憑依者しかいないゲマトリアがキヴォトスの破滅を回避しようとする話   作:シャンタン

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第三話 見捨てた者

 

 

 

アビドス自治区の外れ。

砂に半ば埋もれるようにして建つ工場廃墟は、かつて何を生産していたのかすら分からないほど荒れ果てていた。

崩れた天井から覗く夜空には、白く冷えた月が浮かんでいる。

その光だけが、鉄骨と瓦礫に沈んだ工場内部を青白く照らしていた。

 

風が吹くたび、どこかで鉄板が軋む。

その音は、まるで死体が呻いているように低く、耳障りだった。

工場の中央。

積み上がったコンテナを背にして、数十人の少女たちが銃口を向けている。

 

全員、無機質なヘルメットで顔を隠していた。

その中の一人が、苛立ったように吐き捨てる。

 

 

「てめぇら、何しに来た?」

 

 

月明かりの下で、その銃口は鈍く光っていた。

対するのは、たった四人。

便利屋68。

 

先頭に立つアルは、わずかに肩をすくめる。

その動作には余裕があり、口元には挑発的な笑みすら浮かんでいた。

 

 

「あら。問いかけるにしては、ずいぶん物騒ね」

 

 

静かな声。

冷え切った視線。

感情を切り捨てたような瞳は、まるで相手を値踏みする捕食者のようだった。

 

 

「私たちは交渉に来ただけよ?」

 

 

その姿だけを見れば、裏社会で名を轟かせる便利屋68の社長そのものだった。

 

冷酷無比。

合理主義。

必要ならば躊躇なく敵を消すアウトロー。

 

——そう、外側から見れば。

 

しかし、その内側では。

 

 

(どうしてこうなるのよ~~!?)

 

 

アルの悲鳴が全力で木霊していた。

本来なら簡単な依頼だったはず。

黒服から受けた依頼のなかでは、比較的容易であるはずだったのだ。

 

アビドス高校を襲撃したヘルメット団を、メゼラ自治区側の傭兵組織へ勧誘する。ただそれだけ。

接触して、条件を提示して、断られたら終わり。

最悪でも軽い威嚇程度で済むと思っていた。

少なくとも、こんな包囲網になる予定ではなかった。

 

 

「うるせぇ! てめぇらはメゼラの飼い犬だろうが! 便利屋68!!」

 

 

怒号が飛ぶ。

アルの眉がぴくりと動いた。

 

 

「ちょっと!? 私たちは飼い犬なんかじゃないのだけど!? 私たちは冷酷無比なアウトローで······」

「何がアウトローだ!?」

 

 

怒鳴り返す声には、露骨な敵意が混じっていた。

 

 

「てめぇらが潰した会社、大抵がメゼラを取り込もうとしてた連中じゃねえか!! どうせ全部メゼラの依頼だったんだろ!?」

 

 

その瞬間。

アルの表情が、ほんの少しだけ固まった。

図星だった。

 

便利屋68は、依頼があれば基本的に断らない。

そしてメゼラ自治区からの依頼は、アルの琴線に触れる依頼も多々あった。

 

裏企業への襲撃。

武装組織の排除。

敵対会社の脅迫。

 

 

危険だが報酬の大きい仕事。

正に裏社会を象徴するような依頼。

そんな依頼を、アルは片っ端から受けてきた。

 

その結果。

 

気付けば裏社会では、便利屋68=メゼラ側の実働部隊、という認識が半ば定着していたのである。

 

 

「······はぁ。メゼラから依頼を受けすぎたね」

 

 

カヨコが静かに呟く。

その声には呆れが滲んでいた。

 

 

「関係を持ちすぎて、完全にメゼラの手の者だと思われてる」

「クフフ♪」

 

 

ムツキが楽しそうに笑う。

 

 

「でもぉ、会社を潰すような大きい依頼を直接だされて、アルちゃんが見逃せるわけないからね~?」

「うっ······」

 

 

アルの胸に痛恨の一撃が刺さった。

実際その通りだった。

 

危険。

裏社会。

巨大組織同士の抗争。

 

そんな言葉を並べられて、アルが断れるはずがない。

結果、こうして因縁だけが積み上がっていく。

そして——。

 

 

「撃て!!」

 

 

怒号が響いた。

 

 

「アイツらがあの便利屋とはいえ、この人数に敵うわけねぇ!!」

 

 

次の瞬間。

工場内部が閃光で埋め尽くされた。

 

凄まじい数の銃声。

鼓膜を殴る連続音が、閉鎖空間の中で反響する。

火花が散り、鉄骨が弾け、瓦礫が砕け飛ぶ。

 

会話の途中で撃ち始める完全な不意打ち。

普通なら、それで終わっていた。

だが。

 

 

「っ!」

 

 

アルたちは既に動いていた。

まるで最初から撃たれると分かっていたかのように、それぞれが別方向へ散開する。

 

コンテナの陰。

崩れた機械設備。

鉄柱の死角。

 

最低限の動きだけで射線を切っていく。

無駄がない。

ヘルメット団リーダーの少女は舌打ちした。

 

 

(だが、隠れた場所はバラバラだ!!)

 

 

便利屋68の動きは速い。

しかし、統率された陣形ではない。

各々が独立して動いている。

 

 

(あの反応を見る限り、事前に作戦を立てていたわけじゃない······!)

 

 

ならば押し潰せる。

人数はこちらが圧倒している。

囲んで撃ち続ければ、いずれ誰かが被弾する。

そしたら······そしたら、どうなるというのだろうか?

そこで、ヘルメット団リーダーの思考が止まる。

 

リーダーには、昼間のアビドスでの敗北がまだ身体に張り付いていた。

 

アビドス高校への総攻撃。 持てる限りの人数。 持てる限りの火力。

シャーレが到着する前に叩き潰す──そのつもりだった。

 

だが結果は、地獄だった。

撃っても効いている気がしない。 包囲しても崩れない。 数で押しても、一歩も退かない。

 

小鳥遊ホシノは、戦場のど真ん中で欠伸をしながらショットガンを振るっていた。

十六夜ノノミは、笑顔のまま弾幕を撒き散らし、黒見セリカは苛立った声を上げながらも、正確に急所を撃ち抜いてきた。

そして、砂狼シロコと共に現れたシャーレの援軍。

ヘルメット団は、完膚なきまでに敗北した。

 

そこまでなら、良かったのだ。

何より恐ろしかったのは──彼女たちが、まだ余裕を残していたことだ。

 

 

『今日も見逃してあげるから、あんまりやんちゃしちゃダメだよ~~』

 

 

あの言葉。

あの間延びした声。

脳裏に焼き付いて離れない。

 

 

「······クソが」

 

 

最大戦力。 自分たちの誇り。 それを"やんちゃ"の一言で済まされた。

怒りで頭が焼けそうだった。

 

だが同時に、理解してしまっていた。

本気でやられていたら、自分たちは撤退などできていない。

そして、アビドスからの追撃を懸念する声が仲間から上がったとき、誰も即答できなかった。

 

小鳥遊ホシノの言葉を信じるなら、襲撃は来ない。

だが、信じられるわけがない。

あれは強者の余裕だ。 獲物を安心させるための言葉だ。

そう思わなければ、自分たちの恐怖を誤魔化せなかった。

 

だから彼女らは備えた。

武器を並べ、 交代で警戒し、 少しの物音にも銃口を向けた。

しかし、来ない。

日中も、夕方も、アビドス高校は現れなかった。

 

本当に来ないのかと疑っていた、その時だった。

カランと、乾いた音が廃工場へ響いたのだ。

 

全員が反射的に立ち上がり、銃口が一斉に入口へ向いた。

黒服の依頼で訪れた便利屋68へと。

 

かくして、戦闘は始まってしまったのだった。

 

 

 

 

(私たちが便利屋68を倒せるなんて自惚れてねぇ!)

 

 

心の中で叫ぶ。

ヘルメット団リーダーは理解している。自分たちでは達成できないような依頼をこなしてきた便利屋だ。

裏社会では名の知れた組織。

そんな、便利屋68にヘルメット団が勝てる要素などない。

そんなことは分かっている。

だが──。

 

 

(せめて一人ぐらいはぶっ潰してやる!!)

 

 

「撃てぇぇぇぇッ!!」

 

 

怒号と共に再度、銃火が弾けた。

無数の閃光が夜を裂く。

ヘルメット団の少女たちは、半ば叫びながら引き金を引いていた。

 

それは戦術ではない。

意地だった。

砕かれたプライドの残骸だった。

 

だが、便利屋68の少女たちには当たらない。

障害物にしかほとんど当たらず、多少当たっても有効打にならない。

ヘルメット団がリロードを行って、弾幕が薄いタイミングで移動を行われてしまう。

そのため、いざ出てきても銃弾は当たらず、次の障害物までの移動を許してしまう。

攻撃を行っているのはヘルメット団であるのに、戦況は一切優位ではなかった。

 

 

「クフフ、必死だね~」

 

 

そして、闇の中で響いた声は、あまりにも無邪気だった。

 

 

「ガンガン撃っちゃって~バ・ク・ハ・ツ♥」

 

 

ひゅるり、と。

軽い音を立てて、黒い塊が彼女たちの中心へ転がり込んだ。

その音を聞いた瞬間、ヘルメット団の何人かが反射的に周囲を見回す。

 

 

「──っ!?」

 

 

暗闇。 銃声。 怒号。

極度の緊張状態に置かれていたヘルメット団員たちは、すぐにはそれを認識できなかった。

認識できた者も当然おり、味方へ警告を促そうとする。

だが。

 

 

「まずい······伏せ──」

 

 

警告は、最後まで言い切れなかった。

凄まじい爆炎が廃工場を染め上げた。

鉄骨が軋み、 窓ガラスが砕け、 衝撃波が人影をまとめて吹き飛ばす。

 

 

「ぎゃああああっ!?」

「う、うわぁぁ!?」

 

 

床を転がるヘルメット団員たち。

耳鳴り。 焦げ臭さ。 熱風。

 

ただの爆弾じゃない。

ブラックマーケットで出回っている粗悪品とは、威力がまるで違う。

爆心地には、黒く焼け焦げた床が残されていた。

 

 

「お、おい! 大丈夫か!?」

「返事しろ!!」

 

 

混乱の中、ヘルメット団の視線は自然と爆発跡地へ向かう。

それが致命的だった。

暗闇が、動く。

 

 

「──この機を活かす」

 

 

低い声。

気づいた時には、カヨコが瓦礫の陰に立っていた。

 

 

「なっ──!?」

 

 

ヘルメット団員たちが銃を向ける。

しかし、カヨコはすでに引き金を引いていた。

乾いた発砲音。

だが、放たれた弾丸は彼女たちへ向かっていない。

天井へと向けられ、撃ち込まれた瞬間──。

 

紫色のオーラが、霧のように広がった。

 

 

「······え?」

 

 

最初に異変を感じたのは、一人の団員だった。

 

呼吸が浅い。

心臓が速い。

身体が、震える。

 

 

「な、なんだよこれ······」

 

 

視界の端で、誰かが悲鳴を上げる。

 

恐怖。

理由のない、圧倒的な恐怖。

本能が叫んでいた。

逃げろ、と。

 

 

「ひっ······!」

 

 

一人が後退る。

それを見た別の少女も、堪えきれず後ずさる。

隊列が崩壊していく。

そこへ。

 

 

「死んで下さい死んで下さい死んで下さい!!」

 

 

狂気じみた叫びが響いた。

 

ハルカが、まるで獣のような勢いで飛び込びこむ。

そして、ショットガンが轟音を鳴らしながら火を噴き、至近距離で撃ち抜かれたヘルメット団員が吹き飛んでいく。

 

 

「ぎゃっ──!」

 

 

次弾。

また一人。

さらにもう一人。

 

 

「や、やめ──」

「死んで下さいッ!!」

 

 

恐怖に呑まれた少女たちは、まともに反撃すらできない。

ムツキの爆弾で混乱し、カヨコのスキルで戦意を砕かれ、 そこへハルカが突撃する。

 

たった三手。

それだけだった。

それだけで、ヘルメット団は壊滅した。

 

 

「······ぁ······」

 

 

リーダー格の少女は、その光景を呆然と見ていた。

仲間たちが倒れていく。

 

悲鳴。

呻き声。

床に散らばる武器。

 

なのに、自分は動けない。

恐怖で足が震えていた。

理解してしまったのだ。

自分たちは最初から、相手になっていなかったのだと。

 

昼間のアビドス。 そして今の便利屋68。

どちらも、自分たちとは"格"が違う。

 

「──動かないで」

 

冷たい声。

同時に、硬い感触が後頭部へ押し付けられた。

スナイパーライフル。

リーダーの喉が引き攣る。

 

 

「それで、話し合う気にはなれたかしら?」

 

 

淡々としている声。

感情を感じづらい、恐ろしい声。

 

 

リーダーは、ゆっくりと目を閉じた。

心の奥で、何かが決定的に壊れる音がした。

誇り、意地、反骨心。

そんなものはもう、どこにも残っていなかった。

 

 

 

 

 

(ふぅ。何とか上手く行ったわね······)

 

 

雑然とした廃工場の中で、アルは内心だけで安堵の息を吐いた。

 

表情には出さない。

便利屋68のリーダーとして、余裕を崩すわけにはいかなかった。

後頭部へ突きつけたライフルの感触を確かめながら、アルはゆっくりと周囲へ視線を向ける。

 

床には転がるヘルメット団員たち。 焦げ跡を残すムツキの爆弾。 散乱した薬莢。

先ほどまで響いていた銃声も、ハルカの声も、今は静まり返っている。

 

静寂。

耳が痛くなるほどの沈黙だった。

その中心で、ヘルメット団のリーダーだけが膝をついたまま俯いていた。

 

 

「どうして······」

 

 

掠れた声。

小さすぎて聞き取れないほどの呟きだった。

 

 

「何か言ったかしら?」

 

 

アルが眉をひそめる。

すると、リーダーはゆっくり顔を上げた。

その瞳には、怒りとも絶望ともつかない感情が滲んでいた。

 

 

「どうして!? こんなにも差がある!?」

 

 

叫び声が、廃工場に反響する。

 

 

「アビドスのやつらも、てめぇらも······どうしてこんなに強い!?」

 

 

その声には、悔しさが滲んでいた。

いや、それだけではない。

理解できないものへの恐怖。 届かないものへの憧れ。 置いていかれた者の絶望。

様々な感情が混ざり合った、悲鳴のような問いだった。

 

 

「私たちはどうすれば良かったんだ!?何が正解だったんだ!?普通は諦めるだろうが!?なんで楽しそうにしていられる!?」

 

 

アルは言葉を失った。

ヘルメット団など、ただの無法者だと思っていた。

金で雇われ、 暴れて、 奪うだけの存在。

だが、目の前の少女は違った。

追い詰められた末に、ここへ落ちてきた。

 

そんな声だった。

 

 

「あれだけの借金があれば、自治区なんて諦めるだろうが!!」

 

 

少女の叫びが、感情を抑えきれずに溢れ出していく。

 

 

「自治区に残ることこそが間違いだろうが!!」

「貴女、何を言って······」

 

 

アルが戸惑いを隠せずにいると、少女はさらに怒鳴った。

 

 

「それで今度はてめぇらだ! 自由を求めてヘルメット団になったのに!!何も取りこぼさねぇように生きようと思ったのに!!!」

 

 

拳が震えていた。

歯を食いしばり、 血が滲むほど強く握り締められている。

 

 

「私たちが見捨てた弱者がメゼラで救われてやがる!!!本来なら誰も顧みねぇ弱者が!!!!」

 

 

その瞬間。

アルの中で、いくつかの情報が繋がった。

自治区。 借金。 見捨てた者たち。 メゼラ。

 

 

「なぁ、答えてくれよ······どうして······」

 

 

少女の声が弱くなる。

怒鳴る力すら尽きたように。

 

 

「どうして、私たちは自治区を諦めなきゃならなかったんだ?」

 

 

その問いには、怒りではなく、ただ純粋な後悔だけが残っていた。

 

 

「もしかして、貴女たち······」

 

 

アルが呟いた瞬間だった。

 

 

「ええ。彼女たちは、もともといた自治区の経営が芳しくなく、ヘルメット団にならざるを得なかった者たちです」

 

 

場違いなほど落ち着いた声が響く。

コツ、コツ、と革靴の音を鳴らしながら、黒服が暗闇から姿を現した。

ヘルメット団のリーダーが忌々しげに舌打ちする。

 

 

「てめぇか······」

 

 

黒服は、ヘルメット団リーダーの敵意を真正面から受けながらも、まるで気にも留めていない様子で言葉を続けた。

 

崩れた天井から差し込む月明かりが、その黒いスーツの輪郭だけを薄く照らしている。感情の見えない笑みを浮かべたまま、男は廃工場の中心へと歩みを進めた。

 

 

「私たちは廃自治区を複数買い取り、メゼラという非公認区域を設立しました」

 

 

淡々とした説明だった。

まるで戦闘直後の現場ではなく、どこかの講義室で理論でも語っているかのような口調。その場に転がる気絶したヘルメット団員たちや、焦げ跡すら、彼にとっては背景程度の認識でしかないように見えた。

 

 

「買い取った場所は廃自治区となって久しく、在校生も既にキヴォトスには存在していなかった。ですので、非常に都合が良かったのです」

 

 

カヨコは無言のまま、その話を聞いていた。

聞き覚えのあるような話ではある。だが、目の前の男が語ると、同じ内容でもまるで違うものに聞こえた。

 

感情がない。

だが、だからこそ異様だった。

善意でも悪意でもなく、ただ合理性だけで世界を見ているような声音。まるで人の営みすら、計算式の一部として処理しているようだった。

 

 

「私たちは管理者という立場に収まり、運営そのものには干渉しませんでした。技術提供や設備支援程度に留め、何をするかは住人である彼女たちに任せたのです」

 

 

黒服の声が静かに響く。

その声は穏やかなのに、不思議と温度を感じない。

聞き慣れたはずの大人の声。 それなのに、便利屋68にとってはどこまでも馴染みがなかった。

知らず知らずに、汗が背筋をつたう。

 

 

「そして彼女たちは、運営が安定し始めないタイミングから、中小自治区への支援を始めました」

 

 

黒服はそこで僅かに目を細める。

初めて、人間らしい感情の揺らぎが見えた気がした。

 

 

「自分たちと同じ存在を、これ以上増やさないために」

 

 

その一言だけは、確かに熱を帯びていた。

打算でも合理でもなく、そこには確かに少女たち自身の意思があったのだろう。

だからこそ、次に続いた言葉は、より重く空気へ沈んでいった。

 

 

「それは私の予想を超えた取り組みでした。しかし──彼女たちは。いえ、私たちも含め、想像力が足りていなかった」

 

 

空気が重くなる。

戦闘直後の火薬臭さとは別の、息苦しい沈黙が場を覆っていく。

 

 

「全ての自治区が、メゼラを受け入れるわけではなかったのです」

「当然だろ」

 

 

ヘルメット団リーダーが吐き捨てるように言った。

膝をついたまま、睨み上げる視線だけは鋭い。

 

 

「メゼラの介入を受けるってことは、てめぇのような得体の知れねぇ大人の介入を認めるってことだ」

 

 

その言葉には、過去の自分たちへの苛立ちも滲んでいた。

誰かに頼ること。 誰かの傘下へ入ること。

それを拒絶した結果が、今の自分たちなのだと理解しているからこそ、その声はどこか自嘲的だった。

 

黒服は静かに頷いた。

 

 

「その通りです」

 

 

否定はしない。

責めもしない。

まるで、その選択すら当然の帰結だったと言わんばかりだった。

 

 

「だから私たちは手を払った。そして、この様だ。

 自治区も維持できず、ヘルメット団になって、カイザーの犬にまで落ちぶれた」

 

 

少女が乾いた笑みを漏らす。

その笑いには、もはや誇りなど残っていなかった。

あるのは、自分たちへの嘲笑だけだ。

 

 

「そして、一年前のメゼラ襲撃にも参加した。恥知らずってやつさ」

 

 

その瞬間だった。

黒服の喉から、くつくつと笑い声が漏れる。

 

 

「ええ。実に素晴らしい宣伝でした」

「······は?」

 

 

ヘルメット団のリーダーだけでなく、カヨコも思わず眉をひそめた。

だが黒服は気にした様子もなく続ける。

 

 

「企業支援を受けた傭兵団、ヘルメット団、スケバン。それらを撃退したことで、メゼラの戦闘能力は保証された」

 

 

その口調には、僅かな愉悦すら混じっていた。

 

 

「結果として、メゼラは依頼所としても確立できたのですから」

 

 

戦いすら広告。

襲撃すら価値へ変える。

 

 

「ハンッ······」

 

 

ヘルメット団リーダーは鼻で笑った。

呆れ半分、諦め半分といった声音だった。

 

 

「それで? そんなメゼラの勝者様が、私ら敗北者に何しに来たんだ?」

 

 

そう問いかけられた黒服の様子を、ムツキは見逃さなかった。

まるで、獲物を値踏みする商人のような目を。

 

 

「単刀直入に伺いましょう」

 

 

黒服が静かに告げる。

 

 

「メゼラの傘下に入るつもりはありませんか?」

「······は?」

 

 

空気が止まった。

戦闘の余韻すら、一瞬で凍り付く。

ヘルメット団リーダーは数秒間、本気で意味を理解できなかったように固まっていた。

やがて。

 

 

「何言ってやがる!?」

 

 

怒声が響く。

当然の反応だった。

つい先ほどまで撃ち合っていた相手に、傘下へ入れと言われたのだ。それどころか、過去には本拠地への攻撃も行っている。

冗談にしか聞こえない。

 

だが黒服はまるで揺るがない。

 

 

「現在、廃自治区出身者が自治区を取り戻せるよう、依頼を斡旋し、資金を集められる仕組みが形になってきています。その勧誘を──」

「そうじゃねぇ!!」

 

 

少女が怒鳴る。

その声には、苛立ちよりも混乱が強く滲んでいた。

 

 

「どうして私たちに声をかける!? 私たちはてめぇらを攻撃したんだぞ!?」

 

 

理解できない。

だからこそ怖い。

そんな感情がありありと見えていた。

 

 

「信用できるわけねぇだろ!!それとも、私たちは警戒する価値もないゴミだって言いてぇのか!?」

 

 

すると黒服は、小さく肩を竦めた。

その動作だけは妙に人間臭い。

 

 

「誤解していますね」

 

 

その声は、相変わらず静かだった。

だが、その静けさが逆に不気味だった。

 

 

「私は信用しろとも、信頼しろとも言っていません」

「······あ?」

 

 

周囲も含めて思考が止まる。

 

 

「ただ、私たちを利用しろと言っているのです」

 

 

その言葉に、その場の空気が僅かに揺れる。

ムツキですら、演技を忘れ思わず目を細めた。

 

 

「裏切りたいなら裏切ればいい。騙したいなら騙せばいい」

 

 

黒服は平然と続ける。

 

 

「私たちもまた、貴女方を利用するだけです。武器とは使いようでしょう? 貴女方の飼い主は、武器の扱いが下手なだけです」

 

 

そう言いながら、黒服はヘルメット団リーダーの前で立ち止まる。

そして、抵抗する暇すら与えない自然さで、リーダーの手に握られた銃の発射口を自らの額へ押し当てる。

 

 

「また、私が評価しているのは、貴女方の弱さです」

 

 

黒服は笑う。

それは笑顔と呼ぶには、あまりにも歪だった。

口角が裂けるように吊り上がり、人間らしい温度がまるで感じられない。

 

 

「力がないことの惨めさを知っている。力が無いことの無惨さを痛感している。

 だからこそ、より陰険に、より姑息に、より狡猾に立ち回れる」

 

 

その声音は静かなのに、耳へまとわりつくようだった。

悪魔が囁いている。

そんな錯覚すら覚える。

 

 

「その弱さという自覚こそが武器になる」

 

 

黒服はさらに、自分の手で銃口を額へ押し込む。

皮膚が僅かに沈むほど強く。

 

 

「ですから、互いに武器を向け合って利用し合いましょう。

 私は悪知恵という武器を。貴女方は弱さという武器を。私たちは、互いに罪を背負った同志なのです」

 

その言葉には、妙な説得力があった。

綺麗事ではない。

信頼でも理想でもない。

もっと醜く、現実的な関係。

 

だからこそ、弱者には理解できてしまう。

 

 

「信用などという目に見えない絆は不要。我々に必要なのは、結果という目に見える絆だけでしょう?」

 

 

長い沈黙が落ちた。

ヘルメット団リーダーは、しばらく黒服を睨み続けていた。

だがやがて、その肩から力が抜ける。

黒服は銃から手を離すと、ゆっくりと銃口が下ろされた。

 

 

「······私だけじゃ、決められねぇ······」

 

 

掠れた声だった。

それは拒絶ではない。

迷いだった。

 

黒服は満足そうに笑う。

 

 

「ククッ。構いませんよ。こちら、私の連絡先になります」

 

そう言いながら、黒いカードのような物を、リーダーへと手渡す。

 

 

「連絡、お待ちしています」

 

 

そして、今度はアルの方へと顔を向ける。

 

 

「このような結果となりましたが、どうされますか?」

「······私たちが受けた依頼は、メゼラへの勧誘よ。そして、勧誘を行ったのは貴方。なら、言葉は不要ではなくて?」

 

 

意思を汲み取らせる、思考を回さなければならない問い。

その問いかけはアルの好みではあるが、今はただ不気味だった。

言外に報酬は不要だと、言葉を叩きつけるだけで会話を終える。

 

 

「ククッ。愚問でしたね。他の依頼の成果を期待するだけにしましょう」

 

 

来た時と同じく、コツ、コツ、と鳴らしながら去っていく。

躊躇も未練もなく、黒服は闇の中へ消えていく。

まるで最初から存在していなかったかのように。

 

その背中を見送りながら、アルはパチクリと瞬きをしてしまう。

 

 

(言い回しはちょっとだけ···多少は···かなり好みだけれど······)

 

 

便利屋68がヘルメット団を鎮圧したというのに。

 

 

(美味しいところだけ持っていかれてないかしら!?)

 

 

アルの中では、黒服への疑問より先に、理不尽な置いていかれ感への不満が渦巻いていた。

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