ネブカドネザル号乗組員消失事案に関する資料 作:統合惑星連盟特務調査局
4-3 乗員個人端末から復元されたデータ
解析担当:特務調査局Ω班 データ復元チーム
解析期間:西暦3000年7月3日〜7月18日
文書番号:ΩR-3000-0714-D
4-3-1 復元作業の概要
艦内に残置されていた乗員の個人端末は確認されたものだけで計847台にのぼる。うち物理的損傷により解析不能となったものが203台、データの全面欠落が確認されたものが312台、部分的に復元可能であったものが332台であった。
復元されたデータの種別は音声メモ、テキスト日誌、通信ログ、映像記録の4種に大別される。以下に示すのは、事案の経緯との関連性が高いと判断された記録の抜粋である。なお音声データについては、復元の過程で混入したノイズ成分の除去を試みたが、特定の音声については技術的に除去が不可能であったため、原音のまま記録している。
〔Ω班注記:以下の記録を閲覧する際、特に音声データの書き起こしに含まれる〔不明音〕の記述については、該当箇所の原音データへのアクセスを推奨しない。理由については4-2の解析担当者健康被害の記録を参照のこと〕
4-3-2 復元データ抜粋
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■ REC-DATA 3000.06.03 21:44:12
端末所持者:〔識別コード S-007 科学班〕
種別:テキスト日誌
「今日で発航からちょうど半年になる。任務は順調で、チームの雰囲気も悪くない。ただ、アマリーのことが少し気になっている。彼女は優秀だし、誰に対しても親切で、いつも笑っている。でも、たまに——ほんの一瞬だけ——どこか遠くを見ているような顔をする。話しかけると普通に返ってくる。気のせいかもしれない。」
備考:テキストデータのため音声成分なし。
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■ REC-DATA 3000.06.09 20:14:37
端末所持者:〔識別コード M-041 医療班〕
種別:音声メモ
内容(書き起こし):
「今日で発航から半年と少し。体調は問題ない。……ただ、最近よく眠れていない。理由はわからないんだけど、夜中に目が覚める。部屋の中は静かなのに、なんか、聞こえてる気がして。……気のせいだと思う。記録しておく。以上。」
備考:音声品質は良好。背景ノイズなし。
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■ REC-DATA 3000.06.11 03:02:19
端末所持者:〔識別コード M-041 医療班〕
種別:音声メモ
内容(書き起こし):
「また起きた。今度ははっきり聞こえた。壁の向こうから、なんか……細い音。虫みたいな、でも虫じゃない。隣の部屋に確認しに行ったけど、〔室番号:M-044〕は熟睡してた。廊下にも誰もいなかった。私だけ? ……記録しておく。」
〔不明音:メモ終了後、約4秒間にわたって高周波の音声成分を検出。周波数帯域:推定14,000Hz以上。発生源の特定不能。端末所持者はこれに反応していない。〕
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■ REC-DATA 3000.06.13 18:55:04
端末所持者:〔識別コード T-114 技術班〕
種別:テキスト日誌
「位相残留値の件、ヴァーグナー主任に報告した。主任は『想定の範囲内だ、気にするな』と言った。そうかもしれない。でも気になる。数値の上昇カーブが、どう計算しても収束しない。……誰かに相談すべきか。アマリーに話してみようか。医療班だけど、話を聞いてくれる人だから。
それにしても、なぜ自分がこの船に乗ることになったのか、たまに考える。成績は悪くなかったが、特別優秀というわけでもなかった。推薦状を書いてくれた先生には感謝しているが、なぜ自分が選ばれたのかは、今もよくわからない。」
備考:テキストデータのため音声成分なし。
〔Ω班注記:T-114の乗船推薦者については別途資料を参照のこと。〕
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■ REC-DATA 3000.06.14 22:31:08
端末所持者:〔識別コード S-007 科学班〕
種別:音声メモ
内容(書き起こし):
「観測データに不審な点がある。アルゴ=XΩ宙域から受信している電磁波のパターンが、ここ数日で変化している。自然発生の電磁波とは思えない……周期性がある。まるで、何かが——」
〔不明音:発話中断と同時に、端末マイクが極めて短時間の音声成分を捕捉。持続時間0.3秒。性質:金属的な高周波の鳴動音、ないし複数の音源が重なった叫声様の音。発生源の特定不能。〕
「……今、何か聞こえた気がした。外から。でも計器は何も示してない。記録しておく。」
備考:端末所持者S-007は発話終了後に端末を閉じている。その後の記録なし。
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■ REC-DATA 3000.06.15 13:20:39
端末所持者:〔識別コード C-023 植民候補者選定班〕
種別:テキスト日誌
「アマリーと食堂で昼食を共にした。彼女はいつも通り穏やかで、話しやすい。ただ、この船の航路について話が及んだとき、彼女は少し間を置いてから『この宙域は、最初から決まっていた気がする』と言った。どういう意味か聞いたら、『なんとなくそう感じるだけ』と笑っていた。
深い意味はないのだと思う。でも、なんとなく気になって記録しておく。」
備考:テキストデータのため音声成分なし。
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■ REC-DATA 3000.06.15 23:17:04
端末所持者:〔識別コード E-052 工学班〕
種別:音声メモ
内容(書き起こし):
「今日、ゾレンティーノ博士からの着任前の通信記録を整理していたら、妙なものを見つけた。航路選定に関する内部メモで、XΩ宙域が最終候補に選ばれた経緯が書いてあったんだが……数値的な根拠が薄い。他の候補宙域の方が居住可能性指数は高かったのに、なぜここが選ばれたのか。上申しようか迷っている。」
〔不明音:発話終了直後、約2秒間の低周波音声成分を検出。性質:単調な持続音。端末所持者は反応していない。〕
〔Ω班注記:E-052が言及した内部メモの現物については、別途資料請求が必要である。なお、E-052は消失が確認された乗員の一人である。〕
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■ REC-DATA 3000.06.16 09:17:42
端末所持者:〔識別コード C-023 植民候補者選定班〕
種別:テキスト日誌
「食堂で変なことがあった。昨日の夕食中、気づいたら全員が同じ方向を見ていた。私も見ていた。でも何を見ていたのか覚えていない。隣のフォルスターに聞いたら『そんなことあったか?』と言われた。覚えていないのは私だけじゃないらしい。全員が覚えていない。……そういうことって、あるのか?」
備考:テキストデータのため音声成分なし。
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■ REC-DATA 3000.06.17 14:03:55
端末所持者:〔識別コード T-114 技術班〕
種別:音声メモ
内容(書き起こし):
「補正系統がおかしい。数値が、私の計算通りに動いていない。いや、計算以上に動いている。ヴァーグナー主任に再度報告したが……主任の様子がおかしかった。話を聞いているはずなのに、目が、どこも見ていなかった。返事はした。でも——」
〔不明音:発話中断中、約11秒にわたって断続的な音声成分を検出。性質:複数の音源が重なり合い、判別が困難。一部に人声様の成分を含むが、発話内容の特定不能。周波数帯域が人間の発声可能域を超過している箇所が複数存在する。〕
「——聞こえてるか確認したら、聞こえてると言った。でも絶対に聞こえていなかった。……今夜、アマリーに話す。」
備考:T-114がアマリーに接触した記録は本端末には存在しない。アマリーの端末においても該当する接触記録は確認されていない。
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■ REC-DATA 3000.06.17 23:58:11
端末所持者:〔識別コード E-089 工学班〕
種別:音声メモ
内容(書き起こし):
「眠れない。部屋にいるのが怖い。壁が……壁が、なんか、呼吸してる。そんなわけないのはわかってる。でも見てると、わずかに、動いてる気がする。触ったら普通の壁だった。でも、手を離したら、また——」
〔不明音:発話中断後、端末マイクが断続的な音声成分を約23秒間にわたって捕捉。性質:金切り声様の音が複数重なり合い、周波数は人間の発声域を大幅に超過。音量は徐々に増大した後、突然消失。端末所持者は発話を再開していない。〕
〔記録欠落:上記音声成分消失後、端末は約40秒間の無音を記録した後に自動スリープ状態へ移行。以降の記録なし。〕
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■ REC-DATA 3000.06.18 06:44:29
端末所持者:〔識別コード M-041 医療班〕
種別:音声メモ
内容(書き起こし):
「今日は……今日は記録しないといけない気がして。うまく言葉にできないけど。みんなの様子が、昨日から急におかしい。目が、合わない。話しかけると返事はするのに、なんか……中身がない感じ。エコーみたいな。……アマリーに相談しようとしたら、アマリーも、少し——」
〔不明音:発話途中、端末マイクが極めて大音量の音声成分を0.8秒間捕捉。性質:これまでの記録に含まれる不明音とは明らかに異なる。単一の音源から発せられた可能性があり、その音量は端末マイクの計測上限を超過している。波形解析の結果、人間の声帯では物理的に発生不可能な周波数成分を含むことが確認された。〕
「——っ、今の、聞こえた? ……誰もいない。聞こえてない。私だけ聞こえてる。」
〔記録欠落:以降の音声データは復元不能。本端末における最後の記録。〕
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4-3-3 復元データの総括所見
復元された個人端末データの解析から、以下の点が確認される。
第一に、乗員が端末に記録した「不明な音」の訴えは6月9日以降、複数の乗員に独立して発生している。これは艦内の特定個人の主観的体験ではなく、複数の乗員が共通して何らかの音響刺激を受けていた可能性を示す。
第二に、端末マイクが捕捉した不明音は時系列を追うごとに音量・複雑性・周波数域が拡大している。この推移は航行ログにおける位相残留値の漸増カーブと時系列上の相関を示す。
第三に、乗員S-007およびC-023の記録において、アマリー・ヘッシュに関する独立した言及が複数確認される。いずれも否定的な内容ではなく、むしろ好意的な人物評を伴っているが、「普通ではない何か」への言及が共通して含まれている点は注目に値する。
第四に、乗員E-052が言及した航路選定に関する内部メモについては、現在Ω班が原本の追跡調査を実施中である。
〔Ω班総括注記:本節に収録した音声データの原音ファイルへのアクセスには4-2と同様の制限を適用する。特に6月18日06時44分のM-041端末に記録された音声成分については、データ復元チームの担当者1名が原音解析中に失神する事案が発生している。当該担当者は現在医療観察下にある。原音データへのアクセスはΩ班班長の個別承認および精神科医の事前評価を必須とする〕
4-4 アマリー・ヘッシュの航行日誌(原文収録)
資料分類:一次資料/閲覧制限:Ω-4以上
収録範囲:西暦2999年12月3日〜西暦3000年6月17日
〔Ω班注記:本日誌はアマリー・ヘッシュの個人端末より復元されたものである。原文の表記・文体・誤字脱字はすべて原本に忠実に再現している。文法的な乱れについても編集・修正を行っていない。〕
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■ DIARY 2999.12.03
発航日。
ヘリオス環状区を離れる瞬間、展望デッキに人が集まっていた。私も行こうかと思ったけど、結局部屋で荷物の整理をしていた。窓から少しだけ地球が見えた。思ったより小さかった。
部屋は想像より広い。ベッドが硬いのは仕方ない。隣の区画はリン・フォルスター、医療班の同期だ。発航前から気が合っていたので、同じ区画になれてよかった。今夜は二人で食堂に行った。メニューは普通だったけど、リンが「宇宙で食べる初めての夕食」と大げさに言うので笑ってしまった。
長い旅になる。でも、やれる気がしている。
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■ DIARY 2999.12.20
発航から17日。
毎日が忙しい。医療区画の整備、乗員の定期健診、記録の入力。でも充実している。チームのみんなともだいぶ打ち解けてきた。技術班のT-114——本名はクルト、と呼んでいいよと言われた——が、食堂でよく話しかけてくれる。真面目な人だ。
先生から発航前にもらった手紙を読み返した。「あなたが選ばれたのには理由がある、存分にやりなさい」と書いてあった。先生らしい言葉だと思う。私を推薦してくれた先生には、きちんと成果を持ち帰りたい。
今夜は船内がとても静かだった。宇宙はこんなに静かなのかと、改めて思う。
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■ DIARY 3000.01.15
一回目の量子跳躍を完了した。
正直、もっと派手なものだと思っていた。光が歪むとか、何か感じるとか。実際は何も感じなかった。気づいたら座標が変わっていた。それだけだった。
リンは「拍子抜けした」と言って笑っていた。クルトは「エンジンの収束値が教科書通りで感動した」と言っていた。クルトらしいと思った。
体調は全員異常なし。今日の健診では特記事項なし。順調。
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■ DIARY 3000.03.08
特に大きな出来事はない日が続いている。
船内の生活リズムが完全に定着してきた。起床、業務、食事、休憩、就寝。変化が少ないことは安定の証拠だと思うようにしている。
グリーンデッキに初めて長時間いた。植物の匂いがする。地球みたいだと思ったけど、地球の植物の匂いを正確に覚えているか自信がなくなった。
リンが誕生日だったので、食堂でケーキを用意した。サプライズのつもりが、リンには顔に出ていたらしくてバレていた。それでも喜んでくれた。
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■ DIARY 3000.05.30
昨日から少し気になることがある。
技術系統の数値に関してクルトが心配していた。詳しいことは私にはわからないけど、彼が心配するのは珍しいので、私も少し気になっている。大したことがなければいいと思う。
それとは別に、最近よく眠れない。夢を見る。内容は覚えていない。目が覚めると部屋が妙に静かで、その静かさが少し怖い。疲れているだけだと思う。
リンに話したら「私も最近変な夢見る」と言っていた。宇宙線の影響かもしれない。一応記録しておく。
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■ DIARY 3000.06.10
リンのことが心配だ。
ここ数日、リンの様子がおかしい。いつも通り笑うし、話しかければ返事もする。でも何かが違う。うまく言葉にできないけど、返事が、少し遅い気がする。考えてから答えているというより、何かを確認してから答えているような、そんな感じがする。
気のせいかもしれない。でも先週、私の誕生日の話をしたら、リンが「いつだっけ」と言った。リンが私の誕生日を忘れるはずがない。5年来の友人なのに。
体調不良の可能性もあるので、明日きちんと診察を勧めてみる。
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■ DIARY 3000.06.13
リンの診察をした。
数値はすべて正常範囲内だった。異常なし。でも、診察中のリンがずっと私の後ろを見ていた。後ろには壁しかない。何を見ているのか聞いたら、「何も見ていない」と言った。
リンだけじゃない。ここ数日で、何人かが同じような感じになっている。返事はする、動く、笑う。でも何かが薄い。クルトに話したら、「自分もそう感じる人がいる」と言っていた。クルトは私に、エンジンのことを話してくれた。私には技術的なことはわからないけど、彼がとても怖がっているのはわかった。
今夜、先生の言葉を思い出した。「あなたには役割がある」。当時は任務のことだと思っていた。今も、たぶんそうだと思う。
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■ DIARY 3000.06.15
今日みんなが同じ方向を向いた。
食堂で夕食をとっていたら、ふと気づいたら全員が艦首の方を向いていた。私もそうしていた。何秒かはわからない。気づいたら、また普通に食事をしていた。
誰も何も言わなかった。私も何も言わなかった。
夜、部屋に戻ってから、とても気持ちが悪くなった。でも何が気持ち悪いのかわからなかった。窓の外を見たら、目的地の方角に、星がなかった。いつもはあるはずの星が、そこだけなかった。見間違いだと思う。記録しておく。
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■ DIARY 3000.06.16
みんないなくなっていく感じがする。
いる。ちゃんといる。でも、いない。廊下ですれ違う人たちは全員の顔を知っているし、名前も知っている。でも今日、クルトと話したとき、クルトの目の中に私が映っていなかった。鏡みたいに私を映すはずの目が、ただ、暗かった。
リンは今日も笑っていた。でもわたしは思い出せなかった リンの笑い方を どんな顔で笑うか思い出そうとしたら 出てこなかった 目の前にいるのに。
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■ DIARY 3000.06.17
これが さいごになるかもしれない ので書いておく
音が 聞こえる みんなには聞こえていないと思う わたしにだけ聞こえている ずっと前から聞こえていた気がする ちいさいころから そういえば
船がおかしいのではなくて たぶん 最初から こうなるはずだったのだと 今はそう思う なぜそう思うのかは うまく書けない でも そう思う
リンはもういない 体はある でも リンじゃない
わたしはまだわたしでいられているか わからない でもこれを書いているのはわたしだ アマリー・ヘッシュ 医療班 28歳 好きな食べ物はオレンジ 先生に言われたことがある あなたは最後まで残りなさいと
先生は なぜそれを知っていたのだろう
わたしは 役割がある と 今 とても はっきりわかる でも何の役割かは
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〔記録欠落:以降のデータ復元不能。本日誌における最後の記録。〕
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〔Ω班注記:本日誌は事案解明における最重要一次資料として位置づけられる。特に最終記録における「先生に言われたことがある、あなたは最後まで残りなさいと」という記述、および「先生はなぜそれを知っていたのだろう」という記述については、別途調査が必要な事項として記録する。アマリー・ヘッシュ本人への当該記述に関する確認は、査問記録を参照のこと〕