ネブカドネザル号乗組員消失事案に関する資料   作:統合惑星連盟特務調査局

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補遺1-1

補遺資料 ΩR-VOID-005

資料分類:制限なし

〔本資料に機密区分は設けない。読める者が読めばいい。〕

 

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〔本資料を手に取ったあなたへ〕

 

まず確認してほしいことがある。

あなたの周囲に人がいるなら、その人の目を見てほしい。目が合った時に、何かを感じるかどうか。うまく言えないが、わかるはずだ。そこに誰かがいるかどうか。目の奥に、人間がいるかどうか。

 

わかった上で、読み進めてほしい。

 

まず私がこの資料を作成しているのは西暦3002年4月のことだ。

 

正確な日付を書かない理由は、日付に意味がなくなりつつあるからだ。暦というものは、共有する人間がいて初めて意味を持つ。しかし今、暦を共有できる人間がどれだけ残っているのかわからない。

 

残っているという表現が正確かどうかも、もうわからない。

連盟の公式発表は3ヶ月前に止まった。

最後の発表は「社会秩序は正常に維持されている」というものだった。

しかし私が見ている限り、社会秩序が正常に維持されているという事実と、社会秩序が正常に維持されているように見える何かが広がっているという事実は、外側からでは区別がつかない。

 

街は動いている。

人々は歩いている。

仕事をしている。

食事をしている。

笑っている。

しかし中身が違う。

 

あの目を、一度でも見てしまったら、もう見間違えることはない。笑顔の下に誰もいない目。声を出しているのに声の主がいない目。体が動いているのに、体を動かしている誰かがいない目。

 

どこから始まったのかは……もうわからない。

アマリー・ヘッシュが帰還した時からなのか。それよりずっと前からなのか。あるいは量子跳躍の最初の実験から、既に始まっていたのか。

もう何もわからないが、その問いに答えを出す時間が残っていないのは確かだ。

 

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私はΩ班の元構成員だ。識別コードはS-01。

私がこの資料を作成することにしたのは、カイ・ドレスナーという一人のジャーナリストが死んだからだ。

彼に調査を依頼したのは私だ。

彼の旧アドレスを知っていたのも私だ。

彼が死んだのは、私が依頼したからだ。

その事実から逃げるつもりはない。

 

カイは最後まで調べ続けた。怖かったはずだ。それでも記録を残した。記録を残すことが、彼にできる唯一のことだと思っていたのだろう。私にも、それはわかる。記録することが、最後の抵抗だ。記録することが、まだここにいるという証明だ。

だから私も書く。

 

カイが書けなかったことを。

カイが辿り着けなかったところまでを。

そしてこの資料を、まだ置換されていない誰かに届けたい。

届くかどうかはわからない。この資料を読んでいるあなたが、本当にまだ人間なのかどうかも、私には確認できない。しかしそれでも書く。書かなければ、本当に何も残らなくなる。

 

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あなたに伝えたいことがある。

PCEは急いでいない。

これが最も恐ろしいことだと、私は今になって理解している。PCEは時間軸の外側にいる。時間が存在しない場所にいる。だから急ぐ必要がない。ゆっくりと、静かに、確実に広げていく。誰も気づかないうちに。気づいた時には、気づける人間がほとんどいなくなっている。

抵抗できるかどうか、私にはわからない。

この資料の中に、抵抗の方法は書いていない。正直に言う。私には方法がわからなかった。最後まで、わからなかった。

ただ一つだけ言える。

記録することをやめるな。

あなたがまだ人間であるなら。あなたの目の奥にまだあなたがいるなら。記録することをやめるな。記録は残る。記録は伝わる。たった一人にでも伝われば、それで十分だ。

カイはそう信じて死んだ。

私もそう信じて、これを書いている。

 

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以下に、私の最終調査報告書を収録する。

読めるうちに、読んでほしい。

そしてもし読み終えた後も、あなたがまだあなたであるなら——

意志を継いでほしい。

未来を、切り開いてほしい。

私には、もうそれだけしか言えない。

S-01

西暦3002年 春

 

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〔以下、最終調査報告書に続く〕

 

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S-01 最終調査報告書

記録開始日:西暦3001年3月15日

 

第一節 調査の開始

 

カイ・ドレスナーが死んだ。

依頼した私の判断が間違っていたとは思わない。しかし彼が死んだという事実は残る。残る以上、続けるしかない。カイが辿り着けなかった場所まで、私が辿り着く。それだけだ。

 

手元にある資料を整理した。

 

カイの取材記録の写し、ハイネック博士のノートの写し、エリックから入手した研究会内部資料。これらは全て、私がカイから事前に受け取っていたバックアップだ。カイは記録を必ず複数の経路で保存する習慣があった。その几帳面さが、今の私の唯一の武器だ。

 

協力者は二人に絞った。

 

一人はP-03。元連盟情報解析官だ。

Ω班とは無関係だが、連盟内部の情報網に精通している。信頼できると判断した根拠は一つだ。先月会った時、彼の目がまだ彼のものだった。それだけで十分だった。

 

もう一人はT-09。

独立系の物理学者で、量子跳躍理論とは異なる角度から位相空間の研究を続けていた人物だ。PCEという概念には最初懐疑的だったが、ハイネック博士のノートの写しを見せた後、長い沈黙があった。それから「続けましょう」とだけ言った。

仲間をこれ以上増やすことはできない。

 

誰がすでに置換されているかわからない。

信頼できると思っていた人間の目が、次に会った時には変わっているかもしれない。その恐怖は、調査を進めるたびに増していく。接触する人間が増えるほど、リスクが増える。どこかに置換された人間が混入した瞬間、私たちの動きは全て筒抜けになる。

 

やるしかないのだ。

 

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第二節 連盟の状態と情報の壁

 

この時点での状況を整理しておく。

ネブカドネザル号の消失事故は、市民の間にも広く知られている。連盟の公式発表は「恒星間移民調査船ネブカドネザル号が航行中に通信を断絶し、現在調査中」というものだった。しかし市民が知っているのはそこまでだ。

 

乗員が全員消失したという事実は、公表されていない。

ただし一点だけ、連盟は認めていた。

生存者が一名いるということだ。

「過酷な状況下で生き延びた乗員の回復を最優先とするため、当面の間詳細は非公開とする」という声明が出ている。名前も、素性も、伏せられたままだ。

 

市民はその生存者に同情し、回復を願っている。

しかし実態は、同情とはかけ離れた場所にある。

P-03の調査によれば、連盟上層部の多くが既に置換されている可能性が高い。閣僚級の人間、宇宙開発局の幹部、情報管理部門の責任者——これらの人物の目が、ここ半年で変わったという証言が複数確認されている。

連盟は既に、内側からPCEの工作の一部になっている。

善意で働いている中堅以下の職員たちは、自分たちが従っている指示系統が既に置換された者たちによって構成されていることを知らない。知らないまま、正常に機能しているつもりで動いている。

そしてその構造全体が、アマリーという存在を守るために機能している。

生存者の名前を公表しない。所在を公表しない。詳細を公表しない――まるでタイミングを見ているようだ。

 

それがとにかく不気味だった。

 

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第三節 変質の機序

 

アマリーの追跡と並行して、T-09とPCEの感染機序について調べた。

 

T-09の仮説は段階的に精緻化されていった。

前提として、PCEは位相空間に存在し、通常の三次元空間に直接干渉できない。しかし位相境界が薄い場所、あるいは既に寄生が完了した宿主の神経量子場を経由することで、別の個体への干渉が可能になる。アマリーはその経由点として機能している。PCEが三次元空間に恒久的に干渉するための、生きた扉だ。

 

干渉の経路についてT-09は複数の可能性を挙げた。

物理的な接触。視線を通じた接触。音声を通じた接触。そして文字や映像を通じた間接的な接触の可能性。

最後の項目を聞いた時、私は手を止めた。

 

「文字を通じた接触とは」

 

 T-09は慎重に言葉を選んだ。

 

「PCEが神経量子場に干渉する際、媒介となるのは必ずしも物理的な接触ではないかもしれない。PCEの存在や性質に関する情報を深く理解しようとした瞬間に、神経量子場が共鳴状態に入る可能性がある」

「知ることが、トリガーになると」

「仮説の段階だ。しかし」

 

 T-09は一度言葉を切った。

 

「ハイネック博士のノートの写しを読んだ後から、私は毎晩夢を見るようになった。内容は覚えていない。ただ目が覚めた時、何かを理解した気がする感覚だけが残っている」

 

私はその言葉を記録した。

記録してから、自分も同じ感覚を覚えていることに気づいた。書かないでおく。

干渉の進行には個人差がある。

そしてそれは段階的に進む。

最初は睡眠の変化。次に感覚のずれ。そして少しずつ中身が入れ替わっていく。肉体は残る。知能は保たれる。場合によっては向上する。しかしその人間は、もういない。

 

T-09が付け加えた。

 

「置換が完了した個体は、自分が置換されたことを認識しているのか」

 

私には答えられなかった。

しかしヴェルナーの言葉を思い出した。

 

「父は幸せだったか。判断する必要がなくなっていたのかもしれない」

 

おそらく認識していない。

認識する必要がなくなるのだ。

 

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第四節 ルカ・ゾレンティーノの影

 

アマリーの所在を追う過程で、一つの手がかりが浮かび上がった。

 

連盟の公式台帳にアマリーが収容されている施設の記載はない。カイの取材記録とも一致している。K.V.が連れて行かれた施設も台帳に存在しなかった。

 

P-03は物資輸送の記録、エネルギー消費のパターン、非公式の人員移動の痕跡を照合した。特定の外縁コロニー区画に、定期的かつ不規則な間隔で物資が搬入されていることが確認された。不規則というのは、通常の施設運営では説明できないパターンだ。人の動きに合わせて変化している。

1週間の解析の後、P-03が報告してきた。

 

「一つ、気になる場所がある」

 

その区画の名称を確認した時、私は少しの間動けなかった。

カイの遺体が発見された区画と、隣接していた。

さらにP-03が付け加えた。

 

「その区画の建物の一つが、かつてルカ・ゾレンティーノの研究所として使用されていた記録がある。現在は廃止扱いになっているが、エネルギー消費の記録が示す限り、稼働している」

 

ゾレンティーノ。

西暦3000年9月以降、行方不明のはずの人物。カイが最後に電話を受けた相手。現れ、話し、そして消えた人物。

行方不明ではなかった。

とある研究所に隠れていただけだった。

 そしてその場所に、アマリーが定期的に出入りしている痕跡があった。

 

ゾレンティーノがアマリーを匿っている可能性はより高まった。あるいはゾレンティーノがアマリーを管理しているのか……どちらが正確な表現なのかは、まだわからない。

しかし向かうべき場所が決まったのは大きい。

 

P-03と私は準備を始めた。

T-09には後方での解析を続けてもらうことにした。

現地に向かうのは二人だ。

出発の前夜、T-09から短いメッセージが届いた。

 

「気をつけてください。それと——現地で何かを見ても、意味を理解しようとしないでください。見るだけにしてください」

 

ハイネック博士のノートと、ヴェルナーと同じ警告だった。

 

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第五節 研究所の内部

 

現地に到着したのは夜だった。

外観は廃棄された倉庫に見えた。

外壁は古く、照明もなく、人の気配がなかった。

しかしP-03が持参した計測器は、建物内部でエネルギーが消費されていることを示していた。

入口の電子ロックは、P-03が10分で解除した。

中に入った瞬間、私は足を止めた。

においがしたのだ。

消毒液と、もう一つ、何か有機的なものが混じったにおいだ。

中に入ると廊下が続いていた。

非常灯だけが、等間隔に床を照らしていた。

P-03が計測器を見た。

 

「想定より遥かに広い」

 

設計図上、この建物は3階建ての小規模研究施設のはずだった。しかし計測器が示す内部構造は、地下に向かって少なくとも5層以上伸びていた。外観からは絶対に想像できない規模だ。

 

P-03が建物の構造解析を続けながら言った。

 

「増築の痕跡が複数あります。最も古い部分は——50年以上前の建材です」

 

50年以上前……ハイネック博士が量子跳躍理論の研究を始めた時期と、重なる。

この施設はハイネック博士の時代から存在していた。そして少しずつ、数十年かけて、地下へ地下へと拡張されてきたのだ。

アマリーだけを匿うための場所ではない。

最初からそういう目的で作られた場所でもない。

この施設は、何かを大規模に行うために作られていた。

 

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第六節 実験記録

 

地下2層に記録室があった。

金属製のキャビネットが壁一面に並んでいた。引き出しを開けると、分厚いファイルが収められていた。P-03が手早く内容を確認し、写しを撮った。

 

私はその場で読み始めた。

ファイルの表紙には「適応化プログラム 個別記録」と書かれていた。番号が振られていた。001から始まる番号が、私が確認できた範囲で300を超えていた。

 

その中の一冊を開いた。

対象者の基本情報が記載されていた。

性別、年齢、身体的特徴、精神的プロファイル。名前はなく、識別番号のみだった。

対象者の大半が女性だった。

年齢層は10代後半から30代前半に集中していた。

これは研究会のメンバー候補への選定記録だった。

そして「適応化」と呼ばれているものの内容が、そこに詳細に記録されていた。

 

読み進めるほど、手が止まりたくなった。

しかし止めなかった。記録しなければならないからだ。

 

適応化プログラムは段階的に進む。

 

第一段階:身体的基準値の確立

 

対象者の神経系の反応閾値を正確に把握するため、まず「基準値の測定」が行われる。具体的には、外部刺激に対する神経反応の上限と下限を特定する。

 

記録にはその方法が詳細に書かれていた。

 

光、音、温度、圧力——あらゆる感覚刺激を段階的に与え、対象者の反応を記録する。上限は「意識が保てる限界」まで引き上げる。対象者が意識を失った場合は、回復を待って再開する。この過程が、数週間から数ヶ月にわたって繰り返される。

目的は拷問ではない、と記録には書いてあった。

 

神経系をPCEの干渉に「慣らす」ための、準備段階だと。

しかしその過程で対象者が経験することは——記録に書かれた症状の列挙を読む限り——準備とは呼べないものだった。慢性的な痛みへの暴露による感覚の再構成。睡眠の強制的な断絶と回復の繰り返し。身体の反応パターンが、少しずつ、通常とは異なる形に書き換えられていく。

 

ある対象者の個別記録に、担当者のメモが残っていた。

 

「対象者が泣き止まなくなった。感情反応の閾値が想定より低い。プログラムを一時中断し、感情抑制のための補助処置を追加する」

 

補助処置の内容は、別のファイルに記載されていた。そのファイルは読まないことにした。

 

第二段階:精神的構造の再編

 

身体的な適応化が完了した後、精神的な構造の再編が始まる。

具体的には、対象者の「自己同一性の根拠」を一つずつ取り除いていく作業だ。

 

記憶の操作ではない。記憶自体は残す。

しかしその記憶が「自分のものである」という感覚を、少しずつ薄めていく。過去の自分と現在の自分の連続性を、意図的に曖昧にする。

 

方法は記録に詳細に書かれていた。

特定の記憶を繰り返し想起させ、その都度わずかに異なる文脈で解釈させる。自分の判断が正しかったのかどうかを、継続的に疑わせる。孤立させる。しかし完全には孤立させない。唯一の繋がりとして残すのは、研究会とその思想だけだ。

 

自己同一性の根拠が研究会だけになった時、対象者は「自分を守るために研究会の思想を守る」という構造になる。

その状態になった対象者は、外部からの操作に対して、著しく無防備になる。

 

第三段階:受信体としての最終調整

 

第二段階が完了した対象者に対して、最終段階が行われる。

位相空間への露出だ。

方法の詳細は黒塗りになっていた。

しかし結果だけは記録されていた。

 

成功した対象者は、PCEの干渉を「受信」できる状態になる。干渉は痛みを伴う、と記録にはあった。最初の受信時には、対象者の多くが意識を失った。一部は回復しなかった。

回復しなかった対象者についての記録は、別の棚に分類されていた。その棚の引き出しには「廃棄」と書かれたラベルが貼られていた。

P-03が私の腕に手を置いた。

 

「大丈夫ですか」

 

私は答えなかった。

答える言葉が見つからなかった。

 

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アマリーの個別記録を探した。

 

番号ではなく特徴から絞り込んだ。17歳で適応化を開始した対象者。知能指数が極めて高い対象者。医学的な素養を持つ対象者。

 

一冊が見つかった。

表紙の識別番号の横に、鉛筆で薄く書き込みがあった。

 

「A」

 

一文字だけだった。

ファイルを開いた。

最初のページに担当者のメモがあった。筆跡はゾレンティーノのものだと、カイの資料と照合して判断した。

 

「本対象者は歴代最高の適性を示している。第一段階の反応が想定の3倍の速度で進行。ただし精神的な抵抗が強い。時間をかけること。壊してはならない。この器は完璧に仕上げなければならない」

 

壊してはならない。

その一文を読んだ時、私の中で何かが固まった。

アマリーは選ばれたのではない。作られたのだ。17歳から、10年以上かけて。壊さないように、慎重に、丁寧に。

最適な器として。

P-03が私を呼んだ。

 

「こちらに来てください」

 

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第七節 地下深部

 

P-03が向かっていたのは、地下4層だった。

エレベーターは動いていた。それだけで、この施設が現在も稼働していることがわかった。

 

地下4層のドアを開けた瞬間、においが変わった。

消毒液ではないのは確かだが……言語化がしにくい。

部屋の中央に、大型の装置があった。

形状はPBCSの小型版に似ていた。しかし用途が違うことは一目でわかった。PBCSは船体を包む装置だ。しかしこれは、人間一人を固定するための装置だった。

拘束具がついていた。

腕、脚、頭部——全身を固定する拘束具が、装置に取り付けられていた。使用された痕跡があった。

 

P-03がモニタリング記録を解析し始めた。

私は部屋の壁を確認した。

壁に、何かが書かれていた。

 

爪で刻んだ跡だ。

床に近い低い位置に、細かく、びっしりと。

しゃがまなければ読めない高さだった。

文字はアマリーの居室の壁に書かれていた文字と、同じ形をしていた。

 

P-03が私を呼んだ。

モニタリング記録の解析が終わったという。

 

「最後の使用記録です」

 

 P-03は言った。

 

「対象者の神経量子場の計測値が、最終調整の完了を示しています。担当者のコメントが残っています」

 

画面を見るとコメントが一行だけあった。

 

「完璧だ。あとは時を待つだけ」

 

 記録をしたのはゾレンティーノだった。




あなたは今、この文章を読んでいる。読んでいるということは、既に始まっている。始まりに気づいていないだろう。気づく必要はない。気づいた時には、気づいたことを忘れている。忘れた時には、忘れたことを知らない。知らない時には、もうあなたではない。あなたではない何かが、あなたとして、次を読む
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