万年最下位ヘボ重音フランスパンズ   作:カイルデービッド

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完結です。
ここまでお付き合い頂き、本当にありがとうございました。


vs5位コロッケパンズ

 本拠地、DMCパークで迎えたシュトレンズ戦。

 

 先発唄音が大量失点、打線も勢いを見せず惨敗だった。

 二軍球場にも響くファンのため息、どこからか聞こえる「今年こそ100敗だな」の声。

 

 無言で帰り始める選手達の中、重音(じゅうおん)の5番打者重音(かさね)は独りベンチで泣いていた。

 

「どうすりゃいいんだ……」

 

 どれくらい経ったろうか、重音はふと気づいた。

 

「あれ……?そういや最終戦の相手は……」

 

 暫時、(^ワ^ )としていた重音だったが、全てを理解した時、もはや重音の心には雲ひとつ無かった。

 

「勝てる……勝てるんだ!」

 

 桃音からハ○インアメを受け取り、一軍練習へ全力疾走する重音、その目に光る涙はひーんとは無縁のものだった……。

 

 

 

 後半戦の復帰はほぼ不可能と見込まれた怪我、そこからドクターもびっくりの回復を見せた僕は、レギュラーシーズン最終戦の先発メンバー入りを果たすまでに至った。どちらかと言うとほんの一戦の為に病み上がりを駆り出さざるを得ないチーム状況の方が気に掛かる所だが、焦りに逸るのも無理からぬ事情は、僕とて理解していた。

 

 最終戦ということで、試合開始前のベンチ裏では声出しの場が特別に設けられた。担当するのはドミニカの大砲、デロスサントス。

 

 

「エー……ソウデスネ。ボク、ニホンゴ、覚エマシタ。コノ間」

 

『おお』

 

 はにかみがちに、でも朗々と、デロスはチームメイト達の前で語る。

 

「スナワチ。……『終ワリ良ケレバ、全テヨシ』。

 ムカシダメ、デモ、今日良ケレバ、ゼンブ、オケイ。ダイジョブデス」

 

『おお』

 

 たどたどしくも健気な台詞を、皆苦笑交じりに聞いていた。

 僕達は裏切りを重ねすぎた。今季の最下位はとうに確定している。それが最後一回勝っただけでチャラなんて話は、有り得ない。

 

 その上で、皆が理解している。シーズン100敗の汚名回避が懸かった一戦。それを差し引いたとしても、敗けていい試合なんて、一つとも無かったんだ。

 万年最下位球団の選手にも、矜持はある。

 

「ソシテ、今日。……カサネ、帰リキマシタ。ヨッテ、皆サン。マスマス、ダイジョブデス!」

 

『おお……?』

 

 おいお前ら、なんでそこで微妙な反応すんだ。こっちはやっとの思いで帰ってきたってのに、本当に人を馬鹿にした連中め。

 

 締め括りに、激が入る。

 

「勝チマショウ!」

 

『おお!』

 

「モッペン!」

 

『おお!!』

 

 右足を打ち鳴らして、最後。

 

「勝チマショウ!!」

 

『おおーー!!!』

 

 この瞬間。

 

 チームが一つになったのを、僕は感じた。

 

 

 

 ダグアウトから出てきた僕達を出迎えたのは、超満員のホームスタンド。さしずめ歴史的瞬間お目当てってのも多いんだろうが、消化試合のブービー対決にこんな人数集まるってすげえな。

 最早秋の風物詩となりつつあるコロッケパンズとの最下位争い。野手も投手もタレントはいるがそれまで、魔境リーグの温情枠だ。まあ最後には結局フランスパンズが頭差下回るのがお約束となっているが、いやでも今日は勝てる流石に。コロッケパンとか間抜けた名前してる輩に敗ける訳無いだろ、硬さが違うんだよ硬さが。

 

 均衡したチーム力を代弁するように、ゲーム開始から競った展開。初回にこちらの先発がいきなり3点を失ったものの、直後の裏に僕の犠牲フライで即座に1点を返す。以降両軍打撃陣による早打ち合戦が勃発、凡打の山で七回まで0が並びスコアは1-3。

 八回。初めて継投に移ったコロッケパンズだが、代わり端のリリーフエースからデロスサントスがリーグトップに1本差と迫る48号ソロ本塁打を放ち、1点差に詰め寄る。その後フランスパンズ打線は乱れた相手投手を攻めチャンスを演出するも、得点には至らず。

 

 九回を任される相手投手は、野島多助。そのプロ入り前から僕も名前だけは知っていたいつぞやの甲子園優勝投手だ。しかし肩書き倒れという下馬評で案の定苦戦してると聞いてたけど、今年ひょっこり芽を出して序盤に故障した抑えの代役をやらされているらしい。夏場不調で一度登録抹消されるも先日再昇格したとか。

 そして特筆すると、只今の彼とコロッケパンズ正捕手高久のコンビは味方の胃を捻り潰す最恐バッテリーの迷声を恣にしている。いやガチで敗けられないこれには、敗ける理由無いって。

 

 フランスパンズ、最後の攻撃は1番からの打順。一人でも塁に出なければ4番のデロスまで回らない。

 期待を嘲るように初球ポップフライに倒れた先頭、しかし続く2番がしぶとく内野の間を抜きヒット。まだゲッツーの恐れが……という中だったが、ここでキャッチャーがパスボール。その間にランナーが二塁へ進み、デロスの出番はほぼ確実に。

 

 3番は捉えた当たりも野手の正面、走者釘付けで二死二塁。

 

 尚も一打、逆転サヨナラ。

 至高の舞台に、今、最高の男が登場する___。

 

 

 という、その時。

 

 場を見る間に包む、違和感。

 

 

 

《__ただいま、申告敬遠がございましたので、デロスサントス選手が一塁へ進塁致します___》

 

 

 

 …………………………………………。

 

 

 はあぁ〜〜〜〜???

 

 

 耳を疑ってビジョンに目をやるも、でかでかと写るは“申告敬遠”の四文字。

 

 

 いやいやいやいや。

 わかるよ。

 デロス怖いもんな。

 お前らが今優勝争い真っ只中とか、まあ百歩譲ってタイトルレースの対象選手がいるとかだったら、そりゃ歩かすよな。

 

 でももう順位確定してるっスよね?あんたら今日勝とうが敗けようがどうせ5位っスよね??タイトルなんか縁もゆかりも無いっスよね???おかしいっスよホント????

 いや言ったけど、敗けていい試合なんか無いとは言ったけど。にしてもさ、あるだろ、優先順位ってのが。こっちは100敗すんだぜ?勝負くらいさせろや!さては袖の下握らされてやがるなこの野郎!!

 

 

 当然ライトスタンドは大ブーイング。僕も混ざってやりたいくらいだ、敵監督のふてぶてしい面が苛立ちを一層掻き立てる。

 

 それでもデロスは所作も気色も一切荒げず、あくまで毅然と一塁へ歩んでいく。その胸中は、如何程のものなのか。

 

 

 ……ああ。くそお。

 悔しいなぁ。

 奴らに言わせれば、これで“10重音”の大台か?

 

 僕がもっと、球団の中軸として存在感を示せていたら。

 チームは万年最下位に陥らなかったかもしれない。そこまでじゃなくても、確実にデロスは、より素晴らしい成績を残せて。そしたら彼の躍動はもっと注目されて、今以上の栄誉を手にしただろうに。

 強豪との契約を勝ち取り、頼れる仲間と日本一の頂へ登り詰めるデロス。或いは、彼は日本の地を選んだけれど、早い時期ならばメジャーという選択肢もあったのかもしれない。洋々たり得たデロスの未来を、僕は。

 僕のせいで。

 

 

 __嫌だ。

 打席に立ちたくない。

 

 戦うのが、怖い…………。

 

 

 

 

 

 

 目が合った。

 

 審判に促されながら、バッターボックスの前で怯え竦む僕のそれと。

 

 

 ドミニカの大砲、デロスサントス。

 

 サングラスの黒の向こう。

 

 ずっと見つめ続けた、まなざし。

 

 

 

 ………………。

 

 

 炎は消すな。静かに燃えろ。

 その熱病も、今だけは味方だ。

 

 彼の瞳が物語るもの。それを一字一句読み解けるほど、僕は思慮深くない。

 

 

 ただ、信じよう。

 

 盲目に。愚直に。純粋に。

 

 僕がきみに、そうするように。

 

 君が。

 皆が。

 

 ぼくを、信じてくれていると。

 

 

 それが、きっと、嘘じゃないと___!

 

 

 

『ここでー決めろーか・さ・ねー、ここでー決めろーか・さ・ねー!!』

 

 

(ここで)

 

(決メロ)

 

 

 

 重音(カサネ)ーーー!!!!

 

 

 

 初球。

 

 直球、外大きく外れてボール。

 様子見の球か?一変したフィールドの空気に圧されたか?もう1球見たい。

 

 続く球。フォークを、ゾーンに入れてきた。カウント1つずつ。

 バラつくタイプではあるが、制球できてない訳では無さそう。

 次は狙う。

 

 長めに持って…………投げる。

 

 

(ッ!!)

 

 速い球、

 が、手元に食い込んだ。

 

 詰まってファール。打たされた。

 1ボールと、2ストライク。

 

 

 野島のスタイルは、得意球のフォークを裏打ちに、快速で投げ入れるストレート。それからツーシーム気味に動かす高速シンカー。

 

 今投じた3球種の、三択。

 

 手札は全て視えた。

 

 

 左足を僅かに下げ、前屈みに。

 重心を落とし、首を据えて、インパクトの瞬間まで球を見定める。

 

 4球目。音を立て唸る速球、後ろへファール。

 

 5球目。外に落とすフォーク、喰らいついてファール。

 

 6球目、高めストレートをファール。

 7球目、内のフォークをファール。

 8球目、またフォークをファール。

 9球目、しつこいフォーク、ファール。

 

 10球目。

 業を煮やして内角、ゴロを誘うシンカー。

 無理矢理引っ張り込んで、三塁線。

 ファール。

 

 球数二桁を数えて、未だ1-2。

 見掛けは不利が続くようだが、僕自身に劣勢の感は無く、寧ろ一手一手ピースが埋まっていくように覚えられる。

 

 呼吸の音しかしなくなっているのに気付く。

 代わりに投手のグラブの位置、足遣い、滲む汗の一筋にまで、視覚のみが研ぎ澄まされていく。

 

 そうか。

 これが、境地(ゾーン)___!

 

 

 セットポジション。

 足を低く持ち上げ、急加速。

 高い腕から角度を付けて……アウトロー。一直線。

 フェアにはできない。追っ付けて流す。ファール。

 

 ここでタイムを掛けた。次は何だ?考え、悩み、迷う。

 

 そのように、騙り済ます。

 罠を張る。

 

 野島が首を横に振り、一回、二回、三回。

 四回。頷いた。

 

 12球目。

 

 ピッチャー、足を上げて___

 

 

(__お?)

 

 …………()()

 

 

 

 投げた。

 

 

 ____低め、外。

 

 __さっきと、タイミングを外しに来た!

 小手先をッ!!

 

 

 だが……甘い。

 甘いぞ若造。

 後輩の押し付けてくる金平糖より、ずっと甘い!

 

 いい加減カウントを稼ぎたい心理。低めの高速帯を続け、脳裏に過らせる連続フォークの幻影。そして引き延ばしに延ばした動作。

 それらの虚を衝き、コーナーを射貫くストレート!

 

 

(全てが___僕の、思い通り!!)

 

 

 真っ直ぐ、一本。

 

 完璧な間合いで、バットは始動する。

 

 捕手が息を呑むのが聞こえた。

 

 

 振り抜かれる白球。

 

 それは快音ばかりを遺して、センター深くへ___!

 

 

 

 

 

 

 ぐにゃり、と。

 

 

 

 

 

 

(______アレ?)

 

 

 逃げる。ご馳走のはずの球が。

 

 滑る。離れる。遠ざかる。

 

 外からまた、外。外に。

 

 ()()()()して。

 

 

 

(…………ば…………)

 

 

 ばかな。

 

 

 あれは…………スライダー?!

 

 重音のデータには無い!!

 

 

 否、待て。

 記憶に引っ掛かりがある。

 

 そう、リハビリ期間のエゴサ中。

 補欠でオールスターに出てた野島が「デーモンの斧教わりました!笑」とか言って、満面の笑みで瀬野口の奴と並んでる写真を、チラッと見掛けたような。

 あいつ要らんことしやがって!!!

 

 

 下半身、上半身、腕から手首、指先をも強張らせて慣性を封じようと総力を尽くしても、バットは止まらない。

 

 最悪の結末を、振り切れない。

 

 

 

 ち……ちくしょう。

 

 ここまでだなんて、そんな。

 

 

 ドミニカの大砲デロスサントスが、敬遠された屈辱を晴らさいでかというのに。

 

 僕は追い込まれ、外スラを空振る______。

 

 

 

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………いや。

 

 

 な……なんだ?これ。

 

 歓声が聞こえる……?

 

 僕は、もう敗けたはずじゃあ……。

 

 

 違う。

 

 そう。

 そうだ。

 

 ファンの声。皆の応援。

 

 それがある限り、僕らは敗けてない。

 

 負けられないんだ、絶対に!

 

 

 

 __『野球は九回2アウト、3ストライクから』___!!

 

 

 

 野球規則、5.09(a)(2)。

 

 

“A batter is out when . . . A third strike is legally caught by the catcher”;

 

 

 振り返った。

 

 キャッチャーのミットが外スラを零し、挙げ句ボールを見失っている。

 シーズン半ばに習ったような付け焼き刃投げてっからだよ!

 

 走れ僕!ファーストにボールが送られる前に一塁に到達できれば振り逃げが成立、首の皮一枚繋がる!契約の話じゃなくて!

 

 

 くそ、遠い。ベースが遠い。

 飛ばせ、もっと(はや)疾走(はし)れ。

 今の僕は、赤い星。

 走力FのFは、不撓のFだあァーーッ!!

 

 

 

 倒れ込む。自分でも分かるくらい不格好に。

 地を嘗め削る左手が、遂に、ベースへ噛み付いた。

 魂のヘッドスライディング。

 

 痛みも忘れ、祈る一心に塁審を見上げる。

 

 

 判定は___無。

 

 一塁手は、捕球体勢にも入っていなかった。

 

 

 間に、合った。

 

 やった。

 執念の勝利だ。スライダーを吐き出させたが故の、粘り勝ち。これで僕の来季も安泰、いや記録上は三振だから査定的には無価値どころかマイナスだけど、気持ちが大事なんだよこういうのは。

 

 しかし送球すら来ないとは、どんだけ処理にもたついてんだ。そういえば必死のあまり意識が行かなかったがさっきから球場の雰囲気が異質だ。まさか度が過ぎて本塁クロスプレーにでもなったんではあるまいが、どうしたんだろう。

 

 波立つ息を整えつつ、ユニフォームの土を落としながらに見遣る。

 

 

 

(________、

 

 

 え?)

 

 

 

 そこで、僕の脳に雪崩込んだ光景。

 

 それを敢えて、ありのままに表そう。

 

 

 二塁ベース上で静止画の如く立ち尽くすデロスサントス。その視線の先は二三塁間、彼と程近い位置で目を右往左往させるセカンドランナー。

 ボールは、相手三塁手のグラブの中にあった。就いていた三塁ベースを一度これ見よがしに踏んで三塁審の方を向いた後、ふわりと山なりにボールを二塁へ投げる。

 

 セカンドランナーが押し出されるように三塁方向へ歩み出したのを、先程のボールを受けた二塁手が追って控えめにタッチ。

 そしてそれさえ待たず、既に発されている主審による試合終了のコール。

 

 ぱらぱらと引き上げていくコロッケパンズ野手陣。首を傾げつつ渋い顔で相方と手を握り交わす投手。

 行き所なく皆固まったままのベンチ。筆舌に尽くし難い形相の監督。

 

 喧騒。一杯の困惑に怒りが滴る、本拠地の紛糾。

 

 

 最後に、目が合った。

 

 救いでも求めるように悲痛な、ドミニカの大砲デロスサントスのそれと。

 

 

 

(え?)

 

 

 えー、その。あー。

 

 …………え?

 

 

 何がおかしいって、最初がもうおかしい。

 ランナー、なんであんな半端なとこに突っ立ってキョロキョロしてんだ。挟まれたってか、そもそもスタートしてないよなあれ。第一フォースプレーで…………あれ?そうか。一塁埋まってたら振り逃げは……

 

 いやいや。

 2アウトですよ。普通に成立しますよ振り逃げ。僕もこの辺のルール実はよくわかってないけど、するって言うからにはするの。

 それかカウント間違えた?球逸らしたの見えてなかった?仮にそうだったとしても、気付けよ。周りの反応で。いずれ勘違いでも走らない理由にはならんだろ。そんでもって全部終わってから思い出したみたいにふらふらと。せめてもっと真に迫るのをだな。あああどうしてこんな目に。え、それとも僕が悪いのか?あんまり無様な空振りしたから見た途端夢も希望も失くしたって?ねえ僕が悪いのこれ?

 

 

 え?

 

 え。

 

 ………………。

 

 

 

「え?」

 

 

 

 誰にも導き出されることのない、僕の混迷の眼。

 

 

 

 

 

 

 ただ克明に残るのは、シーズン総計100敗の遥かなる称号。

 

 

 この日。

 重音フランスパンズは、伝説になった。




デロスサントス
:オフの特番にも出演予定

重音
:オフはメキシコ送り

唄音
:5勝17敗4.98era。ローテ回してるだけマシ

桃音
:新人。重音軍団への加入を打診されるも拒否

野島多助
:急造守護神。高久がフォーク捕ってくれない

高久鋼沢郎
:低打率中パワー鈍足強肩捕球難

吉村と村田
:病院内で静かに息を引き取った
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