憑依者しかいないゲマトリアがキヴォトスの破滅を回避しようとする話 作:シャンタン
思ったより反響があって驚いている作者です。
ブルーアーカイブとゲマトリアの凄さを感じます。
感想、評価、何よりも拙作を読んでいただいたことに感謝申し上げます。
「黒服、感謝します。デカルコマニーがバルブを閉めに行ってくださいましたが、不便な体ゆえ、自立も碌にできないのです」
「ええ、構いませんよ。こういった時に、
「デカルコマニーには改めて感謝を伝えねばな。して、マダムよ。想定外の事態というのは、その姿についてで相違ないか」
「少し違いますが、関係はあります」
女神のようなベアトリーチェが答える。背中には1対の翼、頭上には輪が浮かんでいる。ベアトリーチェにこんな形容詞がつくとは…
「ふむ、マダムのその姿は、神秘の獲得に至ったということでしょうか」
「いえ、そういうことでもなさそうです。仮にヘイローの獲得に至っただけであれば、翼が生えることもないでしょう」
「ゴルコンダの言う通り、神秘を会得したわけではないようです。通常時に翼と輪がないことに理由がつきませんし、神秘観測機は数値を示しませんでした。何より、出力が低すぎて生徒にも勝てません」
「つまり、崇高とも言えないわけか。そもそも、どういう経緯でそのような姿となることを自覚したのだ。流れを説明していただきたい」
「確かに、マエストロの言う通りですね。この姿に至った経緯は、黒服から神秘保管パックを提供された、数日後の出来事になります」
「アツコ、問題ありませんか?気分が悪くなったらすぐに言うのですよ」
「心配しすぎだよ、マダム。ただの血液採取なんでしょ」
「確かに献血で抜く量と差はありませんが…」
アツコと呼ばれた少女が、腕に針を刺されながら答える。医療用ベッドで寝ており、重症というよりも、採血を受けているだけのようである。採血を受けている腕の反対では、ベアトリーチェが手を握っており、心配している様子が伺える。
「そもそも、
「あなたたち生徒が丈夫であることは理解しています。しかし、キヴォトスでは血を流すという機会は少ないものですから、貧血などの症状が心配なのです。それに、キヴォトスでは撃ち合いが日常過ぎて慣れざるを得ないのです」
そう、ベアトリーチェの言う通り、銃弾が飛び交うキヴォトスにとって、血を流す程の傷はまれである。原作においても、違法弾薬を受けた生徒が、跡が残ることを心配しているだけで、命の危険は感じていなかったのだ。
「アツコ、やはり今回で止めにしませんか。無理に協力する必要は…」
「いいんだよ、マダム。私がやりたくてやってることだから」
「ですが…」
「それに、やっとマダムに恩を返せるんだよ。私たちが生まれる前から続いて、何のためにやっているのかも曖昧になってしまったあの争いを。マダムが救ってくれたんだよ」
アツコの言葉を受け、ベアトリーチェは顔を歪めないように耐えるしかなかった。
何故なら彼女は知っている。本来であれば、子供は銃を持たなくてもよいのだと。
何故なら彼女は知っている。本来であれば、こんな廃墟だらけの場所にいる必要がないのだと。
何故なら彼女は知っている。本来であれば、何も気にせずに青春を謳歌する権利があるのだと。
そう叫びたい衝動に駆られている。
しかし彼女は知っている。キヴォトスにおいて弱さとは罪であり、学校とは認められないアリウスにとって、力がなければ生き残ることもできないのだと。
キヴォトスに厄災が降りかかった時に死なぬように、このキヴォトスでも生きていけるようにと、体育と偽り戦闘訓練を行わせている、己の
「それでも、それでも、私にとっては、あなた達の方が大事なのです」
「知ってるよ。知ってるよ、マダム。マダムが大事に思ってくれていること。私たちみんな知ってる」
そんなマダムだからこそ、力を貸したいんだよ
話をしている間に献血が終わっていた。しばらく安静にしているようにアツコに声をかけ、輸血パックを手に取り、部屋をでていくベアトリーチェ。
アツコの発した言葉は、決して軽くはなかった。慰めでも、憧れでもなく、ただ純粋な決意だった。
ベアトリーチェの胸の奥に、熱が灯る。こんな自分に向けられる想いがあるのだと知るだけで、涙が滲みそうになる。ただその一言が、こんなにも救いになるとは思わなかった。
うれしい。本当に、うれしかった。
だが同時に、その温かさは刃のように胸を裂く。助けられるべきなのは彼女達の方だ。守ると誓ったのは自分の方だ。なのに、その少女の言葉で報われたような気持ちになっている。
視線を落とす。手には輸血パック。まだ温度の残るそれは、破滅に抗える可能性を持った、小さな希望。
こんなものに頼らなければならない現実。自分ひとりでは何も救えない現実。喉の奥が焼ける。
「…馬鹿、だな」
かすれた声が漏れる。少女に向けたものではない。自分自身への、吐き捨てるような言葉だ。
指先に力がこもる。無意識の感情の発露だった。ベアトリーチェはそのまま、血液の入ったパックを上に掲げる。
透明なパックが歪み、内部の赤が圧に耐えきれず膨れ上がる。指の隙間から温かい液体が溢れ、手の甲を伝い落ちる。鉄の匂いが鼻を刺した。
今度は意識的に力を込めた。耐えられなくなった輸血パックは破裂音を奏で、ベアトリーチェは全身に血を浴びることとなった。
そして、始まる異音。立ち込める赤い煙。
「私はたった今、覚悟を決めました」
彼女の献身に報いるために…。
「マダム!!マダム大丈夫か!!部屋から赤い煙が…マダ、ム?」
「サオリ?!これはですね」
「女神様…女神様がいる」
「何を言っているのです?!サオリ?!」
変身したマダムの第一発見者、錠前サオリ。普段からの感謝、畏敬の念が限界突破し、フォルムチェンジしたベアトリーチェを見て信仰を得るに至る。
そんな信仰者サオリのとった第一の行動は…。
「マダムは女神様だったんだ…。皆に伝えねば…」
「サオリ?!サオリ!!どこに行くのです!!」
布教であった。今世紀最大の発見をアリウスに広めねばと全力で駆け出していく。
対するベアトリーチェはサオリを止めようと駆け出していく。一刻も早く止めねばならぬと理性が警報を鳴らしていたからだ。
なお、そんな追いかけっこは通りすがりのアリウス生徒に見られており、サオリがミサキを見つけ布教をしようと止まるまで、ベアトリーチェの姿は目撃された。
「つまり、
「クックック。ロイヤルブラッドも作用したのでしょうね。捧げられた血を浴びるという行為自体が儀式となったのかと。しかし、どちらかと言えば…」
「原作のベアトリーチェも行っておりましたが、立場を変えるだけでそこまで作用するものなのでしょうか…」
「そういうこった!!」
黒服とゴルコンダは思索に入ってしまった。しかしながら、戻ってきたデカルコマニーにゴルコンダを渡しており、礼を述べている。完全に周りが見えなくなっているわけではないようだ。
「しかし、マダムよ。それでは疑問の答えとなっていない。その姿形となった経緯については理解したが、想定外とは何だったのだ」
「…ことです」
「何を言っている、マダム。申し訳ないが、もう少しハッキリと話してくれないか」
「私を信仰する宗教ができてしまっていることです!!」
「そういうこった!!」
哀れベアトリーチェ。覚悟を決めた数秒後、崇拝の対象となってしまった。自身の宗教が出来上がる覚悟はしていなかったらしい。
「クックック。謎が解けました。原作とは違い、秤アツコの協力を得たうえで、複数回にわたってロイヤルブラッドが捧げられています。つまり、崇高に至る捧げものではなく、神への供物と解釈されたのでしょう」
「なるほど。そうであれば原作との差異にも幾分か説明がつきます。
「校長という立場が決定打であろうな。アリウス生徒が信者、
「そういうこった!!」
「何を吞気に考察しているのです!!いいから一刻でも早く邪教を解体するすべを考えなさい!!
最近では、
ベアトリーチェの敗因はたった一つ。流れに身を任せ、鍵もかけずに自室で儀式を行ったことである。
つまり、ノリと勢いで行動した自業自得であった。
「しかし、好都合なのではありませんか? 貴女の目的は私と同じはずでしょう。紛争を治め、宗教として祀られている大人など、如何にもではありませんか。それとも、鞍替えでも行いますか?」
黒服の言葉を受け、荒げていた息を整えるベアトリーチェ。そして、ゆっくりと語り始める。
「いいえ、私は方針を曲げるつもりはありません。当初の予定通りです」
そう、ベアトリーチェが目的を変えることはない。
「そもそも、エデン条約が今のまま締結されたところで、破綻は見えています」
そう、彼女は知っているからだ。
「何より、このキヴォトスでは、力こそが正義という側面があることが気に入りません」
本来、彼女達が受けられるはずだった
「
何よりも、あの子たちが後ろ指を刺されずとも、生きていけるように。
「私は
「ええ、ええ、それでこそマダムです」
「しかし、それとこれとは話が別なのです黒服!!」
しまらねえなぁ……。
思ってたんと違うと言われるのが怖い今日この頃。