万年最下位ヘボ重音フランスパンズ 作:カイルデービッド
思ってたのと違うなあと、重音はそう感じた。
高卒から大学、社会人と経由してプロ入り。最初は男性以外で初のプロ選手として、メディアから何から随分と持て囃されたものだった。素材型としての評価を覆し初年度からレギュラーに定着、規定打席にまで乗せてそこそこの成績で終了。そして以降毎年のようにルーキーイヤーと然程変わらない数字を残し続け、今に至る。
初めの偏見は今となれば良くも悪くも霞み、野次が他より割増下品なものになる程度には落ち着いた。つまりそれはプロとして活躍をフラット且つシビアに見られるようになったという事で、ネットの海から僕に掛けられる声はやたらと手厳しく、それは年俸額という形でも辛辣に表れるのだった。そんなこんなで三十路を過ぎて尚も未婚、どころか浮いた話さえ降ってこない。プロになればアナウンサーにインフルエンサーと両手に花など全くの幻想だったと痛感する所である。
たまたま親会社と名前が被っちまってたのが悪い事に縁故起用だのと言われているのが一番不服だ。大体向こうは
その点、なんて僻む訳では無いけれど。
打順成績年俸、あらゆる部分で僕の前を行くドミニカの大砲デロスサントスは、どうにも眩しく見えてしまう。
海外担当スカウトが現地の農園に乗り込んで引っ張り出してきたとまで噂され、野球はおろかベースボールの“b”も知らないんじゃねえかという触れ込みだったデロスサントス。
しかしいざ来日してみれば日本球界へ目覚ましい勢いでの適応を見せ、チームは勿論リーグも代表する強打者へと大成を遂げていた。度々覗かせるチームと日本への愛からファンの好感度も青天井、生え抜きのどんぐり共を差し置いてオフのイケメンランキング企画でも首位を掻っ攫う始末。ちなみに僕はそもそも投票対象外でした。
そうした僕の苦悩も知らずに時は過ぎ、チームは着実に黒星を積み重ねていく。
今日からは敵地での三連戦。前日の移動中の新幹線内は早くも地獄に似た厭戦気分が漂っていた。
何せ相手は二遊間が共に打率3割超、クリーンナップの小西・藤原も野球ゲーム内にてWパワーヒッター査定を貰っていたりする、シュトレンズの誇る強力“アウトバーン打線”。なんかもうネーミングの時点で果てしない差を感じる、こちとらフランスパンだぞ。
おまけには、この日の相手予告先発。
球界のエース、山越樹。
エースとは言うが、別に目を瞠るような剛速球を放る訳でも、代名詞的な変化球を持っている訳でもない。にも関わらず一度登板すれば七回1失点10奪三振くらいにしれっと纏めて帰っていく、その仕事ぶりはまさに公務員。そしてシーズンが終わるとこれまたしれっと主要タイトルを総嘗めにしているような、そういう選手である。
マジで何??なんで最下位球団相手にこいつのいる表ローテぶつけてくるわけ??嫌がらせなの??嫌がらせだよね???
というかあの打線にこいつまでいて3位なの謎だろ、このリーグおかしいよ。
プレイボールの宣告は無情に。案の定打線はいいように弄ばれ、最終回までにチームの安打数は僅か2本、僕も当然の如く3三振。
アウェーの圧力に数少ないファンも意気消沈し、一切の光明も見出だせないその中で。
しかしただ一人、希望を棄てない男がいた。
ドミニカの大砲、デロスサントスである。
そう。チームの全ヒット2本を放ったのは他でもない、このデロスサントスであった。
しかも、両方が本塁打。山越はまさかの2失点炎上。
そしてそんな彼の奮戦に報いようと、消し炭フランスパンズ投手陣もまた予想外の踏ん張りを見せ、ここまでを3失点で堪え抜いていた。
九回表時点で、2-3。
山越は未だマウンドに残っていた。結局デロスサントス以外はろくすっぽ粘れもしないので球数は余裕がある。どうも相手守護神が今日投げると連投になるらしいので、そうしたチーム事情との兼ね合いもあるのだろう。
だがその以上に、きっとそれは、エースとしての意地だった。
先頭二人があっさり凡退し、2アウト。とうとう崖っぷちに立たされた時。
その男の名は、呼ばれる。
《4番、ファースト__デロスサントス。背番号、42___》
この日2本のホームランを許した相手を最後に迎える、ラストイニング、1点差のマウンド。それを譲らない事を、意地と言わずして何とするか。
視線と視線が交錯する。邪魔も手心も無い、一騎討ち。
それを僕は、片時も見逃すまいと見つめた。
初球。アウトロー、直球をファール。
次も同じコース、ゾーンビタビタ。
見送って2ストライク。もう後が無い。
粛々とモーションに移る。ともすれば仕舞いの一球が、それとするにはあまりに淡白に放られて。
前2球と、同じ導線。
ネクストから見ていた僕は、胸の中で叫ぶ。
(それだぁー___!)
果たして、デロスサントスはそのバットを、
振らない。
(おお)
外スラだった。ボール。
僕だったら今ので終わってた、流石だぜデロス。
勝負球をやり過ごされても逡巡一つ無く、次の球が来る。
唐突なインハイストレート。よく当てた、ファール。
わざとらしく間を置いて、また同じ球だ。これも辛うじてファール。
6球目。まだ続ける。糸を引くように伸びる高めを、悉くファール。
今ので三球、インハイを続けた。ここで緩急を付けてくるか?それとも外角で目線を離してくるか___?
否。
尚も、内角ストレート。
執拗な釣り球を…………見逃す。
2ボール2ストライク、平行カウント。
なんてやつだ。
デロス相手に4つ、直球を揃えやがった。
当たり前だが高めの方が球は遠く飛ぶし、ストレートも押し込めなければ反発でこれまた飛ぶ。況して2発被弾している相手に、この勝負手。
そして、それすら冷静にいなして見せるデロスサントス。
この対決に部外者が挟まる隙間は、最早無かった。
7球目。ここで変化球だ。外のクサい所をぐわんと鋭く襲う、カーブ。
これに手を出さず、見る。判定はボール。
ツーナッシングから、フルカウントまで漕ぎ着けた。
次が運命の一球。
風を切って振られた右手から、真っ直ぐ穿つような___
違う。
スライダーだ。
先のインハイの残像に偽られたそれが、右打者の目の高さから急激に曲がる。
まずい、何とか見極めてくれ__願い虚しく、デロスのバットも始動してしまっていた。合っていない。
誰もが、その決着を予感して。
__乾いた音がした。
「ファウルボール!!」
響く審判の声。
全方位からどよめきが走る。
すげえ。
高めから曲げた分、変化が浅かったのかもしれない。
でもあれ、当てられるのか。
ここに来て初めて、投手の顔が歪んだ。
レフトスタンドからの応援歌のループはとうに終わり、最早固唾を飲んで見守るのみ。
囃しが興る。
緊張が張り直す。
オイ。
オイ。
オイ。オイ。
オイ、オイ、オイ、オイ、
オオオ……
投げる。
外角低め、速球。
デロスサントスのバットは、止まった。
ボール、フォア。
嘆息と、それすら塗り替える鳴り物の嵐。
その中でデロスは静かにバットを置き、装備を外して、何事も無かったかのように一塁へと歩き出し。
最中で振り返り、此方へ高々と手を掲げた。
「__っしゃぁ」
士気が上がる。身が引き締まる。
ここまでお膳立てされて卓袱台返しちゃ、男が廃らあ。男じゃないけど。
遂に山越が平静を崩し、地面を一度強く蹴るのが見えた。いい気味だぜ。
並ならぬ様子に相手捕手がマウンドへ駆け寄り、暫しの休符。
僕はあの野郎が嫌いだ。
プロとは思えん程なよっとした尻して、小賢しいマウンド捌きと無双の野手陣に頼ってせこせこと白星を掠めよる。
そしてそんな奴と僕との生涯対戦成績は22打数1安打13三振、これに今日の分も足せば打率にして4分ぴったり。唯一のヒットは初球ストレート詰まらせてのポテンヒット。嫌いにもなるわこんなの。
加えて生憎今回は私怨だけでない、戦友の執念も背負っているのだ。
《5番、DH__重音。背番号、31___》
打席へ向かう。気持ち疎らな拍手、どこからともなく「代打出せー」の声。悪いな、控えにはまずあれから一本たり打ててないのしかいないんだ。
しかしかつての西の名選手にあやかって背負ったこの番号だけど、いつの間にか年齢が追い付いてしまった。本当に時の流れとは無情な、うん。こう呑気に考えられるくらいには余裕だ。勝てる。
構えて間も無く、投じられる1球目。
ピンポン玉のように弧を描くカーブが、インローに着弾。ストライク。
一度、一塁への牽制球。
そこから振り被って……また牽制。
やっと2球目、内寄りのうわはえぇ。
立ち遅れ、直球を空振り。
スコアボードに黄のランプが既に2つ。ついでに球速表示も見えた、あれで150出てないの嘘だろ。
というかいきなりイン攻めキツ過ぎる。そっちに背中見えるくらい前傾で構えてるのにまるで躊躇が無い、そういうとこやぞほんとに。
今度は整理の暇も寄越さず即投げ込んでくる。ああもおお。
球が迫る。
外。
スライダー。
敵地がざわめいた。
「ボール」
僕はそれに、微動だにしなかったから。
デロスのおかげだ。
彼の必死の粘りにより投球をじっくり観察できた僕は、天敵外スラの兆候を見事看破したのだ!
嘘である。
こっちだって伊達に6割三振してない。この投手有利カウントで取り敢えずのボール球で様子見、というのは予想できたのでハナから振る気も無かった、それだけだった。さっきもツーナッシングからスライダーだったし。
マウンドの奴はそれを知ってか知らずか小首を傾げている。いつまでも外スラクルクル浅慮マンと思うなよ。マンじゃないけど。
そして今の一球の隙をデロスが抜け目無く盗み二塁に行っている。これで単打でも同点……いや、外野が露骨に前に出てきた。僕じゃ後ろまで飛ばせないってか、とことん馬鹿にしてくれる。
ランナーを気にしたのは2球目の前だけで、今や奴は最後のアウトを僕で取る、その一点に切り替えていた。クイックが速いので三盗以降は現実的じゃない、どの道僕が打つしかないのだ。
4球目。
外目速球。これは当てられる、しかしファール。
尚もカウントツーエンドワン。ここで僕は、迷ってしまった。
変化球の後の一球までは良い、問題は次だ。ぶっちゃけ、何も絞れない。
ならカットするしかないだろうとはその通りだが、あれの球は掠らせるのも至難の業。ここまでの腕の振り全部同じに見えるんだけど、どうすんのこれ。
こんな事なら今の速球決め打ちしとくんだった。悔やむも後の祭り。
僕がタイムを掛けて悪足掻きする間、奴はロジンも取らず急かすようにこっちを睨み続ける。ほんとうざったいわ!!
「プレイ」
結局考えは纏まらなかった。分からん、分からんけど変化球だろ多分。ままよ。
投げる。
ストレート。やっっっべ。
破れかぶれでバットを出す。
手首がほんの少し、持っていかれた。
根元でチップした球を捕手が捕り損ね、ファール。
あっぶねえ。完全にまぐれだ。二度同じ事は出来ない。
安堵も束の間、ボーク一歩手前で奴が動作に入る。
こうなりゃ来た球振るしかない。
何が来る、何が来る。
何か来た。
何だあれ、真っ直ぐじゃない気がする。だが内だ、つまり外スラでもない。外スラじゃないなら当たる、当てるしかないんだもう。
バットのどこかに、当たってくれえ___。
振る。
球が、沈んだ。
追い掛ける。まだ沈む。
腰から足元まで、すとんと。
バットは回り、そして空を切った。
ストライク。バッター、アウト。
ゲーム・セット。
嗚呼。ドミニカの大砲デロスサントスが、相手エースからフォアボールをもぎ取ったというのに。
僕は追い込まれ、縦スラを空振る。
デロスサントス
:日本人女性と結婚。彼女の地元で式を挙げる
重音
:さんじゅういっさい独身。顔ファンは多い
小西太
:PH査定
藤原虎駕
:PH査定
山越樹
:最速148kmエース右腕。気付いたらHQSしている