モノづくり大好きライバーによるハッピーエンドの作り方   作:超かぐや姫!脳焼きの民

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非常事態でも笑う男

酒寄彩葉(さかよりいろは)は困惑していた。

今日は7月12日の金曜日。明日から3連休が始まり、やっと睡眠時間が確保できる。

――そう思った矢先の出来事である。

自宅たるアパートの前の電柱。

その根元がゲーミングに光り輝いているではないか。

 

「ハッ なんだ幻覚か... うわっ!」

 

そう彩葉が呟き、通り過ぎようとした途端、ゲーミング電柱から蒸気が噴き出す。

彩葉は飛び退く。

 

(ロボットの放熱シーンかよ...遠田ならテンション上がりそう)

 

と内心思った次の瞬間。

 

ゲーミング電柱に竹でできた取っ手のついた円形の扉が現れた。

 

なぜ竹。なぜ和風。

 

その扉が、ひとりでに開こうとする。

 

――しかし。

 

彩葉の手が伸び、扉を押し閉じた。

 

彼女にはこれ以上面倒ごとを背負い込めるほどの余裕はないのだ。

 

母親との確執。

奨学金を得るべく励む勉強。

学費や生活費を賄うためのアルバイト。

 

彩葉の精神は限界ギリギリだったのです。

 

もちろん安らぎはある。

推しである月見(ルナミ)ヤチヨの配信。

友人の綾紬芦花(あやつむぎろか)諌山真実(いさやままみ)との時間。

そして、何かと騒がしい遠田匠(おんだたくみ)との駄弁り。

 

しかしこれ以上何かを抱え込める余裕が生まれるわけではない。

普段無理している分の負担が少しだけ楽になる程度である。

 

これ以上は、無理だ。

 

――世界は、それを聞き入れなかった。

 

閉じた扉は彩葉の腕を押し返し開いてしまったのだ。

 

 

閉じたはずの扉が、彩葉の腕を押し返し、開く。

 

中にいたのは。

 

赤ん坊。

 

なぜ???

 

脳が処理を拒否する。

 

「すまん!しかしわたくし手一杯ですので」

 

丁寧に断って立ち去ろうとした瞬間。

 

赤ん坊が泣いた。

 

大声で。

 

彩葉は足を止める。

 

彼女は、限界ギリギリで生活しているだけの心優しい女の子である。

どこかの楽しそうなことキチとは違う。

 

「うぅ くっ...失礼いたします!」

 

振り返る。

 

赤ん坊が、笑った。

 

その瞬間。

 

「あ~もうどうなってもいいんだ~だぁ!」という酔っぱらいの嘆き。

どこからか聞こえる野良犬の遠吠え。

カラスの鳴き声。

 

周辺の治安が急激に悪化した。

 

まるで世界が言っている。

 

――この赤ん坊を引き取れ、と。

 

世界は残酷である。

「さ、さすがにここは危ないかも。

いや警察に届けるか?」

 

そして酒寄彩葉は心優しい女の子なのです。赤ん坊をこんな所に置いて行くことができませんでした。

 

彼女は赤ん坊を抱きあげてしまったのです。

 

その瞬間、

 

光が消える。

円形の扉が消える。

 

「赤ん坊を受け取ったな!じゃあワシの役目は終わりや!

その赤ん坊を大事に育て上げるんやでぇ」と言わんばかりに。

 

「ちょ...ちょっ待てよおい!」

 

彼女はゲーミングでも何でもない普通の電柱を叩く。

 

「お~い。すみません

お忘れ物ですよ!」

 

彼女はキツツキが木を突くかのごとく電柱を叩く。

 

反応はあった。ただ電柱からではなく彩葉の背後からである。

 

「酒寄さんなにしてんの?」

 

彩葉はブリキの人形が振り返るがごとく、ゆっくりと背後に視線を向ける。これが悪い夢ではありませんようにと...

 

その先にいたのは――遠田匠。

 

「なっ なんで遠田がここに?!」

 

「いや~ね。バイトの帰りに道によぉわからんナニカが送電線に降ってきてな。そっから光が走るもんやから追いかけてきた。

あとここ俺ん部屋の前やし...」

 

よくわからないものを追いかけているのはともかく、遠田がここにいるのは特段おかしいわけではない。

彩葉がそのことに気が付いたときにはヤツが次の言葉を話そうとしている。

 

「ところでその抱いとる赤ん坊って...まさか...誘拐!!!!」

 

「違うから!!!!」

 

遠田に誘拐犯疑惑をかけられた彩葉は咄嗟に大声でツッコミを入れてしまう。

 

赤ん坊の前で突然声を張り上げたらどうなるか...そう泣き出してしまうのである。とても大きな声で。

 

「じっ事情はあとで説明するから来て!!」

 

と彩葉は遠田の手を引きアパートの階段を駆け上がる。

 

「ちょっとぉ!酒寄さん!!野郎を自宅に引きずり込むのはまずいですって!!」

 

冷静ではない酒寄彩葉の前では遠田さえもツッコミに回るしかないようだ

 

そのまま2人赤ん坊の3人は彩葉の部屋へと転がり込んで行く。

 

 

 

ここから遠田匠と酒寄彩葉の人生が大きく変わることはたった一人を除いて知る由もなかった。

 

 

 

彩葉の部屋に入っても赤ん坊は泣きやむ様子はない。

彩葉は必死であやす。

抱き直し、揺らし、声をかける。だが効果は薄い。

 

一方その頃。

 

入り口でフリーズしている男が一名。

 

あまりに急展開すぎて、遠田の脳が追いついていないのである。

それが普段お前に振り回されている被害者の気持ちだ。

 

当然である。

恋愛経験ゼロの男の手を、

一目ぼれした相手が掴み、

そのまま部屋へ連れ込んだのだ。

 

イベントフラグの処理が追いつくはずもない。

 

もちろん遠田に下心はない。

というか、下心という概念をきちんと理解しているかすら怪しい。

 

しかし今はそれどころではない。

 

このアパートには重大な問題がある。

 

――壁が薄い。

 

赤ん坊の泣き声なぞ容易に貫通してしまうのである。

ある程度の収入はあるが大半を趣味に溶かす男。

仕送りゼロで学費も生活費も自力で賄う女。

 

そんな二人が暮らすアパートの防音性能なぞたかが知れているのである。

 

そんな状況で赤ん坊が大声で泣くとどうなるか。

 

 

ドン!!!

 

 

そうお隣さん怒りの壁ドンが発生するのである。

 

その音で彩葉は冷静になり、遠田は再起動した。

 

「か、壁ドン初めてされた...」

 

「まぁ普通はされるもんじゃないからなぁ

特に酒寄さんって家で騒いでなさそうやし。

俺ですらされたことないし」

 

遠田はどこか他人事である。無理もないまだ再起動しだばかりなのだから。

 

この遠田の発言に彩葉が引っかかることがあった。

あの'遠田でさえ'隣人からの壁ドンをされたことがないと...

そんなことがありうるのか...

 

「壁ドンされたことないってホント?

遠田ってツクヨミでライバーしてなかったっけ?」

 

彩葉が遠田に問う。この窮地から脱する方法があると信じて。

 

「ん?部屋の壁に段ボールと防音材組み合わせたお手製の防音壁貼り付けてるからかな?

持ってこよっか?」

 

帰ってきたのはそんな軽い言葉と共に部屋を去る遠田。

 

少しの時間の後、遠田が大量の段ボールをもって帰ってきた。

 

そうお手製の防音壁である。

 

「ちょっとこれ借りてもいい?」

 

「ええよ、好きに持ってって」

 

 

防音壁を遠田が設置している間に赤ん坊がもう一度泣き出し、壁ドンのお代りがきたがもはや誤差である。

 

「え~子守歌、子守歌、子守歌...

記憶にございませんな...

ねぇ子守歌って歌える?」

 

「子守歌ぁ?WAN〇MAのやって〇ようとかChev〇nのダ〇ス・デカダ〇スならいけるけど」

 

「OK 遠田に聞いた私がバカだったわ」

 

遠田よ、その2曲は子守歌になりえないぞ。

 

設置を終えた遠田が振り向く。

 

そのとき、彩葉の視線が止まった。

 

彩葉は何かヒントはないかと視線を動かす。

 

その先には月見ヤチヨのアクスタが目に入る。

 

そして口ずさむ。

 

それは月見ヤチヨのデビュー曲である「Remember」。

彩葉が上京した当時から心の支えとなっている曲である。

 

静かに。

 

優しく。

 

赤ん坊は泣き止み、やがて眠った。ヤチヨパワー恐るべし。

 

布団に寝かせた瞬間、彩葉の膝から力が抜ける。

 

ひとまず窮地は脱した。

 

――と思った矢先。

 

「で、どういう経緯で赤ん坊を拉致ってきたの?」

 

窮地再び

声は抑えめだが、目がキラキラしている。

このままでは赤ん坊を拉致った女になってしまう。

 

「かくかくしかじかうまうまで」

 

笑われるのを覚悟で事情を説明する。

 

事情を聴き終わるころには遠田の顔は非常に真面目な表情となっていた。

 

「いっぺん警察か?いやどうやってこれを説明する?

親に相談??うちの親は役に立つか?...」

 

次は何をすべきか...どうするのが最適解か...彼は口元を抑え考え込む。

無意識なのか思考の一部が声として漏れ出ている。

 

その見慣れない真剣な表情に彩葉の思考が停止する。

学校で見る遠田は、

笑っているか、

腹を抱えて笑っているか、

美味いものを食べて幸せそうに笑っているかのどれかだ。

 

ここまで真剣な顔は、誰も見たことがないだろう。

 

(こんな遠田、初めて見た……

も、もしかして偽物!?)

 

日頃の行いが原因である。

 

 

「とりま、うちの親に連絡してみるわ。

役に立つかわからんけど、まぁ姉貴と俺育てた実績あるし」

 

……お前の親だぞ?

本当に役に立つのか?

 

遠田はスマホを片手に部屋を出る。

 

防音仕様となった彩葉の部屋からでは通話内容はほとんど聞こえない。

だが、ときおり漏れる豪快な笑い声。

 

どうやら遠田母のものらしい。

 

――不安しかない。

 

数分後、遠田が戻ってきた。

 

「粉ミルクと、おむつと、赤ん坊用の着替えがあればとりあえず大丈夫らしい。

ミルクは三時間おきにやと。

……ほんまかぁ」

 

言いながらも、メモアプリにはしっかり要点がまとめられている。

 

遠田の母は、人としてはともかく、母としては有能だったようだ。

 

息子は信用していないが。

 

「あと、泣くんは仕事やから気にすんなって。

抱っこして、あったかくして、声かけてりゃだいたい何とかなるらしい」

 

彩葉は少しだけ肩の力を抜く。

 

「ちゃんと教えてくれたんだ」

 

「なんやかんやでな。

『あんたが父親になる日が来るとは思わんかったわ~』って爆笑されたけど」

 

「それは否定しなさいよ」

 

「全力で否定したわ」

 

部屋の隅で、赤ん坊がすやすやと寝息を立てる。

 

ひとまず、今夜を越える算段は立った。

 

問題は。

 

――明日から三連休である、ということだ。

 

学校はない。

だがそれは、助けも来ないという意味でもある。

 

彩葉は赤ん坊を見る。

 

遠田を見る。

 

そして静かに思う。

 

(これ、私たちで面倒見る流れ……?)

 

世界は、相変わらず残酷である。

 

「とりあえず明日朝一で必要そうなもん買ってくるわ。

近くに西竹屋とドンキあるし」

 

「あ、ありがとう。お金はあとで払うよ」

 

「ええよ気にせんで。

さすがに俺より立派に苦学生してるやつに金出させるわけにゃいかんでしょ」

 

さすがの遠田にも人を思いやる気持ちはあったようだ。

それはそれとして一言が多い。

 

こんな意味の分からない状況。

電柱から赤ん坊。

三連休初日確定育児イベント。

 

普通ならパニックである。

 

だが。

 

遠田はどこか楽しそうだった。

 

「まぁ唐突にいろんなことが起きすぎてるけどなんかおもろいわ。

自分の想定外のことが起こるって心躍るな!」

 

目が輝いている。

 

未知のイベント発生。

選択肢不明。

攻略法未発見。

 

完全にゲーム脳である。

 

遠田はやはり頭がおかしい。

 

しかし。

 

その異常性に、ほんの少しだけ救われている自分がいることに、彩葉は気づいてしまった。

 

(この状況で楽しそうにできるの、ずるいな)

 

彼女は今日、二度目の“見たことのない遠田”を見た。

 

一度目は真剣な顔。

二度目は、心の底から面白がっている顔。

 

どちらも、普段教室で見る彼とは違う。

 

「どした?」

 

「...別に」

 

赤ん坊は静かに眠っている。

 

三連休の幕開けは、想像とだいぶ違う形になった。

 

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