モノづくり大好きライバーによるハッピーエンドの作り方 作:超かぐや姫!脳焼きの民
感想、誤字報告いつもありがとうございます。
本当に助かります。
今日は9/2。
夏祭りから一夜明け、本来なら日常の象徴である学校生活が再開するはずの日。
遠田は、その日常をあっさりと放棄し、新幹線の座席にいた。
向かう先は、実家のある大阪。
かぐやと彩葉には「実家に忘れ物を取りに行く」とだけ伝えてある。
二人は驚きこそすれ、余計な心配はしないだろう。
だが、遠田の胸中はそんな悠長なものではなかった。
彼が学校をサボってまで回収に向かっている「ある物」。
それが、来る満月の夜に「迎撃」の鍵となる可能性を、彼の脳内のシミュレーターが弾き出していた。
車窓を流れる景色を眺める遠田の顔に、いつもの軽薄な笑みはない。
どうすれば、月からの干渉を遮断できるか。
...否、どうすればあの「お迎え」を迎撃できるか。
何が必要なのかを考え続けている。
後悔しないために、遠田匠は今、持てるリソースのすべてをその一点に投じていた。
家を出発して約3時間半。
新大阪から在来線を乗り継ぎ、遠田は懐かしいはずの「実家」の門をくぐった。
「よう帰って来た
おかえり。匠」
遠田を出迎えたのは父である。
母ほど明るく、うるさくはないが立派な大阪人である。
「ただいま親父。
悪いけど長居はできんねん」
遠田は靴を脱ぎ捨てながら、視線を奥の部屋へと向ける。
挨拶もそこそこに本題へ入ろうとする息子に、父は動じることなく言葉を返した。
「母さんから話は聞いとる。
かぐやちゃんのためなんやろ?
でもまあ、茶ぐらい飲んでいき」
どうやら、あの明るすぎる母から既に事情は伝わっているらしい。
遠田家の情報ネットワークは、相変わらず無駄に「最適化」されている。
久方ぶりの実家。
しかし、遠田に感傷に浸っている暇はなかった。
「しっかし、まぁ、これが必要になる日が来るとはなぁ」
そう言って父が物置の奥から恭しく取り出したのは、重厚なアルミのアタッシュケースだった。
「なんでこんなけったいなケースに入っとるん?
取りに来たんは『スマコン』やで」
「分かってるわ。でもこうやって渡した方がかっこええやろ?」
父の相変わらずのノリに、遠田は盛大なため息をつく。
だが、そのおかげで、学校をサボり新幹線に飛び乗って以来ずっと張り詰めていた神経が、わずかに緩むのを感じた。
ケースのラッチが外され、中から現れたのは――
かつて遠田が、その傲慢なまでの知的好奇心をすべて注ぎ込んだ「魔改造スマコン」だった。
中学生時代の遠田が、
『スマコンの処理をPCに肩代わりさせれば処理速度上がるんと違う!?』
という突飛な発想を口にし、技術者である両親を巻き込んで作り上げた代物。
外見こそ通常のスマコンに近いが、中身は別物だ。
外部演算ユニットとの並列処理、独自のオーバークロック制御。
処理速度も描画速度も、市販品とは比較にならない――
まさにハードウェアチートと呼ぶべき「化け物」である。
だが、これには大きな代償があった。
性能向上だけを目的にした結果、リミッターや安全装置といった余計なコードは1つを除いて、
すべて削ぎ落とされている。
さらに、レンズ部分からの排熱効率が限界を超えており、
高負荷をかければ装着者の視神経や脳に重大なダメージを与えかねない、剥き出しの劇薬。
唯一残っているリミッターは、デッドラインを制限する最終リミッターのみ。
それは「安全に使うため」のものではない。
これ以上負荷をかければ「排熱により眼球が死ぬ」最悪の場合、「脳に後遺症が残る可能性がある」という、
まさに
「匠。
父さんは匠のやることを応援してる。
コレだって必要になったからわざわざ取りに来たってことも知ってる」
父はどこか焦っている遠田をたしなめるように言葉を紡ぐ。
「でもな、父さんは匠の親で家族や。
匠に可能なら怪我とかしてほしないし、健康でいてほしい。
...やからな」
父の視線が、アタッシュケースから遠田の瞳へと移る。
「『本当にどうしようもならない限り、コレの最終リミッターを解除しないこと』を約束しなさい。
約束するなら父さんはコレを匠に託して、お前の背中を押そう」
親からしてみれば、こんな代物を我が子が使用することを止めるだろう。
だが、親として我が子の決心、決意、意思を尊重したい。
それは、技術者としての理解を超えた、1人の父親としての切なる「妥協」であり、深い愛情ゆえの約束だった。
「分かった。
約束するよ親父。」
遠田は逃げることなく父を見据え、胸を張って誓う。
嘘ではない。
だが、それは「もし、どうしようもなくなった時」には、
自分のすべてを賭けるという覚悟の裏返しでもあった。
遠田父の内心は、筆舌に尽くしがたいほど複雑だった。
息子の瞳の奥に宿る、静かだが苛烈な光。
それを見れば、嫌でも悟ってしまう。
この子は必要とあれば自分の文字通り自らの身を焼き尽くすことも厭わないだろうということを。
人の親として、我が子がそんな危うい領域に踏み込もうとしている事実は、
あまりにも辛く、重い。
しかし、1人の人間として、1人の男として、
損得を度外視し、誰かのためにすべてを賭けようとするその覚悟は、
疑いようもなく称賛に値するものだった。
(そんなかっこええ生き方...するようになりよって...)
胸に込み上げる誇らしさと、それを上回るほどの不安。
その両方を飲み込み、父は震えそうになる声を精一杯押し殺した。
「分かった...持っていき」
そんな短い言葉だけを残す。
口にできたのは、短く、絞り出すような言葉だけ。
男として、そして同じ技術を志す者として、これ以上の言葉は不要であると父は判断した。
多くを語れば、自分の親心が息子の決意を鈍らせてしまうかもしれないと、そう思ったからだ。
「すまん...ありがとう」
遠田は短く返し、アタッシュケースを手に取った。
その背中には、もう迷いはない。
「匠。
最後に1つだけ聞かせてくれ。
お前はかぐやちゃんって
アタッシュケースを抱え、戦場へと戻る戦士のような顔を崩さない息子に、
少しだけ「普通の高校生」としての顔を求めての質問だった。
「友人としては好きやで。恋愛となると違うけど...」
「じゃあ、なんでそこまで?」
遠田は即座に、けれど迷いなく答える。
そのあまりにも明快な否定に、父は思わず重ねて問うた。
自分の身を削るような劇薬を使い、すべてをかけてまで、彼女を救おうとする。
恋愛感情でないのなら、一体何が彼をそこまで突き動かすのか。
遠田は恥ずかしそうに頭を掻きながら、優しい笑顔で答える。
「俺の好きな
かぐやと居るとよう笑うねん...
好きになった人には笑っていてほしいからな!」
あまりにも自己中心的な願い。
あまりにも献身的な願い。
『
というその身勝手で尊いロジックを、遠田の父は「良し」とした。
「分かった!
じゃあ行ってこい!」
父はそう叫ぶと、これ以上ないほど強く、息子の背中を叩いた。
手のひらを通じて、父としてのすべての激励と、少しの不安を叩き込むように。
「『次会うときは病院の霊安室でした。』はごめんやぞ!」
「なんちゅう物騒なこと息子にいうかなぁ!
分かってるわ!
死ぬのはごめんや...
死んだら笑われへんからな!!」
遠田は振り返り、悪戯っぽく笑ってみせた。
その笑顔は、かつて両親を振り回して、
魔改造スマコンを作り上げた時の、あの少年のままだった。
一方、東京の自宅。
彩葉は学校から帰宅すると、
そこには昨日のカニ釣りで釣り上げたカニを、
指でツンツンと突いてはビビらせて遊んでいるかぐやの姿があった。
平和で面白い、いつも通りの日常の1コマ。
だが、彩葉の胸の内には、遠田に負けないほどの静かな決意が宿っていた。
そんなかぐやにある提案をする。
「新しい曲...作る?」
かぐやの卒業ライブ。あの日、最高の笑顔で送り出すために、自分ができること。
それは、世界でたった1つの「自分たちの歌」を彼女に贈ることだった。
「え!マジ?
ひゃっほ~~!」
かぐやは両手を天高く突き上げ、子供のように跳ねて喜ぶ。
「上手くできるかは分かんないけど...
どんなのがいい?」
彩葉がさらに問うと、かぐやは少しだけ考える仕草を見せ、
それからいたずらっぽく、けれどどこか懐かしそうに微笑んだ。
「あっじゃあ
あの途中で終わってた曲!」
かぐやが注文したのは、彼女が亡き父と作り始め、
そして彩葉が初めて作曲というものに触れた、あの日のメロディだった。
父の不在と共に、未完成のまま時を止めていたあの曲。
かぐやは、その続きを彩葉と一緒に完成させたいと願ったのだ。
その日から、三人の時間は加速度を増して進み出した。
遠田は魔改造スマコンの起動テスト、ツクヨミ内の自身の装備の改修に没頭した。
そして彩葉は自身のノートPCに向かい、今の自分たちの想いを重ねていく。
月からの迎えが来るまで。
かぐやの卒業ライブまで、あと2週間もない。
かぐやが寝静まった深夜。
仮想空間『ツクヨミ』の片隅に、通常ではありえない面々が顔を揃えていた。
遠田と彩葉の呼びかけに応じたのは、黒鬼のリーダー・帝アキラを筆頭としたメンバーたち。
そして、かぐやと交流があった芦花、真実。さらにはツクヨミの管理者であるヤチヨ。
「かぐやちゃんが本当に月のプリンセスとは!
分かる」
黒鬼のリーダーである帝アキラが頭を押さえて叫ぶ。
「築地生まれじゃなかったんだ...」
「海行っても肌真っ白だったもんね~」
かぐやの正体を知った芦花と真実は、困惑しつつも、
そのあまりにも「らしい」真実にどこか納得していた。
彩葉は、ヤチヨを見つめる。
「ヤチヨ。かぐやを守ることってできないかな?」
切実な、すがるような問い。だが、最強のAIであるはずのヤチヨは、申し訳なさそうに頭を振った。
「調べてみたけど、
どこからアクセスしてるのかもわからなかったんだよね~
ごみん」
ヤチヨでもツクヨミからの出禁等の対処はできないようだ。
「んじゃあ最初のプラン通りにドンパチするしかないな」
遠田は静かに、けれど逃げ場のない決意を込めて告げる。
「やけど、俺独りじゃ到底どうしようもない。
やから、みんなの力を貸してほしい。
頼む」
遠田が頭を下げる。
「Mr.Mkが頭を下げなくたって手伝ってやるさ」
帝は快く答える。
「私たちだって手伝うから」
芦花と真実も二つ返事。
「すまん
ありがとう」
遠田は再度頭を下げ後、ヤチヨを見る。
「ヤチヨ。
封印指定兵装、全種の開放許可...
それと、それらが管理されとるサーバーへのアクセス権をくれ
月の連中が来るまでの期間だけでいい」
その要求は、ツクヨミというシステムの根幹を揺るがしかねない、禁忌への踏み込みだった。
ヤチヨは、管理AIとしての冷静な瞳で遠田を見つめ返す。
「別にいいけど、一応、管理者として聞いていいかな?
サーバーへのアクセス権を使って、具体的に何をするつもり?」
「決まっとる。
封印指定兵装の改修や」
遠田は迷いなく言い切った。
それはMr.Mkが、封印指定兵装がさらに進化することの宣言でもあった。
「分かったよ...
だけど、封印指定兵装を一般サーバーに持ち出すことは許しません」
ヤチヨは条件付きで要望を許可する。
「あと、月との決戦とかぐやの卒業ライブは、
封印指定兵装が管理されてる特別サーバーで行ってもらいます」
ヤチヨの思わぬ提案に、遠田だけでなく帝アキラや芦花たちまでもが首を傾げた。
「すまんけど理由を聞いてええか?」
遠田が問うと、ヤチヨはふっと表情を和らげ、どこか誇らしげに胸を張った。
「決まってるよ。
特別サーバーは封印指定兵装が大暴れしても大丈夫なぐらい強いサーバーだからね
万が一、特殊サーバーに何かあっても、一般への被害は抑えることができるからね」
これは遠田にとって天啓だった。
魔改造スマコンによる過負荷演算。
システムの限界を無視した改修。
それらが引き起こすであろうサーバーのクラッシュやデータ破損を一切危惧することなく、
ただ「敵」を叩き潰すことだけに全リソースを割ける。
「分かった。
ありがとう。ヤチヨ」
遠田は、本日三度目となる深い礼を捧げた。
その頭を上げた時、彼の瞳からは迷いが完全に消え失せていた。
「それと全員にこれ配っとくわ」
遠田の手元から、光の粒がそれぞれのメンバーへと飛散した。
手元に実体化したアイテムの情報を確認した瞬間、場に戦慄が走る。
「おいおいおい!
これまじで言ってんのか?」
帝が真っ先に問いただす。
遠田が配布したのは「光の翼」。
Mr.Mkが開発したこの世界で最も自由な翼。
それの改修・発展型であった。
「まじや。
それはこの作戦に加わってくれた全員への報酬や。
これを、月との決戦までに使えるようなっといてほしい」
遠田の言葉は淡々としていたが、
その裏には「全員が飛行して戦わなければならないほど、戦場は過酷になる」という冷徹な計算があった。
「...ハッ、太っ腹すぎて怖いくらいだぜ」
帝が不敵に笑い、背中にその輝く翼を仮展開させる。
「Mr.Mk。お前がそこまで準備したんだ。...俺たちも、最高のパフォーマンスを見せてやるよ」
芦花も真実も、手の中の光るアイコンを力強く握りしめた。
全員が頷いたことを確認した遠田は「今日は解散。またなんかあったら連絡するわ」と告げた。
各々がログアウトし、光の粒子となって消えていく中、
静まり返った空間には遠田と黒鬼のメンバー、そしてヤチヨだけが残っていた。
「ヤチヨちゃん。
俺たちに『チート』の使用許可をくれないか?」
帝が、いつになく真剣な、それでいて不敵な笑みを浮かべてヤチヨに問いかける。
それは、普段なら即座にBAN対象となる禁断の相談だった。
「...特別サーバー限定でならいいよ
分かってると思うけど一般サーバーでやったら庇えないからね」
ヤチヨは少しだけ目を伏せ、管理AIとしての「越境」を認めた。
月という規格外の理不尽に対抗するには、人間側のルールを逸脱した「毒」が必要であることを、彼女も理解していた。
「分かってる。ヤチヨちゃんありがと。
乃依、準備任せた。」
帝はヤチヨに礼を告げ、乃依に指示を出す。
「え~めんど~」
「リーダーは絶対」
めんどくさがる乃依を雷が窘める。
そうして彼らもログアウトしていく。
この空間に、ヤチヨと自分しかいないことを確認した遠田が、ヤチヨに声をかける。
「ヤチヨ。
追加で2つ頼みがあんねん」
「なにかな?ヤッチョに出来ることなら何でも言って」
ヤチヨはいつも通り明るく振る舞うが、その電子の瞳は、遠田が抱えている「重圧」を正確に捉えていた。
「一つ目。実家から回収した『魔改造スマコン』を実戦投入する。
その使用許可と...
最終リミッターの片割れを、そっちで管理してほしい」
遠田の言葉に、ヤチヨの表情が強張る。
「俺一人が持ってると、土壇場の勢いでリミッターを切って、
そのまま死ぬまで加速し続けてまうかもしれん。
やから、俺が解除申請を出した時、
そっちの判断で『最後の一線』を外してくれ」
「...任されたよ。匠、本当に後悔なんてしないんだね?」
ヤチヨの声が、わずかに震える。友人の命のスイッチを半分預かるという行為は、
「後悔せんために今ここで君と交渉してんねん
んで、次やけど...」
遠田はさらに踏み込む。
「
マスターアクセスの正規の使い方やないけど...
マスターアクセスを経由することで、兵装の運用時の処理を分割することが可能や」
「...本気なん、匠?」
ヤチヨの声から、いつもの茶目っ気が完全に消えた。
遠田が提示したのは、もはや技術協力という枠を超えた、思考の「同期」だった。
本来、不正コピーや悪意ある改ざんを防ぐための最強の盾である「マスターアクセス」。
それを、自分と世界を繋ぐ「バイパス」へと作り変える。
確かに、遠田本人への負荷は減少する。
それは同時に、遠田の思考のすべてがヤチヨに筒抜けになり、
一歩間違えればヤチヨのシステム領域まで道連れに破壊しかねない、あまりにも危うい賭けだった。
「...リミッターの件も、今の話も。匠は、私を信じすぎだよ」
ヤチヨは電子の瞳を潤ませ、唇を噛む。
「そりゃ信じてるよ
これまでさんざん追いかけっこした仲やん」
圧倒的なまでの信頼。
それにヤチヨは応える以外の選択肢を持たなかった。
「...わかったよ。
マスターアクセスとリミッターの半分を受け取った。
私が責任を持って管理するね」
ヤチヨの指先が遠田の胸元に触れると、
複雑な紋章が浮かび上がり、2つに割れて一方がヤチヨの手元へと吸い込まれた。
「すまん。
ありがとう」
遠田がもう一度頭を下げる。
「んでさ、一個聞きたいねんけど...」
先ほどまでの空気感が消えさる。
「どこで俺の名前知ったん?」
3度、ヤチヨは遠田を『匠』と呼んだ。
その名をヤチヨに教えた覚えは、遠田には一度もなかった。
「い、いや~
アハハハ
さらば~い」
ヤチヨは冷や汗をかきながら去って行く。
「おい!まてや!!
絶対かぐやが配信でやりおったな!」
遠田の怒号が、誰もいなくなった仮想空間に虚しく響く。
ちなみにだが、
かぐやが遠田を名前で呼ぶようになって以来、
彼女の配信アーカイブを隅から隅までチェックしても、
名前を漏らした形跡は一切ない。
ヤチヨがどこでその名を手に入れたのか。
それは、逃げ去った管理者の後ろ姿のみが知る謎であった。