モノづくり大好きライバーによるハッピーエンドの作り方 作:超かぐや姫!脳焼きの民
「使ったものぐらいちゃんと片付けて!」
「え~めんどくさ~い」
彩葉の説教が始まる。
かぐやが配信のために買ったグッズが彩葉の部屋に散乱しているのである。
自身の生活スペースが日に日に減少していく。
そんな生活に限界が来たのである。
「彩葉手伝って~」
「なんで手伝わないといけないのよ」
「おねが~い
かぐやをたすけて~?」
しかし、かぐやとて面倒なことなんてやりたくない。
やるにしても可能な限り楽にしたい。
だから彩葉を巻き込む。
泣き落としである。
(これはウソ泣き。分かってる)
(私がこれに弱いって、ナメられてる!)
彩葉は自身にそう言い聞かせ、心を鬼にして断る――
...ことはできなかった。
結局、かぐやの頼みを断れない彩葉なのであった。
部屋の片付けの進捗が50%を超えたあたりで、チャイムが鳴る。
かぐやが扉を開けると遠田が立っていた。
デカいスイカを抱えて。
「うちのおかんからスイカ届いたから食わん?」
「食べる!!!」
「先に片付けでしょ!!」
かぐやが速攻で食いつく。
だが、彩葉ママの叱責が飛ぶ。
「やだやだやだ!
早くスイカ食べたい~
...そうだ!」
駄々を捏ねるかぐやは何かを思いついたらしい。
「待って!しゃべんな!予想付いたわ!
やめろ!」
「遠田も手伝って!!」
「だろうと思った...」
1人よりも、2人。
2人よりも、3人。
その方が、片付けは速い。
論理としては、間違っていない。
だが、人として何かがおかしい。
結局、三人で片付けることになった。
「なんなんこれ?」
「こんなもん、何に使ったん?」
道中、いくつもの疑問が飛ぶ。
だが、かぐやの思考は誰にも読めない。
「やっと終わった~!
スイカの時間だ~!!
うぇ~い」
片付けが終わり、かぐやのテンションは最高潮に。
人差し指と中指を伸ばす。
そのまま、両手を高く上げる。
「なにそれ?」
いきなり変なポーズをするかぐや。
彩葉が、怪訝そうに問う。
「私たちの合図!
仲良しのやつ!」
「なるほど
うぇ~い」
遠田は、すぐに合わせた。
同じように指を伸ばし、両手を上げる。
この軽さこそ、遠田の真骨頂だ。
「う、うぇ~い」
彩葉も釣られて同じポーズをとる。
「うぇ~~い!!!」
2人がノってくれた。
それが嬉しいのか、かぐやの声は楽しそうである。
「で、仲良しやったら人様を片付けに巻き込んでもええと?」
「いや~それは~...
そんなことよりもスイカ!!!」
そんなかぐやにとって都合の悪い質問を、
スイカの甘い香りで塗りつぶした
そしてかぐやが待ちに待ったスイカタイムがやってきた。
果肉をサイコロ状に切り、フォークでつまむ。
遠田が用意したとは思えないぐらいに上品である。
「なんでスイカなんて届いたの?」
先日の配信で遭遇した大阪のおばちゃんこと遠田母。
彼女が息子のためにスイカを送るとは考えにくかった。
「なんでも
『かぐやちゃんと彩葉ちゃんにはあんたがお世話になってるからな!
親として当然のことや!』って言ってたわ。
多分やけど、2人を気に入っただけやと思うで」
そんな軽い理由が帰ってくる。
「おばちゃんありがと~!!!」
かぐやは西に向いて感謝を述べる。
『ええやで~
いっぱい食べや~』
どこからか、そんな幻聴が聞こえた気がした。
「つーかさ。
こんなに物あって片付け大変なんやったらさ。
貸倉庫借りるなり、引っ越した方がええんちゃう?
部屋の容積たりてへんやん」
遠田の気軽な発言。
彩葉の脳内で警報が鳴り響く。
まずい。
この発言にかぐやが便乗したら終わる!
「確かに!!
ねえねえ彩葉~引っ越ししよ~」
ダメだった。
案の定、食いついた。
「うちにそんな余裕ないです」
きっぱりと断る。
この安アパートの家賃。
それに、何度救われてきたか。
「遠田も一緒なら大丈夫だって!
ね!遠田?」
突然のキラーパス。
遠田が、目を丸くする。
「俺ぇ!?
いやいや引っ越すわけにはいかんよ!
家賃親に出してもらってるし」
遠田は、両親を盾に逃げようとする。
「じゃあ聞いてみるね!」
かぐやが、スマホを取り出した。
迷わず、電話をかける。
「もしもしかぐやです!」
『あら~かぐやちゃん!元気にしてた?
スイカは届いた?あれめっちゃおいしいやつやから是非食べてな?』
「スイカは今食べてるよ!
めっちゃおいしい!ありがと~おばちゃん!!」
電話越しに、弾む声。
言いたいことをまくしたてる。
典型的な、大阪のおばちゃんだった。
遠田の顔が、引きつる。
なぜ、かぐやが番号を知っているのか。
いつの間に、交換していたのか。
恐怖。
戦慄。
遠田のプライバシーが、音を立てて崩れていく。
「なあ。もしかしてやけど酒寄さんも持ってはったりする?」
遠田の声が、小刻みに震えている。
「う、うん。
あの時の配信のあとにDMで
『なんかあったら相談してや!おばちゃん力になったる!』
って一緒に連絡先が...」
「oh...」
「でねでね。
彩葉の部屋がちょっと狭いって話になってね...
引っ越そうって話になってね...」
かぐやが、核心を切り出す。
「ちょっとかぐや!?
まだ引っ越すって決まったわけじゃないよ!!」
彩葉が、必死に止めようとする。
だが、その叫びは届かない。
『あらあらま~!
ええんじゃない!おもろいやん!
匠への家賃の補助な?今まで通りでもいいならええで』
一瞬の、即決だった。
「おばちゃん、ありがと~~!!!」
西の空に、歓喜の咆哮。
遠田の意思など、微塵も関係なかった。
『かぐやちゃん?
彩葉ちゃんってそこにおる?』
「彩葉?いるよ~
彩葉~遠田のお母さんが呼んでる~」
かぐやが、スマホを差し出す。
遠田母の次の標的。
それは、彩葉だった。
「はい。お電話変わりました。
酒寄彩葉です...」
彩葉は、姿勢を正す。
スマホを持つ手が、少し震えた。
『彩葉ちゃん元気にしてる~!
うちの子が迷惑かけてへん?』
「は、はい。元気にやってます。
遠田にはちょくちょく助けられて、迷惑なんて...
スイカありがとうございます。おいしかったです」
精一杯の、丁寧な返答。
だが、彩葉はまだ適応しきれない。
遠田母の、強烈なキャラクター。
自身の母とは、あまりに違いすぎる。
嵐の前の静けさ。
彩葉は、未知のパワーに圧倒されていた。
『そっか、そっか~
ならええわ!
あの子から学校の話聞くと大抵彩葉ちゃんの名前が出てくるから...』
衝撃の、一言。
彩葉の動きが、凍りついた。
「えっ...」
遠田を、見る。
彼は、気まずそうに目を逸らした。
母の口から、漏れる本音。
息子の日常には、いつも彩葉がいた。
「わ、私の、名前が...?」
彩葉の顔が、わずかに熱くなる。
『あの子は、結構友達自慢する子やからね!
彩葉ちゃんのことは頼りにしてるんやろね!
これからも、あの子をよろしく頼むわ!』
遠田母の、ダメ押し。
それは、ある種の「公認」に近い響きだった。
もっとも。
ノリと勢いの、遠田一族。
その公認に、何の意味があるのか。
それは誰にも分らない。遠田であっても。
そして電話は切れる。
言いたいことだけ言って去っていく。
嵐のような母である。
「...友達、自慢?」
彩葉が、ぽつりと呟く。
視線は、自然と遠田へ向いた。
「...。おかん、余計なこと言いすぎや」
遠田は、気まずそうに顔を背ける。
耳の端が、わずかに赤い。
「え~! 何それ、かぐやも自慢してくれてるの~?」
かぐやが、はしゃいで割って入る。
だが、遠田はそれを無視して、勢いよく立ち上がった。
「悪い。もう帰るわ」
逃げるように、扉へ向かう。
顔は赤く、隠しきれない照れがあった。
その日の酒寄彩葉の睡眠の質は非常に悪いものだった。
遠田母のまさかの暴露が原因――
というわけでもなく。
「ヤバッ!これ作ったやつ人の心ないの~?」
深夜。
響き渡る、かぐやの声。
絶賛、配信中。
寝不足の理由は、いつもの「騒音」だった。
そんな翌日。
かぐやと彩葉は外を歩いていた。
引っ越し先を探しているのだ。
ちなみに遠田はいない。
絶賛、バイト中である。
「ねえこことかは?」
かぐやが指をさす。
そこには、煌びやかな広告。
<極上空間を味わうデザイナーズタワマン>
4LDK
駅から徒歩5分
フローリング/エアコン/システムキッチン等々
管理費 20000円/月
家賃 驚愕の35万/月
そんな広告を見てため息を付く彩葉。
「こんなとこに住んでたら人間おかしくなるって」
一般学生には厳しいにもほどがある。
たとえかぐやがライバーとしてそこそこ稼いでいたとしても...
「かぐやとか遠田って、もうおかしいから大丈夫じゃない?」
非常に失礼な月の姫である。
「そういう問題じゃないっての...」
彩葉は、再び歩き出した。
だが。
ふいに、足が止まる。
その場に、力なくうずくまった。
「彩葉?」
「大丈夫...」
かぐやの問いかけに力なく返す。
「彩葉...
えっ体あつあつだよ!」
異変に気づく。
尋常ではない熱量だ。
彩葉の夏休み。
そこに「休息」はなかった。
並び続ける、勉強とバイトの予定。
休める時間など、一分もなかった。
極めつけは、この猛暑。
電気代節約のため、冷房すら封印していた。
彩葉の体力。
その糸が、ついに切れた。
一方、遠田。
彼は、関西弁を封印しながら接客をしていた。
「ありがとうございま~す。
またお越しください」
顔は、笑っている。
声も、朗らかだ。
だが、その目だけが死んでいた。
彼にとって、標準語。
それは、重い枷だった。
言葉を一つ、選ぶ。
イントネーションを一つ、殺す。
遠田にとって関西弁を封印しているのはそれだけの負担だった。
「遠田~
なんかお前電話きてるよ」
先輩バイトから声がかかる。
「電話っすか?
誰からやろ?」
遠田は休憩室に向かい、電話にでる。
『遠田!?
彩葉が...彩葉が...!』
かぐやだった。
声は震え、言葉が繋がっていない。
ただ、彩葉の身に何かが起きたことだけが伝わる。
「落ち着け!
深呼吸しろ!」
電話越しに、吸って、吐く音。
『彩葉が急にうずくまちゃって、
体があつあつで』
「わかった。
酒寄さんを近くの冷房きいてるとこで休まるんや!
あと水を飲ませたって
多分熱中症や」
指示を飛ばし、休憩室を飛び出す。
そして、店長に告げた。
「すんません!
急用出来たんで帰ります!」
普段の、調子のいい笑顔はない。
接客中の、死んだような目でもない。
見たこともないほど、真剣な瞳。に店長は答える。
「わかった
いってらっしゃい」
「あざます!
すんません」
遠田は走り去る。
「青春だねぇ...」
店長が、その背中を見送る。
断片的な会話から、事態を察していた。
「若人の時間を、無理に縛るのはよくないねぇ」
「店長、じじくさいですよ」
同僚の軽口が響く。
その頃にはもう、遠田の姿は見えなくなっていた。
走る。
走る、走る、走る。
かぐやから送られた、現在地。
そこへ向けて、足を動かす。
タクシーは、すでに手配した。
あとは、合流するだけだ。
遠田の脳内。
渦巻くのは、後悔ばかり。
今思えば、前兆はあった。
あまりに、少なすぎる休み。
冷房すら、かかっていないあの部屋。
なのに。
自分は、気づかなかった。
いや。
気づかないふりを、していた。
彩葉と、かぐや。
三人で過ごす時間が、楽しくて。
楽しくて、仕方がなかったから。
壊したくないあまり。
見ないふりを、選んでしまった。
「何が、笑わせるや...」
「この野郎」
声が、漏れる。
己への、激しい叱咤。
「結局、なんも出来てへんやんか」
肺が、焼けるように熱い。
だが、走るのを止めない。
今の自分にできるのは、ただ一刻も早く、彼女の元へ向かうことだけだった。
「遠田ーー!」
かぐやの声が聞こえる。
「すまん、遅なった!
酒寄さんは?」
「彩葉は今お店の中で休んでる。
店員さんにお水貰って...」
遠田は、迷わず店の中へ。
介抱してくれていた店員に、深く頭を下げた。
「すんません。
ありがとうございます。」
そして、彩葉の元へ。
その顔色は、明らかに悪い。
「お、遠田...?どうして...?」
「かぐやから聞いたから
とりあえずこれ飲んで」
買ってきた経口補水液を、手渡す。
「かぐや
そろそろタクシーが店の前に来るはずや。
それ乗って家に酒寄さんを連れて帰って」
「わかった!
遠田はどうするの?」
「スーパーよって栄養のあるもん買ってから帰るわ。
とりあえず家着いたら、冷房入れて、
酒寄さんにシャワー浴びせて、汗拭いて寝かしとって」
淀みのない、指示。
かぐやに後を任せ、遠田は再び駆け出した。
まだ、何かできる。
自分に、できることがあるはずだ。
一刻も早く、彼女のために。
その一心で、夏の街を走り抜ける。
買い物を済ませ、遠田が戻る。
息を整える時間すら、もったいない。
階段を駆け上がり、彩葉の部屋へ。
扉の先。
寝込む彩葉と、心配そうに見つめるかぐや。
「かぐや...
すまん...これ頼む...」
買ってきた品を、手渡す。
「わかった!
とりあえずお粥作るね
遠田汗すごいよ!休んで!」
「わかってるわ...
一旦、部屋もどってシャワー浴びてくるわ...」
そう言って遠田は自身の部屋に戻る。
冷房の効いた、涼しい部屋。
彩葉は、ゆっくりと目を開けた。
キッチンでは、かぐやが動いている。
窓からは、赤い夕陽が差し込んでいた。
(いつの間に家に...
しかも着替えてるし...)
手探りで、スマホを確認する。
「やばい、バイト...!」
そんな声でかぐやは彩葉が目を覚ましたことに気が付いた。
「彩葉
しんどい?
大丈夫?」
「平気...すぐ出るから」
立ち上がろうとして。
布団の上に、そのまま倒れ込んだ。
「あっ、ねえバイト休む連絡入れといたから
彩葉~もう休んで~」
かぐやが、涙を流して止める。
その言葉を聞き、履歴を追った。
代わりに入れられた、病欠の連絡。
「ありがとう...かぐや...」
「お礼なら遠田に言ってあげて。
遠田、彩葉のためにめっちゃ頑張ってたから」
最後に見た、遠田の顔。
必死だった。
あんな顔、見たことがなかった。
「遠田ね、バイトほっぽり出してね。
彩葉のところに走って来たんだよ」
かぐやが、静かに付け加える。
「...えっ?」
驚きで、目が開いた。
普段から
「バイトなんて行きたくねぇ」
と言っておきながら、
サボることなく働いていた遠田が。
「『すまん遅なった』って...
汗だくで、ボロボロで...」
かぐやの声が、震える。
彩葉は、ただ天井を見つめた。
「遠田は?」
お礼を言わなきゃ。
謝らなきゃ。
彩葉は、かぐやに問いかけた。
「遠田はさっきシャワー浴びてくるって言って部屋に戻ったよ
汗すごかったし」
「そっか...」
かぐやの声が、耳に残る。
彩葉は、布団を強く握りしめた。
胸の奥が、熱い。
熱中症の熱とは違う、別の何かが。
(なんて、言えばいいんだろう...)
お礼、謝罪。
どれも、今の気持ちには足りない気がした。
その時。
玄関のドアが、静かに開く音がした。
「遠田!
彩葉目覚ましたよ!」
戻ってきた遠田に対してかぐやが声をかける。
「ほんまか!よかった...」
胸をなでおろす遠田。
そんな遠田と目が合う。
「遠田...その...」
「酒寄さん! ほんますまんかった!」
「「え?」」
重なる、二人の声。
かぐやも、何が起きたかわかっていない。
唐突な、遠田の謝罪。
彼は、彩葉の枕元で深く頭を下げた。
遠田からなぜか謝罪の言葉が飛び出す。
かぐやも何故かわかっていないらしい。
「酒寄さんが無理しとるの知っとった...
倒れる予兆だってあった...
やのに気づかんフリしてた...」
遠田の声は震えている。
彩葉は、言葉を失う。
遠田の表情には、深い自責の色がにじんでいた。
「この3人で過ごす時間が、楽しくて...
この雰囲気を壊しとうなくて...」
遠田の声が、湿り気を帯びる。
その目には、涙が浮かんでいた。
彩葉は、そっと視線を和らげる。
そして、静かに告げた。
「遠田。
ありがとう」
その一言に、遠田が肩を揺らす。
「かぐやから聞いた。
バイトを放り出してきたことも...
私のために、必死で頑張ってくれたこと...」
彩葉は、弱々しく、けれど確かな力で微笑んだ。
「だから、ありがとう」
「...そんなん、礼言われることやない。
俺がそうしたかったからやったんや...」
遠田は、乱暴に目元を拭う。
けれど、彩葉の言葉は、彼の凍りついた後悔を溶かしていった。
「そうだよ遠田! 感謝されなさい!」
かぐやが、二人の間に割って入る。
その目も、少しだけ赤い。
「あっ、病院!」
かぐやが、思い出したように声を上げる。
「彩葉!今から病院行こ! 一緒に!」
「...いい。行かない」
彩葉の声は、低く、固い。
「えっ、なんで? まだ熱あるんだよ?」
「お金、かかるから」
「...それに、これ以上休めない」
温かい友情の影から、冷酷な「現実」が顔を出す。
「全部ギリギリで予定組んでるから...
何日も休んだらもう追いつけないよ...
そしたら奨学金も...出ないかも...」
彩葉にとって、病気は単なる体調不良ではない。
積み上げてきた未来が、音を立てて崩れる合図だった。
「やったら、今日、明日しっかり休みや。
そんで最短で復帰したほうが効率がええ」
そんな中、遠田の声が響く。
「正直な...
酒寄さんがなんでそんなに自分を追い詰めるのかは知らん...
なんで全部1人でやろうとすんのかも知らん...」
遠田が、深く息を吸う。。
「やけどな。俺は、酒寄さんがめっちゃ努力しとんのは知っとる。
俺はその努力の結晶が...」
遠田は、一瞬だけ言葉を切る。
彩葉を真っ直ぐに見つめた。
「2、3日休んだ程度で壊れるほど脆いもんには思えん」
「やから、今やるべきことは休むことやと思う」
「わかった...」
彩葉の口から、ようやく承諾の言葉が漏れる。
震える声。
それは、彼女が自分自身に「休んでもいい」と許可を出した瞬間だった。
張り詰めていた肩の力が、抜けていく。
彩葉の目から、溢れそうな涙が布団に吸い込まれていった。
「遠田が聞かないからかぐやが聞くね。」
かぐやの声が、静かに、けれど真っ直ぐに彩葉を射抜く。
彼女が一歩、踏み込んだ。
「何で彩葉がそんなに1人で頑張らないといけないの?
遠田だって1人で頑張ってるわけじゃないんだよ」
かぐやが一歩踏み込む。
「まてや。その流れで名前出されるとディスられてる気がする」
「えっ、あ、ごめん」
かぐやが、素に戻って謝る。
シリアスになりかけた空気が、遠田のツッコミでわずかに揺らぐ。
彩葉が、ぽつりぽつりと語り出す。
父親を、早くに亡くしたこと。
それ以来、母親との関係が冷え切っていること。
学費、家賃、生活費。
すべてを自力で賄うことを条件に、上京したこと。
「...えらい簡単に言ってるけど、
みんなそんなことしてなくない?」
かぐやが彩葉にツッコむ。
だが、彩葉はどこか誇らしげに胸を張った。
「お母さんは同じぐらいのことは平気でやってたし、
私も譲らなかったし」
なぜか彩葉の目が輝いて見える。
「最初にここで目を覚ました時のこと、よく覚えてる。
何にもないし、誰にも頼れないけど。
自分の力で生きるんだって思ったら、
めっちゃ力湧いてきた
『ラッキー』って思ったことも覚えてる」
沈黙が、部屋を支配する。
「かぐやさんや...
今の話にラッキー要素あった?」
「全くなかった!
宇宙人調べでもそのお母さん激ヤバおかしいって!」
かぐやが、ブンブンと首を振る。
遠田と、かぐや。
二人は今、酒寄親子の基準に、心の底からドン引きしていた。
「かぐやと遠田には...」
『わからないよ』
続けそうになった言葉を、彩葉は飲み込む。
「そりゃわからんよ。
人様の家のことなんてわからん。
遠田が軽く流す。
「でも、分かったこともある。
体調管理は大事やってこと!
なんたって笑いの女神様は健康な精神と肉体を持つ者に微笑むからな!」
遠田の独特の価値観による発言。
一瞬、部屋にポカンとした空気が流れる。
だが、かぐやが即座に切り返した。
「でも~笑いの女神さまって微笑むより、
いつも爆笑してそうじゃない?」
あまりに御尤もな意見。
遠田は、ぐっと言葉に詰まった。
「...確かに。小粋にフフッとか、してへんかもな」
「でしょ? 腹筋崩壊して転げ回ってるよ、きっと」
「それって実質、遠田のお母さんでは?」
ポロっと彩葉の口から洩れた一言に部屋中は爆笑に包まれる。
「ちょっ、酒寄さん! それは女神様に失礼やろ!」
遠田の必死な抗議も、二人の笑い声にかき消される。
彩葉自身も、お腹を抱えて笑っていた。
さっきまでの重い空気は、もうどこにもない。
「...くそっ! そのネタ、俺が思いつきたかった!」
遠田が膝をつき、拳を床に叩きつける。
「どんまい遠田。彩葉の方がキレがあったね」
「かぐやさ~ん、追い打ちかけんでええから!」
一人、敗北感に打ちひしがれる遠田。
だが、そんな彼の姿さえも、今は最高の調味料だった。
「...よし、笑ってお腹も空いたでしょ
今日のメニューはネギみそショウガと卵おじや!」
かぐやが、湯気の立つ器を運んでくる。
三人の、遅めの夕食が始まった。
「熱いからふーふーして食べてね!」
一口、お粥を運ぶ。
温かさが、体に、そして心にじんわりと染み渡る。
「...超美味しい」
「どやぁ」
かぐやが、これ以上ないほど鼻を高くしてドヤ顔を決める。
それを見ていた遠田が、豪快に一口放り込んだ。
「アッツ!」
「『ふーふーして食べてね』っていったじゃん!」
悶絶する遠田に、かぐやが即座にツッコミを入れる。
その光景を見て、彩葉はまた小さく吹き出した。
「あはは、本当。遠田、お母さんに怒られるよ?」
「やかましいわ! 誰が女神様やねん!」
ハフハフと口を動かしながら、遠田が言い返す。
小さな部屋に、スプーンが器に当たる音と、賑やかな声が重なる。
一人で戦うための、静かな城だったはずのこの部屋。
今は、かぐやの作ったおじやの湯気が、優しく三人を包み込んでいた。
2026/3/12 設定の破綻があったため、一部変更。
部屋の間取り
3LDK→4LDK