憑依者しかいないゲマトリアがキヴォトスの破滅を回避しようとする話   作:シャンタン

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第六話 束の間

 

 

「いらっしゃいませ!!少々お待ちくだ······」

 

元気よく来店者を迎えようとしたセリカだったが、店の入り口に立つ顔ぶれを見た瞬間、その動きが止まった。

アビドス対策委員会の面々と先生が揃っており、思考を停止させてしまった。

セリカは口をパクパクさせながら、次第に顔を赤く染める。

 

 

「ど、どうして、ここに······」

 

 

無意識に出た言葉だった。バイトをしていたのを隠していた筈なのに、唐突に知り合いが押し掛けてきている状況であるため、仕方ないだろう。

 

 

「セリカちゃん、ごめんね~?その疑問はもっともだと思うんだけど、おじさんたちも、何でヘルメット団が居るか気になるかな~?」

 

 

ホシノは首を傾げながら店内を見回した。

 

窓際だけではない。

死角になっていた奥の席にもヘルメット団員らしき少女たちが座っている。しかも全員が普通に食事を楽しんでいた。

 

中央にぽつんと空いた席だけを残し、店内はほぼ満席だった。ホシノとしてはセリカをからかいつつ、来た理由を先生に押し付けることで慌てる二人をみる予定であったが、そんなことをする余裕がなくなってしまった。

 

 

「あ~~。なんて説明すれば良いのかしら······」

 

 

セリカは困ったように眉を下げる。

説明しろと言われても、自分自身が状況を完全に理解しているわけではなかったからだ。

そんなセリカを助けるように、一人のヘルメット団員が立ち上がった。

 

 

「セリカの姐さん。そこからは説明させてくだせえ」

「ちょっと!?私は別にそういうつもりで言ったわけじゃ······というか、その三下ムーブは何なのよ!?」

「いや、やってみたくてつい······」

 

 

助け船どころか新たな混乱だった。

周囲の団員たちもどこか楽しそうにその様子を見て、食事を続けていた。

昨日まで敵対していた少女たちとは思えない光景だった。

 

 

「「「······姐さん?」」」

 

 

先生たちは揃って首を傾げた。

 

 

昨日の敵は、今日のお客さん。

そして、セリカが何故か姐さん呼びをされている。

 

理解が追いつくはずもない。

そんな空気を見ていた柴大将も、苦笑しながら口を開く。

 

 

「セリカの嬢ちゃん。立ちっぱなしってのもなんだし、接客をお願いして良いかい?」

「す、すみません!大将!!え~っと、7名様ご来店です!こちらの席へどうぞ!······あっ」

 

 

慌てて接客モードへ切り替えたセリカだったが、案内しようとした席は六人席だった。

 

あと一人座れない。

気付くのが少し遅かった。

 

 

「つ、追加の椅子をお持ちしますので、少々お待ちください!」

「いえ、それには及びませんよ。少し気になる方々を見つけたので、そちらに相席させていただきます」

 

 

そう言ったのはニコだった。

柔らかな笑みを浮かべながらも、その目だけは鋭い。

ニコは誰の返事も聞かずに、一番奥の席へと向かう。

 

先生もその視線を追っていくと、4人組の少女が座っていた。

そのテーブルの近くにはヘルメットが置いておらず、少女たちだけが、一般のお客さんのように見える。

 

赤毛の少女が何やら必死に話しかけており、その隣ではアッシュブロンドの少女も同調している。

対照的に、黒髪の少女と紫髪の少女は妙にどんよりとした暗い雰囲気をしていた。

 

ホシノも気になったのか先生の背後へ回り込む。

 

 

「あれ?こんなところに来るなんて珍しいね~」

「"知り合い?"」

「そうだよ~。時々、顔を合わせるんだ~。······にしても、カヨコが意気消沈してるなんて珍しいね」

 

 

先生が再度目を向けると、ニコが声をかけている様子が目に映る。しかし、赤毛の少女は話しかけられても首を傾けており、知り合いのようには見えない。

 

 

「先生もホシノちゃんも早く座ろ~!」

 

 

そんななか、ユメの声が聞こえてきて、先生は一度思考を打ち切る。

どうやら、ニコが移動している間に、残りの面々は席についていたようだ。

先生とホシノだけが立ったままで、他のメンバーは二人を待つ状況となっていた。

 

 

「どっちに座ります~?」

「ん。ノノミかユメ先輩。どっちも夢がある」

「なるほど~?先生。選んで良いよ~?」

 

 

ノノミが問いかけ、シロコが意味不明な方向へ話を転がしていた。

ただ席を選ぶだけのはずである――少なくとも先生はそう思っていた。

しかし、ホシノには意図が伝わったようで、先生に席の選択を譲る。

 

 

「いや、早く座って欲しいんだけど。リーダーも困ってるし」

「邪魔しちゃ駄目だぜ、姐さん。あれは大事な選択だぜ?」

「ただの席決めじゃない!?」

「いや、どっちを選ぶかのルート選択だぜ。私には分かる」

「"え?"」

 

いつの間にか恋愛ゲームみたいな扱いになっていた。そんなわけはないはずだが、先生は状況を上手く飲み込めない。

 

 

「ちょっと!あんた、最初の威嚇したような雰囲気どこにいったのよ!?」

「今度の飼い主は躾が上手いんでな。それに、ヘルメット団を私一人でどうにかしなきゃいけないっていう、自惚れも無くなったんでね」

「·········そう」

 

 

セリカとヘルメット団員の仲について聞きたくなった先生だが、状況の収拾がつかなくなることは予想できた。

 

 

("ニコについても気になるけれど······")

 

 

もう一度、ニコの方へと目線を向ける。どうやら4人組の少女たちと相席するようで、既に席へと着いていた。

 

 

("ホントに知り合いなだけの可能性もあるし、後で詳しく聞こう。それに、ホシノの懸念も解消できていないし、ヘルメット団がどういう状況なのかも気になる")

 

 

少し様子がおかしいニコ。

疑惑付きのホシノと友好的なヘルメット団。

これら二つを天秤にかけ、先生は後者をとった。

 

 

("とりあえず······シャーレで一緒に働いてるし、ユメの方が無難かな?")

 

 

先生はユメを選択した。

 

深い意味はない。

本当にない。

 

 

「"ユメの隣に失礼しようかな"」

「負けちゃいました~」

「ん。ノノミルートはお預け」

「"えっ?ホントにそういう話だったの?"」

 

 

どうやら本当にそういう話だったらしい。

先生は内心で、軽く頭を抱えた。

 

 

「あっ、えっと······これからもよろしくね?」

 

 

ユメは人差し指を合わせながら、少し顔を赤らめ、緊張した様子でそう言う。

先生は何とも言えない顔になった。

 

 

「じゃあ、おじさんがノノミちゃんをもらおっかな~?」

「ん。これで、ノノミルートは無くなったね」

「ホシノ先輩と結ばれちゃいました~」

「アビドスルートに戻るには、アヤネかセリカを攻略するしかなくなった」

「えっ!シロコ先輩、自分だけ逃れようとしてませんか!?」

 

 

席に着いた一同を見ながら、店内には和やかな笑いが広がる。ようやく本題へ入ろうとしていた。

 

 

「それで?」

 

 

ホシノが頬杖をつく。

先ほどまで茶化していたヘルメット団リーダーも、その声色を聞いて姿勢を正した。

店内の空気が少しだけ引き締まる。

 

 

「どういう状況なのかな~?」

 

 

ホシノの視線を受け、ヘルメット団リーダーは一度深く息を吐いた。

 

 

「······私たちは、カイザーに雇われていた」

 

 

店内の空気がわずかに張り詰める。

対策委員会の面々は驚いたように互いに視線を交わした。自身の聞こえた内容が間違いでないか確かめたかったのだ。

 

しかし、ホシノにとっては予想の範囲内ではあった。

 

 

「アビドスを襲撃したのも、全部そいつらからの依頼だ」

「カイザー、ね~」

 

 

ホシノが呟く。

他の面々は事実を受け止めようと目を合わせており、セリカは複雑そうな表情をしていた。

 

しかし、先生だけが首を傾げている。

その様子に気付いたユメが、不思議そうな顔をする。

 

 

「先生、どうかしたの?」

「"そのカイザーっていうのは?"」

 

 

その言葉に、一瞬だけ全員が固まった。

 

 

「えっ!ご存知ないんですか!?」

 

 

アヤネが思わず身を乗り出す。

先生は小さく頷いた。

 

キヴォトスに来てから日も浅く、先生はまだカイザーという名前は聞いたことがなかった。

 

 

「"有名なの?"」

「有名も何も······」

 

 

セリカは額に手を当てた。続きを言おうかどうか、迷ってしまい言葉に詰まる。

そんな様子を見たホシノが、セリカに代わり説明を引き継ぐ。

 

 

「キヴォトス中で手広く商売してる大企業だよ。建設とか警備とか運送とか、色んなことやってるね~」

「ん。どこにでもいる」

 

 

シロコも補足する。

 

 

「それに、アビドスにもカイザー系列の会社が存在する」

 

 

先生は静かに頷いた。

なるほど、と頭の中で情報を整理する。

 

 

「"つまり、その大企業がヘルメット団を雇ってアビドスを襲わせた、と"」

「そういうことになるね~」

 

 

ホシノはヘルメット団リーダーへ視線を戻した。

 

 

「で?理由は聞いてる?」

「知らねえ」

 

 

即答だった。

 

 

「······知らないんですか?」

 

 

アヤネが眉をひそめる。

 

 

「私たちは依頼を受けただけだ」

 

 

ヘルメット団リーダーは肩を竦めた。

その顔には自嘲が混じっている。

 

 

「向こうが何を考えてるかなんて知らねえよ。襲撃しろって言われて、金を積まれた。それだけだ」

「じゃあ、何でそんな依頼を受けたんですか?」

 

 

ノノミが問いかける。

普段よりも少し真剣な声音だった。

ヘルメット団リーダーはしばらく黙る。

 

そして小さく笑った。

 

 

「生きるためだよ」

 

 

その一言に、店内が静かになる。

 

 

「私たちは企業でもなければ学校の支援もない。縄張り争いだの何だので毎日金が飛んでく」

 

 

リーダーの視線が周囲の団員たちへ向く。

ラーメンを食べていた少女たちも、今は静かに耳を傾けていた。

 

 

「飯を食わせる金も必要だ。武器の整備も、怪我した奴の治療費も」

 

 

ぽつりぽつりと呟くように付け加える。

 

 

「金が無けりゃ終わりなんだよ」

 

 

リーダーは苦笑した。

 

 

「だから受けた。正義とか悪とか、そんな余計なこと考える余裕なんてなかった」

 

 

その言葉に、対策委員会の誰もすぐには反論できなかった。

アビドスもまた、資金不足に苦しんでいる。

だからこそ、その切実さは理解できてしまう。

 

特にセリカは、複雑な表情を浮かべていた。

先生たちが来る前に、ヘルメット団が店へ現れた時こそ警戒したものの、事情を説明され、強く当たれなくなっている。

 

理由は単純だった。

彼女たちの話が、あまりにも他人事とは思えなかったからだ。

 

お金がない苦しさ。

生活が立ち行かなくなる不安。

学校の存続のために必死になった経験。

それらはアビドス生徒であるセリカにとって決して遠い話ではない。何よりも、彼女達は命が懸かっている。

 

もしアビドスに仲間がいなかったら、自分だって似たような道を歩いていたかもしれない。

そもそも、アビドス高校に入学することすら出来なかったかもしれない。

 

そう考えてしまう。

 

もちろん襲撃したことが許されるわけではない。

だが、生きるためだったと言われると、頭ごなしに否定することもできなかった。

だからこそセリカは、彼女たちを客として扱うことにする。

アビドスを襲った敵ではなく、柴関を訪れたお客さんとして。

 

 

「······馬鹿なんだから」

 

 

誰にも聞こえないくらい小さな声で、セリカは呟いた。

それがヘルメット団への呆れなのか。

それとも、自分自身へのものなのかは分からなかった。

 

 

 

先生はリーダーの話を聞いてしばらく考え込み、そして一つの疑問を口にする。

 

 

「"でも、それを証明できるの?"」

「証明?」

「"カイザーに雇われていたって話"」

 

 

その瞬間、ヘルメット団リーダーの表情が固まった。

 

ホシノも目を細める。

確かに重要な話だ。証言だけでは証拠にならない。

しかし、少女を疑うような質問が出たことに、今まで抱いたお人好しの雰囲気が一致しなかった。

 

 

「私たちが言ってるだけじゃ信用されねえな」

「"いや、そこは重要じゃないんだ"」

「あん?どういうことだ?」

 

「"自治区への攻撃は立派な犯罪行為だ。キヴォトスで様々な事業を担っている大企業が、自治区への攻撃を指示したという事実が存在するなら、他の自治区への警戒を促す必要もある。

 私は、シャーレが介入する案件だと判断した"」

「つまり、連邦生徒会に報告するために······」

「ん」

 

 

シロコが頷く。

 

 

「証拠が必要」

 

 

アヤネも同意した。

 

 

「カイザー相手ならなおさらです。それに、シャーレ所属の先生からの話であれば、連邦生徒会も無下にはしないでしょう」

 

 

その場に沈黙が落ちる。

しばらくして、ヘルメット団リーダーが口を開いた。

 

 

「······金は振り込まれてた」

 

 

全員の視線が集まる。

 

 

「ブラックマーケットの銀行だ」

「銀行?」

「依頼料は全部そこ経由だった」

 

 

ホシノの表情が変わる。

 

 

「なるほどね~」

「記録が残ってる可能性がありますね」

 

 

アヤネもすぐに理解した。

ヘルメット団リーダーは頷く。

 

 

「私たちが受け取った金の出所を辿れれば、カイザーとの繋がりも出てくるはずだ」

 

 

先生も話が見えてきた。

 

証言だけでは弱い。

だが送金記録が存在するなら話は別だ。

 

 

「問題は」

 

 

ホシノが苦笑する。

 

 

「ブラックマーケットの銀行が、素直に見せてくれるとは思えないことかな~」

「絶対見せねえだろうな」

 

 

ヘルメット団リーダーも即答した。

ブラックマーケットで営業している時点で、まともな銀行ではない。

 

顧客情報を簡単に開示するはずがない。

 

 

「"つまり"」

 

 

先生が整理するように口を開く。

 

 

「"ヘルメット団がカイザーに雇われていた証拠を手に入れるには、そのブラックマーケットの銀行から、どうにかして記録を手に入れる必要がある"」

 

 

再び沈黙が落ちる。

 

 

「·········行くしかないね」

 

 

ホシノが覚悟を決めた様に言う。

 

 

「ん」

 

 

シロコがホシノに続くように頷く。

 

 

 

 

 

 

「銀行を襲う」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「······シロコ先輩、言い方はどうにかならなかったんですか?いや、間違ってはいないんですが」

「安心して欲しい。準備は万全」

 

 

アヤネが頭を抱えた。対して、シロコはお目目がキラキラしており、興奮を抑えきれていなかった。

 

そんな二人をよそに、先生も思案する。

どこであろうと、銀行が素直に顧客情報を提出するとは思えない。後ろ暗いことがあるなら尚更であろう。

証拠を手に入れるなら、自分たちで動くしかないだろう。

 

 

「まあ、方針は決まったってことで良いかな~?」

 

 

ホシノが締めるように言ったところで、

 

 

「お前さんたち」

 

 

不意に柴大将が声を掛けた。

 

全員の視線がカウンターへ向く。

柴大将は呆れたように腕を組んでいた。

 

 

「難しい話が終わったなら注文してくれねえかい」

 

 

一瞬の静寂。

そして。

 

 

「"あっ"」

「そういえばまだだったね~」

「忘れてましたね~」

「ん。ラーメン屋だった」

「難しい話が続いて、お腹もペコペコだよ~」

「いや、何で忘れられるのよ!?」

 

 

セリカが思わずツッコむ。

先生たちは席についてから随分経つ。

にもかかわらず、誰一人注文していなかった。

柴大将は深いため息を吐いた。

 

 

「うちは会議室じゃなくてラーメン屋なんだがな」

「す、すみません!」

「"大変申し訳ございません"」

 

 

アヤネと先生が慌てて頭を下げる。

 

 

「おう!何も聞こえちゃいないが、これから英気を養わなきゃなんだろ?なら、しっかり食べてってくれよ!!」

 

 

先ほどの少し不機嫌な様子が演技と分かるほど、朗らかに笑う大将。何も聞こえなかったかどうかは、大将のみぞ知るだろう。

 

重苦しかった空気も少しだけ和らぐ。

そんな中。

 

 

「申し訳ないのですが······私はここで失礼しますね」

 

 

ニコが席へと近づいていた。

いつの間にか、ニコの方も会話が終わっていたらしい。

 

 

「え?」

 

 

ユメが目を瞬かせる。

 

 

「もう帰っちゃうの?」

「はい。先ほどカヤ室長から連絡が入りまして」

 

 

ニコは端末を軽く見せる。

 

 

「急ぎの用件とのことですので」

「"カヤから?"」

 

 

先生が首を傾げる。あまりにも急な話で、事態を把握しきれていなかった。

 

 

「仕事なら仕方ないね~」

「本当はもう少しお話ししたかったんですけどね」

 

 

ホシノも仕事ならばと、引き留めずに見送るだけにする。

それに対して、ニコは申し訳なさそうに微笑む。

そして先生へ向き直った。

 

 

「それと、ブラックマーケットの件に関しては、カヤ室長にこちらで伝えておきます。ホシノさんがいらっしゃれば、よほどのことはないと思いますが······先生もお気を付けください」

「"うん、ニコも気を付けて······?"」

 

 

そう先生が返事をする頃には、ニコは既に店の入口へ向かっていた。

 

 

「あっ」

 

 

アヤネが何か言おうとする。

しかし。

 

 

「それでは失礼します」

 

 

扉が開き、閉まる。

あまりにも早かった。

 

 

「行っちゃったね~」

 

 

ホシノが呟く。

 

 

「ん。早い」

「今日は、昨日よりソワソワされてましたね。ラーメンは食べられたんでしょうか?」

 

 

ノノミが首を傾げる。

そして、唖然としていたアヤネが言葉を絞り出すように呟く。

 

 

「私たち、ブラックマーケットまでどうやって行くんですか?」

 

 

その一言で全員が固まった。

言われてみればそうだ。

ここまで来る際の移動手段はニコが用意していた。

つまり。

 

 

「帰っちゃいましたね~」

「ん」

「いや、頷いてる場合じゃないでしょ!」

「"私の場合は、帰りの手段も考えなきゃだね······"」

 

 

先生は少し困った顔になる。先生はシャーレまで、ニコが送迎してくれる予定であったため、帰りの手段を考える必要が出てきてしまった。

ブラックマーケットへの移動手段と、帰りの手段。

どうしたものかと考えていると。

 

 

「だったら」

 

 

ヘルメット団リーダーが口を開いた。

全員の視線が集まる。

 

 

「私たちが送ってやるよ」

「え?」

 

 

アヤネが目を丸くする。

リーダーは肩を竦めた。

 

 

「元々、証拠探しは私たちにも関係ある話だ。散々コキ使われて、意趣返しもしたいしな」

「それに」

 

 

別の団員が続く。

 

 

「ブラックマーケットなら、私たちの方が土地勘もある」

「立地ぐらいは教えられるよー」

 

 

団員たちが口々に言う。

確かに、その点については頼もしい。

 

 

「良いの~?」

 

 

ホシノが確認する。

 

 

「構わねえよ」

 

 

リーダーはニヤリと笑った。

 

 

「ついでに、終われば先生も送ってやるぜ」

 

 

その言葉に、先生たちは顔を見合わせる。

敵だったはずの相手。だが今は、少なくとも敵ではないと思える。

 

 

「"······よろしくお願いします"」

 

 

先生が礼を述べる。そこはかとなく悲哀を感じられるが気のせいであろう。

 

 

「ん」

「おじさんはラーメン食べてから行きたいかな~」

「そうよ!早く注文しなさい!······というか、そもそも何でここに来てるのよ!!」

 

 

セリカの叫び声が店内に虚しく響く。

ホシノ達は目をそらし、先生は言っている意味が分からず、首を傾けていた。

いまさらセリカをからかう雰囲気ではなく、先生は食事に誘われただけである。

 

セリカにとっては、柴大将がにこやかであることが救いだった。

 

 

 

その後、一同はラーメンを注文した。

難しい話で張り詰めていた空気も、湯気の立つラーメンを前にすると和らぎ、固い雰囲気を払拭していた。

 

 

「美味しいね~」

「ん。やっぱり柴関が一番」

「塩も美味いぜ」

「いや、なに通ぶってるのよ。貴女、来たのは今日が初めてじゃない……」

 

 

セリカは呆れたように呟く。

配膳を終えると、大将に『今日は、嬢ちゃんのバイトは午前までだったな!』と、言われてしまった。

 

そして、セリカは賄いを先生達と食べていた。

本日中にブラックマーケットまで行くことが出来るようになったため、腹ごしらえである。

 

6人席の端に椅子を2つ持ってきて、リーダーとならんで座っている。

 

 

 

「替え玉するする入る」

「チャーシュー追加したい」

「財布と相談しろ。前金の分け前を、リーダーから貰ったばっかだろ?」

 

 

また、他の席ではヘルメット団員たちが、追加の注文を終えていた。やり取りを聞いていると、怒る気もより削がれていく。

 

 

(······調子が狂うわ)

 

 

そう思いながらスープを飲んだセリカは、不意に先生へ目を向ける。

 

先生は、ユメやホシノたちと普通に話していた。

まるで最初からアビドスの一員だったかのように。

少なくとも、セリカにはアビドスのみんなが、先生を受け入れているように見えた。

 

 

「……」

 

 

セリカは小さく視線を逸らす。

 

カイザーからの嫌がらせ。

 

アビドスの借金問題。

 

まだ何も解決したわけじゃない。

なのに皆が自然に先生を受け入れていることに、少しだけ引っ掛かりを覚えていた。

 

 

「セリカちゃん?」

 

 

ホシノが首を傾げる。

 

 

「なんでもないわよ」

「そう~?」

 

 

探るような視線。

セリカはため息をつきたくなった。

 

言いたいことが無いわけじゃない。そもそも、ブラックマーケットへ、先生が一緒に行くことを、セリカは納得しきれていなかった。

けれど、楽しそうに先生と話すユメの姿が目に入る。

 

 

卒業生である、ユメへの信頼。

大人である先生への不信感。

 

ユメが所属しているシャーレを信じたい気持ち。

先生が所属している連邦生徒会を信じられない気持ち。

 

 

大人にも子供の時期がある。そんな当たり前を、今さらながらに思う。

そして、人には人の事情があると知ってしまうと、飲み込まざるを得なかった。

 

ユメ(大人)を信じて、先生(大人)を信じないのは、自分が子供のように感じられた。

しかし、アビドスの大人も復興を半ば諦めており、連邦生徒会にすら見捨てられたアビドスへ、今さら介入してくるのかと叫びたくなる。

感情と理性が頭で喧嘩を続けている。

 

 

 

「本当に何もないわよ。ラーメン伸びる前に、美味しく食べなさい」

「はいはい~」

 

 

ホシノは苦笑しながら箸を動かした。

 

その後、一同は腹ごしらえを終えると、ヘルメット団の車両に乗り込みブラックマーケットへ向かった。

 

 

 

 

数時間後。

ヘルメット団の車両に揺られながら、一行はブラックマーケットへと到着していた。

 

 

「ここから先は頼んだぜ」

 

 

ヘルメット団リーダーが窓から顔を出す。

 

 

「車を盗まれたら笑えねえからな」

「見張り、よろしくね~」

「おう。終わったら連絡しろ」

 

 

そう言い残し、ヘルメット団たちは車両の警備へ向かった。

残されたのは先生とユメ、アビドスの面々だけである。

 

 

「じゃあ行こうか~」

 

 

ホシノを先頭に、一行はブラックマーケットの雑踏へ足を踏み入れる。

 

昼間だというのに空は薄暗い。空が曇っていることだけが原因ではなく、ブラックマーケットの空気感から、どうしてもそう感じてしまう。

 

看板が無秩序に並び、細い路地の奥には何を売っているのか分からない店まで見える。

露店には銃器のパーツや怪しい薬品が並び、値札すら付いていない商品も少なくなかった。

 

 

「すごい、雰囲気がありますね······」

「ですね~」

 

 

アヤネが驚きを示すように呟き、ノノミが同意するように返事をする。

 

 

「思った以上に危なそうな場所だね……」

「ん。独特」

 

 

ユメは少し不安そうで、シロコは周囲を観察する。

行き交う人々も一様ではない。

 

 

武装した生徒。

 

顔を隠した商人。

 

何かを運ぶ運送屋。

 

視線を合わせただけで揉め事になりそうな者までいる。

 

 

アビドス自治区とは、ある意味で別世界だった。

 

 

「本当に何でもありなのね」

 

 

セリカも珍しそうに辺りを見回す。

先生も周囲を観察しながら歩く。

その時だった。

 

 

「来ないでください~~!!」

 

 

切羽詰まった声が響く。

人混みの向こうから、一人の少女が駆けてくる。

髪を揺らしながら必死に走るその姿は、どこか慌てていて危なっかしい。

そして、その手を引かれているのは、ペロロの仮面を被った小柄な少女だった。

 

 

「もう少しですから!」

「······っ!」

 

 

仮面の少女も懸命に走っている。

だが、その後ろから。

 

 

「逃がすな!」

「そいつらを捕まえろ!」

「仮面のガキだけでもいい!」

 

 

数人の武装集団が追い掛けてきていた。

 

 

「え?」

 

 

アヤネが目を丸くする。

 

 

「今度はなんでしょう?」

「ん。追われてる」

 

 

シロコが短く呟く。

 

 

「た、たいへん!助けなきゃ!こっち、こっちだよ!!」

 

 

それを見たユメが、声を張り上げる。

すると逃げていた少女が、先生たちを発見した。

 

 

「すみません!」

 

 

そのまま一直線に駆け寄ってくる。

そして、先生とユメの後ろへと回り込むと、その少女はペロロの仮面を被った少女を庇うように背後へ隠した。

 

 

「お願いです!」

 

 

肩で息をしながら必死に訴える。

 

 

「襲われてるんです!」

 

 

追い付いた武装集団たちも足を止めた。

 

 

「チッ」

 

 

面倒そうに舌打ちする。

どうやら先生たちのことを見て、都合良く行かないのは理解したのだろう。

それを証明するように、ホシノが一歩前へ出る。

 

 

「マーケットガードがどうしたのかな~?」

「俺たちが誰か分かってるのか?なら、話は早い」

 

 

武装集団――マーケットガードの一人が答えた。

そしてペロロの仮面を被った少女を指差す。

 

 

「そのガキ二人を渡せ」

「どうして捕まえようとするんですか!?やめてください!」

 

 

少女が即座に拒絶する。

 

 

「私たちは何もしてません!」

「関係ねえ」

 

 

マーケットガードが笑った。

その笑みは不快なものだった。

 

 

「ブラックマーケットでは俺たちが法だ。他の奴らへの説明はどうとでもなる」

 

 

空気が変わる。

アビドスで戦闘ができる面々は、各々が戦闘準備を整え前に出ていく。

ユメは、先生とアヤネ、逃げていた二人の少女を庇うように中間に移動した。

アヤネと先生も、戦闘の補助ができる様に呼吸を整えていく。

そして先生の背後では。

 

ペロロのカバンを背負った少女が、ペロロの仮面を被った少女を守るように抱き寄せていた。

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