憑依者しかいないゲマトリアがキヴォトスの破滅を回避しようとする話   作:シャンタン

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デカルコマニーって何考えてるかわかんないよね。でもそういう人に限っていろいろ考えてたりするよね

黒い靄が頭の異形が、小さい部屋を行ったり来たりしている。そこにいつもの相棒(ゴルコンダ)の姿はなく、杖すら持っていない。ゴルコンダは今、マエストロと構想を練っており、作業者の自分(デカルコマニー)は暇になる。

だからこうして、いつもの考え事をする。

 

 

やっと原作開始まで2年だというのに、破滅が遠ざかっている気がしない。いや、ゲマトリアがこんな状態であるのだから、原作から乖離するのは問題ない。むしろ必然といえよう。

下手に原作尊守と原作無視の考え方の違いによって、ゲマトリア間で対立がおき、ゲマトリア崩壊にならなかっただけマシである。

 

「どういうこった?!」

 

だがしかし、あの惨状はないだろう・・・。マダムは一体何をしている!何を新興宗教など作っている!追放された学校で内紛を治め、祀り上げられるなどと!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

下手したら"先生"(救世主)の立場を奪いかねない!

 

「そういうこった!!」

 

このキヴォトス(生徒達の箱庭)では致命傷になりかねなかった・・・マダムが生徒を加護する者でありながら、キヴォトスへ敵対する者となってくれたおかげで、致命傷一歩手前で済んだ・・・。

これでマダムがキヴォトスを許容する者であったならば、配役被りで"先生"の来訪が無くなることすらあり得るのか?

並行次元の同一存在は、よっぽどのことがない限り、同じ世界で共存しえない・・・救世主の配役被りはどうなるか予想がつかない。どちらかに(キヴォトス)は味方しなくなるだろう。

 

「そういうこったぁ」

 

あぁ、だが安心などできない。マダムは悪役への道を歩み始めてしまった。今はアリウス分校のみの信仰で、アリウス生もマダムのことを悪だとは思っていないだろう。今のアリウス分校の生徒数は把握しきれていないが、キヴォトス全体でみればそう多くはない。認知度が余りないゆえに、マダムは崇高に至っていないと推測できる・・・。

 

であればだ。仮に、救済の女神(マダム)への認知が、キヴォトス全体に広がったら?キヴォトスに反省を促すため、キヴォトスの悪(生徒達の敵)に一時的にでもなり、それで認知が固定されてしまったら?

間違いなく、存在(記号とテクスト)が確立しきっていない、救済の女神(マダム)という崇高は歪んでしまう。

救済という信仰(神秘)と、悪という概念(恐怖)で歪み・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

救済の女神(マダム)は、破滅を救済とする悪神に成り果てる・・・

 

「そういうこったぁ?!」

 

 

デカルコマニーは、原作のゴルコンダとデカルコマニーの観測する、The Library of Lore(止め処無い奇談の図書館)()()()()()()()()()()()を危惧している。

The Library of Lore(止め処無い奇談の図書館) 。原作では『本来真実ではなく無意味な筈のお話が自ら崇高の境地へ至った存在。つまり、神秘も恐怖もないままに胎動した新たな崇高』と述べられている。簡単に言えば、デカペロロ(ペロロジラ)様である。

 

デカルコマニーは、崇高(マダム)神秘(信仰)恐怖()で、存在(記号とテクスト)が歪められ、破滅を救済とする悪神として顕現するのを危惧している。もちろん、ただの杞憂の可能性がある。どちらかと言えば、杞憂の可能性が高いだろう。

The Library of Lore(止め処無い奇談の図書館)は、あくまでも、無意味な筈のお話が自ら崇高の境地へ至った存在。これこそただの与太話である。

 

救済の女神という神話(崇高)が、マダムを憑代(よりしろ)などにしないだろう。

神秘と恐怖にて崇高(マダム)が歪められることなどないだろう。

 

しかしながら、他でもないデカルコマニーは、この懸念を無視できない。相棒(ゴルコンダ)自身(デカルコマニー)が起こしたガバによって、その杞憂を無視できない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

"汝 咎人なりや?"

 

「そういうこったぁ・・・」

 

そう、様々な自治区にて流れている与太話。日中問わず現れ、相手の罪を推し量り、罪なき者には救いの手を、罪ある者は顔がとられてしまうという噂話。The Library of Lore(止め処無い奇談の図書館)に分類されそうな生きる怪奇譚である。

 

この話は、倒れている生徒に話しかけたゴルコンダとデカルコマニーの行動を基にした噂話である。

真相は、意識があった場合は手助けを、意識がなかった場合は、介抱するため安全な場所まで連れて行くところを多数見られただけである。

 

これは、ヘルメット団員やスケバンに対しても行われていて、助けた者が望んでその立場にいなかった場合、抜け出す手助けをしていたことも問題だった。ヘルメット団員のヘルメットを脱ぐという行為や、スケバンがトップクを脱ぐという行為は、誇りを捨てるのと同義である。

 

最近まで見かけた者がいなくなり、最後の目撃者によると、顔の無い人物に連れ去られたという・・・

本当にあった怖い話であった。ヘルメットを脱いで生活していたり、トップクを脱いで生活しているなど、思いもよらない。

 

「どういうこったぁ」

 

しかし、ゴルコンダとデカルコマニーにとっては、十分に記号とテクストの解釈のためにやっていたことだ。モブのヘルメット団員やスケバンの存在(記号とテクスト)に、手を加えたらどういう変化が生まれるのか観測していたのである。

 

抜け出すの望んでない人にやるのはよくないよね・・・ってならなければ、理由としてまだよかった。言い訳しながら見かけた者を助けていただけである。

相手が望まなければ、素性すら聞かない、善意の不審者であった。

 

ここまでであれば、真相と乖離していた奇談が、崇高という形を得るだけである。しかしながら、ゴルコンダとデカルコマニーは実体を伴って生徒に観測されている。

半ば、"汝 咎人なりや?"という事象そのものであると認知されている。

 

無意味な筈のお話("汝 咎人なりや?")に指向性を持たせてしまった。

様々な自治区の生徒の認知による神秘と恐怖が、ゴルコンダとデカルコマニーの存在(記号とテクスト)へ影響を与えてしまった。

ゴルコンダとデカルコマニーの存在(記号とテクスト)が、憑代(よりしろ)として認知されてしまった。

 

「どういうこった・・・どういうこった・・・」

 

本来であれば、2人1組でなければ、存在(記号とテクスト)を確立できないゴルコンダとデカルコマニー。

「虚像」と「非実在」の象徴であるはずなのに、割とバラバラで動けているゴルコンダとデカルコマニー。

原作にてどれだけの自由度で動けるのか不明であるが、少なくとも最初のうちは、デカルコマニーからゴルコンダの元を離れる事などできなかった。

記号とテクストの解釈のために三千里しているうちに、少しずつ自由に動けるようになっていったのである。

もはや、記号とテクストに介錯されそうになっている。首があれば即終了であったことだろう。

 

 

このことに気づいたデカルコマニーは、何とかしてゲマトリアメンバーに伝えようとしていた。

 

まず、ゴルコンダには離れられるようになったことをアピールしてみた。

離れられないという事情に気づいていなかったゴルコンダは、『デカルコマニーも一人になる時間が欲しいよな』と解釈した。

 

他のメンバーにゴルコンダを預けてみて、異常事態であるとアピールしてみた。

離れられないという事情を知らない他のメンバーは、『会話に参加できない(そういうこった!!)から率先して動いているんだな』と解釈した。

 

真相はデカルコマニーの中である。

 

いち早く気付くが、そういうこった!!なデカルコマニー。相棒(ゴルコンダ)自身(デカルコマニー)存在(記号とテクスト)が歪められていることを感じながらも、誰にも伝えることが出来ていない。そもそも、"汝 咎人なりや?"の裁く罪とは何であろうか。デカルコマニーには問いかけることさえできないというのに・・・

 

「そういうこった!!・・・どういうこった?!」

 

こういった自身の変化から、マダムへの影響を懸念しているデカルコマニー。無視するには余りにも身に覚えがありすぎた。

これに、マエストロから共有された“雷帝”行方不明事件である。未だ原作には程遠く、懸念だけは目の前に山積みであった。思わずうずくまってしまうデカルコマニー。

デカルコマニーは泣いていい。顔などないが。

 

積み重なるガバの気配。デカルコマニーが走者であるなら再走待ったなしである。しかし、これが現実。デカルコマニーは眠らないので、夢すら見れない。デカルコマニーは余りにも無力であった。

 

後ほどもう一人の相棒になるかも知れないフランシス。

どこの地下にて幽閉されているか分からない地下生活者。

 

残りのゲマトリアメンバーも未だ行方知らずであるのに、捜索に専念することもできない。

 

「ドウイウコッタ・・・ドウイウコッタ・・・」

 

そして、ここまで現状に苛まれているデカルコマニーの不安はまだ尽きない。その理由が・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

連邦生徒会長の存在である。

 

「どういうこったぁ?!」

 

原作にて超人と称され、"先生"に多くの青封筒を叩きつける存在と姿が酷似している、連邦生徒会長の存在。

原作でどれほどゲマトリアが、連邦生徒会長に認知されているか分からないが、この世界線のゲマトリアは好きに動きまくっている。観測されていないわけがない。

なのに、一切の接触がないのである。もはや不気味でさえあった。

こんな現状を託された"先生"はどうしろというのか?

実はゲマトリアの中で、黒服の影響が一番少ないなど意味が分からない・・・

 

ただ、これに関しては希望的観測が一つだけある。希望というには小さく、頼りないものであるが、確かに、希望があるのだ。

連邦生徒会長がゲマトリアに接触せずとも、キヴォトスはよい方向へ進むためにどうにかなるという希望的観測が。

そう、絶対にそうである。何をせずとも問題ないのだ。このまま現実逃避(そういうこった??)し続ければいい。そうすれば虚しさを感じずに済む。

 

 

 

 

 

 

 

しかし、デカルコマニーはそれを選択しない。それだけは選択してはいけない。

推しの生徒は言っていた。

 

『だとしても、それは今日最善を尽くさない理由にはならない』

 

デカルコマニーはこの言葉を知っている。この信念を持った生徒を知っている。

 

その言葉は、ひどく簡潔で、ひどく当たり前のことを言っているようにも聞こえる。

しかし、その言葉を発した生徒の境遇を知っているのならば、信じられない言葉だった。

 

その境遇を知っていれば、虚しさに染まってもいいはずだ。思考を停止してもおかしくない。

だがそれでもと、矜持を貫いた生徒を知っている。

 

 

だからデカルコマニーは思考を止めない。その生き様に憧れたデカルコマニーは現実逃避(そういうこった??)をしない。

 

今日の最善を尽くす為に。

今、幸せに過ごしているであろう推しの、大切な人達を犠牲にしないで済むように。

 

デカルコマニーは最善を尽くす。

 

 

そういうこった!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あぁ、表に出られたのならば、お前の為に最善を尽くそう、デカルコマニー。




感想・評価・ここすき・誤字報告のご支援なければ、こんなに早く執筆できていませんでした。本当にありがとうございます。

また、次回から毎週月曜に投稿予定です。投稿頻度が変わりそうな場合、前書きか後書きに記載する予定です。それも無理そうなら、活動報告で記載します。
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