憑依者しかいないゲマトリアがキヴォトスの破滅を回避しようとする話   作:シャンタン

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だからこれは、当たり前の話なんだよ

砂は、音を立てない。

ただ風に押され、地表を薄く滑り、古びた建物の影をなぞりながら流れていく。かつて都市だった場所の骨格だけが、砂の海に突き刺さるように残っている。

アビドスの砂漠は、今日も広大で、そして無慈悲だった。

 

黒服は、校舎を背にして立っていた。長い外套の裾が、乾いた風に揺れる。

彼の手元には、レーダー探知機のような機械――神秘探知機が淡く光を発していた。

 

「······さて、時間との勝負です」

 

誰に言うでもなく、静かに呟く。

梔子ユメ。

原作にて、砂嵐の中で消息を絶った少女。その少女の探索が開始された。

 

 

 

 

 

 

探索開始の数時間前。黒服はホシノから連絡を受けていた。

 

「ユメ先輩が···ユメ先輩が失踪した」

 

「梔子ユメが失踪した。なるほど、私の方でも捜索しましょう」

 

ホシノから突如として電話を受けた時のことである。

 

「···何が目的だ?」

 

「疑うのは結構ですが、こんなやりとりをしている余裕はあるのですか?貴女から電話をかけてくるなど初めてでしょう。行方の見当すらついていないのでは?」

 

「···」

 

「勝手に貸し1にしておきます。好きに踏み倒してください」

 

「······」

 

「正午ぐらいには、探知機を渡すためにアビドス高校へと伺います。個人識別はできませんが、アビドス自治区は人が少ないため、ある程度役に立つでしょう」

 

「ホントに、協力してくれるの?」

 

「言ったでしょう。貸し1と。タダで手を貸す訳ではありません」

 

「·········お願い」

 

どうやら無償で手を貸すのは怪しまれるため、貸しを作るという名目で協力を申し出たようだ。ユメの失踪の容疑者とされていたのを考えると、賢明な判断であろう。

 

ホシノ視点では、スク水をみられてからしばらく盗撮されそうになった状況である。貸し1は、何を要求されるか分からない。しかし、今は少しでも人手が欲しい。

最悪、コスプレをすることになると、見当違いの方向で覚悟を決めた。

 

両者の思惑が重ならずに電話を終える。

 

 

「捜索依頼を···いえ、遅すぎますね。

治験バイトに来た者に声をかけてみましょうか」

 

今日は、治験募集をしている日。幸いにも人手が得られる可能性のある場所にいる。捜索募集をかけても直ぐに人が集まるわけではないため、今いる場所で協力を得られれば楽になる。

 

頭の中で、報酬など依頼として必要なことをまとめていく。

書類を作っている時間も惜しいため、口約束となってしまいそうだ。キヴォトスで口約束ほど、大人が信用されないワードはない。運良く集まって、数人だろう。しかし、今はその数人が欲しい。

 

黒服は、治験が始まるまで駄弁っている、顔馴染みの少女2人に声をかける。

 

「少しよろしいでしょうか?」

 

私?と自分を指差す少女達。

 

「お二人にお話です。貴女達に限らず、協力していただきたいことが。実は···」

 

知り合いの少女に行方知れずとなった者がいること。詳細は、現地にて聞く予定であること。名前や行き先など、ある程度の概要だけ伝えていく。

 

 

「···話は以上になります。捜索時間がよめないため、報酬額等は後ほど決めるという怪しい依頼です。受けていただけますか?」

 

話をまとめている時間も無かったため、必要最低限しか伝えられていない。協力を得るのは難しいか、と諦観が頭を支配する。

 

「もちろん!行く当ても無かった時に、助けていただいたんです!こんなことであれば、いくらでも協力しますよ!」

 

「私も手伝うよ~。善行はしとかないとね~。せっかく汝さんに助けてもらって、ここを紹介してもらったことだしね」

 

「···ありがとうございます。集合場所は裏手の駐車場。現地まで距離があるため、車で向かいます。それと···」

 

「こちらでも手の空いてそうな人に声をかけてみます!多分、手を貸してくれる人もいると思うので!」

 

「早めに集まれそうな子いたっけな~。まぁ、私らの伝手を使ってみるよ~。怪物組の子達なら、車出せそうな子もいるかな~」

 

先をよんだ少女が、即座に答える。それに理解を示すもう一人の少女。時間猶予がないことと、人手が多い方が良いことを理解していた。

 

 

「ええ、よろしくお願いします。集まった人員に探知機を複数お渡しします。あまり数はありませんし、探索範囲も狭いですが、ないよりはマシでしょう。できるだけ早く、集まれる方だけで構いません」

 

「了解しました!それでは、また後ほど!!」

 

「なるはやで、裏手の駐車場ね~。りょうか~い」

 

 

バタバタと部屋を出ていく。他の者にも話に行ったようだ。

あっさりと協力をつけられ、半ば拍子抜けしている黒服。

 

しかし、ありえない話でもなかった。

怪異組(ゴルコンダ デカルコマニー)怪物(マエストロ)ロリコン(黒服)の行動を、恩にきているキヴォトスの行き倒れは結構な数となるのだ。

 

彼らは助けた後の稼ぎ場所として、黒服の治験を紹介している。

学生証がなければ、真っ当なバイトだと採用されない。

傭兵なども実力主義であり、そんな力があれば生活になど困っていない。

稼ぎが支払われない可能性がある闇バイトよりは···という判断であった。

 

そして、ゴルコンダとデカルコマニー、マエストロは定住している場所がない。

そのため、面倒を見るという選択肢がとれない。

 

マダムのアリウス分校は、不定期に人がきてしまうと存在がバレてしまう可能性がある。

そもそも、アリウス自治区で手一杯なため外にあまり出ず、認知度がない。

 

つまり、神秘回収のために居場所を明確にしていたのが黒服だけで、明確にしていいのも黒服だけなのだ。

黒服を除くゲマトリアメンバーは苦渋の決断であった。

 

ゲマトリアメンバーとして信用はしていても、信頼はしていない。互いに、『またガバしてる···』と思いあっている仲であった。

しかし、この連鎖が、助けられたメンバーによる特殊なコミュニティを築く要因となっている。

 

黒服組、汝さん組、怪物組と助けてもらった者達の名称を看板に、互助会のようなものができあがっていたのだ。

『お互い助け合おうね』という同盟とともに、『何かあったら組を越えての情報共有』というヘルメット団やスケバン、傭兵とは異なる組織を形成していた。

 

そしてこのことを、ゲマトリアメンバーはご存じない。

当たり前が異なりすぎるという事実を軽視しすぎている。唯一気付けそうな黒服は、

 

『苦労があった者同士、分かることがあるんでしょう』

 

と、余り興味を持っていなかった。当たらずといえども遠からず。

ただのクソボケじゃないか。

 

 

 

 

人員がどれくらい集まるかは不明だが、人集めは少女達の人望に託した黒服。自分が呼び掛けるより可能性はあるだろうという算段だった。

 

頭を切り替えて、ユメの居場所について考える。

 

どの辺りにいる可能性が高いだろうか?

行方不明から何日たっている?

そもそも原作と失踪時期が異なっていないか?

 

少なからず、電話を受けたときは、黒服も焦っていたのだろう。人員の目処が多少でき、少し冷静になったようだ。

 

磨耗した記憶を必死に呼び起こす。こんなところで躓いてなどいられない。

 

すると、後ろから袖口を少し引っ張られる。

 

「おや、どうしましたか?お二人は今日、治験を受ける予定はなかったと記憶していますが」

 

「私達も必要?」

「私達も手伝える?」

 

どうやら、"モブ 小鳥遊ホシノ化計画"の犠牲者である、百鬼夜行の双子も手を貸してくれるようだ。

 

「今は、少しでも人手がほしいところではありますが··· あなた達へ協力してもらうには、少ない報酬しか渡せませんよ?」

 

「もとより報酬は気にしてない。だから無問題」

「それと、お金じゃ解決できないことがある。それに黒服さんが協力するのを報酬に」

 

「分かりました。私にできることなら手を貸しましょう」

 

双子は頷きあって、同じく部屋を出ていく。

 

「さて、最低でも4名の人員は確保できそうですね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ホシノは焦りながら、校舎の中の同じ場所をウロウロしていた。今すぐにでも捜索に飛び出していきたいが、宛があるわけではない。それならば、黒服の合流を待って、道具をもらってからの方が効率は良いだろう。

理性でそう納得させる。でなければ、今にも走り出しそうな感情を抑えられる気がしなかった。それでも心は動こうと、足を動かせる。

 

気をそらすために、窓の外に目を向ける。すると、砂ぼこりをまき散らしながら接近してくる物体を捉えた。

 

砂漠を切り裂くように、いくつもの影が一直線に走っていた。

地平線の向こうまで続く砂丘の上、乾いた風を切り裂きながら進んでいる。

 

それらは一定の間隔を保ち、まるで隊列を組む軍隊のように進んでいる。先頭の車が砂煙を巻き上げ、その後ろを数十台もの大型車がぴたりと追随する。砂に覆われた大地の上で、タイヤが深く沈み込みながらも力強く回転し、白い砂塵の帯が後方へと長く伸びていく。

風が吹きつけるたび、砂煙は形を崩し、すぐにまた新しい渦となって巻き上がった。

車列は速度を緩めない。

真っ直ぐにアビドス高校の校舎へと向かっている。

 

「こんな時に!」

 

襲撃だと判断したホシノ。戦闘準備を整え始めるが、突如として電話が鳴り響く。数時間前にかけた電話番号からだった。タイミングが悪いとイラつきながらも、電話を取る。

 

「なに?!今、校舎に車が多数向かってきてる!後にして!!」

 

いつまで時間がかかっているのかと、文句が頭をよぎる。しかし、そんな文句を言う余裕などありはしない。

手短に状況だけ伝えて、電話を切ろうとする。

 

「ふむ。どうやら見えているようですね。その車両であれば問題ありません」

 

「···え?」

 

想定していなかった黒服の言葉に、思わず携帯を落としそうになる。

黒服は、ホシノの反応を無視して続ける。

 

「車両には、私を含めた103名が乗っています。

 全員、梔子ユメの捜索へと手を貸してくれる者達です」

 

黒服が何かを言っている気がするが、上手く言葉が飲み込めない。

 

「急に呼びかけたにもかかわらず、これだけの者が集まってくれました。そして、後から合流してくれる方々もいます。先発組の我々と同じ数ぐらいだそうです」

 

あまりにも現実感がなかった。

 

「小鳥遊ホシノ。どうやら天は、貴女達を見放していないようです。さっさと迷子を見つけてしまいましょう」

 

「···校門前で待ってる」

 

ホシノはそうつぶやくと、電話を切る。

表情を歪めるしかなかった。そうしなければ、この感情を抑えられなかった。

情けなくて、嬉しくて、信じたいのに信じられなくて。

 

何が目的なんだと、疑心が晴れない。

はやる気持ちを抑えながら校門へと向かっていった。

 

 

 

 

「これより、梔子ユメ捜索を開始します。探知機を持ったチームは建物がある場所を、探知機がないチームは砂漠をくまなく探索してください。人員は2車両1チームです」

 

淡々と読み上げるかのように、集まった者に語りかけていく。

 

「行方不明となってから2日ほど。生徒達の頑丈さを考えると、一般的にいえば多少の猶予はあります。しかし、砂漠地帯だとそうはいきません。各自、水分補給を忘れずに、見落としがないよう探索をお願いします」

 

「「了解!!」」

 

先発組が、車に乗り込みながら捜索を開始していく。

 

この後、後発組も合流する。そのため、この場に残る者が必要となる。残ったのは黒服、双子。

そして、意外なことにホシノも残っていた。

 

「さて、時間との勝負です」

 

誰に言うでもなく、静かに呟く。

そして、残った者へと身体を向ける。

 

「それで、貴女は残っていて良かったのですか?今すぐにでも探しにいきたいでしょうに」

 

問いかける。なぜ残ったのだと、遠回しに問いかける。

 

「何でここまでしたの?正直言って、お前がここまでやる必要は無かったはずだ」

 

問いかける。何が目的なのだと、直接的に問いかける。

 

「ええ、私もここまでの事態になるとは想定していませんでした。しかも、彼女達には金銭の受け取りすら断られています。梔子ユメを見つけた成果報酬に、別の頼み事があると」

 

「···え?」

 

「私がやったことは、治験者に協力を要請しただけ。どちらかといえば、声をかけた彼女達の人望が凄まじいか、それこそ運が良かっただけでしょう」

 

「···本気で言ってる?」

 

「私は嘘を言いません。騙しはしますがね。失礼、後発組から電話がきました」

 

黒服がその場を少し離れていく。

 

ホシノは残った双子へと身体を向ける。

 

「ああ言ってるけど、集まってくれた人達は服装もバラバラで、裕福にはとても見えなかった」

 

それでもホシノは疑ってしまう。大人に騙され、とてつもない借金を背負うことになったアビドスの生徒だからこそ、疑ってしまう。

 

「助けられてる私が言えることじゃないけど、彼女達に人を助けている余裕があるようには見えなかったんだ」

 

救いだと信じたいのに、どこか罠がないかと疑ってしまう。今の善意を信じたいのに、今までの悪意が大きすぎて疑ってしまう。

 

「そんなに、君たちの要求は重要なものだったの?」

 

ただの善意など存在しないのだと、小鳥遊ホシノは疑ってしまう。

 

 

「あながち間違いではない。お金のために集まった訳ではないのだから」

「あながち間違いではない。黒服さん達にしか頼めないことを頼むのだから」

 

ほらやっぱり。

 

心の中で、その言葉がこだまする。

だからこれは、救いなんかじゃない。

何かを得るためには、何かを失わなければならない。

 

そんな、当たり前だと諦める。

分かっていたことだろう?もう、心の中がグチャグチャで···

 

いつもどおりだと諦める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「でも、一番の理由は、重ねたのだと思う。過去の自分達と、今の貴女達を」」

 

「···え?」

 

双子は語り出す。目の前の少女の感情など察せない。それでも、伝えられることがある。

 

学校を追い出された、学校に通えなくなった、学校がなくなってしまった、彼女達。

欺かれ、謀られ、騙された、彼女達。

そんな、救いを諦めてしまっていた、彼女達。

 

彼女達の口から聞いたからこそ、双子は語らなければならない。

集まってくれた彼女達のことを。

 

「私達には分からない。だって、学校に通って、今を不自由なく暮らしているのだから」

「私達には分からない。だって、学校に通えずに、明日を心配をしたことなんて無かったから」

 

その語りは、淡々としていたのに、なぜか熱を持っていた。

 

「私達には分からない。だって、毎日ご飯を食べられることが、当たり前だったから」

「私達には分からない。だって、寝たら起きられないかもなんて、考えたこともなかったから」

 

溢れそうになる熱を抑えるようにただ淡々と。

 

「私達には分からない。だって、やりたくないことはやらなくても、生きていくことができたから」

「私達には分からない。だって、やりたくないことをやって、心が痛むことなんて知らないから」

 

双子は言葉を紡いでいく。

 

「それでも分かることがある。彼女達は懸命に生きてきて、助けてくれた人がいたんだよ」

「それでも分かることがある。彼女達は理不尽にあったけど、助けてもらうことができたんだよ」

 

 

どうか、彼女達の善意を疑わないで欲しいと祈り、想いを紡いでいく。

 

 

「だから、彼女達は手を貸すんだ。今を助けてもらったから、誰かの今を助けるんだ」

「だから、彼女達は手を貸すんだ。明日を作ってもらったから、誰かの明日を作るんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「だからこれは、当たり前の話なんだよ」」

 

 

 

 

 

 

何かが目を伝う。知らない感情が溢れていた。

 

そして、過去のホシノの言動が、今のホシノを戒める。

これが決して、当たり前ではないのだと理解しているからこそ、ホシノを戒める。

ホシノ自身よりも、余裕がないはずの彼女達を疑った事実が、ホシノを戒める。

 

彼女達の善意は、梔子ユメの思想に類似していた。

ホシノ自身が否定しバカにした、梔子ユメの言葉が脳裏をよぎる。

 

『利用されようと人助けを止めるべきじゃない』

 

そんなバカにしていた人助けが、今となっては希望となっている。自分一人では、外部に助けなど求めなかったろう。

 

『私たちもいつか、自分を見失っちゃうよ』

 

頼れる相手こそが、いなくなってしまったのだから。

 

思わず足の力が抜け、へたり込んでしまう。

目が滲んで、拭っても視界が治らない。

伝えなければならないのに、喉が震える。

 

「ありがとう···ありがとう···ございます

 

見失っていたものの一つが、見つかった気がした。

 

 

「それは彼女達に言ってあげて」

「ユメって人を見つけてからね」

 

双子はホシノの言葉にそう返す。

慰めるように頭を撫でて。

 

そう、まだ何も解決していない。

そして、電話を終えた黒服が帰ってくる。

 

「すみません。お待たせしました。後発組は、こちらに来ずにそのまま向かってくれるそうです。こちらもすぐに······いえ、先に車に乗っていますので、準備ができたら来てください」

 

ホシノが泣いている姿を見て、『そんなにも心配して不安だったのか』とクールに去ったつもりだった黒服。

対応としては間違えていないかもしれないが、いろいろと間違っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昼と夕の境目、空は白く焼け、砂は熱を失い始めている。それでも風は止まらない。乾いた粒子が、絶えず地表を削り、すべての痕跡を消し去ろうとしていた。

 

アビドス砂漠の荒野、砂に埋もれた廃墟など、様々な場所へと車両が向かっていく。

 

エンジン音が低く唸り、列をなして砂丘を越える。タイヤは沈み、滑り、それでも前へと食らいつく。砂煙が帯のように後方へ伸び、まるで巨大な生き物が這い進んでいるかのようだった。

そんな探索チームの一つが、前方の大陽によって作り出された影を捉える。

 

「減速して!前方に建造物の影がある!」

 

無線が飛ぶ。それを聞きつけた運転手の少女が、徐々に減速を行っていく。

先頭車両のヘッドライトが、砂の帳の向こうに輪郭を浮かび上がらせた。

 

――埋もれた街。

 

かつては人の営みがあったであろう建物群が、半ば砂に呑まれ、歪んだ骨のように地上へ突き出ている。窓は砕け、看板は剥がれ、風が通るたびに低く軋む音を立てている。

 

車列は一斉に停止する。

 

ドアが次々と開いた。

乾いた音。重い足音。

 

装備を整えた者たちが、砂の上へ降り立つ。靴が沈み、わずかに体勢を崩しながらも、すぐに周囲へ視線を走らせる。

 

「各員、散らばって!建物内部もしっかり確認!」

 

短く、しかし緊張を帯びた指示に従い、彼女らは散開する。

 

センサーを起動する者、ただ名を呼び続ける者、街の端へ走り出す者。

 

「···ユメさ~ん!」

「梔子ユメさん!聞こえてたら返事して!」

 

声は風に攫われ、すぐに掻き消える。それでも誰も呼ぶのをやめない。

 

瓦礫を乗り越え、傾いた壁の隙間に身体を滑り込ませる。崩れかけた階段を慎重に踏みしめる。砂に埋まった扉をこじ開ける。

 

そのすべての行動が、焦燥を孕んでいた。

 

時間が、ない。

 

「······反応なし。こっちもダメそう」

 

「もう、時間がないっていうのに!」

 

焦りが言葉の端に滲む。

 

その時だった。

 

違和感を持ったメンバーが、半ば埋没した通りの奥で足を止める。

 

「······待って」

 

風の音の中に、違和感。

 

「探知機あっちで反応探して!あそこの瓦礫近く付近に!」

 

完全な無音ではない。何かがそこに()()

 

彼女は勢い良く走り出す。探知機をもったメンバーも走り出す。

 

「···反応がある。探知機に反応がある!あの瓦礫後ろの砂を掘り起こして!」

 

彼女は膝をつき砂を払い始めた。素手で、荒々しく。

近づいてきていたメンバーも、すぐに駆け寄り、砂を払い始める。

 

砂が崩れる。

 

その下から、布の端が現れた。

 

さらに掘る。焦る手が止まらない。

 

やがて、細い腕が露出する。

 

白く、乾ききった肌。

 

「いた!!」

 

叫びが、廃墟街に響いた。砂を払いのけ、彼女は一人の少女を引き上げる。

 

梔子ユメ。

 

彼女は倒れたまま、微動だにしない。唇はひび割れ、呼吸は浅く、今にも途切れそうだった。

 

「まだ生きてる!水を、早く!」

 

「車を早く持って来て!それと黒服さん達に連絡を!病院へ急ぐって伝えて!」

 

探索開始から、約3時間。

梔子ユメを探索チームが発見。

 

希望の灯はまだ消えない。

 

 

 

 

「了解しました。ありがとうございます」

 

探索場所への移動中、連絡を受け取った黒服。

 

「梔子ユメが見つかったそうです。まだ息はあり、急いで病院へ向かっているところだそうです」

 

噓は伝えない。されど、全てを伝えない。

 

「ホントに、ホントにユメ先輩が···」

 

「ええ、そうです。私達も急いで向かいましょう」

 

自身も焦る気持ちを落ち着けながら、病院へと車が走る向きを変更する。

 

 

 

 

 

白い、というよりは色を失ったような部屋だった。

 

消毒液の匂いが、空気の隅々にまで染みついている。壁も、天井も、カーテンも、すべてが無機質な白で統一されていて、どこか現実感が薄い。窓の外から差し込む夕日の光だけが、わずかにこの空間に時間の流れを与えていた。

 

規則正しい電子音が、静寂を細かく刻んでいる。

 

ベッドの上で、梔子ユメが眠っていた。

そのベッドの脇に、小鳥遊ホシノが立っている。

 

小さく握りしめた手は白くなるほど力が入り、視線は眠る少女から一瞬たりとも離れない。唇を噛みしめ、何度も言葉を飲み込むように喉が動く。

一呼吸つくと、話はじめる。

 

「重度の脱水症状とかで、予断を許さない状況だってさ」

 

黒服も症状は一緒に聞いていた。

そして、小鳥遊ホシノが、こちらに話しているようで話していないことを理解した。

 

「···」

 

何も答えられず、背後に佇む。今は席を外すべきだと判断し、部屋を出ようと振り返る。

 

「···私のせいだ」

 

歩き出そうとしたその時、背後の呟きに踏みとどまった。

 

「黒服。聞いてくれる?私の犯した過ちを」

 

思いもよらない提案だった。体勢を戻し、小鳥遊ホシノの小さい背中を見つめる。

 

「聞きましょう」

 

小鳥遊ホシノが懺悔をはじめる。

 

嫌なことが続き、イライラしていたこと。

人の善意なんて信じられず、人助けを止めないことが理解できなかったこと。

希望なんてないのに、アビドスをどうにかできると夢を語ることが理解できなかったこと。

そして、無謀な提案を聞かされて、そんなものができるはずないと八つ当たりをしたこと。

 

全ての後悔を告げていく。その話は支離滅裂で、順序なんてない、感情の吐露だった。

梔子ユメがいない数日間、眠れずに考えていた、小鳥遊ホシノが考える罪だった。

 

 

「···小鳥遊ホシノ。ハッキリ言いましょう」

 

故に、黒服はその罪を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「梔子ユメが馬鹿だっただけです」

 

認める訳にはいかなかった。

 

彼女達の境遇を知りながら、利用しようとしている大人()だからこそ、認める訳にはいかなかった。

彼女達に罪などなく、利用した自分達(大人)に罪があることを知っているが故に。

 

ホシノは、予想していなかった言葉に唖然とする。

 

「あれだけ貴女に注意されながら、コンパスなどを忘れ、挙げ句の果てには死にかけている」

 

「やめろ」

 

言葉を聞き、ユラユラと黒服へと進んでいく。

 

「貴女も言っていたでしょう?夢ばかりを掲げ、現実を見ず、理想ばかりを追い求めているだけで、結果が伴っていない」

 

「やめろ」

 

そして、互いの距離がなくなる。ホシノの震えが止まらない。

 

「少なくとも、現実を知っている者からすれば、どちらが正しいかは明白で···」

 

 

「やめろ! やめろ!!」

 

「やめてくれ!!!」

 

 

 

ホシノが黒服の首筋を掴みとり、慟哭する。

 

 

「どうして今さらそんなことを言うんだ!やっと信じようと思えたのに!!」

 

「馬鹿だったのは私も同じだ!」

 

「現実を見れていなかったのは私も同じだ!」

 

「そんなことは百も承知だ!だけど、お前に馬鹿にされる謂れはない!」

 

「ユメ先輩はバカだけど···お前が、貶していい人なんかじゃない!」

 

裏切られた気持ちだった。

慰めなんて期待していなかった。

だけど、彼女達の見る大人なら、少しは信じていいと思えたのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ええ、その通りです。梔子ユメを貶す権利を持っているのは、同じ境遇にいた貴女だけです」

 

その言葉に、震えが止まる。

 

「そして、梔子ユメを怒る権利も、心配する権利も持っているのは、貴女だけです。小鳥遊ホシノ」

 

その言葉に、力が弱まる。

 

「だから、貴女だけは下を向いてはいけない。決して現実から目を背け、自戒してはいけない」

 

その言葉に、手が離れる。

 

「貴女には、梔子ユメが起きたときに、言葉を尽くす義務がある」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まだ、彼女は生きています」

 

その言葉に、目を覚ます。

言われたことを理解し、頭が思考を許していく。

 

「お前に慰められるとは、思いもよらなかったよ」

 

「つれないですねぇ。先ほどは呼んでくださったのですから、黒服と呼んで下さい。暁のホルス···いえ、小鳥遊ホシノ」

 

「うへ。じゃあその呼び方やめてよ。さっきまで普通に呼んでたじゃん」

 

「気のせいです」

 

 

張りつめた空気がほどけていく。

慣れないことをしたと自虐しながらも、ホシノの雰囲気が柔らかくなり、ほっと息をする。

 

「黒服」

 

「···?」

 

突然名を呼ばれて、黒服は首をかしげる。

しっかりと黒服と呼ばれているが、ホシノの心境の変化には気づいていない。

 

「その······ありが·········とう

 

顔を赤らめ、目をそらすホシノ。

貴重な照れ姿にたいして黒服は。

 

 

 

 

「おやおや?おやおやおや?なんと言ったんでしょうか?申し訳ないのですが、急に耳が遠くなったようでして。もう一度?ハッキリと?お伺いしても?」

 

盛大に煽りにいった。

やはりコイツはクソボケである。

 

恥を耐えて、何とか言葉を伝えたのに、と今度は恥辱で震えだす。

 

「···やる」

 

「はい?」

 

 

 

 

 

 

「殺してやるぞ 黒服」

 

 

またもや黒服へと飛びかかるホシノ。

ドタバタ騒ぎを聞き付けて、看護師がくる数分前の出来事である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ホシノ···ちゃん?」

 

梔子ユメの声が響いた。

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