憑依者しかいないゲマトリアがキヴォトスの破滅を回避しようとする話   作:シャンタン

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アビドス編
第一話 アビドス生徒からの曖昧な依頼


 

 

シャーレの執務室には、紙をめくる音と、時折聞こえる小さな唸り声が混じっていた。窓の外ではキヴォトス特有の穏やかな光が差し込んでいるというのに、室内の空気はどこか疲労の色を帯びている。

 

机の上に積み上がった書類を前に、ユメは半ば机に突っ伏すように肩を落としていた。慣れない事務仕事に追われる日々は、彼女の想像以上に細かな確認作業の連続だった。

 

 

「書類仕事が多いよぉ~。シャーレの細かい請求とか、意外に書類仕事が多いよぉ~」

 

 

情けない声を漏らすユメに対し、向かい側で書類を整理していた先生は、ペンを止めて静かに視線を上げる。

 

 

「"······どちらかといえば、誤字脱字とかの小さなミスが多いかも知れないね?"」

 

 

その指摘に、ユメはびくりと肩を震わせた。図星だった。

 

 

「ひぃーん。書類作成の方法とか、いっぱい学んだのにぃ~~」

 

 

彼女は両手で頭を抱えながら嘆く。卒業後、約1年間で必死に勉強した内容は決して無駄ではなかったが、それでも実務となると勝手が違った。

 

 

「"確かに書類の規定とか、フォーマットの確認とか、連邦生徒会への質問とか、そういった準備と書類整理は助かったよ······アラビア数字って使っちゃダメなんだね"」

 

 

感心したように呟く声に、ユメは顔だけを上げて頬を膨らませる。

 

 

「私も勉強するまで知らなかったよ~。『貴女はミスが多いので、事前準備を徹底して、準拠規定等を最優先に確認して、ミスの種類を減らしましょう』って言われたんだよ~!酷いと思わない!?」

 

 

その時のことを思い出したのか、彼女は頬を膨らませ机を軽く叩いた。しかし先生は苦笑混じりに肩を竦めるだけだった。

 

 

「"······それもある意味では優しさじゃない?ミスを完全に無くすって、意外に無茶だしね"」

 

 

その言葉に、ユメは一瞬だけ黙り込む。確かに、完全無欠を求められているわけではない。ただ、自分はどうしても細かな失敗が多い。それを減らすための助言だったのだろう。

しばらくして、今度は先生の方がふと思い出したように問いかけた。

 

 

「"そういえば、ユメって何処の学校の生徒なの?"」

 

 

その質問に、ユメはきょとんと目を瞬かせ、それから苦笑した。

 

 

「私?私はそもそも学校卒業しちゃってるよ?」

「"そうだったんだ?連邦生徒会って言うぐらいだから、生徒しかいないのかと思ってたよ"」

 

 

キヴォトスにおいて、"卒業生"は珍しい存在だ。そう考えるのも無理はない。ユメはそう解釈したが、先生からすれば生徒が運営を行っている時点で、珍しいどころではないのだ。

ユメは椅子に座り直しながら、記憶を辿るように説明を続けた。

 

 

「連邦生徒会は確かに生徒さんしかいないけど、シャーレは先生が顧問の関係なのか、正式に雇うのは大人だけ···だったはず。先生が『当番の生徒』さんを呼べたりするけどね。急な組織設立だったからなのか、先生補助の採用枠も大人1名だったし······」

 

 

その話を聞いた先生は、少し驚いたように目を見開く。

 

 

「"じゃあ、ユメは狭き門を通って来てくれたんだ?採用合格までって大変だったんだね"」

 

 

ユメは苦笑しながら首を横に振った。

 

 

「私よりも、採用面接の生徒さんがすっごい大変そうだったよ?キヴォトスの学校卒業を条件にしてるのに、偽造書類?がいっぱいあって、『仕事が終わらないし悪意しかないから辛い···』って面接の時に泣いてて、思わず慰めちゃうこともあるぐらいだったし」

 

 

その光景を思い出したのか、彼女の表情には同情が滲んでいた。採用の裏側は、思った以上に混沌としていたのだろう。

 

 

「"思ったより殺伐としてた···今度お菓子でも持っていこうかな?"」

 

 

冗談めかした言葉だったが、その優しさにユメは思わず小さく笑った。後日、先生はホントに差し入れに行っており、連邦生徒が「?」を浮かべるイベントが発生した。

 

そんな、これから日常になる、穏やかな空気。

先生は、先ほどの回答から疑問になることがあり、首を傾げる。

 

 

「"今気付いたんだけど、そもそもシャーレに私だけって可能性もあったのかな?"」

 

 

その問いに、ユメは少し考えてから答えた。

 

 

「どっちかっていうと、先生だけの方が可能性は高かったんじゃないかな?少なくとも、最終面接の時に私以外は見なかったし、補助といっても仕事内容が特殊だからね!」

「"·········"」

 

(まぁ、スパイやるぐらいだから特殊か······『凄い優しそうな人!』って報告になるのか分からない部分もあったし······)

 

 

その他にも、私についていろいろ書いてたから気恥ずかしかったし······と先生の思考が逸れていき、シャーレの業務について疑問点をあげていく。

 

 

「"特殊といえば、問題解決とかの依頼は余り来ないね?"」

 

 

その言葉に、ユメは少し考えるように唸る。机の端に積まれた依頼書は決して多くない。シャーレという組織自体、まだ発足して間もなく、キヴォトス全体で見れば無名に近い存在だった。

 

 

「う~~ん。もしかしたら、余り知名度とかないからかも?小さな問題や治安維持はヴァルキューレの人達が頑張ってくれたりするし、お金かかっちゃうけど治安維持を担当してくれる傭兵団もあるしね。実績や信用がないと難しいかな?」

 

 

キヴォトスでは、基本的に自治区の統治や治安維持は、それぞれの自治区で担うのが基本である。また、ヴァルキューレもある程度は機能しており、傭兵ギルドのような施設が巷では有名であった。

困り事があれば、まずはそちらへ頼るのが割と日常的になってきていたのだ。わざわざ設立されたばかりのシャーレへ依頼を持ち込む理由は、まだ薄い。

 

先生は納得したように頷きながら、軽く椅子にもたれかかった。

 

 

「"じゃあ、しばらくは見回りを兼ねて、困ってる人達を助ける感じかな?"」

 

 

その言葉を聞いた瞬間、ユメは何故か得意げに胸を張った。

 

 

「ふふーん!実は、私がシャーレを紹介して依頼をもらってきているのです!!······とはいっても、ほぼ身内からで、『直接会って相談事をしたい』って言って、私も詳しく聞けてないんだけど······」

 

 

その瞬間、先生にしか見えないウィンドウが浮かび上がる。明るい声と共に、アロナが勢いよく現れた。

 

 

『先生!ユメさんが言ってるのはこれかもしれません!』

 

 

表示されたデータを見ながら、先生は穏やかに返事をする。

 

 

「"ありがとね。アロナ"」

 

 

礼を言われたアロナは、待ってましたと言わんばかりに胸を張った。

 

 

『ふふーん!なんといっても、先生の秘書は、このスーパーAIアロナちゃんです!!ユメさんには秘書の座を渡しませんよ!!!』

 

 

対抗心むき出しの宣言に、先生は苦笑していた。

その様子を見たユメが首を傾げる。

 

 

「どうしたの?先生?」

「"いや、ユメの言ってる依頼は、これかなって"」

 

 

先生が端末に映し出された文章を示すと、ユメは少し内容を読み、ぱっと表情を明るくした。

 

 

「······それだよ~!先生見つけるの早いね!」

 

 

画面に表示されていたのは、一通の手紙だった。

丁寧な文面で綴られたその内容には、切実な空気が滲んでいる。

 

 

『連邦捜査部の先生へ

 こんにちは。私は、アビドス高等学校の奥空アヤネと申します。

 今回どうしても大人である先生にお願いしたいことがありまして、こうしてお手紙を書きました。

 外部に相談することか、ずっと悩んでいたのですが、周りに聞けるような内容でもないんです。

 こうして手紙で書く内容でもない気がして······よろしければ1度相談させていただけませんか?』

 

要約すると、そんな内容の手紙であった。

簡潔ではあるが、その文章からは送り主の慎重さと不安を先生は汲み取った。しかし、内容が曖昧でイマイチ意図が汲み取れない。

先生は、小さく呟くように学校名を読み上げる。

 

 

「"アビドス高等学校······"」

 

 

その瞬間、ユメの顔がぱっと輝く。

 

 

「そう!私の母校なの!!最近は備品の補給とかしか私はできてないけど、せっかく頼って貰えたし······

 私には話しづらいって深刻そうな顔してて······出張申請できないかな?」

 

 

彼女の声音には、懐かしさと嬉しさ、不安が入り混じっていた。卒業してなお、母校との繋がりはユメにとって特別なものなのだろう。

先生は改めて手紙を見つめる。

 

 

「"確かに、ユメにも聞けなくて、手紙でも聞けないってことは、対面で相談したいってことだろうし······"」

 

先生は端末に映る手紙を見つめ、内容を反芻していた。

ここでのアヤネの誤算は、先生とユメが出張の方向性で話を進めたことだろう。

 

ユメとしては、アビドスの借金問題についてだと推測しており、『私には話しづらいよね』と納得しており、実際にアビドスの現状を見てもらおうと出張を提案した。

 

先生としては、連邦生徒会からのスパイだと考えているユメが、出張の方向性にすぐに舵をきったため、生徒から話を自ら聞き、どう対応するのか見ていると判断した。

 

アヤネとしては、相談事だけでシャーレが動いてくれるか半信半疑であったし、一度日程などの確認がくると考えており、アヤネ自身が訪問するものだと考えていた。

 

そんなことはつゆ知らず、先生は静かに思考を巡らせていた。

 

 

(出張するのに問題はないだろうけど、リンちゃんに連絡ぐらいはした方が······いや、自治区への介入だからカヤに連絡かな)

 

 

シャーレは独立性の高い組織ではある。しかし、他自治区への正式な介入となれば、最低限の連絡は必要になるだろう。

先日のカヤとの会話で、この点についても見られていると判断したのだ。

先生は考えをまとめると、ユメへ視線を向けた。

 

「"そしたら、カヤに連絡してアビドスへ出張しようか。なにか準備とか必要かな?"」

 

 

その問いに、ユメは「あー······」と少し悩むような声を漏らす。母校の環境を思い浮かべたのか、すぐに苦笑混じりの表情になった。

 

 

「う~~ん。アビドスは砂漠地帯で、過疎化が進んじゃってるから······水分をしっかり持って車で行くべきかも?」

 

 

アビドス自治区──かつては栄えていたと聞くが、今では広大な砂漠に呑まれつつある地域だ。交通機関も満足に機能していないかもという話の補足が、アロナから入ってくる。

 

 

「"なるほど······申し訳ないんだけど、カヤに連絡してる間に、アビドスへ行くのに、飲み物の準備をお願いしてもいいかな?"」

 

 

その頼みに、ユメはぱっと顔を明るくする。

 

 

「まっかせて!!飲み物買う際に、お菓子も買っていこうかな?」

 

 

まるで遠足の準備をする子供のような勢いに、先生は思わず小さく笑った。

 

 

「"せっかくだから、アビドスの生徒達の分も買ってきてあげて。お金は私が出すよ"」

 

 

しかしユメはぶんぶんと首を横に振る。

 

 

「お金は大丈夫!もとから皆の分も買うつもりだったし、私も気持ちは出したいから!!」

 

 

その返答には、卒業した今でも母校を気に掛ける彼女らしい優しさが滲んでいた。

先生は少し考えたあと、妥協案を口にする。

 

 

「"そしたら、私にも折半させてくれないかな?代わりにお菓子じゃなくて、氷とかも買って、ちょっといいコンビニスイーツでも持っていこうか?"」

「それいいかも!?保冷バックも売ってるか確認しておくね~~」

 

そう言い残すと、ユメは慌ただしく執務室を飛び出していった。ぱたぱたと遠ざかっていく足音を聞きながら、先生は再び手紙へ視線を落とす。

 

 

(手紙だと書きづらい内容ってことは、文面だと理解しづらい内容か実際に見ないと分からない内容か······考えても仕方ないかな)

 

 

推測だけでは限界がある。実際に会って話を聞くしかないだろうと、先生はそう結論づけた。

 

「"アロナ。カヤに電話をつないでもらえる?"」

『カヤちゃんですね!すぐにお繋ぎします!』

 

 

数回の呼び出し音のあと、落ち着いた声が返ってくる。

 

 

「······もしもし。どうかしましたか?」

「"お疲れ様、カヤ。今電話大丈夫かな?"」

「ええ、かまいませんよ」

 

 

相変わらず淡々とした声音だったが、すこし疲労を感じられる。

 

 

「"実はアビドスの生徒から依頼がきてね。今からアビドスへ出張するから、その連絡をと思って"」

「なるほど、連絡ありがとうございます。しかし、アビドスですか······」

 

 

僅かな沈黙。

その反応に、先生は首を傾げた。

 

 

「"どうかした?"」

「いえ、アビドスは砂漠地帯で、ほぼ交通機関も機能しておりません。そのため、車両の手配をしようかと」

 

 

予想外の申し出に、先生は少し驚く。

先日の会話を思いだして、連絡をして終わりかと考えていたのだ。先生の中で『連邦生徒会も把握してるんだろうな』という推測が勝手に築かれていく。

 

 

「"いいの?"」

「もちろん。こういった支援を拒むほど、敵対する必要はありませんしね。ただ1点だけ」

 

 

そこでカヤの声音がわずかに引き締まった。

 

 

「シャーレは"連邦捜査部"の扱いです。連邦生徒会への詳細な報告の義務はありませんが、重要な案件へ繋がるようであれば、共有等をお願いしますね」

 

 

その言葉に、先生は静かに目を細める。

 

 

 

「"分かったよ。ただ、対面で少し話したら解決するかもしれないし······"」

「連絡していただく裁量は、貴殿にお任せします。アビドスの生徒さんのプライベートなことであれば、共有する必要もないですからね。

 あくまでも、貴殿が共有が必要かもと判断されたら、共有をお願いしたいということです」

 

 

その言い方は、命令というより確認に近かった。だが同時に、何かあるかもしれないと警戒しているようにも聞こえる。

 

 

("やっぱり、そういうことかな?")

 

「"······分かったよ。また、何かあれば連絡するね"」

「ええ、お願いしますね。2時間後にシャーレのビル前に車両を手配しておくので、そちらをご利用ください」

「"ありがとう、カヤ"」

 

 

通信が切れる。

静まり返った執務室で、先生は虚空を見つめたまま小さく息を吐いた。

 

 

(連邦生徒会、もしくは防衛室への連絡が必要になる·········やっぱり、カヤはそう感じてるのかな?)

 

 

まだ何も分からない。

けれど、アビドスから届いたあの手紙の奥には、単なる相談事では済まない何かが隠れているのかもしれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

連邦生徒会防衛室。

シャーレの執務室とは違い、そこには温かみというものがほとんど存在しなかった。

白を基調とした無機質な室内。整然と並ぶ端末群。壁面モニターには各自治区の情報が静かに流れ続け、低く響く機械音だけが空間を満たしている。

昼食のためにほとんどの生徒は部屋をでており、部屋の奥で、カヤが淡々と資料へ目を通していたことが異質だった。

 

窓の外に広がる風景すら、この部屋ではどこか冷たく見える。

 

そんな空気を破るように、カヤの背後から低い声が響いた。

 

 

「良かったのか?」

 

 

鋭い視線を隠そうともしないユキノは、壁際に寄り掛かるように立ちながら、カヤを静かに見据えていた。カヤは資料から目を離さないまま、小さく微笑する。

 

 

「ええ、ニコさんであれば1人でも問題ないでしょう」

 

 

その返答に、ユキノは僅かに眉を寄せた。

 

 

「そこは心配していない。ただ、先生をアビドスへ向かわせて、不都合がないのかと聞いているだけだ」

 

 

その問いには、単なる確認以上の意味が含まれていた。

 

シャーレの先生。

連邦生徒会長不在の今、キヴォトスにおいて最も不確定な存在。

そして、防衛室にとっても扱いを決めきれていない"異物"。

少なくとも、現段階ではそのように評価するのがカヤにとっては楽だった。

カヤはようやく手を止め、静かに視線を上げた。

 

 

「問題ありませんよ。そもそも、梔子ユメさんを採用した時から、アビドスへの出張は織り込み済みです。より厳密に言うならば、シャーレの先生が三大校の依頼を真っ先に()()()()()()を期待していました」

 

 

その言葉に、ユキノの目がわずかに細まる。

 

 

「······政治関連か?」

「ええ、立場が定まりきっていない時期の"初め"というのは、とても重要なのですよ。当人達にではなく、周囲にとって」

 

 

カヤは椅子に深く腰掛け直しながら、静かに続ける。

その声音は穏やかだった。

だが、穏やかであるが故に、逆に底知れないものを感じさせる。

 

 

「シャーレが最初にどこと関わるか。それだけで、周囲は勝手に意味を見出します。中立か、協力関係か、あるいは敵対か。人は、事実より印象で物事を判断しますからね」

 

 

防衛室のモニターに映る各自治区の情報が、淡い光を放ちながら瞬く。

まるでキヴォトス全体が、巨大な盤面であるかのように。

ユキノは小さく鼻を鳴らした。

 

 

「お前のことだ。それだけじゃないだろう?」

 

 

その指摘に、カヤは僅かに口元を緩めた。

 

 

「ええ、アビドスには連邦生徒会長(超人)でさえ介入できなかった問題があります。他ならぬ連邦生徒会の代表であったために、介入できなかった問題が」

 

 

その瞬間。

室内の空気が、僅かに重く沈んだ。

ユキノは黙ったままカヤを見つめる。

 

超人と呼ばれた連邦生徒会長ですら手を出せなかった問題。

つまり、連邦生徒会が直接介入すると問題に繋がる可能性が高いのだと、ユキノも理解していた。

理由を推察しようと頭は回転を始めたが、ユキノは思考を切り替えることにした。

 

 

「なるほどな······そういった部分は任せる」

 

 

短い返答。

それ以上は自身の管轄ではないと判断している声音だった。

しかし、カヤはそこで止まらない。

 

 

「おや?ユキノさん達には、私が不祥事を起こした際に、私を止める役割もあるのですよ?」

 

 

カヤが身体をユキノの方へ向けながら、冗談めいた口調で問いかける。

だが、その瞳には一切の笑みがない。

ユキノの眉間に皺が寄る。

 

 

「·········分かっている」

 

 

SRTの役割。

それは外敵への対処だけではない。

必要であれば、連邦生徒会そのものに刃を向ける。

それが、彼女達に求められることもあるのだ。

カヤは満足そうに微笑んだ。

 

 

「心配いりませんよ。シャーレの先生がどのようにアビドスへ介入するかによって、今後の判断材料になります」

 

 

試している。

その言葉を、カヤは決して口にしなかった。

だが、ユキノには十分すぎるほど伝わっていた。

シャーレ。

先生。

そしてアビドス。

全てが、"観測対象"として盤面へ置かれている。

 

 

「私は·········未だに納得していない」

 

 

低く押し殺した声。

それは感情を抑え込んだ末に漏れた、文脈の繋がっていない問いだった。

だがカヤは、それを責めることなく微笑する。

 

 

「ふふ。それでも"正義"のために不満を呑み込んでくださるので、ユキノさん達を信頼しているのですよ。これからもお願いしますね?」

 

 

柔らかな声。

まるで部下を労う上司のような言葉。

しかしユキノには、その笑みの奥が見えなかった。否、いつからか見えなくなってしまった。

 

 

「······承知した」

 

 

短く答え、ユキノは部屋を出る。

規則正しい足音は、防衛室で静かに消えていった。

そして、一人残されたカヤは、再びモニターへ視線を戻す。

 

画面には、"アビドス高等学校"の文字。

砂漠化率。

自治区負債。

土地の所有権。

そして、不備ありと処理された複数の申請書。

 

カヤはそれらを眺めながら、小さく呟いた。

 

 

「······根回しだけは、しておきますか」

 

 

その声は静かだった。

だが、防衛室の冷え切った空気の中では、不気味なほど鮮明に響いていた。

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