訓練を積んできたかのような連携を見せていた。

 

その様子を、屋上の縁に立つ黒服が静かに見下ろしている。蝶ネクタイを整えながら、口元に歪んだ笑みを浮かべた。

 

 

「ククッ。"シッテムの箱"がない状態であのような指揮ができるとは······実際に観測してみると、規格外さが伺えますね」

 

 

まるで待ち望んでいた瞬間が訪れたかのように、彼は小さく肩を震わせる。

"ついに"、とでもいうべきか。"ようやく"、とでもいうべきか。いずれにせよ、最後のピースは揃った。キヴォトスに"先生"が現れ、各学園の問題に介入し、生徒たちと共に世界を救う旅路が始まった──その事実に疑いの余地はない。

 

 

「それにしても······よく、学園が違う者同士で、あれだけの連携ができるものです。即席のチーム、無いも同然の絆······しかし、もたらされる結果は一流以上のそれ」

 

 

視線の先では、四人の生徒が完璧な役割分担のもと動いている。タンクが敵の攻撃を引き受け、ミドルアタッカーが間隙を縫って火力を叩き込み、バックアタッカーが遠距離から制圧、サポーターがそれらすべてを支える。

 

 

「トリニティとゲヘナが同じチームにいるという事実。理性的な生徒達が集まったからとも言えますが······実態を知れば知るほど驚愕的な事実です」

 

 

思想も主義も異なる生徒たち。本来なら交わることすらないはずの存在が、一つの目的のもとに動いている。その中心にいるのは、紛れもなく"先生"だ。

 

 

「何よりも、始まりのメンバーともいえる四人の運用方法が的確だ。軽く説明を受けただけで、あの精度······銃弾一発が即死の状況下で、指示を誤らない。誰よりも人間であるはずの“先生”が、誰よりも人間離れしている」

 

 

くつくつと、喉の奥で笑いが漏れる。

 

 

「クククッ。それでこそ"先生"です。何のサポートもない素の能力を観測できる、数少ないタイミング。多少の無茶をする価値はありますねぇ」

 

 

この機を逃せば、"先生"は"シッテムの箱"を手放さなくなる。オーパーツの能力が介在しない、純粋な能力を観測する──その目的()あって、彼はここにいる。

ふいに、屋上へと続く扉が軋んだ音を立てて開いた。

 

 

「それで、何かご用でしょうか?」

 

 

黒服の冷ややかな声とともに現れたのは、二人の少女だった。一人は小柄で、ピンクの長髪を短くまとめ、糸のように細められた目が印象的だ。もう一人は、黒い長髪に狐耳を持ち、真面目さをそのまま形にしたような雰囲気を纏っている。

 

 

「連邦生徒会防衛室長。不知火カヤ」

 

 

黒服に役職と名前を呼ばれたピンク髪の少女──カヤは、黒髪の少女の一歩前で立ち止まる。

 

 

「おや?目上の者には敬称を付けるという常識を知らないのですか?」

 

 

黒服の質問を無視して、カヤの挑発を帯びた声が続く。しかし、声音に反して視線は鋭く、相手を値踏みするように細められていた。

 

 

「ゲマトリア。黒服」

 

 

一種の意趣返しであろうか?互いに初対面である筈なのに、互いの所属も名前も知っている異常事態が成立していた。

 

 

 

「ククッ。これは失敬。不知火カヤさん。しかし、質問には質問で返すのが、常識だとは知らなかったもので」

「ええ。礼儀を尽くす相手であるか、理解する必要があるので仕方ないことです」

 

 

張り詰めた空気が、屋上に満ちる。眼下の戦闘とはまた別種の、静かな緊張がそこにあった。眼下では未だ銃声が断続的に響いているが、この場においてはそれすら遠い出来事のように感じられる。

黒服は、どこか退屈そうに肩を竦めながら口を開いた。

 

 

「······私としては、このまま無駄話を続けても構わないのですが······用件が有るのは貴女の方でしょう?本題に入っては?」

 

 

挑発とも取れる言い回しに、カヤの眉がわずかに動く。

 

 

「······貴方に従うのも癪ですが······私の貴重な時間を割かないという姿勢は評価しましょう」

 

 

短く息を吐き、カヤは本題へと踏み込んだ。

 

 

連邦生徒会長(超人)の行方に心当たりは?」

 

 

その問いに、黒服は一瞬だけ目を細める。そして、すぐにいつもの笑みを浮かべた。

 

 

「連邦生徒会長の行方ですか······。そもそも、連邦生徒会長と接触したことも無いものでして」

 

 

あまりにもあっさりとした否定。しかしカヤは、その言葉をそのまま受け取る様子はない。

 

 

「『私がゲマトリアと関わると、どうなるか分からないの』」

 

 

静かに告げられた言葉に、黒服の表情がわずかに揺れる。

 

 

「······?」

連邦生徒会長(超人)の、貴方達ゲマトリアへの評価です。心当たりは?」

 

 

数瞬の沈黙。だがすぐに、黒服はくつくつと喉を鳴らした。

 

 

「おやおや、そのような評価を受けていたとは······最近、貴方がメゼラに探りを入れているのは、それが理由でしょうか?」

「質問に質問で返すのは、非常識なのでは?」

 

 

間髪入れずに返される言葉。しかし黒服は、気にも留めない様子で肩をすくめた。

 

 

「礼儀を尽くす必要がある相手を知っているので。それに、既にその質問の解答はしているでしょう?」

「はぁ······まともに答える気はないと?」

「さて、私の知りたいことが分かれば、口が軽くなるかもしれませんねぇ」

 

 

明らかな交渉の姿勢。カヤは一瞬だけ目を伏せ、小さくため息をついた。

 

 

「······仕方ないですね。テーブルに着きましょう。何が知りたいのですか?」

「そんなに身構えなくても結構ですよ。実に簡単なことですから」

 

 

そして黒服は、まるで世間話でもするかのような軽さで問いを投げた。

 

 

「どうして連邦生徒会は、SRTを()()()()()()()()()()()()?」

 

 

その瞬間、カヤの視線がわずかに鋭くなる。

 

 

「······意外ですね。どうしてそんなことを知りたいので?」

「疑問を解消したいだけですよ。本来であれば、SRTは連邦生徒会長が居なければ動かせない組織。つまり、連邦生徒会長が居ない今、動かせない筈では?」

「······なるほど。しかし、答えなど分かりきっていると思いますが?」

「ええ。予測はついています。貴女の解答で確証を得たいだけです」

 

 

再び、短い沈黙。やがてカヤは観念したように口を開いた。

 

 

「はぁ······こんなことを知って、意味などないと思いますが······SRTは連邦生徒会長(超人)が行方不明となり、責任者が不在となったため、運用が停止していました」

 

 

黒服は何も言わず、ただ続きを促すように視線を向ける。

 

 

「言い換えれば、責任者となる者を立てれば、運用は可能ということです」

「·········」

「よって、連邦生徒会長(超人)の様々な権限を不在の間のみ分割し、関わりのある業務の最高決定権を、各々の室長(凡人)に分配しました」

「··················続けて」

 

 

わざとらしいほどの沈黙の後、黒服が促す。カヤの表情に、僅かな苛立ちが滲んだ。

 

 

「私の口から言わせるとは、趣味が悪いですね······」

 

 

そして、はっきりと言い切る。

 

 

「つまり、連邦生徒会防衛室長(凡人)に、SRTの()()()()を付随させて、無理矢理運用しているのですよ」

 

 

その言葉を聞いた瞬間、黒服の笑みが深くなる。

 

 

「クククッ。貴女がSRTを()()()()と?」

「はぁ······本当に趣味が悪い。そんな訳が無いことは自明でしょうに······SRTへの要請は、各々の室長の半数以上の賛成か、生徒会長代理と防衛室長の2名の賛成が必要になります」

 

 

理路整然とした説明。しかし、その裏にある重圧は明白だった。

 

 

「つまり、何かしらの不祥事があった場合、(防衛室長)の首が飛ぶ代わりに、SRTの運用を再開したのですよ」

「ククッ。貴女(防衛室長)にとってデメリットが多いでしょうに」

「当たり前でしょう?······いえ、貴方には到底分からないことでしたね」

 

 

ぴたり、と空気が止まる。

カヤはまっすぐに黒服を見据え、その言葉に一切の揺らぎはなかった。

 

 

「私は、連邦生徒会長(超人)からキヴォトスの安寧を()()()()()()

 

 

その一言は、宣誓にも似ていた。

 

 

「なので、現状維持という、情けない行いをするわけにはいかないのですよ」

 

 

静かに、しかし確固たる意思を込めて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私の、矜持にかけて」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──その瞬間だった。

 

 

「·········素晴らしい。ええ!ええ!!実に素晴らしい!!!」

 

 

黒服の声が、歓喜を帯びて弾けた。

それまで抑えられていた感情が、一気に噴き出したかのようだった。

 

 

「その決断を、どれだけの者ができるでしょうか!?実現できる者は、どれだけいるのでしょうか!?」

 

 

大仰な身振りと共に語られる賛辞。しかしそれは賞賛であると同時に、どこか歪んだ興味と執着を孕んでいた。

風が強く吹き抜ける。

屋上という閉ざされた空間の中で、三者三様の思惑が、静かに、しかし確実に交錯していた。

 

 

カヤは表情に苛立ちを浮かべ、もはや隠そうともしていなかった。冷えた声音で、黒服の言葉を断ち切る。

 

 

「······貴方の称賛など不要なので、質問に答えていただいても?」

 

 

その一言には、明確な拒絶が込められていた。

黒服は肩を竦め、わずかに大げさな仕草で頭を下げる。

 

 

「あぁ、実に申し訳ない。しかし、我々ゲマトリアが、連邦生徒会長に接触していないのは事実です」

 

 

軽い調子。しかしその奥にあるものを、カヤは見逃さない。

 

 

「心当たりはあるのでしょう?貴方の性根は知っているつもりです。はぐらかそうとしても無駄ですよ?」

 

 

鋭く踏み込む言葉。黒服は一瞬だけ沈黙し──やがて、喉の奥で低く笑った。

 

 

「ククッ。予測はしても、実証はできていない。そんな答えを知りたいので?」

「······業腹ですが、そんな予測すら、私達には無いのです」

 

 

その言葉に、わずかな重みが乗る。情報を持たぬ側の焦燥が、確かに滲んでいた。

黒服はゆっくりと視線を逸らし、再び眼下の街へと目を落とす。

そして──ぽつりと、語り出した。

 

 

「······連邦生徒会長は、キヴォトスに存在しているようで、存在していない状態です。記憶喪失······いえ、()()喪失とでもいいましょうか。そんな状態であると予測しています」

 

 

その言葉は、静かでありながらも異様な響きを持っていた。

 

 

「記録······喪失?どういう意味ですか?!まさか、連邦生徒会長(超人)の身に危険があるとでも?!」

 

 

カヤの声が初めて揺れる。踏み込んだ一歩に、焦りが滲んだ。

しかし黒服は、首を横に振る。

 

 

「申し訳ありません。その質問の答えを、我々は持ち合わせて居ないのですよ。何せ、私達は結末を知らないのですから」

 

 

"結末"──その言葉が、不気味に残る。

沈黙は一瞬だった。

 

 

「······ユキノさん。捕縛を」

 

 

迷いのない命令。

 

 

「承知した」

 

 

短く応じたユキノの気配が変わる。次の瞬間には、空気が張り詰め、逃走を許さぬ圧が屋上全体を覆っていた。

だが······黒服は、楽しげに笑う。

 

 

「ククッ。どうやら、気に召されない様子。では、最後に1つだけ」

「話さなくて結構です。この後、全ての情報を吐いていただきます」

 

 

即座に切り捨てるカヤ。しかし黒服は、意に介した様子もなく言葉を続けた。

 

 

()()の黒服は、()ネクタイを()()()()()()

 

 

その一言。

ほんの一瞬、理解が遅れる。

──次の瞬間には、もう遅かった。

黒服は、何の躊躇もなく屋上の縁から身を投げた。

 

 

「待ちなさい!!」

 

 

カヤの叫びが響く。

すぐさま駆け寄り、ビルの下を覗き込む──

しかし、そこには何もなかった。

落下しているはずの影も、音も、気配すらも存在しない。

まるで最初から、"そこに何もいなかった"かのように。

風だけが、虚しく吹き抜ける。

屋上には、言いようのない空白と、拭いきれない違和感だけが残される。

ユキノが、他のFOX小隊メンバーの情報を整理しても、突如として姿を消したとしか表現できなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バーの照明はやけに鈍く、琥珀色の光がカウンターの縁をぬめるように撫でていた。グラスの影すら曖昧で、空間そのものが現実から半歩ずれているような、不穏な静けさが満ちている。

ネクタイを締めた異形は、微動だにせず立っていた。その正面にいるもう一体──頭部がアナログテレビのような機械に置き換わった存在のスクリーンには、砂嵐が走っている。ザーッ、という微かなノイズが、空気の底でくぐもっていた。

 

 

やがて、映像がゆらりと歪む。

白黒の波形が一瞬だけ規則性を帯び、何かの輪郭を結びかけては崩れる。ただ、言葉が発せられるたびに、画面のノイズがわずかに強まり、まるで周波数の合わないテレビのように揺らめいていた。

 

 

「ククッ。"都市伝説"ですか。実に興味深い。デカルコマニーがゴルコンダを置いて、D.U.に移動し始めた時は驚きましたが······貴方のためでありましたか」

 

 

ネクタイの異形が口元だけで笑う。その声に呼応するように、テレビの画面が一度、完全なブラックアウトに落ちた。

──次の瞬間、古びたフィルムのようなざらついた映像が映る。

どこかの街角。ビルのような建物。だがそれもすぐに崩れ、再びノイズへと還元される。

 

 

「肯定しましょう。ゴルコンダとフランシスが前時代(絵画)の虚像の象徴とすれば、私は現代(テレビ)の虚像の象徴でしょう」

 

 

 言葉に合わせて、画面に色が滲む。原色がにじみ、境界が溶け、やがて幾何学的な模様へと変質していく。それは絵画のようでもあり、しかし筆致を持たない──ただの信号だった。

 

 

「よって、非実在(デカルコマニー)が表現する際に、時代錯誤が生じます。つまり、"怪談"という本に記す時代に生まれた与太話は、前時代(ゴルコンダ)の管轄ということですね」

 

 

スクリーンに、紙の質感が走る。

ざらついた繊維、滲むインク、ページをめくる影。しかしそれらはすぐに走査線に裂かれ、水平のラインとなって崩壊する。

 

 

「また、"怪談"に似て非なる"神話"という伝記も、本に記す時代に生まれた与太話ではありますが、旧時代(フランシス)の管轄となります」

 

 

今度は、油絵のような重たい色彩が浮かび上がる。人物の顔らしきものが現れかけ、しかし目の部分が黒い空洞として揺らぎ、形を保てずに崩れていった。

 

 

「しかし、しかしです。人類は発展を遂げ、新たな媒体で与太話を創造しました。人を媒介して伝わる"怪談"や"神話"ではなく、ネットを媒介とした"都市伝説"をです」

 

 

画面が急激に明滅する。

白。黒。白。黒。

その間に、断片的な文字列──判読不能な記号やURLのようなものが高速で流れ、目で追うことを拒絶する。

 

 

「つまり、本に記されぬロア(奇妙な話)が生まれ、原作のデカルコマニー(非実在)は新たな存在(記号)を定義しました」

 

 

ノイズが一瞬、完全に消える。

静止画のように、ただ一点──歪んだ顔のようなパターンが浮かび上がる。それは誰かに似ている気もするが、認識しようとした瞬間に崩れ、再び砂嵐へと溶けた。

 

 

「そして、新たな"記号"に成り代わったのが貴方であると」

「肯定しましょう。とはいえ、私が今した話はメタ視点で観測した管轄(役割)の話です。私の記号(存在)が創造された理由は、"先生"の影響を受けた原作のデカルコマニー(非実在)が、非実在(デカルコマニー)のみで実在するために定義されました」

 

 

画面に、教室のような風景が一瞬映る。

だが机も椅子も輪郭が曖昧で、人物は存在しない。視点だけがある空間。すぐにそれは走査線に裂け、縦方向に引き伸ばされて消える。

 

 

「つまり、メディアという存在(記号)が持つ、大衆の認知を歪めるプロパガンダ(偏向報道)を利用して、非実在(デカルコマニー)のみで実在してみせたのです」

 

 

突如として、ニュース番組のような構図が現れる。

テロップらしき帯、しかし文字はすべて潰れている。キャスターの顔は輪郭だけがあり、内部はノイズで満たされている。

 

 

「よって"プロパガンダ"のメタファーこそが、私とも言えるでしょう。もっとも、どこまでいっても推測であるのですが······」

「そういうこったぁ!!」

 

 

その軽い相槌に、画面が一瞬だけカラーバーを表示する。規則正しい色の並びが、逆にこの場の異常さを強調していた。

 

 

「興味深いですね。では、頭がブラウン管テレビであることにも意味があると?」

 

 

ネクタイを着けた黒服がわずかに首を傾ける。その動きに合わせるように、テレビの画面が円筒状の歪みを強調し、映像が湾曲して見えた。

 

 

「半分だけ肯定しましょう。原作のデカルコマニーは、メディアを"定義する権力"であると主張していました。また、これも推測にはなりますが、ブラウン管型である理由は、アナログ(連続的な波形)文脈(テキスト)を見出したのかも知れません」

 

 

波形が映る。

音声信号のような連続した線。それが次第に文字へと変形しようとするが、完全な言語にはならず、崩れていく。

 

 

「ブラウン管テレビではなく、アナログテレビと表現するのが適切であると?」

「肯定しましょう。アナログテレビであれば、『デカルコマニーの声を増幅させる』の意味が通ります。アナログテレビにはチューナー(増幅器)が存在するので」

「そういうこったぁ!!」

 

 

チャンネルが切り替わる音が、実際には存在しないはずなのに、確かに"鳴った"。

カチ、という感覚だけが空間に残る。

画面は高速で映像を切り替える。都市、森、顔、文字、記号、すべてが一瞬ずつ現れては消え、何一つ定着しない。

 

 

「では、実在を証明するために、言葉遊びをしたと推測したわけですか。メディアが嘘をつかないという与太話。逆説的に、プロパガンダをメディア(定義する権力)放送(主張)したら、都合のいい真実(実在)になると?」

「肯定しましょう。しかし、話半分で受け取っていただきたい。裏付けのない推測であり、これは偽の情報(フェイクニュース)かも知れません」

 

 

画面に、歪んだ"ERROR"のような文字列が浮かぶ。だがすぐに反転し、肯定とも否定ともつかない記号列へと変わる。

 

 

「ええ。しかし、我々は"研究者"の成り代わり。貴方が"ドッペルゲンガー(あなたに似ている知らないだれか)"という都市伝説を証明した以上、その推測も的外れではないでしょう」

 

 

その言葉に、画面が二重化する。

同じ映像がわずかにずれて重なり、"もう一つの同一"が存在しているかのように見える。だがズレは徐々に拡大し、やがて片方の存在が崩壊する。

 

 

「原作のカケラも残っていないキヴォトスでの証明など、どんな価値が残るのか疑問ではありますが······"ドッペルゲンガー(あなたに似ている知らないだれか)"は、私なりの()()連邦生徒会長の解釈です。

 本物の連邦生徒会長の事情を顧みるに、"スワンプマン(沼男)"が適切ではありますが、少女の"記号"にしては酷であるので」

 

最後の言葉とともに、画面がゆっくりとフェードアウトしていく。

完全な暗転。

しかし、消えたはずのスクリーンの奥で、まだ何かが"受信され続けている"気配だけが、確かに残っていた。

 

 

「······()()()()()()()()()()()?偽の連邦生徒会長とは?」

 

 

問いかけに反応するように、画面が一瞬だけ同期を失う。

横に引き裂かれたようなズレ。映像が二重、三重に分裂し、同一のフレームが微妙に異なるタイミングで表示される。やがて、それらは一つに収束し、深いノイズへと沈んだ。

 

 

「·········なるほど。貴方達にとって、デカグラマトンは()()()であり、オラトリオは観測()()()()()()記録(ストーリー)なのですね」

 

 

スクリーンに、整然と並んだ矩形が映る。

自動販売機のようにも見えるそれは、しかしボタンの代わりに意味不明な記号が並び、押された形跡だけが点滅している。次の瞬間、それはログのような羅列へと変わり、閲覧不能な"記録"として流れ去った。

 

 

「······ホルスが顕現した(アビドス編3章)以降の記録ですか?」

 

 

画面に一瞬、巨大な影が映る。

翼のような輪郭。だが輪郭は固定されず、走査線に沿って崩れ、存在そのものが"読み込めないデータ"のようにノイズへと還元される。

 

 

「肯定しましょう。しかし、懸念点が残るため、ストーリーの詳細については控えさせていただいても?」

「そういうこったぁ!!」

 

 

軽い合いの手と同時に、画面が一瞬だけミュートされたかのように完全な静止画になる。フレームは動かず、時間だけが進む違和感が場に広がった。

 

 

「ええ。デカルコマニーが納得しているのであれば、私が口を挟むことではないでしょう。"ドッペルゲンガー"について伺っても?」

「ありがとうございます。そして、ここからも推論とも言えない自己解釈になりますが、ご容赦願います」

 

 

スクリーンに"注意書き"のような枠が現れる。

だがその中身は空白で、ただ枠線だけが強調されている。意味を持たない前置き。その形式だけが残り、内容は存在しない。

 

 

「まずは、"怪談"と"都市伝説"の違いですが、大きく2つの違いがあります。それが、"歴史の深さ"、"出現場所"と"対処法"、になります」

 

 

画面が左右に分割される。

片側には古びた紙、もう片側には高速で流れるデジタルテキスト。だが両者は干渉し合い、境界線が歪み、やがてどちらも同じノイズへと崩れていった。

 

 

「ふむ。先に"歴史の深さ"という議題から伺いましょう。貴方は、"都市伝説"を、"現代の怪談"であると解釈したと?」

「肯定しましょう。故に、"都市伝説"は実在を証明するために、認知されようと動きます。"怪談"と比べて歴史が浅いため、生徒達の"無意識の認知"を利用できない為です」

 

 

スクリーンに、無数の"目"のような点が現れる。

それらは焦点を持たず、ただ存在しているだけの観測点。だが次の瞬間、それらは一斉に消え、観測されていない空白が残る。

 

 

「"無意識の認知"······『何となく聞いたことがある』という事象によって、"怪談"には"存在(記号)"への補助があるということですか?」

「肯定しましょう。対して、"都市伝説"の知名度はピンキリです。しかし、そこは重要ではありません。"都市伝説"の行動原理も厄介ではありますが、致命的なのは派生作品の多さになります」

 

 

画面に同じタイトルが何度も表示される。

だがその中身は毎回異なる。結末が違い、展開が違い、人物すら一致しない。フレームが重なり合い、互いに上書きし合い、やがて判別不能な"物語の残骸"となる。

 

 

「派生作品の多さ······原作が多いと曲解しても?」

「ナンセンスです。"都市伝説"という与太話に、原作という単語は当てはまりません。何処かで見聞きした噂話を、物語にした与太話こそが"都市伝説"ですから」

 

 

スクリーンに、断片的な会話ログが浮かぶ。

誰が書いたのか分からない短文。それがコピーされ、改変され、別の文脈へと貼り付けられていく。元の形はすぐに失われ、痕跡だけが増殖する。

 

 

「ククッ。どんな人物であれ著者になれる、ネットならではの特性を持っていると。"都市伝説"は二次創作であると表現したいのですか?」

「言葉が強いですね。私にはそれを断言する材料がありません。重要なのは、同じ題名にも関わらず、起承転結が違う物語が多いという事実です」

 

 

画面が一瞬、整然とした四コマのように区切られる。

だが各コマの順序がバラバラに入れ替わり、因果関係が崩壊する。起承転結という概念そのものが、映像の中で解体されていった。

 

 

「なるほど。だからこそ、派生作品が多いという表現であったと」

「肯定しましょう。しかし、起承転結は異なりますが、"出現場所"や"対処法"という部分を重要視するのも、"都市伝説"の特性、あるいは醍醐味ともいえます」

 

 

スクリーンに地図のようなものが現れる。

特定の地点だけが強調され、そこに注釈が付く。だが注釈は読めず、ただ"そこに意味がある"という事実だけが強調されていた。

 

 

「そして、キヴォトスでは、"都市伝説"が民俗学として昇華されました。つまり、原点(発祥)が定義され、知る人ぞ知るロアと定義されました。これは、"出現場所"と"対処法"に影響します。実在するために、生徒の認知を求めるという性質は変わらぬまま」

 

 

画面に"タグ付け"のような処理が施される。

曖昧だった情報が分類され、ラベルが貼られ、検索可能な形へと変換されていく。しかし、そのラベル自体が別のノイズへと侵食され、完全な定義には至らない。

 

 

「ほう。では、次の議題にいきましょうか。"怪談"と"都市伝説"の"出現条件"と"対処法"の違いとは?」

「例えば、"怪談"にまつわる妖であれば、陰陽師ならば退治できるといった"無意識の認知"が働きます。つまり、"無意識の認知"は"弱点"にもなり得るのです」

 

 

 画面に"退治された瞬間"のようなフレームが映る。

 だがその直後、同じ存在が別の形で再出現する。消滅と再生が繰り返され、決着という概念が曖昧になっていく。

 

 

「なるほど。退治された記録も蓄積され、その事実が"存在(記号)"にも影響を与える。最終的には、力があれば対処ができるといった"歪んだ認知"が形成されると······」

「肯定しましょう。対して、"都市伝説"には"無意識の認知"が働きません。知る人ぞ知る噂話という要素が強いためです。だからこそ、"出現場所"と"対処法"というロアの根幹が強固になります」

 

 

スクリーンに、特定の条件が揃った時だけ現れる映像が流れる。

条件が崩れた瞬間、存在は消える。だが条件が再現されると、何事もなかったかのように再び現れる。その頑健さは、むしろ機械的だった。

 

 

「この頑健さには、人を媒介としていないため"都市伝説"を探すのが容易であるという点も影響しているでしょう。

 これは、自身の記憶からの伝聞ではなく、リンク(大元)を貼るという誘導を可能とされるためです。そして、いつの間にか"知る人ぞ知る怪談"から、"有名な怪談"という与太話になります」

 

 

画面にリンクが表示される。

クリックされた瞬間、別の画面へと遷移する。しかしその先もまたリンクで、終点が存在しない。無限に参照が続き、起点が失われる。

 

 

「この前提を基にすれば、"都市伝説"を民俗学に昇華し、人を媒介にすることでThe Library of Lore(止め処無い奇談の図書館)の要素が強まったともいえます」

 

 

スクリーンに、無限に続く書架が映る。

本は整然と並んでいるが、背表紙のタイトルはすべて同じでありながら中身は異なる。どこから読んでも、同じ話には辿り着けない。

 

 

「かくして"都市伝説"は原点(オリジナル)が定義され、"出現場所"が限定される代わりに、"対処法"を極力沿わせなければ、対抗できない存在(記号)となりました」

 

 

画面にチェックリストのようなものが現れる。

項目を満たした時だけマルが表示されるが、ひとつでも欠けると即座にバツへと反転する。その判定は容赦がない。

 

 

「逆説的に、知ることができれば、"出現場所"も"対処法"も推測できるロアでもあるわけです。"対処法"が無い理不尽とならなかったのは幸いでしたね」

 

画面が一瞬、安定する。

だがその安定は長く続かず、すぐに微細なノイズが侵食し始める。

 

 

「しかし、ここで1つの矛盾が生じます。それが、"ドッペルゲンガー"の様に、古くからの伝承がありながら、"都市伝説"でも語り継がれるロアです」

 

スクリーンに、同一人物が二人並ぶ。

完全に一致しているはずなのに、どこかが微妙に違う。その差異を認識した瞬間、片方の輪郭が崩れ始めた。

 

 

「"無意識の認知"の補助を受けられる、"現代()()語り継がれる怪談"ともいえる存在(記号)·········貴方が観測した範囲では、どのような影響が?」

「これこそ与太話ではありますが······人の認知や記憶に影響を与える、自覚無き怪異症候群の核(特異点の元凶)になったと推測しています。

 この表現もパロディではありますが、私の知る限りの適切な表現です。そして、本物が居ないという状況も悪影響として働き、嘘から出た(まこと)になろうとしています」

 

 

画面に"空席"が映る。

本来そこにいるべき存在が欠落している。その空白を埋めるように、複製が何度も生成され、しかしどれも完全には一致しない。

 

 

「アーモンドの花言葉の1つは"希望"でありますが、アーモンドの"実"には"愚かさ"という意味があるそうです。キヴォトスを大事にしている偽の連邦生徒会長(アーモンドの花)でありながら、特異点の元凶(アーモンドの実)であるという皮肉でしょうか?

 それとも、嘘から出た"実"から転じて、愚かな結実となるという、先の展開への暗示でしょうか?」

 

 

スクリーンに花が咲く。

白い桜のような花弁。しかし次の瞬間、その中心が歪み、種子のような核が露出する。美しさと不気味さが同時に存在し、どちらも打ち消されない。

 

 

「いずれにしても、観測した範囲ではワクワクさせる"記録"でありました。私はハッピーエンド主義者であるため、結末の予想は外れてほしいものです」

 

 

画面が一瞬だけ鮮明になる。

ノイズが消え、クリアな映像が──しかし何も映っていない"空白"が表示される。それは可能性の未確定を示しているかのようだった。

 

 

「·········貴方は、その特異点の元凶(偽の連邦生徒会長)が、どういった結末になると推測していますか?」

「愚問ですね。それこそ、貴方(黒服)複製(ミメシス)を核にした、"ドッペルゲンガー"で検証してみせたでしょう?」

 

 

スクリーンに、ネクタイの黒服と蝶ネクタイの黒服が写る。

精巧なコピー。しかし、わずかに蝶ネクタイをした黒服が遅延して動く。そのズレが、決定的な違いとして強調される。

 

 

「自身が偽物だと自覚した"ドッペルゲンガー"や"スワンプマン"は、自身の存在(記号)を保てなくなり、非実在へと回帰します。少なくとも、私の"プロパガンダ"での再現は、それが限界です」

 

 

画面の中の複製が、順に消えていく。

輪郭が薄れ、透過し、やがて完全に消失する。最後に残った一体も、自身を認識した瞬間、同じように崩壊した。

 

 

「······それこそ、"都市伝説"のオチの様にですか?」

 

 

 問いに対し、画面がゆっくりとノイズへ戻る。

 

 

「·········私の推測など外れますよ。そも、どの派生作品が核となっているか不明です。そして、原作の私が元凶であるという可能性もあります。"プロパガンダ"のメタファーが当たっていた場合、やることなど、想像できるでしょう?」

「そういうこったぁ!!」

 

 

 その言葉と同時に、画面に無数の"可能性"が高速で点滅する。

 どれも一瞬で消え、どれも確定しない。

 

 

「それに、偽の連邦生徒会長が"ドッペルゲンガー"ではなく、"這い寄る混沌(ナイアルラトテップ)の化身"である可能性も否定しきれません。······まぁ、輝くトラペゾへドロンは、存在(記号)の核となっているだけが精々でしょうが」

 

 

最後に、画面に"形容不能な何か"が映る。

理解しようとした瞬間、像は崩れ、ノイズに溶ける。認識を拒絶する存在。

やがてスクリーンは、何事もなかったかのように静かな砂嵐へと戻る。

 

 

 

沈黙が落ちた。

言葉が途切れた瞬間、テレビのスクリーンは音もなく暗転し──完全な黒ではなく、かすかな粒子が蠢く"ほぼ無"の状態へと沈む。電源が切れているわけではない。むしろ逆に、何かを"待機"しているような、不気味な静止だった。

 

 

「·········」

 

 

黒服の沈黙に応じるように、画面の奥でごく微弱な走査線が横切る。

それは言葉にならない思考の痕跡のように、一瞬だけ現れては消えた。

 

 

「私が言い出して申し訳ないですが、貴方が観測するかも分からない特異点の存在で、余り気に病まずともいいのでは?」

 

 

その声と同時に、スクリーンにぼんやりとした円が浮かぶ。

焦点の合わない光点。だがそれはすぐに歪み、中心だけが強調される人影へと変わる。しかし次の瞬間、ノイズがそれを飲み込み、存在自体が曖昧になる。

 

 

「······どこまでいっても、私達には推測しかできません。既に原作を観測できないのですから。であるならば、私達は歩みを続けるしかないでしょう」

 

 

画面に"再生不能"を示すようなフレームが表示される。

読み込めないデータ。途切れた記録。進もうとする矢印だけが点滅し、過去には戻れないことを示唆していた。

 

 

「よって、それを理解できたなら、最終編以降の問題にも目を向けてほしい」

 

 

スクリーンが一瞬、鮮明になる。

時間軸のようなラインが表示され、いくつかの節目に印が打たれている。だが、その先──本来続くはずの領域は、ノイズで覆い隠されていた。

 

 

「······キヴォトスではとつぜん、"都市伝説"の様な問題が発生します。そして、私達(ゲマトリア)がこんな有り様であるのだから、最終編以降にきた問題が、最終編以降にくるとは()()()()

 

 

その言葉に呼応して、画面が不規則に切り替わる。

"最終"とラベル付けされたフレームが、突然途中に差し込まれる。順序は崩れ、結末が先に現れ、原因が後から追いかけてくる。時間の流れが、編集された映像のように歪んでいた。

 

 

「ククッ。新しいゲマトリアメンバーの忠告を受け入れましょう。少なくとも、ゲマトリアは貴方を歓迎しましょう」

 

 

黒服の笑みに合わせて、画面に一瞬だけ安定した映像が映る。

しかしそれも長くは続かず、輪郭が滲み、すぐにノイズへと侵食されていく。

 

 

「それは良かった。何分、受け入れてもらえるかの不安はありましたので。······せっかくなので、様式美をやらせていただいても?」

「そういうこったぁ!!」

 

 

軽妙な合いの手と同時に、スクリーンが派手に乱れる。

カラーバー、砂嵐、水平同期のズレ──様々な"放送の不具合"が意図的に重ねられ、まるで舞台装置のように演出される。

 

 

「ククッ。もちろん構いません。せっかくなので、貴方らしさも含めていただけると」

 

 

その言葉に、画面がゆっくりと暗転する。

今度の暗転は先ほどとは違う。完全なリセット。これまでの残像もノイズも、一度すべて消し去るための"切り替え"。

 

 

「ありがとうございます。デカルコマニーに存在(記号)が許容され助かりました。私という記号が、貴方とは別であると確立されている時点で、明らかな矛盾です。しかし、都合よくいきましょうか」

 

 

──カチ。

確かに、チャンネルが切り替わる感覚があった。

次の瞬間、スクリーンに映るのは、これまでとは明らかに異なる"構図"。

中央に据えられた存在を強調するように、背景のノイズが規則的に収束していく。走査線は安定し、フレームは揺れない。

それはまるで、"自己紹介"という形式そのものにチューニングされた映像だった。

だが、その安定の奥で──

まだ何かが、切り替わり続けている。

 

 

──完全な暗転。

それまで積み重なっていたすべての残像、ノイズ、記録の断片が、一度"初期化"される。スクリーンは沈黙し、音も光も、存在を主張するすべてを切り捨てた。

次の瞬間。

鋭いホワイトノイズが、空間を裂いた。

ザーッ──という音が、これまでとは比べものにならない密度で溢れ出し、スクリーン全体を白く塗り潰す。走査線が高速で上下し、映像は安定するどころか、意図的に“過負荷”を起こしているかのようだった。

そして、唐突に。

ノイズが"整列"する。

乱雑だった粒子が、一瞬で秩序を持ち、中央へと収束していく。光と影が線を描き、輪郭を形成し、ひとつの"画"を作り上げる。

そこに映し出されたのは──"タイトルコール"だった。

 

 

Hello World(ハロー キヴォトス)!」

 

 

音声と完全に同期して、文字が画面に焼き付く。

だがそのフォントは一定ではない。新聞の切り抜きのようにバラバラな書体が混ざり合い、フレームごとに微妙に変化する。まるで"誰かが編集し続けている"かのように。

次の瞬間、画面がフラッシュする。

映像はニュース番組のような構図へと変わり、見えないキャスター席が中央に据えられる。しかし、その"顔"は存在せず、代わりにノイズの塊が蠢いていた。

 

 

「私は、都合のいいプロパガンダ(偏向報道)の"悪"にして、世界を都合よく定義する(大人)!」

 

 

テロップが走る。

だがその内容は、表示されるたびに書き換わる。『悪』『定義』『大人』──キーワードだけが強調され、他の文脈はノイズに侵食されていく。

画面が切り替わる。

今度は複数のウィンドウが同時に開き、それぞれに異なる"事実"が映し出される。だがどれも断片的で、全体像を結ばない。

 

 

「一部分しか観測されない事実をもって、推測や憶測を騙り、大衆の認知を歪める(大人)!!」

 

 

ウィンドウが次々と上書きされる。

同じ出来事が、まったく違う結論で表示される。どれも"それらしく"見えるが、どれも確証には至らない。画面はその矛盾を、矛盾のまま提示し続ける。

ノイズがさらに増幅する。

音はもはや雑音ではなく、意図を持った"圧"となり、空間そのものを震わせていた。

 

 

「公平という責任を放棄し、ただ自身の都合のみを重視する、不公平で無責任な(大人)!!!」

 

 

画面が歪む。

左右非対称に引き伸ばされ、中心だけが強調される。まるで"偏り"そのものを可視化したかのような映像。バランスは崩れ、だが崩れたまま固定される。

──そして。

すべてが、一瞬止まる。

音が消え、映像が静止し、フレームが"凍結"する。

 

 

 

「そして、生徒ではなく、機械仕掛けの神への救いを求めた、軽率な愚か者」

 

 

 

 

パイナップルピザが表示される。

ノイズも干渉せず、改変もされない。まるで"確定した事実"のように、スクリーンに刻み込まれていた。

次の瞬間── 

すべてが再び崩壊する。

パイナップルピザは分解され、走査線に裂かれ、意味を失った記号へと還元される。

そして。

ゆっくりと、再構成が始まる。

今度の映像は、これまでのどれとも違っていた。

ノイズは抑えられ、構図は安定し、中央に"存在(記号)"が据えられている。それは顔ではない。だが、確かに"語り手"として成立している輪郭だった。

 

 

「──私のことは」

 

 

一瞬、画面に走る微細なブレ。

だがすぐに補正される。

 

 

「どうか、ミスターオーウェルとお呼びください」

「そういうこったぁ!!」

 

名前が表示される。

その瞬間だけ、フォントは一切揺らがない。改変もノイズも入り込めない、絶対的な"ラベル"。

やがて、画面がゆっくりと暗転する。

だが完全には消えない。微かな走査線が残り、"放送が終わっていない"ことを示していた。

 

 

「ええ、貴方の来訪を歓迎しましょう」

 

ネクタイの異形の声が響くと同時に、スクリーンがわずかに明滅する。

まるで応答するかのように。

 

 






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