憑依者しかいないゲマトリアがキヴォトスの破滅を回避しようとする話   作:シャンタン

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閲覧いただき、ありがとうございます。
また、感想・評価・ここすき・誤字報告のご支援いただきありがとうございます。

原作からの捏造部分についてですが、大筋に関わる部分は以下の通りです。

・各自治区の言い伝え      → ロア
・キヴォトスのネットの都市伝説 → 中途半端なロア

上は、大人から子供への話の流れを辿った与太話。本に記されぬロアと表現。
下は、人伝に与太話となっていないことや、人の認知が少なすぎるなどを理由に、中途半端なロアとしています。

雰囲気で読んでいただければ大丈夫です。
前話にて混乱させた方は申し訳ございません。

また、今話はゲマトリア側と"先生"側のプロローグで、長くなりすぎました。次回からアビドス編です。話が進まず申し訳ございません。



第壱話 ガバだらけのプロローグ

 

 

 

怒声が飛び、場の空気は張り詰めていた。バーの中心では、感情を露わにした応酬が続いている。

 

 

「ほら、さっさと"先生"の姿を、そのポンコツ頭の"テレスクリーン"とやらに()()()()()

「ナンセンスです。私はポンコツではありません。少なくとも、あなた方のようにガバだらけではありません」

 

鋭い指摘に対し、即座に返されるのは理屈めいた否定だった。しかし、返答は火に油を注ぐ結果となる。

 

 

「やかましい!!ゴルコンダが"テレスクリーン"という名称に心当たりがなければ、こちらを誤解させたままだったではないですか!?明らかに、フェイクニュースというガバをやらかしたポンコツでしょう!?」

「ナンセンスです。"テレスクリーン"が、ディストピア小説内でしか登場しない"()()の監視装置"だという前提情報がなければ、ある程度の筋は通っているはずです。

 また、勘違いによって誤った報道をしただけでは、フェイクニュースにはなりません」

 

語気はさらに荒くなり、容赦のない追及が続く。

淡々とした反論が続くが、それがかえってマダムの神経を逆撫でする。

 

 

「何を開きなおっているんですか!?オーウェルのメタファーの考察がガバガバ過ぎるせいで、ロアという"前世の都市伝説"の脅威があることしか、信じられないではないですか!?」

「良いセンスです。メディア()から情報を受け取った際、鵜呑みにしてはいけないですよ?」

 

マダムの苛立ちは頂点に達しつつあった。

対して、オーウェルの軽く受け流すような返答に、周囲の空気がさらに冷え込む。

 

 

「やかまし過ぎるでしょう!?言葉遊びも大概にしなさい!?余計な情報が多すぎるでしょう!!」

 

 

怒涛の言葉責め。他のメンバーは触らぬ女神に祟りなしと、端に退避している。

 

 

「何がメディアを使って"非実在"を"実在"にしたですか!?ただ、"架空の監視装置"という"非実在の虚像(テレスクリーン)"を得ただけではないですか!?

 何がプロパガンダのメタファーですか!?どこも都合よくなっていないでしょう!?貴方が自分で自分をプロパガンダするとか、意味が分からなすぎるでしょう?!

 何とか理解した後の、全てが勘違いだった徒労感が貴方に分かりますか!?私達の時間を返しなさい!!」

 

 

畳みかけるような非難が止まらない。場の誰もが介入を避ける中、デカルコマニーはただその場に留まっていた。

逃げたい気持ちを押し殺し、オーウェルを一人にするわけにはいかないと、両手でテレスクリーンを支え続ける。まるで案山子のように、言葉を発することもなく。

そして、マダムの言葉を受けたオーウェルは──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「スピキヲイジメヌンデ」

「ソウイウコッタァ!!」

 

 

突如としてスクリーンに映し出されたのは、場違いなネットミームだった。緊迫した空気の中での、あまりにも唐突な「スピキッ」。

オーウェルにとっては、それが精一杯の逃避だった。

デカルコマニーもそれに続く。いま表示されているのが、何の映像なのか()()()()()()()が、オーウェルを気遣っていた。あるいはやけくそだった。

しかし──その逃避は、通用しなかった。

猫ミームだったら笑ってくれたかもしれないが、マダムにも「スピキッ」は()()()()

 

 

「······覚悟はできてるんでしょうね」

 

 

低く落ちる声。次の瞬間、赤い霧が噴き出し、マダムの姿が変貌する。圧倒的な威圧感が空間を支配した。

 

 

「粛清の時間です」

 

 

逃げ場はない。張り詰めた空気が一気に収束する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アーウ!」

 

 

短い悲鳴のような声が、場に虚しく響いた。

 

 

──そして。

ひとしきりの嵐が過ぎ去った後、場には静寂が戻っていた。先ほどまでの喧騒が嘘のように、空気は落ち着いている。

 

 

「それで、何か弁明は?」

 

 

冷静な問いかけが投げられる。

 

 

「······誠に申し訳ありませんでした」

「そういうこったぁ···」

 

 

先ほどまでの勢いは影を潜め、素直な謝罪が口をつく。

 

 

「謝罪は結構。貴方の存在を許容している理由は、『デカルコマニーが認めている』ただその1点だけであると心得なさい」

 

 

厳しい言葉。しかし、そこには一定の線引きがあった。

 

 

「······拝命しましょう。そして、再度謝罪いたします。観測しかできなかったので、あなた方と話せるという事実に浮かれすぎていました」

「そういうこったぁ!!」

 

 

軽口のような合いの手が入り、空気がわずかに緩む。しかし、内容は深刻に受け取れるものだった。

 

 

「············私も、貴方の背景(事情)を考慮できていませんでした。謝罪をしましょう、ミスターオーウェル」

 

 

わずかな歩み寄り。対話は衝突から理解へと移りつつあった。

 

 

「しかし、黒服に話が通じたため、推測に問題はないと判断していたのですが······」

「いえ、黒服も"都市伝説"やロア以外の情報には、興味自体がなかったのでは?どちらかといえば、暁のホルス(小鳥遊ホシノ)のドッペルゲンガーを運用できるかに、思いを馳せていたかと」

 

 

話題は次第に別の方向へと移る。ゴルコンダは黒服に持ってもらっており、デカルコマニーは頭のオーウェルを両手で支えている。もはや意味が分からない。

 

 

「ククッ。小鳥遊ホシノのドッペルゲンガーを量産できるかもしれない。とても夢があるでしょう?」

「肯定しましょう。夢は夢でも悪夢ですが」

「そういうこったぁ!!」

 

マダムが落ち着いたと判断した一行。

乾いたやり取りが交わされる中、一人の沈黙が際立つ。

 

 

「·········」

「······マエストロ。貴方が落ち込む気持ちは分かりますが、そろそろ受け入れてはどうですか?」

 

 

沈んだ空気の中、静かに声がかけられる。

 

 

「···············構わないでくれ、マダム。私は、原作にないパレードというミメシスを、創れていると勘違いしていた愚か者だ。それどころか、自身の未熟による勘違いから、作品を失敗作だと評していた愚図であった」

 

 

吐露されるのは、深い自己否定だった。

 

 

「しかし、仕方ないのでは?マエストロがミメシスを扱うというのは、私達にとって当たり前でした。そして、貴方がマネキンであることも当たり前でしょう?」

「ククッ。"汝 咎人なりや?"という"怪談"が言うと違いますね。怪物を創るマネキン(マエストロ)?」

 

ゴルコンダの現実的な言葉が、淡々と差し込まれる。

そして、黒服の皮肉混じりの一言が、静寂を揺らす。

 

 

「······自身が"都市伝説"となっているなど、誰が分かるのだ」

 

 

その言葉は、どこか遠くを見つめるように、静かに落ちた。

 

 

 

何時からか、こんな話がネットの海に書き出された。

 

 

ある自治区の生徒が、放課後の帰り道で奇妙な人影をみつけた。

それは、頭が二つあるマネキンだった。人の形をしているのに、どこか歪で、視界に入った瞬間に「見てはいけないものだ」と本能が告げてくるような、不気味な存在だったという。

気味が悪いと思いながらも、なぜか目が離せなかった。

視線を逸らした瞬間、もう二度と見つけられないような気がして──いや、違う。

目を離したら、いつの間にかすぐ後ろに立っていそうだった。

マネキンは、ゆっくりと動き出した。

関節のないはずの身体が、不自然に揺れながら、人気のない場所へと歩いていく。

──本来、マネキンは動かない。

それなのに、"それ"は迷いなく進んでいた。

まるで、行き先を知っているかのように。

 

好奇心に負けたその生徒は、距離を保ちながら後をつけた。

足音を立てないように、息を殺しながら。

やがて辿り着いたのは、地元の人間ですら近寄らない、曰く付きの場所だった。

空気が淀み、音が吸い込まれるような、異様な静けさに包まれている。

物陰に隠れ、息を潜めて様子をうかがう。

そのとき──マネキンが、不気味な人形の前で足を止めた。

 

 

(なんでこんなところに人形が?)

 

 

そう思った瞬間、ぞっとした。

このマネキンが、ここに来るのは初めてではないのだ。

考えがまとまらないまま、マネキンがゆっくりと両手を掲げる。

その動きは、祈りにも、指揮にも見えた。

次の瞬間、周囲の空気が歪んだ。

空間そのものが引き絞られるように軋み、どこからともなく光が、人形へと集まり始める。

光は、ただの光ではなかった。

どこか生々しく、形を持とうとしているように蠢いていた。

それらが収束し──

 

 

"何か"が、そこに立っていた。

 

 

それは、最初からそこにいたように自然に。

しかし決定的に、"人形ではない何か"として。

その瞬間、生徒は理解した。

見てはいけないものを、最後まで見てしまったのだと。

恐怖に耐えきれず、その場から逃げ出した。

家に帰り着いた彼女は、震える手で友人たちに電話をかける。

だが返ってきたのは、奇妙に食い違う証言だった。

 

 

「不気味なマネキンの大人なら見たことあるけど······怪物? 見たことないよ?」

 

 

まるで、それ以降の記憶だけが抜け落ちているかのように

納得できなかった彼女は、ネット掲示板に書き込んだ。

 

 

「"怪物"を見た人はいないか」と。

 

 

──すると。

次々と、似たような報告が集まり始めた。

 

雪も降っていないのに動き出す雪将軍。

廃遊園地で、夜中に歩き回るフィギュア。

何もない場所に突然光が集まり、気づけば"何か"が立っている。

 

どの報告にも、共通点があった。

 

必ずその近くに、「不気味なマネキン」がいたこと。

 

 

そして、ある仮説が浮かんだ。

──あのマネキンは、"怪物を創っている"のではないか。

実際、自治区各地で"怪物"の目撃談が相次いでいた。

まるで、マネキンのいる場所から、次々と異形が"生まれている"かのように。

しかし──

ゲヘナにて大規模な"出現"が報告されて以降。

ぴたりと、"怪物"の目撃情報は途絶えた。

まるで、もう見せる必要がなくなったかのように。

 

 

だが、不思議なことに──

「不気味なマネキン」の目撃情報だけは、今もなお消えていない。

現在も、とある場所──「メゼラ」と呼ばれる、連邦生徒会に認められていない自治区にて、目撃されているという。

誰も近づかない暗がりの中で。

メゼラの子供達を見ながら、両手をゆっくりと掲げている。

まるでそこに、

 

 

すでに"素材"があるかのように。

 

 

何かを"創り出す"ように──。

 

そして、つい最近、こんな書き込みが投稿された。

 

 

「昨日、見てしまった。光の中に"何か"がいた」

「······あれは、人形じゃない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「人だった」

 

 

 

 

 

 

 

 

もし、あなたの近くで"二つの頭を持つマネキン"を見かけても──

決して、後を追ってはいけない。

「マエストロ」と名乗る、不気味なマネキンを······。

あいつは既に······

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人形だけでは満足していない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、ネットを発祥とした、"怪物を創るマネキン(マエストロ)という、知る人ぞ知る"都市伝説"だった。これは比較的新しい話であるが、マエストロの存在を面白がって"都市伝説"にした者がおり、派生作品が次々と出てきている。

そして、マエストロの知らない作品(怪物)が、ネットの海を次々と游いでいった。また、人すら怪物にしているという、オチがつけられてしまった。

メゼラの怪物組への、多大なる風評被害である。怪物組の多くは、元ゲヘナの民であるため、気にしていないことが救いだろう。

 

熱は引いたものの、やるせない感情は完全には消えていない。そんな中で、マエストロの内側に溜まっていたものが、ついに噴き出す。

 

 

「しかし、恥ずかしすぎるだろう!?私は、パレードという概念を、ミメシスにできたと勘違いしていたのだぞ!?」

 

 

その叫びは、自嘲と後悔が入り混じったものだった。自身の誤認を認めながらも、納得しきれない苦さが滲んでいる。

怒る点が自身であることに、彼の性根が表れていた。

それに対し、冷静に言葉を返す者がいる。理屈で整理するように、淡々と事実を積み上げていく。

 

 

 

「器を用意せずに、ミメシスの顕現を試みた時に、気付くべきでしたね。ミメシスは器を用意し、感情の残滓や古来の概念を複製するもの。本来であれば、私の提案は成功しなかったのでしょう。

 そもそも、パレードという概念では、感情の残滓や古来の概念に比べて格が低く、中途半端な、ミメシスと呼べない何かが創られるはずだったのです」

 

 

まるで講義のような分析。

ミメシス(複製)なのに、器を用意しない矛盾。

ミメシス(複製)にしては、複製元が曖昧という矛盾。

その内容は厳しく、逃げ場を与えない。

 

 

「しかし、マエストロは怪物を創るマネキン(マエストロ)という"都市伝説"の補助を受けていた。ミスターオーウェルによれば、キヴォトスでは"前世の都市伝説"が、自治区の"言い伝え"という形式でロア(奇妙な話)となり伝わっているそうですが······」

 

 

黒服の声が続く。先の説明を補足するように、状況を別の角度から提示する。補足という名の追い討ちだった。

その言葉を受け、オーウェルが○をスクリーンに写しだす。理解に必要なのは感情ではなく、あくまで理屈という構造だ。

マエストロに容赦は与えられない。

 

 

「肯定しましょう。怪物を創るマネキン(マエストロ)は、正に"都市伝説"なだけなのです。だからこそ、"言い伝え"という旧くから続く認知を使えない。怪物を創るマネキン(マエストロ)という与太話だけでは、怪物(実在)は創れません」

 

 

その説明により、断片的だった事実が一つの形を取り始めた。

完全な追い討ちである。

マエストロはしばし沈黙し、やがて重い口を開く。

 

 

「······格の足りないミメシスと、"都市伝説"なだけのロア、その2つの融合体という意図せぬ共演こそが······私がパレードのミメシスと称する作品と、失敗作と称したぬいぐるみの正体だったのだ」

 

 

自ら結論を口にするその声音には、諦めと納得が混じっていた。

 

 

「肯定しましょう。貴方が、曖昧な概念を元に創った作品は、中途半端なミメシスと中途半端なロアによる偏りが、どちらであるかだけにしか違いがありません。

器を用意したら、ミメシスに存在(記号)が偏り、

器を用意しなければ、ロアに存在(記号)が偏ります」

 

 

すぐに、肯定が返される。だがそれは慰めではなく、あくまで事実の確認だ。

 

 

「よって、虚像(ゴルコンダ)の内部でミメシスが象ると、ミメシスの要素が薄まります。

 ミメシスやロアを遺伝子として例えるなら、その配分によって存在(記号)が変化したとも言えます」

 

 

そして、その説明が、曖昧だった輪郭をはっきりと浮かび上がらせる。

そして、オーウェルはその結論を、あえて別の言葉で表現する。

 

 

「正に、マエストロ(怪物を創るマネキン)は、2つの遺伝子を組み合わせたキメラ(怪物)を創ってみせたのです。これは素晴らしいことです」

「そういうこったぁ!!」

 

 

場の空気がわずかに緩む。だが、その軽さとは裏腹に、マエストロの内面は沈んでいた。

 

 

「·········いっそのこと、介錯してくれないか?私はただの道化ではないか······」

 

 

力なくこぼれた言葉。自己否定が滲み出ており、すぐさま否定が入る。その声音には、珍しく明確な意思が込められていた。

なぜ作品が"怪物"と言われるか聞いていれば、もう少し何とかなったかもしれない。

 

 

「ナンセンスです。あの作品は、間違いなく貴方にしか創れない作品です。だからこそ貴方の作品は、創造者(マエストロ)の意向に極力従っているでしょう?」

 

 

その指摘に、マエストロはわずかに目を伏せる。思い当たる節があった。

 

 

「·········あの作品達が、生徒達へと友好的な理由が判明したことが······不幸中の幸いか」

 

 

完全な否定ではなく、かろうじて見出した肯定。それは小さな救いだった。

軽やかな笑いが、それに続く。

 

 

「ククッ。良かったではないですか。親思いのよい子達で」

「······確かに、芸術家が自身の作品を子供のようだと言うことはあるが、こんな物理的で概念的な噺ではない」

 

 

冗談めかした言い回しに、わずかに空気が和らぐ。

それに対して、呆れとも苦笑ともつかない返答。

だが、先ほどまでの沈み切った調子ではない。

そして、場をまとめるような提案が投げられる。

 

 

「仕方ないのでは?大人しく、私とデカルコマニーとマエストロで、与太話同盟を組みましょう」

「そういうこった!」

 

 

半ば冗談、半ば本気。その曖昧さが、この場にはちょうどよかった。

軽快な同意が響き、場の空気はようやく、肩の力を抜いたものへと変わっていった。

場の空気は一応落ち着いている······はずなのだが、よく見ると誰もがどこか疲れている。

精神的ダメージの蓄積が、じわじわと効いている状態である。

そんな中、なぜか話題は「被害の重さ」という方向にずれていく。

 

 

「何よりも、私とデカルコマニーみたいに()()して、生徒達に迷惑をかけていないでしょう?」

「そういうこった!!」

 

 

どこか惚けた言い方だったが、明らかに基準が低い。

元気よく同意も飛ぶ。

 

 

「デカルコマニー。私への相づちは、私を持っている時だけで大丈夫です。今も()()はできているので、()()の心配は不要ですよ」

 

 

ゴルコンダが気を遣っているが、タイミングが悪く、デカルコマニーへの梯子を外したようにしかみえない。

そして、内容はだいぶ意味不明である。

 

 

「ククッ。原作開始前に、特異現象捜査部を設立させただけありますね······まあ、デカルコマニーが筆談で『そういうこった!』や『汝 咎人なりや?』などしか書けなくなっていて、筆談すると暴走するなど分かるわけないですが」

 

 

内容の重さに対して態度が軽い。

なぜ、ミレニアムとゲマトリアが接触しているのか?

"先生"の知らぬところで、"先生"の仕事が増えていく。

 

 

「肯定しましょう。1つの"怪談"を分割しているからこそ、ゴルコンダとデカルコマニーで"崇高"となった"怪談"を制御できると推測しています。

 "汝 咎人なりや?"の記号やテクスト(文脈)を分割するという荒業で、普段は与太話を成立させなくしているのです」

 

 

要するに、2人で1つの"怪談"と解釈されたから、2人で1つの"崇高"になっているのでは?という話だった。

そして、2人の行動が沿わなければ、与太話にならないのである。

綱渡りのように思えるのは気のせいだろうか。

 

 

「だからこそ、私がこのタイミングまで接触できなかった理由になります。先月の暴走までに、何が暴走の条件となるのか不明であったためです」

 

 

条件不明の爆弾を抱えたまま生活していたということになる。接触すると、どうなるか分からない爆弾だ。

 

 

「"問いかけや裁定"をするのはゴルコンダ。 "裁定に沿った行動"をするのはデカルコマニー······"裁定者と執行人"で役割(記号)が分かれ、"問いかけや裁定からの執行"という文脈(テクスト)も分割され──2頁で1つの"崇高"と解釈された、でしたか?」

 

 

仕組みの確認が入る。

話は完全に専門的な領域へと入っていた。

マダムは(また始まった······)と内心で呟きながら、晩御飯に意識を逃がす。今日は少し多めによそわれる気がする。

 

 

「肯定しましょう。頭部(裁定者)身体(執行者)が別々な記号なため、一連の流れとなるテクスト(文脈)も別々となりました。

 だからこそ、デカルコマニーだけで問いかけをしてしまうと、テクスト(文脈)が崩れThe Library of Lore(止め処無い奇談の図書館)に納まるには、記号(裁定者)テクスト(裁定)が足りなくなります」

 

 

長い説明が続くが、要点は単純だった。

デカルコマニーが問いかけると、

『裁定者、執行者』の役割と、

『問いかけ、裁定、執行』の流れが崩れて、暴走する。

裁定者、執行者』の役割と、

『問いかけ、裁定、執行』の流れとなるのだ。

これでは、裁定という重要な部分が空白となってしまう。

 

 

裁定者(ゴルコンダ)がいない執行者(デカルコマニー)は、相手に罪があるか判別できなくなり、全てを咎人だと判断するようになった······ありそうなオチではありますが······たかが筆談で暴走するなど、初見殺し過ぎませんか?」

 

 

よって、"怪談(汝 咎人なりや?)"は空白を拒めない。

欠けた意味を埋めるため、ただ一つ許された結論へと収束する。

──「汝 咎人なり」。

問いは存在する。だが答えは、"崇高(与太話)"からすれば最初から決められている。

その(タイトル)に記された裁定は、それだけなのだから。

 

 

「半分だけ肯定しましょう。ゴルコンダが"タイトルコール(怪談の名前を呼ぶ)"を行い、問いかけや裁定さえすればいい。そうすれば、マダムの女神形態のように、"怪談"形態になれます。つまり、仕様さえ分かれば、原作兵器がなくとも、脅威に対抗できる手段になり得ます」

 

 

それは最大限の擁護であった。

 

黒服は、ホシノに頭が焼かれている。

マエストロは、"都市伝説"となっている。

ゴルコンダとデカルコマニーは、"怪談(崇高)"となっている。

マダムは女神となっている。

やはり、黒服が一番原作に近いのかもしれない。

 

 

「気になったのですが、私の裁定をデカルコマニーが拒否(テクストを無視)したり、デカルコマニーが筆談で裁定まで行う(裁定者まで担う)とどうなるのでしょう?」

 

 

ゴルコンダの声音は切実だった。

救いが無いことを予測しながら、その先に何があるのかを確かめようとしている。

 

 

「推測にはなりますが、前者だと同じく暴走します。ただし、どのように暴走するかは不明です。後者では、デカルコマニー単体で"崇高"となるため、制御できなくなると思われます」

 

 

返されたのは、可能性ではなく警告。

分岐はあれど、帰結は一つ──いずれも制御の外へと至る。

それは些細な綻びで崩壊する、不完全な機構。

触れ方一つで破綻へ転ぶ、危うい均衡の上に成り立っている。

──欠陥であるがゆえに、成立している。

それこそが、"汝 咎人なりや?"という存在(記号とテクスト)の正体だった。

 

 

「そうなるであろうな。加えて言えば、ゴルコンダがデカルコマニーの"虚像"とは解釈されなくなり、ゴルコンダが消滅するだろう。つまり、デカルコマニーのみの記号とテクストで"怪談"が改編され、"怪談"は2度と制御できなくなる」

 

 

さらに、静かに告げられる一言。

まるで当然の帰結のように、存在の消失が付け加えられる。

それは補足ではない。

結末に刻まれた、逃れ得ぬ代償だった。

 

 

「·········デカルコマニー。ありがとうございます。多分、気付いていたでしょう?」

「そういうこった!」

 

 

感謝が交わされるが、デカルコマニーが不完全な"崇高"として暴走したために、全知(超天才清楚系病弱美少女ハッカー)効率主義者(露出で危ない)によって鎮圧された。

テクストが崩れて暴走するため、暴走すると弱いという特殊なボスである。

つまり、ゴルコンダを救う代償に、デカルコマニーがボコボコにされたのだ。

暴走を止めるには、ゴルコンダによる問いかけと裁定が行われて、"怪談"を再編する必要がある。全知のサポートがなければ、早急な事態の解決はできなかっただろう。

 

つまり、デカルコマニーがボコボコにされるのは必然だったのだ。

世の中は等価交換である。

 

 

「ククッ。しかし、ゴルコンダとデカルコマニーで制御できる"崇高"ができたのは良いことでしょう?」

「·········なんで私とデカルコマニーは、ゲマトリアなのに物理担当なのでしょうね」

 

 

素朴な疑問が投げられる。誰も答えない。というか答えられない。ちなみにマダムも物理寄りである。

 

 

「そこはあまり重要ではないでしょう。私達全員が、デカルコマニーに筆談などの手段を提案()()()()()()事実こそ問題でしょう?」

「肯定しましょう。私が観測する限り、そのことを認識()()()()()()のは不自然でした。よって、認識()()()()()()()と推測します」

 

 

マダムが現実へと戻ってきた。話題を重要な部分に戻し、空気が一気に冷える。さっきまでの軽さが消えた。

 

 

「しかし、それは悪魔の問いかけではないか?私達が本当に思い付かなかったか、干渉を受けていたのか、どちらも証明できないだろう?」

 

 

マエストロが反論を行う。杞憂ではないかと疑問を提示する。

しかし、不安は消えない。

 

 

「ナンセンスです。あなた方は、デカルコマニーに筆談というアイデアを提供できないほど、マヌケであったと?

 何よりも、あなた方が観測できている原作の範囲で、認識を歪めるような能力を持った者がいるでしょう?」

 

 

可能性は2()()()()()()()が、どちらも嫌な方向である。

 

 

「原作後の問題が、原作後にくるとは限らない······確か、オーウェルはそう言っていましたか?」

「肯定しましょう。私には観測できませんが······」

 

 

一瞬の沈黙。そして──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地下生活者が動いていると推測します」

 

 

場の空気がホラーに変わる。

だがすぐに現実に引き戻される。

 

 

「だからといって、何かできるのですか?」

「確かに、オーウェルが地下生活者を観測できない以上、こちらから接触の手段はありません」

「そして、地下生活者が味方か敵か、そもそも原因を勘違いしているか、証明する手段はないだろう」

「また、地下生活者がこちらを観測している可能性がある以上、私達の知らない原作情報を、オーウェルが説明しすぎるのもリスクが高い」

 

 

結論:どうしようもない。こんな時だけ結束力が良かった。

 

 

「肯定しましょう。"都市伝説"は怪物を創るマネキン(マエストロ)の説明に必要だと判断しました。しかし、些か冷静すぎませんか?」

「そういうこったぁ!!」

 

 

慎重路線でいく方針をたてているが、オーウェルは他のメンバーの切り替えの早さに引いていた。

デカルコマニーの元気な相づちだけが救いだった。

 

 

「···最初の話に戻りますが、議論を行うより、テレスクリーンで"先生"を観測する方が有意義では?

 懸念ばかりで、現状維持以外にできることはないでしょう。オーウェルの頭が架空の監視装置ということは、テレスクリーンは録画もできるのですか?」

 

 

オーウェルの疑問は無視して、ようやく話題が振り出しに戻る。

 

 

「肯定しましょう。"先生"がキヴォトスにて起床したタイミングからであれば、記録の再生は可能です」

「そういうこったぁ!!」

 

 

話が進み始める。堂々とした盗撮宣言だった。

 

 

「······オーウェルの監視機能は、リアルタイムの観測も可能でしたか?」

「肯定しましょう。また、情報共有のために、どちらの記録でも、テレスクリーンに写すことが可能です」

「そういうこったぁ!!」

 

 

オーウェル以外は、便利すぎる機能とやっている所業に若干引いていた。

勝手にゲマトリアに監視される"先生"は泣いていい。

 

 

「······やはり、チートでは?この監視機能だけでも、とてつもない価値がありすぎるでしょう。······オーウェルの話を信じるかは各自の判断とします」

 

 

メディア(オーウェル)への対応としては正しいのかもしれない。

 

 

「ナンセンスです。(オーウェル)のメタファー以外の情報には自信があります」

「そういうこったぁ!!」

 

 

勢いはあるが、説得力はやや不安定。

初対面の印象は、簡単には拭えない。

 

 

「「「「·········」」」」

 

 

微妙な沈黙が流れる。

誰も何も言えなかった。

 

 

「······とりあえず今、"先生"が何をしているか調べましょう」

「肯定しましょう。私も憐れまれたい訳ではないので」

「そういうこったぁ!!」

 

 

マダムが強引に話を進めることに成功する。

それに応える形で、テレスクリーンに映し出されたのは、シャーレの部屋。

そして──

 

 

「「「は?」」」

「どういうこった!?」

 

 

"先生"と梔子ユメが一緒に仕事をしている景色だった。

全員の思考が止まる。

スクリーンの表示も止まる。

 

 

「ククッ。どうやら順調のようですね、梔子ユメ」

 

 

一人だけ事情を知っている顔がいた。

黒服に視線が集中する。

 

 

「そういえば、伝えておりませんでした。梔子ユメが就職に困り相談を受けたため、メゼラの職業支援施設名義で雇いました。そして、シャーレにスパイに行ってくれています」

 

 

梔子ユメは、頼る人選を明らかに間違えている。

そして、黒服もスパイにする人選を間違えている。

 

 

「不知火カヤに採用が弾かれると考えていたのですが······毒を以て毒を制すということですか。やはりピンク髪。潜在能力は侮れませんね」

 

 

なぜか1人で納得している。状況は理解されていない。

そして──

 

 

「ゲンサクヲイジメヌンデ···」

「ソウイウコッタァ···」

 

 

第二回の逃避が発動する。

オーウェルは、デカルコマニーが()()()()、どうやって()()()()()()曖昧にした。

情報の洪水で混乱させ、何処から観測していたのか、基本的な部分を説明せずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シャーレの部室は、外界から切り離されたような静けさに包まれていた。壁一面の窓ガラス越しに差し込む光が、室内を淡く照らし、その中央に置かれたテーブルを挟んで、二人の姿を浮かび上がらせる。

 

"先生"の向かいの椅子に、ちんまりと腰掛ける少女が一人。

ピンク色の髪をお下げに結んだその少女は、整った姿勢のまま、淡々と口を開いた。

 

 

「本来であれば"連邦生徒会長代行"の七神リンの方から説明すべきなのですが······彼女も手が空いている訳ではなく、彼女にしか処理できない書類も多いのです。そのため、私から説明をさせていただいても問題ないでしょうか?」

 

 

名乗りはすでに受けている。

連邦生徒会防衛室長──不知火カヤ。

リンから「説明役」として紹介された少女であり、その立場(連邦生徒会防衛室長)に違わぬ冷静さと礼節を備えていた。

対する"先生"は、やや困ったように首を傾げる。

 

 

「"ええと、それは構わないのだけど、説明って何を聞けばいいのかな?"」

 

 

その返答に、カヤはほんのわずかに視線を細めた。

探るような間を置いてから、静かに問い返す。

 

 

「ふむ······今、キヴォトスや連邦生徒会がどのような状態か、ご存知ですか?」

 

 

短いやり取りの中で、彼女はすでに察していた。

"先生"が状況を十分に把握していないことを。

そして、その推測は的中する。

 

 

「"申し訳ないんだけど、あんまり詳しくはないかな。気付いたらここにいて、さっきリンちゃん達と戻ってきたばかりだから······"」

 

 

曖昧で、しかし嘘のない言葉。

それを聞いた瞬間、カヤはすっと椅子から立ち上がった。

 

 

「そうでしたか······それはこちらが謝罪すべき案件ですね。······大変申し訳ありません」

 

 

深く腰を折る。

迷いのない、形式としても完璧な謝罪だった。

だが、その動きに"先生"は慌てて立ち上がる。

 

 

「"ごめんね!?嫌味とかのつもりじゃなくて、ただ状況を説明しただけなんだ!?"」

 

 

慌てた声。しかしカヤは頭を上げない。

そのまま、淡々と続ける。

 

 

「いえ、明らかにこちらの不手際です。状況が碌に確認できていない中、貴殿は銃弾一発が致命傷を承知の上で、戦闘指揮をとってくださいました。これだけの状況が揃えば、後は如何様にもできるでしょう。

 ましてや、サンクトゥムタワーの制御権を取り戻していただきながら、何の謝礼もできていない。

······私達は、貴殿の情けをかけてもらっているに過ぎません。この程度で足りるかは分かりませんが、誠心誠意謝罪させていただきます」

 

 

並べられる言葉は、どれも筋が通っているように思える。

だが──その半分は、事実を誇張したものだった。

"先生"という立場は未だ曖昧で、公に確立されているわけではない。極端な話、ここでどう扱おうと、連邦生徒会側の裁量でいかようにもできる。

それでもなお、ここまで低姿勢を貫く理由は一つ。

 

 

(······貴方はどうでますか?)

 

 

サンクトゥムタワーという、キヴォトスのインフラの大部分を担う重大施設の制御権を掌握しながら、それを要求もせず、謝礼すら求めず返還した存在。

その行動原理が読めない以上、カヤにとって"先生"は不確定要素であり、同時に観察対象だった。

愚か者か。それとも──

その思考を断ち切るように、"先生"は柔らかな声で言う。

 

 

「"()()()()()()()()()。"子供"を助けるのは"大人"の役目なんだし、気にしないで"」

 

 

あまりにも自然な笑顔だった。

作為の影が一切見えない、穏やかな表情。

 

 

「"どちらかといえば、頭を下げて真剣な表情で謝られるよりも、頭を上げて笑顔で喜んでくれる方が嬉しいかな"」

 

 

カヤの思考が、一瞬だけ止まる。

 

 

(──それ以外か)

 

 

功績を誇るでもなく、見返りを求めるでもない。

裏表のない善意。

しかし、それだけで片付けるには、あまりにも状況が大きすぎる。

 

 

(厄介ですね)

 

 

内心でそう呟きながらも、表情には一切出さない。

ため息一つ許されない立場であることを、彼女自身が最も理解している。

だからこそ、次の言葉もまた整っていた。

 

 

「そこまで言わせてしまっては、こちらの都合で謝罪を受け取らせてしまいますね。······何か入り用な物などはないでしょうか?せめてもの誠意だと思っていただければ」

 

 

再度の打診。

譲歩を引き出すための一手。

だが──

 

 

「"それなら、これからも分からないことがあったら、教えて欲しいかな。ここに来たばかりで何も知らないし、知っていれば防げる事態って多いだろうから"」

 

 

返ってきたのは、少しずれた、予想を外す答えだった。

物でも権利でもない。

情報と関係性。

 

 

(······断りづらい)

 

 

無理のない提案でありながら、継続的な接点を要求する形。

時間の価値を理解している者の選択か、それともコネクションを重視する者か。

そこまで考え、カヤは一度思考を切り替える。

 

 

「承知しました。私のできる限り協力致しましょう。······とはいっても、私の立場だからこそ、手伝えることは少なくて申し訳ないのですが」

「"······防衛室長だからこそってこと?"」

「ええ」

 

 

ここから先は説明の領域だ。

同時に、"先生"の理解度を測るための確認でもある。

 

 

「貴殿に顧問として着任いただく、連邦捜査部S.C.H.A.L.E(シャーレ)は、自治区に自由に出入りし、制約なしに戦闘活動すら可能など、強力な権限が与えられています。

 連邦生徒会長が不在の現段階においては、一部において、連邦生徒会以上の権限が与えられた超法規的機関になりますね」

 

 

言葉を選びながら、正確に伝える。

それに対し、"先生"は思い出すように言う。

 

 

「"確か、いろんな自治区の生徒に、所属してもらうこともできるんだっけ?"」

「ええ、その通りです」

 

 

頷きながら、カヤは続ける。

 

 

「また、連邦生徒会長が不在となる前に設立されており、私達も設立後に存在を知った組織です。しかし、既に受理された組織であり、正当性のある組織です。主な役割は、キヴォトスの治安維持や自治区のみで解決できない問題の対処になります」

 

 

そこに、"先生"の新たな疑問が差し込まれる。

 

 

「"······申し訳ないんだけど、治安維持ってどうやってるの?リンちゃんからは、治安維持を担う生徒達が、軒並み問題対処に動いてるって聞いたんだけど"」

 

 

核心に近い問い。

カヤはわずかに間を置き、答える。

 

 

「このキヴォトスでは、各学園ごとに治安維持組織がおります。そして、各自治区間の問題があったときに介入するのは、ヴァルキューレ警察学校やSRT特殊学園などの、治安維持部隊や特殊部隊になりますね」

「"それぞれの自治区がやりとりして、直接解決したりはしないの?"」

「ええ、非がどちらにあるのか明確であっても、第三者の介入がなければ問題になるケースが多々あるのですよ」

 

 

それが、この都市の構造的な歪みでもある。

 

 

「だからこそ、連邦生徒会の防衛室は、治安維持絡みの問題で、各自治区への介入が必要になることも多々あります」

 

 

説明を終えた直後、"先生"がぽつりと漏らす。

 

 

「"······気のせいじゃなければ、シャーレと防衛室の役割が、少し被ってないかな?"」

 

 

核心を突く指摘。

カヤは、否定しない。

 

 

「ご認識の通りです」

 

 

そして、そのまま静かに続ける。

 

 

「だからこそ、私達がすぐに手を組むように受け取られるのは、マズいのですよ。······不甲斐ない限りなのですが、私の立場が少々危うく、シャーレとの癒着を疑われると、要らぬ疑いを貴殿にかけてしまうことになります」

 

 

それは事実であり、同時に牽制を伴った建前でもあった。

シャーレであれば、ヴァルキューレの生徒やSRT の生徒も所属できてしまう。つまり、それをしてくれるなという牽制。

しかし、SRT 1年の小部隊程度であれば、護衛をつけることに問題はない。護衛警備の訓練など、誤魔化しはきくからだ。

 

ただこの説明の仕方をしたのは、カヤ自身が、連邦生徒会長からキヴォトスを託されたという大人を、信じられていないだけだろう。

 

 

(あるいは、嫉妬か······)

 

 

いずれにせよカヤは、距離を取る理由を、建前を示した。

 

 

「"なるほど······役割が重複している部分があることこそが、問題なんだね。じゃあ、ヴァルキューレやSRT 、防衛室から手を貸してもらうのは難しいのかな?"」

「ええ」

 

 

短く肯定する。余計な情報は開示しない。

 

 

「加えていえば、ポーズだけでも敵対関係、あるいは中立関係としていた方がいいでしょう。他の学園や後輩達も、上が勝手に決めたことに異議は唱えませんが、不満は溜まるはずです」

 

 

それは組織の空気の問題だ。

命令には従う。だが納得はしない。

その歪みが、いずれ問題を生む。

そういった、自身の能力でどうとでもなる、理解を得られやすい問題――建前を提示していく。

対して"先生"は、少し考え穏やかに言う。

 

 

「"全部は言わなくても大丈夫だよ。私が信頼されれば、所属や立場関係なく不安がなくなるんじゃないかな?"」

 

 

その言葉に、カヤは一瞬だけ視線を落とした。

連邦生徒会長の代替えをする、そうとも受け取れる理想論。

だが、否定しきれない可能性。そして、自身の内心すら悟られてそうな確認。

 

 

「······ええ、とても助かります。人の心は複雑怪奇ですから。この不安定な状況では、少しでも不安要素を減らしたいのです」

 

 

そう答えていく。内心の自虐を含めながら。

それでも、角がたたないように"可能性"としては受け取る。

 

 

「"分かったよ、カヤ。そしたらさっきのお願いは、とても迷惑だったよね"」

「いえ」

 

 

首を横に振る。このままでは、自身が不信感を募らせていると受け取られる可能性がある。

 

 

「貴殿の人柄を知れるいい機会でした。それに、()()()()としてではなく、()()()()()として関わるなら、問題ないでしょう?」

 

 

立場と個人を切り分ける。

それが彼女なりの妥協点とみせるための譲歩。あるいは、相手の素の性格を探るための罠であった。

既にシャーレには、()()()()()()監視するために、いろいろ仕掛けてある。

 

 

「"ふふ。そしたら、私も気軽に頼って欲しいかな。シャーレの"先生"としてじゃなくて、ただの"大人"として"」

 

 

その言葉に──

カヤの思考が、わずかに揺れる。

 

 

(······どうして)

 

 

あり得ないはずの言葉が、重なる。

記憶の奥底から、別の声が蘇る。

 

 

『ふふん!そしたら、カヤちゃんも私を頼って良いからね!()()()()()()としてじゃなくて、ただの()()として!!』

 

 

明るく、無邪気で、どこか抜けていて、強引な声。

連邦生徒会長(超人)の――あの人(友人)の声。

 

 

(どうして重なる······)

 

 

目の前の"先生"と、あの人は全くの別人だ。

性格も、立場も、何もかもが違う。

それなのに──

根底にある何かが、奇妙に一致する。

理解できない感覚に、ほんの一瞬だけ思考が乱れる。

 

 

(······貴女は、今無事ですか)

 

 

視線を伏せることなく、カヤはただ心の中で呟く。

 

 

(それだけでも知れたなら······)

 

 

その想いは、誰にも届くことはない。

静かな部室の中、二人の距離はわずかに縮まり──しかし同時に、まだ決して交わらないまま、保たれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カヤが退室したあと、椅子に背を預けながら、先生は小さく息を吐く。

自分は突然現れた存在で、学園間の問題に介入が許されるという特殊な立場。信頼されていないのはむしろ自然なことだ。

丁寧な言葉遣い、隙のない姿勢、そして何より、あの視線。礼節の裏に隠された、時折見せる冷静な観察者の目。

勘違いでなければ、彼女はこちらを測っていた。

だが──

 

 

("あの子、かなり無理してたな")

 

 

形式ばった謝罪の裏にあった、わずかな疲労の影。責任という重圧に押し潰されそうになりながら、それでも立場を崩さない意志。

あれは単なる警戒ではない。背負わされているものの重さを理解している人間の顔だった。

 

 

("距離の詰め方を間違えたら、たぶん逆効果だな")

 

 

善意すら疑われる状況。ならばできることは一つしかない。

 

時間をかけること。

言葉ではなく、行動で示すこと。

 

 

("「先生」としてじゃなくて、「大人」として、か")

 

 

自分で口にした言葉を思い返し、苦笑する。

綺麗事だと思われても仕方がない。それでも、それ以外に取れる手段を思いつけなかったのも事実だった。

 

 

("まずは、呼び方を変えてみせるところからかな?")

 

 

そんな思考を巡らせていた、その時だった。

ガチャリ、と軽い音を立てて、部室の扉が勢いよく開く。

 

 

「──あっ!!」

 

 

元気のいい声が空気を破る。

 

 

「貴方がシャーレの"先生"!?」

 

 

振り向いた先にいたのは、明るい表情を浮かべた少女だった。ぱっと見ただけで分かる、警戒心の薄さと人懐っこさ。

体型も含めて、カヤとは対照的すぎる。

 

 

「"うん、そうだよ。もしかして君が助手の──"」

「はいっ!」

 

 

少女は勢いよく一歩前に出る。

 

 

「梔子ユメって言います!ユメって呼んでください!」

 

 

まるで自己紹介の練習でもしてきたかのような、やや大きすぎる声量。だが、そのぎこちなさすらも隠せない素直さがあった。

 

 

「"よろしくね、ユメ。あと、そんなに堅くならなくていいよ"」

「え?」

「"敬語も無理しなくていいよ。これから一緒にやっていくんだし、楽な方がいいでしょ?"」

 

 

一瞬ぽかんとした後、ユメの顔がぱっと明るくなる。

 

 

「ほんと!?やったぁ!」

 

 

その反応はあまりにも分かりやすくて、思わず笑みがこぼれる。

 

 

「いやー、すっごい緊張してたんだよね!どんな人か分からなかったし······」

 

 

そこまで言って、ユメは少しだけ声のトーンを落とした。

 

 

「それに、ちゃんと言わなきゃいけないこともあったし」

「"言わなきゃいけないこと?"」

「そう!!」

 

 

先生が首を傾げると、ユメは一度大きく息を吸い──

次の瞬間、胸を張って宣言した。

 

 

「この梔子ユメは──先生のことを探るために来たスパイなのだ!!」

 

 

沈黙。

ニパーとした、言っていることを理解しているか怪しい表情のユメ。

数秒の間を置いて、先生はゆっくり瞬きをした。

 

 

「"······自分で言うんだね"」

「うん!私に隠し事は無理だろうから、言っても良いって言われたの!!」

 

 

満面の笑み。隠す気配は一切ない。

 

 

("······人選ミスでは?やっぱりカヤは休むべきでは?")

 

 

思考がその一点に収束する。

カヤの慎重さと、この少女の率直さ。どう考えても同じ系統の采配ではない。

だが同時に、理解もできた。

 

 

("ああ、なるほど")

 

 

これは"探る"ための駒ではあるが、"揺さぶる"ための存在でもあるのだ。

正体不明の相手に対して、あえて隠し事の無さそうな人柄をぶつけることで反応を見る。あるいは──

 

 

("こっちの素を引き出すため、か")

 

 

計算された配置だとすれば、カヤはやはり抜け目がない。

目の前のユメは、そんな思惑を知ってか知らずか、得意げに腕を組んでいる。

 

 

「どう?驚いた?」

「"うん、まあ······驚いたよ"」

「えへへ、でしょー!」

 

 

全く悪びれない。

先生は軽く肩をすくめる。

 

 

「"じゃあ、そのスパイさんは、これからどうするつもりなの?"」

「もちろん観察するよ!先生がどんな人か、ちゃんと見極めないといけないからね!あっ、でも!報告して良い内容かは確認とるから安心して!!」

 

 

「"そっか。結構自由なんだね······"」

 

 

 あっさりと頷く。

 

 

「"でも、好きに見ていいよ"」

「······え?」

 

 

今度はユメの方が固まる番だった。

 

 

「いいの?」

「"うん。困ることしてないし"」

 

 

あまりにもあっけない返答。

拍子抜けしたように、ユメは目をぱちぱちさせる。

 

 

「もっとこう······隠したりしないの?」

「"隠すようなことをするつもりがないし、誰かを貶めるつもりもないから。それに、信頼してもらうには、自分から信頼して、自分を知ってもらうのが一番でしょ?"」

 

 

その言葉に嘘はない。

だからこそ、ユメは一瞬だけ言葉を失った。

 

 

「······変な人だね、先生」

「"そうかな?"」

「でも──」

 

 

少しだけ視線を細める。

 

 

「その考え方、とっても好きだよ!」

 

 

その言葉は、あまりにも無防備で。

同時に、それが"観察の一部"なのかどうか、判断はつかなかった。でも、雰囲気や笑みからどうしても嘘には見えない。

先生はただ、苦笑するしかなかった。

 

 

("さて······")

 

 

カヤの思惑。

ユメの役割。

そして、自分の立場。

静かだった部室は、いつの間にか少しだけ賑やかになっていた。

 

 

("信頼を得るまで、時間をかける──か")

 

 

その決意は変わらない。

ただ一つ、想定外があるとすれば。

 

("思ってたより、にぎやかになりそうかな?")

 

 

目の前で「スパイ活動がんばるぞー!」と気合を入れている少女を見ながら、先生は小さく息を吐いた。

その表情は、どこか楽しげでもあった。

 

 

 

盛大な勘違いである。

 





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